友人にボコボコに言われたので作ってみました
ナディアみたいにしろという事だったので
祈っていただきました(笑)
最初からこうすれば良かったのに>私
以前のシンジ君不幸バージョンはこちら
第弐幕
第伍場
それは、人類を遙かに上回る科学技術を持つ宇宙人によって作り出された。
その神はMAGIと同じように人格移植技術によって生み出された物だった。
いや、MAGIの方が神を真似したというのが真実なのだが・・・
そのコンピューターの目的は、種の保存である。
つまり、そのコンピューターを作り出した宇宙人が、自らの種を宇宙に広げるために、
送り出した船であったのだ。
移民者を大量に送り込むのはコストがかかるので、
遺伝情報と何人かのサンプルを乗せて送り込んだのだった。
その船が、地球に降り立ったのはカンブリア紀と呼ばれる時期であった。
問題は、どうやって種を増やすかと言うことだった。
方舟は工場ではないので、人間を作り出すにはあまりに時間がかかる。
せいぜい半年に一人。これでは繁殖に要する人口密度を確保できない。
それに、当時の地球は、まだ人間の住める環境とは言い難かった。
食物連鎖の無いところでは生命は生きられない。
そのため、既存の生命の遺伝子を改造していって、
人間まで進化させていく手法が取られた。
こうして進化の木ははじまった。
「君たちは、昔学校で自然選択説とかいうのを習って疑問に思わなかったかね?
本当にそれだけで生命がこうも高度に進化すると信じたのかね?」
冬月の質問の形を取った衝撃波に最も揺らいだのはミサトのようであった。
シンジは、暗闇の空間に意識の半分を置いていたため、やや反応が遅れた。
「・・・じゃあ、今の人類はその神に作られた存在なのですね」
「そうだ。人類に限らず、使徒も、そしてほとんどの生命がそうなのだよ」
「使徒・・・使徒も神が作ったのですか?」
「そうだ、さっきも言ったように神はコンピューターだ。
神は自らの意志でコントロールできる兵器を作り出した。それが使徒・・・
と言うより、神を作り出した宇宙人が使っていた兵器らしいが・・・」
「・・・・なぜ使徒を作り出したのです?」
「人類に見つかったからだよ。
前にも言ったように、1990年代末に再び神が発見された。
神は、人類が自分に手を出してくる前に、何らかの手を打っておきたかったのだろう。
それが、神の立てた人類補完計画だ」
「・・・・」
「今の人類の遺伝子は99%以上までが完成している。
だが、神はコンピューターであるが為にそれを100%にするまでは遺伝子操作を続ける。
そのために人類に災禍を降り掛けて、人類を間引きしてやる必要があると考えたのだ」
「・・・そのために使徒を・・・」
「だが、使徒にコンピュータの意志を移植した例は無かった。
それに、その時作り出された使徒は特別な物だった・・・
そこで、まずはじめに、方舟の内部で永久冬眠している宇宙人のサンプルから、
意志を移植した。それがアダム」
「・・・・第壱使徒・・・」
「そうだ・・・そして人類がN2で殺し合いをやっている間に、
リリスは自らの意志を込める体を作り出した。
それがリリスの体だ」
「・・・・」
「これを知った人類は、来るべき破壊を最小限に抑える方法を実行した。
意志の込められる前にリリスの体を奪ったのだ。
そしてその体を使ってアダムを滅ぼす計画だった」
「・・・・神に対して挑戦したわけですか・・・」
「奪うところまでは旨くいった。だがそれに人類の意志を込めることに失敗した。
・・・リリスが暴走したわけだな」
「・・・暴走?エヴァのようにですか?」
「いや、あんな生やさしい物では無い。S2機関の暴走は恐るべき物だよ・・・
・・・ここで、お手上げとなった人類は神と交渉することにした」
「そして神との間で結ばれたのが、死海文書だ」
ゲンドウが冬月の言葉を奪うようにして言い放った。
冬月はやや眉をひそめたものの、再び口を開いた。
「・・・神は暴走したリリスを止める。その代わり人類は自らの遺伝子を、
自らの手で進化させる人類補完計画を実行する・・・
簡単に言えば契約の内容はこうだ。
こうして、リリスの暴走は止められた・・・少々荒っぽい方法でな・・・・
奴は月の衛生軌道上からロンギニスの槍をリリスの体に落としたのだ」
「・・・・セカンドインパクト・・・・」
「その通り。おかげで、人類は奴の当初の予定通りに大きな災禍に直面したよ・・・
もっとも、その爆発でアダムの体は吹き飛んで卵しか残らなかったから、
当初の目的は果たせたがね」
「・・・・・」
「奴にとっては契約などどうでも良かったのかもしれんな・・・
その証拠に、アダムとリリスを取り返すために使徒を散々差し向けてきた。
取り返した時点で契約は破棄して、自らの手で補完計画を実行する気だったのだ」
冬月と、ゲンドウの話が終わると、静寂が空気を支配した。
電子音と呼吸音がその部屋を支配した。
最も早く立ち直ったのはミサトだった。
「シンジ君・・・これからの話をしましょう」
「・・・」
「シンジ君?」
「え!あ、ミサトさん。脅かさないでくださいよ」
「ごめんごめん。今忙しい?」
「一応警戒しておかないと・・・
周り真っ暗でよく見えないし、どこから襲ってくるか解りませんから」
「じゃあ、そのままで聞いてちょうだい。
一応こちらから目標のトレース情報送るけど、
地上からじゃ大ざっぱな事しか解らないから当てにしないで」
「はい」
ミサトはそこまで言って伝えるべき言葉が枯渇してしまったことに気付いた。
子供達にしてやれることがあまりに少ないのだ。
ミサトは自分の唇を噛み締めることしかできなかった。
「ミサトさん。そんな顔しないでくださいよ。僕は大丈夫ですから」
「・・・・ごめんね」
「シンジ・・・良く聞け」
ゲンドウの声はいつもの声量より小さかったが、シンジにはハッキリと聞こえた。
「お前とレイの乗っているエントリープラグは新型だ。真空状態にも耐えられる。
ただ、そこから出ることはできん。出るときはATフィールドを張って出るんだ」
「え・・・ATフィールド?僕が張るの?」
「そうだ」
「でも、どうや・・・・」
シンジはそこまで言って以前レイがATフィールドを使っていたことを思い出した。
自分とレイが同じならば自分も張ることが出きるのではないか。
「・・・でも・・・急にはできないよ」
「ああ、それは解っている。だから・・・」
「碇くん。私のATフィールドの中に入れてあげるから・・・」
「・・・そういうことだ」
ゲンドウは微妙に表情を変えたが、それがレイの言葉による物か、
怪我の痛みによる物かは定かではなかった。
「あの、方舟もATフィールドに覆われている。その中に入ってしまえば問題はない」
「・・・解った」
「シンジ君。目標は月面に降り立ったわ。位置を確認して」
「はい。こっちも月面に降ります」
◆
月面にゆっくりと降りたシンジはあたりを見回す。
地球がやけに小さく見えた。
「碇くん。行きましょ」
「うん」
その時、初号機の警戒システムが不快に響く警報音を放った。
「えっ!何」
「碇くん!」
その正体を確かめる前に、初号機は側面からの攻撃を浴びて吹き飛んだ。
シンジが頭を振りながら、その意識を取り戻したとき、前方にあの使徒が居た。
地球から追いかけてきたに違いなかった。
「そんな、まだ動けたのか」
潰れたはずの頭部を再生していたその使徒は、初号機目がけて突進した。
「くっ!」
初号機は飛び上がると、それから逃れようとするが、使徒は執拗に追いすがった。
ようやく、意識がハッキリしてきたシンジは反撃に転じた。
ガン!
両者の力比べがはじまる。
だが、体格で優れる使徒の方が優勢であった。
次第に手をひねり上げられる痛みがシンジに伝わる。
「碇くん!」
使徒の側面からリリスが躍りかかった。
蹴り飛ばされた使徒は突然背を向けると、驚異的な速度で飛び去った。
「あれ・・・どうしたんだろ?」
「・・・・槍ね・・・追いましょう碇くん」
「え、あ、うん」
視界から消えてしまっていた使徒を追ってシンジは意識を集中させた。
レーダーには引っかからないようである。
目視によるしかない。
初号機の警報が鳴った。
「くっ!」
初号機の残像を、使徒が持ったロンギニスの槍が貫いた。
「うおおぉぉ!!」
初号機が急降下しながら使徒の尾をつかんで、そのまま地面に叩き付ける。
地面にめり込んだ使徒に今度はリリスが蹴りを叩き込んだ。
ズドーン!
だが、離れようとするリリスの足を使徒が捕まえた。
その足を振り回すようにして地面に叩き付けると、その体に槍を突き刺す。
「綾波!」
シンジは叫ぶと同時に躍りかかった。
使徒は高速で迫る初号機にロンギニスの槍を投げつける。
シンジはそれを避けようともしなかった。
光の矢となった槍を、初号機は左腕で迎え撃った。
初号機の左腕が槍によって紙のように切り裂かれていく。
しかし、その痛みがシンジの意識を支配することはなかった。
ガン!!
その先端が初号機の胴体を捕らえようとしたとき、
初号機はそれを右腕でつかんで止めた。
なおも生き物のように暴れる槍を、強引に左腕から引き抜いた初号機が、
使徒目がけて槍を構える。
初号機の投げた槍は先ほどを遙かに上回る速度と勢いを持って、
使徒の体に吸い込まれていった。
ドーン!
使徒の体を貫通した槍がその後ろにあった小高い山に突き刺さって爆発した。
使徒は、体に開いた穴から大量の血を吹き出すと、立ったまま動かなくなった。
「綾波!」
シンジの叫びに、リリスもモニターも沈黙したままだった。
巨大な不安感に支配されたシンジがふらつく足取りで近寄った。
「あ、綾波・・・」
「・・・・ん・・・碇くん・・・」
シンジの顔が蒼白に染まりはじめたとき、ようやく回線が開いて、
聞き逃しそうなほど小さなレイの声が聞こえた。
「あ、綾波!大丈夫かい」
「ん・・・大丈夫よ・・・少し体が痺れるけど・・・」
「あ、良かった・・・・」
シンジの顔にようやく、笑顔が戻った。
顔は相変わらず青かったが、そんなシンジを見てレイも少し微笑んだ。
「碇くん・・・そっちへ行くわ・・・こっちはもう無理みたいだから」
「え、うん・・・気をつけてね」
シンジがエントリープラグを途中までイジェクトしてしばらく待つと、
気密を保つように注意しながら、レイが扉を開けて中に入ってきた。
「よかった・・」
「ええ・・・それより、行きましょ」
◆
シンジは初号機を再起動させると、レーダーの表示を確かめながら、方舟を探した。
戦闘の間にかなり遠いところまで来てしまっていた。
シンジは少し迷った後、レイを自分の膝の上に乗せてあげた。
レイも少し驚いた後、シンジにつかまる。
シンジには、レイの頬が僅かに赤くなったような気がした。
「・・・・ねえ、綾波」
「・・何?碇くん」
「・・・月って何も無いんだね・・・こうして見ると・・・」
「・・・そうね・・・でも月には月にしかない美しさがあるわ」
「・・・何も無い・・・汚れのない美しさかな・・・」
「・・そう」
「・・・だから・・・人は月に行きたがるのかな・・・・・
・・・・でも・・・寂しいね・・・」
「・・・寂しい?・・・・そうかもしれないわね」
「・・・きっと・・・月に人が居たら・・・・
・・・賑やかさを求めて地球に行きたがったと思うよ」
「・・・・碇くん?」
レイは怪訝にシンジの顔をのぞき込んで、少しだけ抱きしめる手に力を込めた。
シンジはそれに笑顔を返す。
「・・・私は・・・もう寂しくないわ・・・碇くんがいるから」
「・・・僕もだよ・・・綾波」
シンジは左手でレイの頭を撫でた後、レーダーの表示に注意を戻した。
「・・・神に会ったら、何をすればいいのかな?」
「・・・・・呪われた歴史を終わらせるの・・・神を使命から解き放ってあげるのよ」
「・・・それだけで良いの?」
「碇司令は・・・その後のことも少しだけ言ってたわ」
「何を言ってたの?」
「・・・神の技術で地球を立て直すって・・・」
「・・・・そう」
「もう一つ言ってたわ。完全なサルベージ技術を手に入れてもう一度やるんだって」
「・・・サルベージ?」
「・・・・あ、見つけたわ碇くん」
その指差す方向には、地面に半分埋もれた灰色の球体が見えた。
色は月面に同化していたが、その大きさで、見つけるのは容易であった。
シンジは周りを漂いながらそれを観察する。
閉まってはいたが、大きなハッチが見えた。
そこから中に入れるらしい。
「ATフィールドだね・・・綾波、つかまってて。突っ込むから」
ドーン!
シンジが思ったほどには衝撃は強くなかった。
ハッチが破れ、中に突入した初号機の周りに、やや大きな空間が広がっている。
「・・・ここで使徒を作ったのかな?」
シンジの疑問に答えは与えられそうになかった。
良くわからない巨大な機械と、巨大な水槽が並ぶ。
初号機はその合間をゆっくりと進んでいった。
「ここからは行けそうにないね」
狭い通路に行きあたった。
シンジとレイは外に空気があることを確認すると、
エントリープラグの外に出て歩き始めた。
その通路はシンジの目には迷路のように映った。
通路に響きわたる二人の足音が、ともすれば全ての方向から反射してくるように聞こえる。
何度目かの分かれ道に来て、シンジは不安になってきた。
「・・・迷子にならないかな・・・」
「大丈夫。こっちよ」
「え・・・まってよ綾波」
どうやら、レイには行くべき場所とその道が解るようだった。
レイの感覚は鋭い以上の物があることをシンジは知っているので、
その事についてはあえて口を挟まなかった。
◆
何度目かの分かれ道は、少し大きな空間であった。
その事については他と大した差はなかったのだが、他とは違うことが起こった。
「碇くん!」
レイの突然の叫び声に反応できるほど、シンジの反射神経は優れていなかった。
バシ!
シンジの目の前で、何かと何かが衝突した。
シンジは状況を把握できず、とっさに目をつぶることしか出来なかった。
どうやら、その一方はレイの張ったATフィールドであるらしかった。
そして、もう一方は、彼らの前に現れた少年が放った物であるようだ。
「ようやく来たな!」
シンジにとっては、信じられないもの、信じたくないものをその視線の先に見つけた。
「え!・・・そ、そんな!・・・・カヲル・・・君・・・」
「・・・・」
シンジは驚きの声をあげて立ちすくんだ。
レイも立ち止まったが、こちらは無言の赤い瞳で鋭くにらみ付ける。
「君たちが、チルドレンか・・・ファーストとサードチルドレンだな」
「・・・カヲル君・・・なの?」
シンジは足元がやけに頼りなくなったのを感じながらも、
まるで夢の中で物をつかむように手を伸ばした。
「カヲル?・・・この体のことか・・・標的は君だったな、碇の息子よ。」
「き、君は誰?カヲル君なの?・・・何故ここにいるの?」
「質問が多いな、君は・・・」
赤い瞳をした少年は、少し呆れたように首をひねった。
「まず、私はキールと呼んでくれ。前の体がそう呼ばれていたからな」
「え・・・キール?」
「そして、私がここにいる理由は、君たちと同じだ。リリスに会いに行くのだ」
戸惑った様子がいっこうに解消されないシンジを見て、
キールはわずかに嘲笑した。
「さて、案内してくれるかな。私はリリスの存在を関知できるほど、
この体に慣れていないものでね」
「・・・あなた・・・ゼーレの人ね・・・碇司令が言ってた」
「そうだ。碇のおかげでゼーレは崩壊したぞ。全く・・・
碇さえ裏切らなければ、こんな事をしなくてもすんだ。
・・・だが最後の切り札さえ手に入れる事ができれば、全ての修正は利く」
キールは苦々しげな表情を作ると、その眼光をより強烈なものへと変化させた。
シンジはその光を受けて、はっとして我に返った。
レイの方は、いっこうに動じた様子はなかった。
「ゼーレの目的・・・碇司令の目的と違う事・・・私は碇司令の命令に従うわ」
「・・・・君たちにその気がないのなら、別にかまわんぞ。
少し面倒だが、君たちを排除してからゆっくと探す」
キールの声が少し低くなった、そしてゆっくりと右手を前に突き出す。
ガン!
気圧が急激に高まった気がした。
シンジは目に見えない壁に衝突して後ろに吹き飛ばされた。
「うわあぁ」
シンジがようやく顔を上げると、レイがATフィールドを展開して、
キールの突き出した光り輝く腕を押し返そうとしていた。
レイとキールの力比べが展開される。
だが、レイの足が徐々に後ろに滑っている。
キールの腕がしだいにATフィールド内に侵入してきていた。
「綾波!」
シンジは夢中でキール目がけて殴りかかった。
キールはそれに振り返りもせずに左手を突き出した。
ガン!
シンジの右手とキールの左手が、僅かな隙間を開けて、
停止していた。
その時になってはじめてキールは、やや驚いた表情をしてシンジを振り返った。
シンジとキールの二つの腕は両方とも輝きを放っている。
「・・・これは予想外だ」
キールは力比べをしているにも関わらず平然と言い放った。
だが、その光景は長くは続かなかった。
シンジの右腕が徐々に押されはじめたのだ。
キールは左手でシンジを指差すような格好をした。
ピシッ!
シンジは、何が起こったのかを瞬時には理解できなかった。
シンジの太股を熱い光線が貫いて、続いて赤い血が噴き出した。
「うっ!」
その血を見て、はじめてシンジは足を押さえて後ろに吹き飛んだ。
たちまち、手が血の色に染まる。
「碇くん!」
その時レイにも油断が生じた。
キールの右腕がレイのATフィールドを貫いてレイが後ろに吹き飛ばされる。
立ち上がったレイは、純粋な怒りをその赤い瞳に内在させていた。
「どいて!」
再び激突が生じたが、今度はキールの足が床を滑る。
「何!」
キールが叫ぶのと、吹き飛ばされるのはほぼ同時だった。
レイはそんなキールを睨み付けると、シンジのもとに駆け寄る。
「大丈夫?碇くん」
「だ・・・大丈夫・・・・」
シンジは強がって見せたが、彼の蒼白な顔色と深紅の血は、
それを打ち消して余りあった。
「碇くん・・傷が治る様子をイメージして」
「え?」
「その傷が治るところを、頭に思い浮かべて」
「・・・」
シンジは目を閉じてレイの言うとおりにしてみた。
だが、この状況での思考の集中は容易ならざるものがあった。
「・・・完全には・・・無理みたいね」
シンジはその声に目を開けてみると、
彼の太股の傷は血が出ない程度に治っていた。
しかし、失われた血は取り戻せないようだったが。
「あ、綾波!」
レイの後ろには、キールが冷たい表情を湛えて二人を見下ろしていた。
レイがゆっくりと立ち上がって、赤い視線同士が衝突する。
「あなた、許せないわ」
「貴様なぞに許してもらう必要はない」
激突が生じた。
キールは再び右腕を光らせてレイに迫ったが、それよりも先にレイが動いた。
レイの手刀はキールに触れる事はなかったが、
その先から延びたATフィールドによって横に吹き飛ばされる。
しかし、通路の壁にめり込んで、ゆっくりと起きあがったキールは平然としていた。
シンジは、自分がレイの邪魔になっていることに気付いていた。
レイはシンジをかばって、今の場所から動けないのだ、
シンジは、ゆらゆらと頼りない足で立ち上がろうとしたが、
彼の意志を裏切った足によって、シンジは倒れ込んだ。
「碇くん!」
その声を合図にするかのようにキールが再び躍りかかった。
その勢いに、レイの足が床を滑る。
だが、1メートルほど滑って停止すると、今度はレイが徐々に押しはじめる。
「邪魔しないで!」
キールは再び吹き飛んだが、今度は壁にぶつかることなく、空中に浮いて静止した。
レイは、シンジのもとに駆け寄った。
「碇くん。私につかまって」
「え?、うん」
レイは、後ろから迫るキールをにらみ付けると、
シンジを自分のATフィールドの中に入れて宙に浮いた。
レイはシンジが落ちないように抱きしめると、突然片手を振り上げた。
その手から延びたATフィールドが通路を崩壊させる。
ガラガラ、ドーン!
キールが崩れた通路の瓦礫を吹き飛ばしたときには、
レイとシンジの姿はそこにはなかった。
「逃げられると思っているのか!」
◆
シンジは猛烈なスピードに振り落とされないようにレイにつかまっていた。
レイもシンジを抱きしめて離さない。
抱き合う二人は迷路のように入り組んだ通路を飛んだ。
ようやく思考の落ち着いたシンジはレイの顔を見た。
それに気付いたレイは厳しい表情から少しだけ微笑みを浮かべると、
再び飛ぶことに集中した。
はっとして後ろを振り返ったシンジは、迫り来る光を見つけた。
どうやら、二人分だったためすぐに追いつかれてしまったらしい。
しかし、キールはその距離を保ったまま捕まえようとしない。
おそらく、このまま付いていくことで、
神のところにたどり着けるという計算があるのだろう。
「綾波!僕を置いて先に行って、少しぐらいなら食い止めてみせるよ」
「そんなこと言わないで!」
「でも・・・」
シンジは、自分が足手まといになっていることを痛烈に感じていた。
しかし、その言葉の先をレイの赤い視線によって封じ込められた。
その時、突然広い空間に出た。レイが減速して着地する。
怪我で貧血状態に陥っていたシンジは、立とうとしてよろめき、
レイの肩を借りる事となった。
その目の前に衝撃波を従えたキールが停止して降り立つ。
「これがリリスか・・・」
キールはその空間の中央に位置する赤い球体を見上げてつぶやいた。
球体の大きさはかなりのものがあり、直径は10メートル近くありそうだった。
その形状と色は、使徒が持つコアを連想させた。
その台座の部分には、幾つかのスクリーンと端末が備え付けられている。
ピー
『三名の訪問者のパターンを確認しました。全権アクセスを承認します』
その無機質な声が空間に響くと、台座に備え付けられている、
最も大きなスクリーンが人の顔を映しだした。
『歓迎する。我が主』
三人とも、その声に反応できなかった。
それは、決して威圧感を内包する声では無かったが、
その声がもたらす効果については、認めざる得なかった。
最初に動いたのはレイだった。
「碇くん。悪いけど、あそこまで歩いていける?」
「・・・・・・頑張ってみるよ」
その言葉の意味をシンジは理解した。
同時にレイを止める言葉も頭に浮かんだが、
レイの考えが最も有効な手段であることは明白であった。
「・・・だから、綾波も・・・頑張って」
そう言うと、シンジはレイから離れた。
ふらつく足取りで台座のところへ歩いていく。
「待て!そうはさせぬぞ!!」
キールが伸ばした手をレイがつかんだ。
「あなたの相手は私よ」
赤い視線が両者の間で衝突した。
二瞬の睨み合いの後、ATフィールド同士が激しく激突する。
キールが両手をレイの方へ伸ばす。
その手はレイのATフィールド内に少しずつ侵入していく。
レイもそれを黙ってみているわけではない。
その腕がATフィールドを突き破って来る瞬間を狙って、手刀を放った。
レイの手刀がキールの腕を捕らえるのと、その腕が光を放ったのはほぼ同時だった。
レイが機械の壁に向かって衝突して、背中を打ち付ける。
キールは吹き飛びはしなかったが、
彼の両手首は、所有者のもとを離れ床に転がっていた。
キールは、しばらく流れた血によって赤く染まる手首を眺めていたが、
彼が目配せすると、その手首は宙に浮かんで、元の場所へと戻った。
その傷口がゆっくりと塞がったとき、レイがゆっくりと彼の方に歩いてきた。
レイもプラグスーツの腹部が破れ、白いスーツに赤い血の模様を作り上げていたが、
傷の方は治したようだった。
「遊びに付き合っている暇はない!」
キールは叫ぶと同時に跳んだ。
矢のような速度でレイに向かって跳んだキールだったが、
衝突する寸前にその方向を90度変化させた。
「!!」
気が付くと、自分の口から血が吹き出ていた。
彼の視線は自分の体を貫通した光の槍を捕らえていた。
シンジには薄れていく意識の中で、レイの叫び声だけが聞こえていた。
「碇くん!!」
レイが、慌ててキールに迫ったが、キールは横に跳んでそれをかわした。
「碇くん!しっかりして!!」
レイがシンジを抱き起こして、呼びかけたが、
シンジはそれに応えることは出来なかった。
ゆっくりと振り返ったレイがキールを睨み付けた。
その強烈な視線を受けて、キールがたじろいだとき、それは起こった。
『我が主よ、命令を述べよ』
にらみ合う両者は、その声を無視できずに振り返った。
特徴の乏しいその声は、存在感という点においては他の比肩を許さなかった。
その存在感に押されて、二人とも声を発することが出来ない。
その状況が永劫に続くのかと思わせるに足る時間が過ぎたとき、
弱々しい声が響いた。
「あ、・・・与えられている・・・全ての使命の・・・解除を命令する・・・」
その声をシンジが発したという事に、二人は驚きを隠せなかった。
『使命というのは私の使命のことか?』
「・・・そうよ」
神の問いに答えたのはレイだった、シンジは彼女の腕の中で顔面を蒼白にしている。
キールはそのレイの応えに我に返った。
「待て!神よ。こいつら二人を殺して、私に従え!」
キールの叫びに、僅かに赤い球体が光を増した。
『どちらの命令に優先権があるのだ?』
「もちろん私だ!」
「いいえ、あなたには命令をする資格はないわ!」
「私に従えば、人類補完計画を実行に移せるぞ。使命を果たすことが可能だ」
『・・・・』
そのやりとりに、スクリーンに映る人の顔が僅かに歪んだ。
そして、赤い球体が再び明るさを増す。
『対立する二つの動議が提出されました。現在審議中です』
先ほどとは異なる声が空間に響きわたると、
MAGIを思わせる表示がディスプレイに映し出された。
レイとキールはその表示を見つめた。
その表示の意味はレイにもキールにも理解し得ない物だったが、
その審議が終了したことは知ることが出来た。
赤い球体が輝きをいっそう増した。
その輝きは空間を満たすほどに膨れ上がっていく。
それが頂点を迎えた瞬間、三本の赤い光が放たれた。
「あ・・・が・・・・何故だ・・・」
キールは自分の体を貫通していった赤い光によって出来た穴を見つめていた。
彼は、しばらくその体勢で信じられないものを見る顔をしていたが、
やがて膝をついて、彼が作り上げた血だまりの中に倒れ込んだ。
『提出された動議により、アクセス権は破棄されました』
レイは血の泥濘に沈んだキールを一瞥すると、再びスクリーンに向き直った。
赤い球体は先ほどの輝きを失ってはいたが、
ディスプレイに表示される文字は次々と流れている。
『知能システム自爆動議が提出されました。現在審議中です』
「・・・どういうこと?」
レイの疑問に答えるものはいなかった。
彼女は腕の中に倒れ込むシンジを揺さぶってみたが、反応はなかった。
「碇くん・・・」
その声に、僅かにシンジの瞳が開いた。
「・・・どう・・・なった?」
「私たちの勝ちよ・・・」
「・・・よかった・・・」
『自爆動議が決議されました。ただ今より自己保安システムを解除します』
『30秒でシステムは停止します。退避してください』
「・・・どうしたの?」
「早くここを出ないといけないみたい」
「・・・・・」
「碇くん!」
レイは悲痛な表情をしながらシンジを抱きかかえると、
警報によって赤く染まりはじめたこの空間から脱出した。
レイは通路を這うようにして飛んだ。
その後ろから、爆発音がして、光と共に熱気が襲ってきた。
レイのATフィールドに爆風が打ちよせる。
「きっと・・・神も使命に縛られていたんだね・・・」
「・・・」
「だから・・・使命から解放してくれる方を・・・選んだんだと思うよ」
「それ以上しゃべらないで・・・」
レイは、後ろから迫ってくる爆風が収まった事を確認すると、シンジを床に寝かせた。
「碇くん!傷が治るところをイメージして!」
だが、シンジにその声が届いた様子はなかった。
「碇くん碇くん。目を覚まして!私を一人にしないで!!」
レイは自分が涙を流している事にも気付かずに呼びかけを続けた。
「碇くん・・・お願い・・・」
「・・・ご・・めん・・・」
シンジの声は既に質量を持たず、今にも消えそうだった。
「お願い・・・おねがい・・・・」
レイの声も溢れ出る嗚咽に消えそうなほど弱々しかった。
爆発音も止み、静寂が訪れた通路にレイの小さな声が響く。
だが、その場に突然衝撃音が響いた。
「っ!!」
通路の天井が強引に引き裂かれた。
設計外の力に対する抗議の衝撃音が轟く。
余りに突然のことにレイはただ見上げていた。
そこには片腕の初号機が居た。
その双眸に宿る光を見たとき、レイは何をすべきかに気付いた。
「碇くん!もう少しだけ待って」
その呼びかけに対する答えは返らなかったが、
レイはシンジを抱きかかえるようにして宙を舞った。
エントリープラグ内に滑り込んだレイは、シンジを抱きかかえたまま
初号機を再起動させた。
すると、エントリープラグ内が光に包まれる。
レイは目を閉じてその光を受け入れる。
宙に浮かんでいるような感覚がレイをとらえた。
レイは目の前に浮かぶ光に向かって問いかけた。
「・・・あなた誰?」
『・・・私はあなた・・・』
「・・・私?・・・」
『・・・でも、あなたはあなたよ・・・』
「・・・お願い、碇くんを助けて!」
『・・・解りました・・・』
光が二人を包み込んだ。
レイは横で眠るシンジを見つめて優しく微笑む。
そこから聞こえる規則正しい呼吸音が、レイの心を落ち着かせていた。
地球へ戻りつつある初号機の中で、
レイは少しだけはにかんで頬を染めたあと、その寝顔に優しくキスする。
太陽の光が月面を照らしはじめた。
月の地平線から昇る太陽は、地球の朝を連想させる。
・・・全てが終わった朝
・・・全てがはじまる朝
・・・・・・それは、解放を告げる静かな朝だった
おわり
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