まだまだ、ドンパチですよ




第弐幕

第四場
ジオフロントの空を二体の巨人が落下していく。 初号機と使徒がもつれ合うように、ジオフロント内に落下しているのだ。 初号機と使徒は空中で主導権争いを演じたが、最終的に勝ったのは初号機だった。 使徒はその体に激突の衝撃を抱え込むこととなった。 しかし使徒の上に覆い被さるようにして激突した初号機も、 受けた衝撃で追撃を加える余裕など無かった。 「・・・う・・・」 ようやく衝撃から目を覚ましたシンジは、目の前に倒れ込んでいる使徒に 殴りかかろうとしたが、逆に襲いかかってきた尾によって横に吹き飛ばされた。 泥沼の上に立っているような足の頼りなさを感じながらも、初号機は立ち上がった。 使徒も、同じようにして、ゆっくりと立ち上がる。 二体の巨人はにらみ合った。 使徒の無数の目と、初号機の双眸が互いの隙を探り合う。 初号機は、ゆっくりと横に移動しながらも、使徒から目を離すことはなかった。 その時、ジオフロント内に光の柱が立ちのぼった。 上空から浴びせられた光線が何度目かの爆発を引き起こす。 ・・・く、このままじゃ、ジオフロントが、街が破壊されていく シンジは、全身の精神力を集中させた。 「うおおおぉぉぉ!!」 初号機が、周りの地面と空気とを吹き飛ばして、黄金色の輝きを放った。 初号機の立っている地面にも球形のくぼみができ、初号機はその上に浮かんでいる。 初号機の強力なATフィールドがあらゆる物を排除するように拡大した。 それと同時に、ATフィールド外に放たれる膨大なエネルギーによって、 ジオフロント内に轟音と振動が響きわたった。 初号機が使徒に向かって跳んだ。 高速で襲いかかった初号機の蹴りに、使徒は反応することができなかった。 圧倒的な速度と力とで、使徒が吹き飛ぶ。 使徒は空中で反転して壁に衝突する前に停止したが、その努力をあざ笑うかのように、 初号機が更に蹴りを叩き込んで、使徒は壁にめり込んだ。 動きの取れなくなった使徒に、初号機が迫る。 だが、使徒もその腕を前に突き出して、その動きを止めると、口から光線を放つ。 しかし、初号機は、それを手で受け止めた。 後ろに押され、足が地面にめり込みながらも、その光線を耐えきると、 再び、加速した初号機が高速で拳を放った。 使徒の顔面に拳が叩き込まれる。 初号機はなおも執拗に殴り続けた。 使徒のめり込む壁が、そのたびに崩れていく。 初号機が止めの一撃を放とうとしたとき、地面が突然崩壊した。 使徒の尾が地面を掘り返したのだった。 バランスを崩した初号機の腕が壁にめり込む。 活動を再開した使徒が、仕返しとばかりに両肘を叩き込むと、 尾の一閃を受けて初号機が宙を舞った。 ドーン 天井に叩き付けられた初号機だが、そのまま空中で静止すると、 ゆっくりと使徒の前に降り立った。 再びにらみ合いが続いた。
「・・・リリス起動します」 マヤの報告が地下の壁に反射した。 それを見守るリツコもゲンドウも、ただ黙って巨人を見上げているだけである。 「・・・暴走ありません」 「レイ。外が騒がしいようだ。時間がない。早速だが神の所に行け」 『・・・わかりました』 巨人が動き出した。 前にあった巨大なドアが開いて、ゆっくりとそこをくぐっていく。 リツコは責務を果たした疲れをそのため息の中に込めた。 「これで、あとは結果を待つだけですね」 「・・・ああ」 「マヤ。ご苦労様」 その時、良く通る声が巨人の居なくなった空間に響きわたった。 「碇!」 リツコが驚いてその声がした方向を振り返る。 呼ばれたゲンドウは、むしろゆっくりとその方角を振り返った。 「誰!」 「・・・あ、あれは・・・フィフスチルドレン・・・渚カヲル・・・使徒」 マヤの重い質量を内在させた言葉に、 リツコが、表情をこわばらせて空中を浮遊してくる少年を見つめた。 ゲンドウも僅かに驚きの表情を浮かべたが、 気が動転したリツコもマヤもそれに気付かなかった。 「・・・し、死んだはずなのに・・・」 「この子が・・・使徒」 「死んだ?・・・ああ、この体のことかね。 確かに、フィフスチルドレンは君たちが殲滅したのだったな」 マヤの疑問に、少年は無表情のまま答えた。 リツコは揺らぎはじめている精神力を立て直すために、毅然として問いかけた。 「あなたは誰」 「・・・誰・・・か。確かにこの体はいただき物だ。 この体に成る前はキールと呼ばれていた」 その言葉にゲンドウが複雑な眼光を漂わせた。 「やはり裏切ったな・・・碇」 「・・・いや、私が賭に勝ったのだ」 「我々が接収するまでリリスは再生するな、と、言っておいたはずだ。 お前がロンギニスの槍を抜いた時点で処罰すべきだった・・・」 「・・・今更遅い」 「・・・だが、お前には感謝しなくてはいかんな。 お前のおかげで月に行く手間が省けた。リリスの方から出向いてくれたのだからな」 「・・・・」 「今の私ならリリスを従わせることができるぞ。 お前だけに人類補完計画をまかせておいたと思ったのか? 確かに幸運だった。使徒という形で完全な人間を手に入れられるとは」 「・・・だが、もう遅い」 「そうかな。表では使徒が暴れ回っているぞ。せいぜい、ここで遊んでいるんだな」 そういうと、少年の姿をしたキールは低く抑えた笑い声を発して、天井を睨み付けた。 すると、天井が抗議のきしみ声を上げながら、爆発するようにして崩壊した。 外壁と鉄骨、そして、それに倍する岩石が降り注いできた。 状況にもっとも冷静に行動したのはリツコだった。 彼女はキールを睨み付けたまま動かないゲンドウと、 呆然としているマヤを抱え込んで、倒れるようにして制御室の中に逃げ込んだ。 ガラガラ!! ドーン! 三人の残像を襲うようにして瓦礫が襲いかかって、 その運動エネルギーを衝撃と音に変化させた。 その音が止んで静かになった空間に、 キールの抑え込んだ低い笑い声が遠ざかりながら響きわたった。 「だ・・・大丈夫ですか・・先輩、司令」 最も早く口を開いたのはマヤだったが、彼女はそれに対する回答よりも、 二人の苦悶の表情によって状況を悟った。 見ると、リツコは左足から血を流し、 ゲンドウもまた肩に突き刺さった鉄片を抜いたところだった。 「ああ、私は大丈夫だ。それよりも伊吹君・・・・応援を・・・医者を呼んでくれ」 「は、はい・・・すぐに戻ります」 ゲンドウが服を引きちぎって肩に巻き付けながら、その痛みを噛み殺していた。 マヤが駆け出すと、それまで動かなかったリツコが僅かに身をよじった。 ゲンドウは引き裂いた自分の服でリツコの足の傷を止血した。 よく見ると、白衣の背中の部分も切り裂かれて、所々から血が出ている。 「・・・死ぬのは・・・怖いはずなのにね・・・」 リツコが痛みに顔をしかめながらも自嘲気味につぶやいた。 「・・・人の死を・・・何度も見てきたからかしら・・・」 「・・・・」 ゲンドウはLCLを汲んできて傷を流している。 「・・・いまさら・・・罪滅ぼし?・・・・早く行ったら?」 「・・・・死ぬのは後でできる。全てを見届ける義務が我々にはあるのだ。 ・・・それにあの時言った通り、死ぬのは私一人で十分だ」 「・・・・そう・・・」 ゲンドウの口調は彼が怪我をしているということを感じさせない物だったが、 既に彼の肩に巻き付けられた布は、単なる血の通り道と化していた。
銃声が回廊に響きわたる。 既に、ネルフ本部の建物内は八割方が侵入者達によって占拠されていた。 侵入者達は抵抗の銃火に対して、練度でも密度でも優っていたが、 MAGIによって巧妙に展開されている防壁によって、中心部への侵入を果たせずにいた。 「葛城さん!ここはもう保ちません、早く逃げてください」 シゲルがありったけの声量でもって、かろうじて爆音を凌駕する声を上げた。 シゲルはバリケードの向こう側へ手榴弾を投げ込んで、 一時的な空間的余裕を作り上げる。 その間に、通路の角めがけて全力疾走で退避した。 侵入者達もすぐに状況を悟ると、銃弾を浴びせかけながら追撃する。 その時、侵入者達が乗り越えたバリケードが爆発した。 時限爆弾に吹き飛ばされた侵入者達は、床に滑り込んで動かなくなったが、 爆発を免れた侵入者達は、臆することなく前進を再開した。 如月の指示は簡素を極めた。 「突入!」 ドーン! 防壁が吹き飛び、その穴から戦自の隊員達が躍り込む。 数発の銃声が響きわたって、その場にいた侵入者達が血だまりに沈んだ。 駆け回る隊員達は不意を付かれて反応の遅れている侵入者達を、 次々と血の泥濘に沈めていった。 彼らが遭遇した侵入者の数は多くはなかった。 どうやら主戦場はもっと奥であるらしい。 勝者が足と肩から血を流す敗者に向かって問いかけた。 「おい!戦場はどこだ?本体はどっちへ行った」 「・・・しらんな・・・」 如月の靴が荒々しく兵士の顔を踏みつけた。 この時点で、侵入者達の数は、戦自の部隊とほぼ同数になっていた。 練度においてもほとんど差はないようであったが、 装備と勢いでは圧倒的に戦自の方が優れていた。 そして、後続部隊が続々と到着している。 しかし、けが人を救助するという任務は後回しにできない物であった。 「衛生兵!こっちだ!」 如月の叫び声で駆けつけた兵士が簡単な手当をして、担架の上にけが人を乗せる。 「生きている侵入者どもはどうします?」 「ああ、おとなしくしているようだったら手当してやれ。 そいつらも使命に捕らわれている愚か者なのだからな」 「我々もその中に含まれるのでしょうね」 「ふん・・・所詮俺達は使い捨ての駒だ。立場に、使命に呪縛された愚か者さ・・・ ・・・さあ、行くぞ」 彼の声は自嘲的な色彩を含んでいた。 この状況を最初に把握したのは冬月であった。 「これは・・・戦自か・・・」 「そのようですね・・・間に合うでしょうか」 この部屋に残っているのは、冬月と、マコト、そして怪我をしたオペレータが 数名居るだけであった。 遠くから銃声が聞こえてきた。 時折、爆発音も聞こえる。 その音からは、希望的観測を作り上げることさえ困難であった。 「銃を取ってくれ・・・・すまないな」 「いいんです・・・私も一応は軍人ですからね。戦争は生きる事が戦いですから」 その時、ミサトが倒れ込むようにして戻ってきた。 彼女の頬には、ガラスで切ったと思われる一筋の切り傷があったが、 それ以上に、疲労感が彼女を苦しませているようだった。 「もう・・・ここは保たないでしょう。奥へ退避します」 「葛城君、君はしばらく休んでいたまえ。さ、行くぞ日向君」 冬月とマコトが、ドアを開けて表に出ると、銃声はすぐそこまで来ていた。 「さ、早く!」 ありったけの火力を叩き付けながら、マコトが叫ぶ。 ミサトが誘導して、生き残っている職員達を奥まで退避させた。 「さて、どうやって逃げるね」 冬月がマシンガンを乱射しながらも、落ち着き払って尋ねた。 尋ねられたマコトとシゲルは、装弾しながら催涙弾と手榴弾を投げ込んだ。 「行きますよ」 そう言い終わる前に三人は駆け出した。 三人の背中を追って銃火が襲いかかる。 「あ!」 シゲルと冬月は通路の角まで逃げこめたが、マコトは足に銃弾を受けて、 前のめりに倒れ込んだ。 冬月は無言で援護しながら、すかさずシゲルが腕をつかんで角に引っ張り込む。 「さがって!」 その声がミサトの声だと確認する前に、 三人は転がるようにして、閉まるシャッターをかわした。 「突破される前に奥へ!」 マコトをシゲルがかつぎながら、四人は駆け出した。 戦自の部隊は侵入者の本体と思われる一団と遭遇していた。 「数は30ぐらいは居そうですね。どうやって突破します」 「いちいち倒していたんではデートに遅れてしまうな」 副官が厳重に張られたバリケードの向こう側を指し示して声をかけた。 如月は頭をかきむしりながらも、打開策を探した。 「司令、デートなんて約束してたんですか?」 「ああ、ネルフの美人指揮官が食事に誘ってくれたんでな」 「はぁ・・・」 「・・・おい!そこのエレベーターシャフトから下の階へ行けそうか?」 彼は、停止して役目を果たせないでいるエレベーターの方を指し示した。 二、三人が無言のままその閉じられたドアをこじ開ける。 「下のドアを爆破すれば行けます!」 「よし、お前達はそこから奴らの足元まで行って、天井を爆破してこい! 準備ができたら連絡しろよ!」 「わかりました!」 「それから・・、お前達は開いた穴に掛けるロープと、板か梯子を探してきてくれ」 如月の指示から5分後、宙に浮いた梯子の上を器用に渡る彼らの姿があった。
睨み合いは使徒の放った光線によって破られた。 口から放たれた光線が初号機の残像を貫く。 初号機の体勢を低くした一撃を使徒が片手で迎え撃つ。 使徒の尾が地面を引きずりながらも、初号機の腕に巻き付いた。 「えっ!」 振り回された初号機が3回地面に叩き付けられる。 だが、初号機はその尾を引っ張って使徒のバランスを崩すと、 逆に尾を鋭い手刀で叩き切った。 使徒の叫びがジオフロント内に響く。 初号機が転びかけている使徒に襲いかかったが、使徒は空を飛んで回避した。 使徒は空中に静止すると尾を再生させた。 使徒が初号機に向かって急降下する。 だが、それが初号機に到達する前に、空中で90度、進行方向が変わった。 使徒が轟音を上げて壁にめり込む。 初号機の目の前には白く輝く巨人が居た。 この巨人が使徒を蹴り飛ばしたのだ。 「なな、今度は何?」 シンジは、4枚の羽根を持つこの巨人を、どこかで見たことがある気がしたが、 思い出せなかった。 シンジの疑問はレイが通信回線を開いてくることによって解消された。 「碇くん、大丈夫だった?」 「え、あ、綾波?それに乗ってるの?」 「ええ、そう。リリス・・・人類を再生させるために生まれた悪魔」 「え・・・」 「来るわ、碇くん」 シンジがその方向を振り返ると、既に使徒は目の前に来ていた。 反射的に受け止めた初号機だったが、続いて放たれた尾の一撃で地面に突っ込む。 「碇くん!」 だが、その声に反応するように地面から飛び出した初号機は、 そのまま使徒にタックルした。 吹き飛んだ使徒をリリスが蹴り上げる。 天井に衝突して落下してくる使徒を、初号機が追って再び天井に叩き付けた。 更に初号機が使徒の頭をつかんで、そのまま地面へ向けて落下する。 ドーン その攻撃で使徒の頭は潰れ、動かなくなった。 「さ、碇くん・・・早く行きましょ。神の所へ」 「え、あ・・・うん、行こう」
「やあ、危ないところでしたな」 「あ・・はい。ありがとうございました」 如月がミサトの手を強引に取って握手しながら言う。 あっけに取られているミサトを見て、豪快に笑った如月は、 冬月と挨拶を交わし、けが人の運搬について話し合うと、すぐに帰っていった。 余計な詮索をしていると、思われたくなかったのだろうか。 戦闘は、戦自の突入であっけなく幕を閉じた。 退路を断たれたことを知った侵入者達は、士気を失い降伏したのである。 彼らとしても、ゼーレ派の上官に命令されただけであり、 命を捨てるだけの理由をそこに見いだせなかったようだ。 「ところで、外の様子はどうなっているかな」 担架に乗せられたマコトを見送っていたミサトは、 冬月の声で厳しい顔つきを取り戻した。 そうなのだ、子供達の戦いはまだ終わってはいなかったのだ。 臨時の発令所となった部屋に戻ってきたミサト達は、まず状況把握に努めた。 「上空の巨大飛行物体は、現在地球から離れつつある模様です。 初号機はこれを追いかけています」 魔弾の射手からオペレーターへと復帰したシゲルが報告した。 彼も無傷というわけでは無かったが、それは皆同じであった。 「ジオフロント内の火災は現在鎮静化に向かっています。 自動消火装置だけでもなんとかなります」 「ふむ、第三新東京市上空はどうだ」 「すでに、戦自の航空機以外はいない模様です」 その声で、オペレーター達の緊張した表情が幾分弱まったようだ。 もう襲ってこないと解ったからだろうが、ミサトの表情は厳しいままだった。 「・・・・あれ?」 「どうした?」 「・・・初号機のすぐ近くに、別のパターン反応があります」 「何?・・・・リリスか?」 「ああ、そうだ」 冬月の疑問に答えたのは後ろから現れたゲンドウだった。 「おい、どうした碇。服が血だらけじゃないか。それに顔色も悪いぞ」 「問題ない。治療はやった」 「何があったかはしらんが、病院へ行った方がいいぞ」 「いや、かまわん。問題ない」 そう言って椅子に座り込んだゲンドウに、冬月はやや重いため息をつくと、 目配せで医者に指図して側で治療させた。 ゲンドウも、これには逆らわずに、注射される液体とスクリーンを交互に見やった。 「赤木博士はどうした」 「怪我が重かったからな。病院へ向かった。伊吹君が付いてる」 「・・・そうか」 「初号機と・・・リリスの回線開きます」 シゲルの報告に、視線がスクリーンに集まった。 スクリーンの一角にシンジの顔が映し出され、続いてレイの顔も隣に映し出された。 大多数の暗闇と僅かの光とに支配された世界。 二体の巨人は月へ向かっていた。 つづく

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