少々、平和ですな
台詞がくさくて首がかゆくなってくるので、そのうち変えるかも
アスカの髪に赤い帽子って似合わないかも、青にすっかな


第壱幕

第伍場
幻影のようなビルの谷間を二人は歩いている。 いっそ、幻であった方が説得力があったかもしれない無人の街。 ほこりっぽい空気を刺激するのは、吹き抜ける風と二人の足音、 そして、どこから聞こえるのか解らないセミの声のみである。 その視線を遮る人影は、互いの姿以外には存在しない。 無人の街に一人は視線を巡らせ。 もう一人は、時折、その視線の所有者を見つめる。 「アスカ、街に出ない? 確か、アスカはしばらく今の街を見たこと無かったよね」 そうシンジが今朝誘ったのだった。 シンジとしては、学校に行かないので、 体力の落ちているアスカを歩かせようとの考えであった。 もちろん、その場にいたミサトに、 「あ〜ら、これからデート?シンちゃんから誘うなんて珍しいわねぇ」 と、からかわれるのは回避しえないところであったが・・・ 二人は、他とは少し違う形状をした建物の前まで来ていた。 以前二人は、このデパートで何度か買い物をしたことがあった。 しかしその姿を見ても、それと認識するのに時間がかかった。 記憶に残っている建物の姿とは大きくかけ離れているように感じられる。 賑やかさと華やかさの衣を失った建物は、周りの灰色の背景に同化してしまっている。 むしろ記憶に残っているからこそ、余計にそう感じるのかもしれない。 「アスカ・・少し休もうか」 隣に視線を戻して、疲れた様子を感じ取ったシンジが提案する。 アスカは無言のままシンジの指し示した場所に腰掛ける。 シンジも自分が指し示した、花壇の前にあるベンチに腰を下ろした。 「はい、アスカ」 シンジは家から持ってきた水筒の紅茶を入れるとアスカに差し出す。 市街地の中心部に当たるこの地域には開いている店は一軒もない。 シンジは時計を確認した後、アスカにお弁当を手渡し、自分も弁当箱を広げる。 「アスカ・・覚えてる?ここで色々買い物したよね。 あの時は、別に違和感無かったけど、こんな変な形の建物だったんだね」 デパートという場所柄、設計には気を使ったのだろう。 物理法則に逆らうような形状をして、それは立っている。 しかし、店が閉まってからそれに気づくというのは、いささか皮肉であった。 もっとも、気づかなかったのは、 シンジがその時、下ばっかり向いていたからであるかもしれないのだが・・・ あるいは、自分の手を引っ張っていく少女に気をとられていたか。 その少女は今、シンジが朝作ったお弁当を食べている。 久しぶりに食べるお弁当を、美味しそうに食べるアスカを見て、 シンジも料理制作者としての幸せを得ていた。 シンジは食べながら、改めて周りを見渡す。 花壇の花や街路樹は、枯れることなく風にふかれている。 自動散水装置などがまだ稼働しているのだろうか? 零号機の自爆によって建物の多くが損害を受けたが、 この辺りは比較的無事な方であった。 それでも、窓ガラスの殆どは吹き飛び、 損壊した建物は、道路にはみ出た残骸のみが撤去され、あとは野ざらしである。 シンジは、ふと約束を思い出した。 「・・・トウジに会いに行ったときにね、約束したんだ。 この街を守るって、そして全てが終わったときに、この街に戻って来ようって。 今は離ればなれだけど、いつかこの街でみんなと学校に行ける日まで街を守るって。 ・・・けっこう壊しちゃったけどね」 誰に聞かせる風でもなく、独り言のように言ってから、 シンジは少し苦笑した。 あの、カヲル君の事があってから、落ち込んでいたシンジは、 トウジに会いに行ったのだった。 義足の調子が今一つだ、と嘆くトウジに、 ただ落ち込んでばかりいたシンジは励まされたのだ。 ただ謝ってばかりいたシンジは、少し怒られたりもした。 「これじゃあ、どっちが見舞いに来たのかわからん」 と、ぼやいたトウジと、シンジは約束をした。 窓の外を二人で見ながら、語り合った日のことは一生心に残り続けるだろう。 「なあ、シンジ。少しは落ち着いたか?」 「うん、トウジのおかげで少し心が軽くなったよ」 「シンジ・・・気にせんと聞いといてくれ。 ・・・ここの病院のベッドで寝てるとな。暇やから色々考え事をしてしまうんや。 ・・・なんで自分はここで寝てるんやろ ・・・なんで自分はエヴァにのったんやろってな」 シンジから見たトウジの顔は、夕日を浴びて今までに見たことのない表情に映った。 「・・・最初は、妹のためやと思っとった。 確かにそれは正しかったやろうけど、他にも理由があったかもしれん。 ・・・イインチョやシンジ達がまた笑って学校に来れるように、 って考えとったんかもしれん。 ・・・でも、結局解らんかった。ワイは考えるのが苦手やからな。 ・・・まあ、それでもええとワイは思とる。 ・・・あの時、ワイは乗りたかったから乗ったんや。 それでええと思う。それで怪我したからいうて、後悔はしとらん」 トウジはそう言うと、ややうつむいて、複雑な表情をした。 「トウジ?」 「・・・せやけどな・・・時々後悔することもあるんや。 ・・・イインチョがな、ここへ見舞いに来て辛そうな表情をした時や。 ・・・その表情を見るとな。少し後悔するんや」 「・・・・」 「・・・もう起きてもうた事はしゃあない。だからシンジに頼みたいことがあるんや」 「僕に出来ることだったら何でもするよ。トウジが怪我をしたのは僕の責任だし」 「せやから、そういう考え方はやめっちゅうのに」 「・・・ごめん」 「・・・まあせんせぇらしいからな。どう取ろうとかまわん。せやから・・・ あの街を・・・・あの学校を守って欲しいんや。 イインチョやシンジが笑っていられるあの学校や」 「・・・・」 「全部終わって、平和になるのんはいつか解らんけど、 その時にまたみんなで学校に行けるようにやな。 ・・・ワイの事でシンジやイインチョが辛そうな顔をするのは見たくないんや。 せやから、みんなにまた笑って欲しいんや」 「・・・・解ったよ。僕に出来ることならやるよ。 ・・・いや、出来ないことだとしても、諦めずに守り続けるよ」 「・・・すまんな」 鮮明な記憶と共に、その時に握りあった右手の感触が蘇ってきた。 その約束とその感触とが今のシンジを支えていると言える。 シンジは、そのアスカの視線に気が付いた。 「あ、心配掛けちゃったかな。ごめん」 その言葉は、アスカに安心させるだけの効果を得られなかったようだ。 アスカの視線がシンジの視線と交わる。 シンジを支えるものはその一つだけではない。 今では、その約束だけではなく、アスカを守るという約束も加わっている。 自分に対する約束。 ・・・アスカに心配掛けてちゃだめだな だが、シンジが再び口を開こうとしたとき、アスカが動いた。 アスカはお弁当を膝の上からベンチへと移すと、シンジを抱きしめた。 突然のことに反応できないシンジ。 その温もりは、この寂しい街にあって、最も高密度のものである。 シンジは、次第に落ち着いていく心の中で、そんなことを考えた。 ・・・アスカも僕を守ってくれるんだな・・・
「ふむ、だいたい解った。 確かに、レイ君を一番よく知っていたのは赤木博士だからな」 冬月が目の前にいるミサトに対して答える。 冬月は更に思案を続けていたようだが、少し首をひねった。 「しかし、どうすればよいのかね?」 ミサトは、レイの生活の事で副司令と相談しているのである。 レイについては、リツコが健康面や生活面で面倒を見ていた。 しかしあの事件以来、リツコは当然、レイの事に関与しなくなった。 結果として、レイの面倒を見る人がいないのである。 そして、冬月が言った『知っていた』という過去形は、 現在でもそうであるという点で訂正の余地があった。 実際、レイの事をよく知っている人は他にいない。 ミサトが何故このようなことを言い出したのかというと、 シンジが時折レイに料理を作ってあげている事を知って、 色々シンジから聞き出したのである。 その、食生活と、住んでいる場所を聞いたミサトは、呆れてしまった。 ミサトに呆れられるとは、相当なものである。 シンジが料理を教え込んだりするのだが、 レイが料理をするのは、シンジが来たときに手伝うだけなのだ。 一人ではする必要性を感じないのだろうか。 それに、付近に店がないのでどうしても、買い物に時間がかかる。 結果として、料理をしている時間が無くなるのである。 それをシンジから聞いたミサトは、冬月に相談に来たわけである。 「ふむ、本部の方に住んでもらうかね。部屋はいくらでもあるだろうからな」 「・・それは、面倒を見る人がいないという点で変わらないでしょう。 ですから・・・」 そう言って、ミサトは悪戯を思いついた悪童のような表情を作った。 抑えてはいるのだが、ミサトの性格上顔に出てしまう。 「ですから。私の方で引き取らせていただきます」 「・・・・」 冬月は、しばらく思案しているようであったが、 やがて納得したように頷いた。 「・・・葛城君、最初からそのつもりだったのではないかね?」 「あら、解りました?」 「・・・ふむ、まあ良いだろう。君は確か、他の二人のパイロットも、 あずかっているからな。パイロットが一カ所にいれば連絡も取りやすかろう」 やった〜という表情をするミサトに、 冬月は、椅子にもたれ掛かりながら、重大な問いを発した。 「ところで、君のうちには空きがあるのかね?」 「・・・え?」 「・・・もしかして、考えて無かったのかね?」 「あは、ははは、そう言えば・・・」 冬月は一つため息をつくと、呆れる表情と嘆く表情を同時に浮かべて見せた。 「・・・ふむ、君のところはマンションだったな。 隣の部屋を確保しておくように手配しよう」 「はい、お、恐れ入ります・・・」 「・・・ってわけで、シンちゃん。レイもこの隣に住むことになったから〜」 街から帰ってきたシンジとアスカは、ミサトの経過説明を やや唖然としながら聞いていた。 もちろん、部屋はミサトが確保した、という風に作り替えられた説明であったが。 聞き終わったシンジは嬉しそうな表情をしている。 アスカはやや不機嫌に見えたが、これはミサトの見間違いでは無いだろう。 「ほ〜ら、アスカもそんな顔しない。そんなにシンちゃんが取られたくなかったら、 先に奪っちゃえばあ?」 「ミ、ミサトさん・・・」 「・・・あ〜ら、もてる男は辛いわねえ」 アスカの強烈な視線を受けて、一歩二歩と後退していくシンジを見ながら、 ミサトは無責任で酒気がかった言葉をかける。 ・・・これは良い傾向ね、積極的になれば、アスカも元気になってくれるわ 翌日には、レイの引っ越しが行われた。 もともと、このマンションはネルフの職員が借り切っている様なものであったし、 その殆どが、空き部屋だったので、別段問題はなかった。 問題があったのは、ミサトに呼ばれた二人であったかもしれない。 「なあ、マコト。なんで俺達なんだ?」 「さあな。知ったところで、この労働条件は改善されないと思うがな」 この街の状況を考えれば、引っ越し業者の手配など付くはずもなく、 マコト、シゲルそしてシンジの男性陣は、 肉体労働者への一時転職を余儀なくされたのである。 もっとも、レイの荷物自体は大した量はない。 ベッドや冷蔵庫も備え付けの物の位置を変えるだけであったはずだが、ミサトが 「ついでにこれも隣に運んで〜」 と言って物置に仕舞ってあった机を出してきたり、 「ここの絨毯気に入らないわねぇ」 と言って、仕事を増やす度に、 労働者達のため息はより深いものへと変化するのであった。 「かんぱぁ〜い」 ミサトの音頭を合図にレイ歓迎会が執り行われた。 シンジは、悲鳴を上げる筋肉を気にしながらも、かなり豪勢な食事を用意した。 良い食材が手に入らないというので、わざわざネルフ本部内の売店まで足を運んだ。 その努力の成果を、はじめは不機嫌だったアスカや、 不思議そうな顔をしていたレイも、今は美味しそうに食べている。 ミサトの方は、 『ビールさえあれば何でも美味しそうに食べる』 という評価であって、彼女から料理に対する正当な感想を得ようというのは難しい。 シンジは、そんな三人を見回して、幸せな顔をしながら箸をのばしている。 「や〜、今日はシンちゃんご苦労様。結構時間かかっちゃたしね」 「いえ、良いんですよ。綾波のためですから」 「・・・碇くん。別に私はよかったのに・・・」 「いいんだよ綾波。僕も家族が増えるのは嬉しいしね。 それに、今回のことはミサトさんが言い出したことだから、 感謝するならミサトさんに言ってよ」 「・・・ありがとうございます・・・葛城三佐・・」 「あ〜、いいのよ。だけど、その堅苦しい呼び方止めてくれる。 ミサトでいいわ。ミ・サ・ト」 「・・・はい・・ミサト・・さん」 かなりの時間続いたレイ歓迎会も、やがて終わって、 シンジが食器を洗い、レイが食器をふき、アスカが片づけている。 終わっても関係なく、浴びるように飲み続けるミサトを横目に、 シンジはこんな光景はいいものだ、と考える。 そう言えば、退院してからのアスカと、レイが会うのは初めてかもしれない。 レイがアスカの変化について何も言わないのは、気づいていないからか、 それとも、静かになった程度に思っているのか。 「ねえ、綾波。お風呂はどうする? こっちで入る?それとも向こうのお風呂を使う?」 「・・・どっちでもいいわ」 「ん〜、じゃあ今日はシャンプーとか用意できてないからこっちを使ってね。 明日からはまた考えよう。あと・・・朝は僕が起こしに行くよ」 シンジは頷くレイを確認すると、最後の洗い物を終えて、風呂場に向かう。 「あ、レイ。ちょっち来てくれる?」 「・・はい」 『この世の幸せ』という題名が付くような表情をして、ビールを飲んでいたミサトが、 レイの新しい住居の方へ移動しながら声を掛けた。 レイもそれに付いていく。 「ねえ、レイ。今日のところはこっちの家で寝てもらうけど、 やっぱり一人じゃ寂しいでしょ?」 「・・・いいえ、そんなことはありません。今までも一人でしたから」 「無理しなくてもいいのよぉ〜。レイもシンジ君と一緒に住みたいでしょ」 「・・・わかりません・・・」 レイの表情が見慣れない表情へと変化した。 「ふふふ、やっぱりそうなんじゃない。 いっそこっちに三人とも移動しちゃえば?私は別に構わないわよ」 「・・・いいえ、それは・・・碇くんが大変だし・・・」 その言葉は、どうやら今日の引っ越しの労働を指しているらしかった。 三人の労働者の中で最も体力の少ないシンジは、相当に疲れていたのだ。 シンジ自身は、そんな疲労感をレイに見せまいとしていたのだが、 所詮、体力の無さはいかんともしがたかった。 「そうねえ・・・確かにシンジ君には悪いわねえ・・・」 この場合、他の二名は考慮に入っていないらしい。 仕事を増やした張本人であるはずのミサトは、レイの新居を歩き回りながら、 しばらく思案していたが、不意に笑みを浮かべた。 笑みと言っても、 シンジが見たら『うっ、何か企んでる・・・』と思うような笑みであった。 「そうだっ。良いこと考えた〜」 風呂場から戻ってきたシンジは、レイとミサトが居ないことに気づく前に、 そのアスカの表情に気づいた。 ここのところシンジは、アスカの表情から、おおよそ何を言いたいのかを、 理解できるようになっていた。 そのシンジの記憶に照らし合わせて、 この時のアスカの表情は解析不能で見たことのない表情であった。 「アスカ?」 怒っているようにも見えるが、より深く、より冷たい視線である。 「どうしたのアスカ?怒ってるの?」 アスカの肩が震える。 シンジがその事に気づくと同時にその音が響きわたった。 パン!! シンジはその勢いよりも、その事実によって張り倒された。 アスカがシンジの視界から走り去る。 その平手の物理的な痛みはシンジには全く感じられなかった。 シンジの感覚の99.8%は、心臓を貫いていったアスカの涙と言う名の衝撃であった。 「アスカ!」 アスカを追いかけたシンジが閉じられた扉の向こうに呼びかける。 開けようか迷った末に、まず声をかける事にした。 「アスカ・・・僕が悪い事したなら謝るよ・・・ごめん。 ・・・僕にはアスカが怒る理由が・・・全てではないけど・・解る気がするよ。 ・・確かに、今日は忙しくて・・・アスカの事構ってあげられなかったからね」 シンジはここまで言って息をついた。 続く言葉を考え出すべき頭脳は、この時はその役目を放棄しているようであった。 ・・・考えていてもしょうがない 「アスカ・・・僕は、一時もアスカの事を忘れたことはないし、 これからも忘れることはないよ。約束する・・・」 シンジはゆっくりと、アスカの部屋の扉を開けた。 窓から流れ込む月明かりのみに照らされたその部屋で、 アスカはベッドに腰掛けて俯いていた。 シンジは後ろ手に扉を閉めると、アスカの視界に入るように、床に座った。 「アスカ・・・僕は・・言い訳する気はないよ。今日が忙しかったのは事実だからね。 ・・・でも、それで、僕がアスカの事を忘れているなんて思わないでよ・・・ ・・・僕はいつもアスカの事を想っているから」 シンジは、アスカの右手を両手で握った。 まるで、その手から意志が通い合うことを望むように。 「僕の体は一つしかないからね、いつもそばに居れるわけじゃないけど、 でも、アスカが助けを必要としたときは、必ず僕が守るよ・・・約束する」 アスカの瞳はじっとシンジを見つめて微動だにしない。 シンジは、その瞳を見つめ返すことでそれに応えた。 「さ、元気だしてよアスカ。明日は、ネルフの本部まで買い物に行こう。 今じゃ、まともに物が売ってあるのはあそこだけだからね。 綾波の必要な物とか買わなきゃ行けないし・・・」 『綾波』という言葉に、一瞬だけアスカが肩を震わせたのをシンジは感じ取った。 シンジの怪訝な視線がアスカの肩を捕らえる。 「・・・アスカは綾波の事があんまり好きじゃないのかな?」 シンジは、その言葉に僅かに頷いたアスカを見ながら、すこし考え込んだ。 「・・・きっと・・アスカが綾波を嫌いなのは ・・・綾波が自分に似てるからじゃないかな?」 アスカの顔が上がってシンジを凝視する。 シンジは、視線をゆっくりと窓の方へ移した。 窓の外には月が見える。 「・・・アスカは・・昔はひとりぼっちで・・・寂しくて・・・ 自分の殻に閉じこもって・・・自分を隠すために強気に振る舞ってたんだよ ・・・でも、綾波もそれはある意味同じだよ。寂しくて・・一人で・・・ ・・・命令を実行する自分がいるだけだった・・・ アスカは自分の一面を綾波に見てしまうから・・・ まるで、自分が暴かれたように感じて仕舞うんじゃないかな?」 「・・・・」 「寂しいのは・・・僕も一緒かもしれない。だから・・・自分の殻に閉じこもってた。 ・・・アスカと違うのは、冷たく振る舞ってた所かな」 シンジは、そこで視線をアスカの瞳の上に戻した。 「でも、僕は今、一人じゃないよ。アスカと綾波っていう仲間ができたし、 ミサトさんっていう家族ができたしね。確かに、時々寂しくなるときはあるけど、 それを乗り越えられるだけの家族ができたんだよ」 シンジは立ち上がると、アスカの隣に腰を下ろして、横からアスカを見つめた。 「だからアスカも殻に閉じこもるのはやめてね、本当の姿を見せてよ。 僕の前では・・・家族の前では無理をしなくてもいいよ。自分に素直になってよ。 ・・・アスカ」 シンジは、アスカの頬に付いた涙の跡に手を触れると優しくなでる。 「ふふっ。なんだか、恥ずかしいこと言っちゃったね。 でも、アスカに対しては本当の心が言える気がするよ。だから、 さっきの約束は本当だから。別にアスカがどんなアスカだって構わないよ。 悲しいアスカ、静かなアスカ、怒ったアスカ、元気なアスカ・・・ 何時だって僕は守り続けるから・・・ ・・・でも、どっちかって言うと、元気なアスカが一番好きだけどね・・」 そう言って、笑顔を浮かべるシンジに、アスカは不意に抱きつく。 「あ、アスカ?泣いてるの?」 シンジは、さらに声をかけようとするが、アスカの嗚咽を聞いて、 それ以上は何も言わなかった。
「なあ、マコト・・・なんでまた俺達なんだ?」 「さあな、その理由は永久に解らない気がするよ」 シンジ、アスカ、レイの三人が買い物に出かけた後、 ミサトは昨晩思いついたことを早速実行に移した。 ・・・ガガガガガ 耳をつんざく機械の音。 溶接のために飛び散る火花。 そう、ミサトの思いつきとは、ベランダを通路にしようという、 大がかりかつ冗談としか思えない考えであった。 そのために、壁に穴を開けたり、覆いを付けたりと大変である。 無論、本人はいたって大まじめであり、ミサト曰く、 「こんなグッドアイデアを思いつくのは、私ぐらいなものね。 部屋の壁に穴を開けようかとも思ったんだけど、大変そうだしね」 だそうである。 それを聞いた二人は、 「「確かに、こんな無茶な事を考える人は他にいませんよ」」 という言葉も言えずに、ただ唖然とするのみであったという。 もっとも、工事という事なので、二人はサポート役であり、 機械を操っているのは、工務課の人である。 今、最も忙しい部署から引っ張ってきたわけで、 さすがにミサトも引け目を感じたのか、この作業の後、食事を御馳走したという。 当然のごとく、その席にはマコトとシゲルの姿は無かったが。 マコトとシゲルとの間で交わされた会話に比べれば、遙かに建設的で、 有意義な会話がネルフ本部にある売店で交わされていた。 「ねえ、綾波。これなんかどう?」 「・・・碇くんが良いって言うならこれにする」 売店と言っても、もともとデパート並の規模がある店である。 しかも、街の店の殆どが閉まってしまった今では、逆に拡張されて、 品揃えは豊富になったようにさえ感じられる。 特に、食料品関係は大幅に拡張された。 シンジとレイ、そして半歩後ろを付いていくアスカは、衣類売場にいた。 朝、レイを起こしに行ったシンジは、裸のまま寝ているレイに驚いたのである。 レイを起こしに行く前に、朝食を作り終えていたのは賢明と言わざる得ない。 シンジが、その驚きから回復するまでに、31分を要したからである。 朝食を食べながら、どこか気の抜けたような表情をしているシンジに、 ミサトは風邪でもひいたのかと、心配したほどであった。 ようやく立ち直ったシンジが聞くと、レイはパジャマはおろか、 普段着るような服を持っていないのであった。 唯一持っている服が学校の制服というのも信じられない話であったが、 その姿を見慣れていたシンジには確かにそれで違和感はなかった。 だからといって、制服だけというのは問題がありすぎる。 予定を少し変更して、レイの服を買いに来たのである。 「普段着として着るものだから、他にもあった方がいいね」 「・・・うん」 大きな店であるとは言え、利用者がネルフ従業員なので、 子供服などほとんど皆無なのだがそれでも、婦人服売場の方までまわって、 あらかた揃えることが出来た。 とりあえず、結構な量なので、一部を除いて届けてもらうことにする。 「あとは・・・パジャマと・・・エプロンは・・前買ってあげたのがあったな」 シンジがそう言って辺りを見回したとき、 アスカが色とりどりの服に目移りさせながら歩いてくるのが見えた。 「あ・・そうだ。綾波、アスカと待っててね。パジャマを選んでくるよ」 数分後、アスカとレイの前に現れたシンジは、デザインは同じなのだが、 色合いの違う二着のパジャマと、帽子を手に持っていた。 「おまたせ、パジャマは種類が少なかったんだけど、 一番良いと思った物を持ってきたよ。・・・それから、これ」 そう言ってレイの頭に帽子を被せるシンジ。 帽子は、白い色で、傍らに赤いリボンの付いた帽子だった。 「うん、とってもよく似合うよ・・で、こっちが・・・」 そう言って、シンジはアスカの頭に帽子を被せた。 その帽子は、やや赤みがかった、薄く入れた紅茶のような色だった。 「・・・こっちが、アスカの帽子。アスカにも何か選んであげようと思ってさ」 アスカはそんなシンジと帽子を、奇妙な物を見る目で見比べていたが、 やがて、近くの壁に掛かっている大きめの鏡の所へ行くと、 帽子をかぶった自分の姿を映し見る。 そんな姿を見て、レイもアスカの隣に立って真似をする。 「・・・いいなあ、なんか姉妹みたいで」 シンジの漏らした感想は、誰の耳にも届かなかったが、 そんなシンジの微笑みは鏡越しに二人の少女に伝わり、 二人ともこの日最高の笑顔を浮かべた。 つづく

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