う〜ん、すすまん
やっぱり途中からにするんだった
第壱幕
第四場
N2兵器が初めて使用されたのは、1998年の12月の事であった。
激化した民族紛争に介入した多国籍軍が、停戦協定を破った軍に対して使用した。
もっとも、テストと政治的宣伝の要素が強い事件であったが。
「僕は神からの使者です」
そう名乗る人間が、主要各国の首都を訪れたのは、
初めてN2兵器が使用される、7ヶ月前のことであった。
その使者は浴びせられる、制止の声と、銃弾を無視して、
その国の国家元首の前に現れたのである。
その使者は、挨拶を交わし、幾つかのことについて、宣言するように言った後、
帰っていった。そしてあとには二つの箱が残された。
一つは、N2の子細な製造方法の資料。
もう一つにはその、実物が入っていた。
各国は、このことをトップシークレットとした。
そして最初に、生産に成功したのが合衆国だったのである。
以後、僅か5年の間に間にこの兵器は、多くの戦場で使用された。
そして、戦場で無い場所でも使用された。
死者の数では、そちらの方が多い。
その戦争が終わったのは、当事者同士が和解したからではなく、滅んだためであった。
そう、人類はすでに滅んでいるも同じであった。
地球上で採取されたあらゆる観測データを見ても、
このままでは、地球がそう長く保たない事は明らかであった。
「神からの使者か・・・」
ミサトは、一人狭い端末室で天井を見上げた。
背中を預けられた椅子が、控えめな抗議の声を上げる。
「滅びの使者よね。使徒みたいな・・・」
そう考えて、ミサトは首をひねった。
彼女には、科学力と、あの使徒とを結びつけるのはいささか抵抗があった。
「・・・そうでもないか」
ミサトはMAGIに侵入した使徒の事を思い出した。
短期間の進化で、あれだけのことをやってのけたのである。
留意すべき故事と言えた。
「・・・おっと、あんまり長く居るとまずいわね」
ミサトは時計を見ることと、端末の操作を同時にやりながらも、
今の思考を続けていた。
・・・もうちょっと調べないと、解らないことだらけだわ
弐号機にシンジが乗り込み、起動テストが行われている。
起動課程が何度か繰り返されたが、結果は同じであった。
「・・・安定しませんね」
「そうだな、これでは実戦には使えんな」
マヤと冬月は、自分の口からため息混じりの声が聞かれるのを知った。
シンクロ率は、起動するかしないかという所をさまよっている。
「使えたとしてもおとり程度だ、戦力としては小さすぎる。
それならば、初号機だけの方がましかもしれんな」
「・・はい」
「ふむ。ダミープラグで起動してみるか。しかし、望みは薄いな」
「・・サードチルドレンでも起動できませんでしたからね」
「・・・ダミープラグに強制シンクロという手は使えんか?」
「不安定要素が大きすぎます。暴走するのは確実なんじゃ無いでしょうか。
それに、貴重なダミープラグを破損する危険性もあります」
確かに、貴重なダミープラグである。
しかも今のところ、開発を担当した赤城博士はここには居ない。
「・・・だが、緊急時には暴走したエヴァでも使わねばなるまい・・・
一度、テストしてみるか・・・準備はどれくらいかかりそうだ」
「ダミープラグを破損する可能性を抑えるために、時間はかかるでしょうが、
それでも1日あれば準備は出来ると思われます」
「よし、ご苦労だが早速とりかかってくれたまえ」
◆
「調べ物があるから、今日は帰れないわ」
とミサトが忙しそうだったので、
シンジは、定期検診を終えたレイと一緒に歩いていた。
まだ少し苦手ではあるが、シンジは会話をするようになっていた。
レイの反応は、素っ気ない物ではあったが、無視するという事はない。
シンジは、この街で開店している数少ないスーパーの前までやってきた。
「あ、そうだ。この前、料理作ってあげるって言ってたでしょ。
今日綾波の家に行って作るよ」
「・・・・そう」
肯定なのか否定なのか判断の分かれる反応であったが、
シンジはそれを肯定ととった。
メニューを思案しながら、カートを押して行き、
レイはその後ろにぴったり付いていく。
・・・自分は信頼されたのだろうか?
などと、度々思考を後ろに逸らしながら、買い物を続けた。
一番品揃えが良いと思われるこの店でも、
食料品はともかく、雑貨などは品薄であった。
ほとんど廃墟と化した街。
人の気配を感じさせない街。
シンジは、人が苦手なのは相変わらずであったが、
人は一人では生きていけない事を知っている。
・・・寂しい街、寂しい時代
店内は閑散としていて、人影もまばらである。
おそらく、この街で一番人口密度が高いのは、今自分が立っている所なのだろう。
背中にレイの温もりを感じて、シンジはそんなことを考えた。
・・・綾波も寂しかったんだ
「トントントン」
料理を作るシンジをじっと見つめるレイ。
作り始めようとしたとき、
「私も何か手伝うわ」
という発言にシンジは驚いて、2.5秒間、彫刻のように固まってしまった。
だが、料理という物をやったことのないレイが怪我でもしようものなら大変である。
それに、キッチンはあまり広い方ではない。
「あ、いいよ、作ってあげるって言ったのは僕だし」
「・・・でも」
「う〜ん・・・じゃあ、今度手伝ってもらうからさ。
その時のために、後ろから見ていてくれるかな」
頷くレイ。
・・・ちょっと、やりずらいなあ
背中に感じる視線にやや恥ずかしさを伴う戸惑いを見せるシンジ。
だが、しばらくすると、料理人としての集中力が戻ってきた。
余裕が出てきたのか、解説を入れながら手際よく作る。
スーパーで食材だけでなく、いろいろな物を買ってきた。
あきれるほど何もなかったキッチンが、ようやくその存在意義を行使している。
レイは相変わらずじっと見つめるだけで、
その表情からは、いかなる考えも読みとることは不可能であった。
「いただきます」
「・・いただきます」
レイが出してきた折り畳みの机の上に料理が並べられ、
二人は席に着くと、食べはじめる。
レイの返事はいささかぎこちないものであったが。
「どう、おいしい?」
「・・おいしい」
「そう、よかったよ。最近、あんまり良い材料が売ってないからね」
シンジの笑顔に、レイもやや堅い笑みを返した。
レイに配慮して、野菜だけの料理だったのでボリューム的に物足りない気もしたが、
黙々と食べるレイを見る料理制作者は幸せそうであった。
食べ終わると、シンジは片づけながらお湯を沸かした。
「紅茶入れるけど、お砂糖いる?」
「砂糖?・・いらない」
二つのマグカップに紅茶を入れてテーブルに運ぶ。
「ありがとう」
その声は素直に出てきたお礼の言葉であった。
◆
徹夜で帰ってきたミサトがベッドに倒れ込んだのは、七時を回った頃であった。
よほど疲れたのであろうか、そのまま眠ってしまったミサトのために、
シンジはサンドイッチを作っておく。
本来ならば学校へ行く時間なのだが、生徒数の減少と、
それ以上に教員の確保が難しくなったため、一時閉鎖となった。
そのため、シンジは病院の方へ向かっていた。
アスカは予定より早い退院の日を迎えていた。
医師の方は、患者が望んでいるのならば、ということで承諾したのである。
午後になるとミサトも病院へ行く。
まだ、足下のふらつくアスカであったが、シンジの肩につかまる表情は、
嬉しさによって支配されているようだ。
「シンちゃ〜ん。寄りかかってくるからって、変なとこ触っちゃ駄目よ」
「そ、そんなことしません!」
ミサトが後ろから、からかう。
「退院祝いで宴会よ〜」
と、はしゃいでいたミサトは
「だめですよ、お酒なんて。病院食ばかりでしたし、
まだ完全に回復したわけじゃないんですから」
と拒まれた事を、どうも根に持っているらしい。
その発言者の方は、アスカの足下にばかり気を使っていたのか、
それともミサトのからかいに動揺したのか、
コンクリートの柱にしたたかに頭をぶつけていた。
さすがに、お酒は出なかったが、それでも、その日の料理は豪勢な物であった。
「今日はアスカのために腕によりをかけて作ってみました」
アスカに配慮して、胃に負担のならないような物が主である。
相変わらず、無口ではあるものの、アスカの表情は幸せそうで、
それを見守る料理人は、さらに幸せそうであった。
ミサトも、
「一本だけですよ」
との許しに、目を潤ませて喜んでいた。
久方ぶりの三人での食事。
ミサトはこの戦果の最大の功労者を眺めていた。
シンジにはすっかり暗さが無くなってきていた。
すべき事を見いだした顔。信じることを見いだした顔であった。
ミサトは、昔聞かされた言葉を思い出した。
「定義も公理も無いところに定理は生まれないさ。考えるだけ無駄だよ。
定理を作るためには、何かを信じなくてはならない。それは何でもいい。
宗教でも、他人でも、仕事でも何でもいい。問題はそれを見いだせるかどうかさ」
視線を水平に走らせて、今度はアスカの方を見る。
まだ、腕、脚などは細いかと思えるが、食欲はあるようなのですぐに戻るだろう。
相変わらず無口で、性格が入れ替わったようにも思える。
時折、頬を膨らませて怒るさまは、
シンジを困惑させるという点において、
時折見せる、本当の笑顔は、
シンジと居るときだけに見せるという点において、かつてと同じである。
・・・本当に良かったわ。立ち直ってくれなかったら、
保護者失格どころじゃないものね。
でも、これでシンジ君が居なくなったりしたら、二度と立ち直れないでしょうねぇ。
その考えを振り払うために、ビールの残りを飲み干す。
しかし、その考えの座を譲り受けたのは、同じく暗い考えであった。
・・・アスカが退院したから、おそらく起動テストが行われるでしょうね
現状で可能性のある事は試しておく必要がある。
おそらくシンジはそれを是としないに違いない。
だが、初号機のみでは、この平和な日常を守りきれないことも事実だ。
平和を守るために、平和を切り崩さねばならないのだ。
・・・悲しい平和ね
一度、アスカと話し合う必要があるのかもしれない。
「ミサトさん?どうしたんです?」
「あ、なんでもないの。ごめんね心配かけて」
「それならいいですけど・・・」
・・・そうね、食事の時ぐらいは、嫌なことは忘れましょ
それを聞いたときのシンジは、驚きの表情と、困惑の表情とを同時に浮かべてみせた。
別に、シンジが器用というわけではなく、
その言葉を、即座に信じられなかったためであろう。
それ以上に、信じたくなかったのかもしれないが。
「アスカを・・・もう一度ですか」
「ごめんなさいね。アスカに負担をかけたくないシンジ君の気持ちは解るけど」
「だって、まだ完全に元気になったわけではないし・・・」
「そうね、だけど時間も選択肢も少ないのよ」
結局ダミープラグによる起動は失敗していた。
強制シンクロの方は、予想通り暴走という結果であった。
いくつか、暴走時のデータが集められたが、危険であることには変わりなかった。
一週間程度、この方向でテストが続けられることになった。
「・・・」
「もちろん、その一週間が終わってからね。アスカには私が話すわ」
「アスカが嫌がったら?」
「その場合は仕方ないわ。嫌がるのに載せたって起動するはずないもの」
「・・・」
シンジにも、初号機だけでは次の戦いを乗り越えられないであろう事を
解っていた。だが、アスカを載せるわけにはいかない。
アスカが傷つくぐらいなら、自分が傷つく方を望む。
そんな考えを見透かしたミサトは、ため息混じりにシンジの目を見つめた。
「シンジ君。あなたは自分を犠牲にしてでも他人を守りたいのでしょうけれど、
そんな押しつけがましい好意は何も生み出さないわ」
「・・でも」
「あなたには解っているはずよ。あなたを必要としている人が居ることを。
あなたが居なくなったときの事を考えてみて」
そう言いながらも、ミサトは自分もその中に含まれるのだろうと考えていた。
「他の人を守って、なおかつ自分も生き残る方法を考える義務があなたにはあるわ」
「・・・」
「確かに、アスカには辛い思いをさせるかもしれないけれど、
あなたが居なくなれば立ち直らせる人も居なくなるの」
「・・・はい。それは解りました・・・でも僕は、アスカの事には賛成しません」
「・・・解ったわ。確かに私もあまり気が進まないの」
そう解っていても、子供達を載せなければならない。
ミサトの頬を自嘲の影が流れ落ちていく。
・・・悲しい平和ね・・・
◆
ミサトは再びMAGIのデータベースを調べている。
暇を見つけてはこの部屋に入り浸る毎日なのだが、
目的の物を見つけられずにいた。
いや、本人は、何が目的なのかも解りかねていたが。
この日も端末に向かう、だがあまりに頻繁にアクセスしてはまずいと考えたミサトは、
重要度の比較的低い資料をあさっていた。
そこで奇妙な資料を発見した。
それはエントリープラグに関する初期段階の資料であった。
ミサトの目を引いたのはその資料が作成された時期であった。
今から15年近く前の資料。
エヴァに乗り込むためのエントリープラグ。
エヴァとシンクロするためのエントリープラグ。
この資料の作成された時期を信じるなら、
15年も前にエヴァとのシンクロを考えていたことになる。
初号機も零号機も存在しないはずの時期にである。
・・・別の関係かしら
15年前、それはミサトに一つの言葉を思い出させる。
・・・セカンドインパクト
その言葉と共に、断片的に残る、だが非常に鮮明な記憶が蘇る。
・・・そう、私は一緒に南極に行ってあれを見た。
父親に連れられて行った南極の光景は、殆ど記憶には残っていない。
・・・何故父は私を連れていったのだろう。あの時の私はまだ子供だったのに
・・・たしかあの時は14歳・・・
「・・・まさか・・・そんなはずありえないわ」
しかし、言葉とは裏腹に、理性ではなく本能から発する悪寒が、
背中だけでなく全身を包み込んでいく。
それと同時にミサトを頭痛が襲った。
こめかみを抑えながら何とか端末の電源を切ると、
よろめきながらも、とりあえず落ち着ける場所を探す。
ひとまず座って落ち着いたミサトは、
一度石膏で封印した思考を少しずつ、さかのぼっていく。
・・・14歳だからといってエヴァに乗れるとは限らないわ
だいたい、エヴァも無いのに何にシンクロしたかが解らないわよね
そこまで考えて、ミサトはようやく冷静な表情を取り戻した。
・・・仮定が多すぎる。まず南極に何があったのかを知らないと
ようやく思考を整理し終えたミサトはゆっくりと立ち上がる。
時計を一瞥したミサトは自分の仕事に戻るため、頭を切り替える。
ミサトは自分の仕事場への回廊を歩く途中で日向マコトと出会った。
外見はまじめそうに見えるマコトは、その外見通り、書類片手に、
歩きながらミサトと事務的な話をする。
もっとも、かつてリツコが嘆き半分、皮肉半分に論評したことがあった。
「ミサトの傍らに居れば、たいてい、まじめでまともに見えるわ」
その発言者が、まじめはともかく、
まともに含まれるのかは論議を要するところであるのだが・・・
「・・・つまり、確認された物だけで9体あると思われます」
「じゃあ、六号機を含めると10体ね。そんなに作って何をするつもりなのかしら」
「それは解りませんねぇ。それにパイロット無しでは動かないでしょうに」
「そうねえ」
パイロットという言葉にミサトの呼吸が一瞬だけ止まった。
しかし、それを自分にすら悟られることもなく歩き続ける。
「じゃ、新しいことが解ったらまた知らせてちょうだい」
「はい。わかりました」
ミサトはドアの前まで来ると、マコトの敬礼に苦笑を返す。
部屋に戻ったミサトは、自分で入れた珈琲の薫りに向かってため息をついた。
「・・・あんまり考え込むのはやめにしましょ。精神衛生上よくないわ」
◆
暗い部屋。
だが、そこで話し合われている事の陰険さとその口調に比べれば、
その暗さも100万倍はましと呼ぶべきであった。
「・・・どうやら、日本は態度を保留しているようだ」
「ふん、昔からあの有色人種どもはそればっかりだ!」
その言葉にその場にいる全員が賛同する。
もっとも、その表情は伺い知ることが出来ないのだが。
「まあよい、来るべき時を迎えた時に、然るべき罰を与えればよい」
「・・・その通り、今は目下の課題について話し合おう」
「聞くところによれば、六号機を抑えることに失敗したそうではないか!」
「なんでも、今回は碇が直接動いたらしい。
それに日本政府に働きかけているのも奴らしいが」
「ほお、それは珍しい。奴が直接動くとは」
「・・・それだけ、我々が奴を追いつめているという事だ」
「その通り、六号機一機ぐらいでは何も出来はせぬ」
「・・・だが安心はできん。どうせ奴には何もできないが、
少々の投資で出来ることがあるなら。やっておくべきであろう」
「・・・チルドレンの抹殺か・・・」
「その通りだ」
「聞くところでは、サードチルドレンは回復してきているらしいぞ。これは予定外だ」
その時、一度も空気を震わすことのなかったモノリスが、
はじめて口を開いた。
「・・・・幸い、以前使った泥人形がまだ残っている。それを使うことにしよう」
その言葉に、時間差こそあれ全員が賛同する。
「・・・では、我々はダミーの完成を急ごう。今日はご苦労であった」
暗い部屋が更に暗くなる。
全てのモノリスが消えたとき、
よどんだ空気とそれがもたらす静寂とが残された。
つづく
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