1:25 01/09/27アップデート!!作り方

1999/09/27 23:45アップデート!!真下に引っ張るときの作り方

1:27 2002/01/28アップデート!!質問コーナー

一部、発表の為に誇張を含んだ表現があります。ご了承ください。

 (前文省略)幼いころから何かモノを作ることが趣味だった。そんな私のこれまでの人生の中で、はずすことができない最大級の制作物はやはり玉名高校時代のくすだまであった。くすだまとは…そう、何か祝い事があるときにパカッと割れて紙ふぶきが出てくるアレである。何がそうすごいのか。

 私は高校に入ったとき新入生歓迎会でこの学校のくすだまと出会った。しかし、このときこともあろうにくすだまが半分落ちてきたのである。
「高校にもなってくすだまも作れんのか!?おれがおまえらの想像を超えたくすだまを作ってやる…。」
と思ったのだが、生徒会に入らなければくすだまを作れないことが判明(新入生歓迎会などは生徒会が仕切る)。その後なんとか入ることができ、企画・設計・制作指揮(つまりほとんど全部)を担当。小学校のときに担任の先生からとんでもないアイデアマンだと言われたがここまでかと実感したのがこのときである。

 まず皆を驚かせるには「見た目が勝負」とまず大きさにこだわる。生徒会室の入り口と体育館の入り口を計算した結果直径を1.6mに設計。先生や生徒からも「馬鹿じゃないのか」となじられながらも自分に自信を持って振り切った。しかしこれも「楠田が作っているから大丈夫だ」と自分を信じてくれた仲間がいたからこそできたのである。

人間よりでかい

 中身が紙ふぶきだけでは面白くないと、中には龍を入れることにした。割れると龍が出てくると言うしくみだ。しかも、くすだまよりも大きな龍を入れて口に花火を入れて煙を吐かせたらいいのではというとんでもない考えがうかぶ。多分福岡県大牟田市の「大蛇山祭り」が頭にあったのだろう。ここまで来ると作るほうも心配でカップ麺の入れ物でミニチュアを作り、バランスなども考えた。着火に使うニクロム線も中学校から分けてもらってきた。くすだまは一回ぽっきり。演劇の舞台と同じように間違いは許されない。色塗りの際は逆鱗と言う言葉を思い出し、ウロコを1枚違う色で塗った。誰にもワカランだろうが…。

第3作目は龍

 取り付けの際は小型ボート船舶で勉強したロープワークが役に立つ。引っ張っても落ちないように、引いたら開きっぱなしになるように体育館にロープを渡す。吊り揚げるときに割れず、割るときには割れるようにようなつなぎ目をファジーにする。微妙。

 くすだまのひもを引き成功したときの皆の驚きようを見ると今までの苦労や中傷も吹っ飛んでしまった。誰が作ったかは誰も知らない。表に出ず、裏でみんなを喜ばせる。これ以後、くすだま長として常任。予備校のときは中からライジンオー(合体ロボ系)を出す。なぜ予備校でか?実は予備校に行かず、高校に行って後輩のくすだま作りをしきっていたのであった。

予備校時代に制作

 理工系の考え方をもつが頭が悪いため文型を選択。商業大学は絶対嫌だと現役のころは商大は受けさえもしなかった。技術の先生を志望し熊大を受けるが…。浪人してからどこでもいいから入れという親の意見もあって学園大に入学。この学校に入ってよかったと思うのは、プロ研に入ったこととパソコンを買ったこと。古田先生と西田さんに出会ったことぐらいである。 プロレス研究会に在籍したが最初は裏方希望。人数が少ないためレスラーもやるが、本業はDTP関係。1年のころからパンフレットの制作を担当。

 部長になってからは人数が少ないため会計、興行の依頼なども全部自分でやった。このため3年生のときの習業時間が少なくなってしまい、4年にもなって1年生のような時間割りになってしまった。しかし、その原因には「やりたくないやつはやらなくていい。おれが一人でやってやる」と言う、個人的な性格が作用し、結果的に忙しくなってしまったのではないかとも思う。


1年前の奴 1年前の奴

 参考:1年前(卒業して5年くらいたってから)の時の文化祭の奴。

流石に中身ではまだまだかなわない様だ。ふふふ。


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