2002年6月 |
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6月28日JALにて、20:10分デンパ着。荷物も機内持ち込みし、急急とゲートを出て、マデとワヤンのお迎えで、いつものプリタンジュンホテルに向かった。
なんだか、ワヤンはもう出来上がってる。またトアック飲んでたな〜。いやいや私たちが来て嬉しいんだよね!
予約もしないでいったが、お馴染に甘え、部屋代も値切ってしまった。
鞄も空けず、早速物件探し。時間が無いのよ3泊しか!
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JLN.Pratamaはいつもと変わらず、静か〜。客引きも相変わらずやる気なし。 相変わらす「おっは〜」と声を掛けられる。
昼間なら歩けない、このバリ。夜はなんだか涼しいぐらい。
気がつくと、ノボルテプノアまで来てしまった。そこから先は暗かったので、Uターン。友達が、ブンブバリで働いているので、寄ってみるともういなかった。 そこで、以前気に入った、レストランまではいかないが、まずウダンを食べよう!とパドマへ。
そしたら、お兄ちゃんが覚えててくれて、オーナーの女性も来て「あ〜ウダン!」と言われてしまった。
私たちは海老と言う名前になっていた。グリル担当カケッ(60歳ぐらい)もきて,「Sering Ke Bali ya」「oh ya Aku cinta Bali」。この感触がいいいんだよねえ。
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ホテルに戻って、従業員皆相変わらず〜。そこで「アラック買いに行こう!」とバイクで。
だがしかし、もう夜11時過ぎ。いつものワルンは閉まっていたので、いつも2件目に行く。
2ボトルブンコスして、ホテルに戻り、レストランで大宴会(?)。
2本なんてあっと言う間。明日は早い。9時にコンサル会社にアポ取ってるから遅刻できない〜。
明朝、朝ごはん食べる時間もなく、クタヘ向かった。
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9時に、アポ先へ付き、メールでしか会話してない、PT.ANTARIKSAさんとご対面。想像より若い!
最初は世間話、バリ事情を話し、後はメールで疑問だった事を確認した。結局土地を決めないとなにも動けん! Cari tanah
dulu.
お昼頃まで話をし、知人の勤めている、ビラビンタンホテルへ。
彼女も色々親身に考えてくれ、良きアドバイザー
さっきの会社の内容を説明し、自分たちの考えを伝え(sambil minim
bir)、バリの特殊?な形態など、色々話し合った。
夕方、マデの家の土地を見せてもらう事になっていたので、ホテルに寄って、マデの家へ。
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家は結婚式の準備で、メーメなど走り回っていた。
Bapakが出掛けていたので、世間話をしていると変えってきた。
まず、1年間の契約料を教えてくれた。
マデ曰く、近所で値段を聞いて見てもいい、これは友達価格。
何年でも年間契約料は同じだと言う。そして、土地を見に行った。
土地はマデの家の前。JlnPratamに面している。今は車庫が立っていて、電気も水道も通っている。思ったより広い。
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NusaDuaが好き。クタとかと違って、騒音のない町。今は大型ホテルが沢山続々と建ってきたが、混雑は見られない。バリで住むなら、NusaDuaがいいと思った。
この車庫跡に建設予定。周りは殆ど民家。
10×15u。後ろ約4mも使っていい。隣の土地に車を止めていい。
考えていたレンタル料より安く、好条件!
来年には近くに超大型ホテルがオープンする。 ・・・でも、マデん家と親戚になるみたい。皆使ってくれって言われるね。 給料払えるだろうか・・・まっいいかあ。 気持ちは80%決まった。
9月渡バリ時、前払金 RP7,000,000(約10万円)支払う。 残りは、次回渡バリ時一括払い。 今6年契約にしようか、10年に延ばそうか考え中。
6年後はきっと、もっと物価が上がって、土地レンタル代も上昇するだろうと。
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