2003年2月出発編


  2月20日出発編

朝10時頃まで会社に出社して、千歳空港へ向った。
会社で吹雪いているから飛行機飛ばないよ、なんて脅されながら、千歳に着いたら晴天!やっぱ日頃の行いよん。
タバコを買い込み、出発を待った。前の日飲み過ぎたせいか、お腹が空いていて、まずいコンチの機内食もすっかり平らげてしまった。 カラコンのせいか、外人に見られるらしく、私だけは英語で話かけられ、バリへ行く実感が沸いてきた。

飛行機は半分ぐらいしか埋っていない・・・。4時間半でグアムに着き、テロ後トランジット客も入国印をもらわなければならなくなったので入国審査へ早々と向いながら、デンパサール搭乗口を見ると、誰も居ない。 まさか、もう皆搭乗している!?せっせと急いできたら、放送で私の名前が呼ばれた!
やっぱ皆もう乗っているんだ。トモゴンは何処だ!飛行機に乗るとなんだか混んで居る。欧米人がいっぱい。
香水が強烈!座席を探すと、なんと隣はジャワ人。髭ぼーぼーで、怖えー!って感じ。おまけにBAUよ。
トモゴンは遥か彼方後方に居た。・・・席移りたい。
私は窓側だったが、ジャワ人は真ん中、通路側が開いている。そっちに寄ってくれないかな・・・。トモゴン呼ぼうかな、でもBAUだから怒りそう 考えてたら、そのジャワ人の友達がその席に移ってきた。OH MY DOG!やけ酒してやるうううう!
アルコール有料になったコンチ、サッポロビール2缶買って、ぐびぐび飲み干して、早めに寝ようと思った。
BAUで、食事もあまり食べたくなくなってた。絶えに耐えた5時間半。やっとデンパに着いた。トモゴンと合流し、いそいそとイミグラ向った。荷物も取って、さあ、ただいまバリ。
マデに手紙しか出していなかったけど、無事届いて迎えに来てくれているだろうか。    
ガラスドアが開くと、懐かしい湿度の熱さ。迎え人もいつもより全然少ない。見渡すと、おー!っとマデが居た居た。
 「元気?」etc。車に乗り込み、プリタンジュンへ向った。
マデに、手紙に書いた内容を理解してくれているか確認し、自分でBAPAKに相談しなさいと言われてしまった・・・。
 JLNバイパスのスーパー銭湯、潰れた噂だったが、開いている!見慣れた町並みを見ながら、いつも通り予約なしでプリタンへ乗り込んだ。   

最近はスタッフもいきなり行っても驚かなくなってしまった。
一番安い部屋を頼んで、部屋に入ると、エアコンが今一聞いていない。取り合えず、腹ごしらえしてから、部屋をチェンジする事にした。
レストランに向うと、客ゼロ。さみし〜。いつもの事かあ。ワヤンが居て、「あれ、いつ来た?」みたい感じ。「たった今。早く冷たいビールお願い!」   とマデ3人で再会を乾杯した。ナシゴレン・クンタンゴレを頼むと、なんだか様子がオカシイ。
・・ご飯が無い!&ポテトも無い!おまけに、大瓶ビンタンも無い!・・・ちょっと、何でさー。やる気ないんでないのー、とぶうぶう文句。     「KYOKOが来るの知ってたらいっぱい冷やしてたのに・・・」もお、それじゃ、PADMA行こう!と場所を変えた。
でももう11時、やっているだろうか。プラタマ通りの店はもう殆ど閉まっていた。お客が少ないし早めに締めちゃうんだろうなあ。
だかしかし、PADMAはやっていた!きゃー、カケッも居る居る!お客さんも入っている。さあ、食べるかナシゴレン!

プラタマ通り。
二日目・・・ 
マデババッが、夜まで仕事との事で、夜は、T家にバーベキュのご招待を受けていたので、翌日マデ家にお邪魔する事にした。
それでは夜までフリーじゃん!朝食を済ませ、さっさとビーチへ。10時にマデママのマッサージを予約していたので、それを待つ事にした。 マデがビーチにやって来たので、話をしたりしていた。
 まだマッサージまでちょっと時間あるので、マデと恒例、ヌサドウアチャンピオンシップ・ジェットスキーをする事にした。
 しばらくすると、音更マデがジェットスキーを持って着てくれた。まず、ビラビンラン方向へ、ワヤンを探しに行った。
 居る居る、ボートに乗って、お客さんの乗車待ち。「いつ来たー?」「昨日の夜!」「迎えに行けなくてごめんねー!」
次は、ノボテル方向、ボキールを探しに。ちょろちょろしていると、飲んべい仲間が働いて入る。
ジェットスキーで波しぶきの挨拶をして、またプリタンジュン側へ戻った。新しい巨大ホテルも前よりはちょっと出来上がってきている。
 10月にグランドオープンとの事だった。見慣れた海岸風景が、「あーバリに来たんだ」と実感させられる。
 残念ながら今はウニがあまりない時期だそうだ。
ビーチに戻ると、マデママがトモゴンのマッサージを初めていた。たぶんトモゴンは夢の中だろう。ZZZZZZ
約1時間私の番。「首痛いから、いっぱいやってね!」と頼む。やっぱマデママのマッサージはバリで一番だあ。
  そんな事をしていると、もうお昼。ホールデンもやって来て、バイクでランチ場所を探しに行った。
以降と思った所は、閉まっていたので近場のカフェへ入った。やっぱ、町中はビーチと違って暑い暑い。水着だからいい物。
せっかく2台のバイクあるんだから、ベノア観光してよと頼んだ。
そしたら、ヌサドウアの綺麗なビーチへ行こうとなった。懐かしい割れ門を抜け、高級ホテル街を走る。 やっぱノーヘルバイクは気持ちいいなあ、お陰で顔は馬鹿焼け・・・。なんと昔よく来ていた、岬の方のビーチだった。綺麗にかなり整備され、サーファーも沢山来ている。結構外国人が来ている。
しばらくして戻って、JAYARASAで遊んで今晩の宴会が決まった。
夕方、マンデイを済ませ、T氏のお迎えを待った。 家に着いたら、早速、イカン・アヤムを焼き始め頂いた。「ジンバランのシーフードより美味しいじゃん!」って感じでバクバク食べ、皆で今後の私達の計画の話などをした。

取り合えず、明日、ババック達と話す内容を説明し、今のバリの状況など・・・。そしたら、なんと明日T氏も同伴してくれる事になったまだ回復していない私のイネ語も不安だったし、また、大人数で、わーっと言われたらタマッタもんじゃない!なんとなく大きな気持ちになった。
雨が降ってきて、ホテルへ戻った。 JAYARASAへ行き、アラックの買出しに行った。ふふふ、ババッお久しぶり!また飲べい日本人参上よん!5袋ブンコスした。 コンビにへ寄って、オレンジジュースなど仕入、あっ、氷が無いんだ、トモゴン、氷無しじゃ飲めないしちょっくら2.3件探してみようかとなって、聞いても何処も置いていない。 ES BATU。何に氷使うのよ!って感じで皆不思議そうだった。
 もう最後の手段で、PADMAへ行って、おそわけして貰う案を思いついた。ちらっと顔を出すと、ウエイトレスの女の子が、いらっしゃい!と言う前に、 「しー、食べに来たんでないの、氷を売って欲しいの。。。」「OK,何袋?」「2つぐらい」お金は要らないと言われたけど、また頼むかもしれないので、Rp3000置いてきた。宴会は何時までやっていたかわからない・・・・

 

これは路上で売られているガソリン!

三日目・・・
           

今回、プリタンジュンにはやれれた。エアコンの効きが悪い&シャワーのお湯が出ない、ビールの大瓶が無いだの、ちょっとやる気ないんでないのかー! と友達従業員に説教したけど、皆口を揃えて、「ボスが悪い・・・」。 三日目からはビラビンタンへ移動する事になっていた。
 11時にお迎えが。所がなんと、起きたら、11時!「やべー。どーする?」どう考えても間に合う分けない。荷物はほとんど開けていないからあまりないが、洗面用具などあったので、取り合えず支度を始めた。 そしたら、電話。ロビーにお迎えが到着。そしらぬフリで「うん、今行く!」約10分で用意が出来てしまった。 「えー今起きたの!?」顔も歯も磨かないで・・・いっかバリだから。がいつもの合言葉。チェックアウトを済ませ、ビラビンタンへ向った。
  お部屋に着くと、エアコンも聞いて寒いぐらいだった。
荷物を少し広げて、私はHP用の取材、トモゴンはビーチへ。まず、ワヤンの働くRUMAHBALIへ向った。ひどい暑さだった。
RUMAHBALIに着くと、レセプションにワヤンが居ない。女の子に聞くと今朝は居たがもう出かけたとの事。ビラビンタンに居るメッセージを残した。次は、Kさん宅へ。バリ人と結婚されてる方。 電話番号を控えてくるのを忘れ、なんとか覚えているホテルの裏って事で、そこの女の子に聞くと、ノボテルの奥の方だと言ったのでそちらに向った。
  帽子も無かったので、TAXIに乗りたかったけど、住所がわからん!ノボテルも超えたけど、そのホテルらしき看板も無い・・・そしたら、何人かの人だかりがあったので、ホテル名を言ってどの辺か聞いたら、女の人がバイクで送ってあげるよと言ってくれた。  流石バリ。お言葉に甘えて、バイクに跨った。女の人の後ろに乗るのは初めてだった。ここの奥がそうだよ、と下ろしてもらい、何件かに、この名前の日本人を知らないかと訪ねた。あー裏のコテージに居るよー、と。あー着いた。
                 やっとKさんとご対面した。旦那さんもいらしゃって、世間話などした。もう6年もバリに住んでいるとの事だった。1時間ぐらいお邪魔して、ビラビンタンに戻って、水着に着替えプールへドボン!        そして、パシフィックの隣に去年できたカフェへランチをしに行った。パシフィックのメンバーも相変わらずで、お客さんも中々入ってる。ここは大きいエージェントだからいいんだろうなあ。
ランチを済ませ、ビーチでのんびり&マッサージにした。

夕方になってくると、パシフックのメンバーが遊びに来た。Kマートで冷えひえビールを買ってきてもらい、宴会が始まってしまった。 今日のビーチの人気者は、チェコから来てる、17歳のぶりんぶりんのベロニカ。スタッフもここぞとばかりアタックしているのを見てると笑える。男って本能だよね〜。そしたらなんど、マデがサーフィン帰りで歩いていた。 まったくまた仕事しないでー!今晩行くからねと話をした。今晩はマデババッ達と会う約束なので、暗くならない内にマンデイに戻り準備に掛かった。
迎えが到着し、A氏同伴で、マデ家へ向った。私もなんだかイネ語が面倒になり、A氏に話を任せてしまった。内容は私たちの希望に添う物では無かったので、考えてから帰るまでに結論を出す事にした。お腹が空いている&軽い日射病の私の希望で、「和の家」で遅い晩御飯を取る事にした。「いらっしゃいませー!」と言われると、がくっと来るが、ざる蕎麦を食べたかったので、珍しくビールを飲まないで、夕飯を取った。色々話をしてホテルへ戻った。が、飲む元気も出て来て、ビーチバーへ向った。暗闇の中、まだ泳いでいる人もいる。ドイツ人が一人で飲んでいたので、ちょっかいがてら、飲んだ。そしたら、ホールデンが現れ、わお!パーテイーが始まった。

四日目・・・
AM朝食を済ませ、お昼から、HP取材でレギャンへ行く事になっていた。Y氏とマタハリスクエアCD売り場で待ち合わせをしていたので、近辺をショッピングしたきゃ〜BON様の新しいCDゲット!RP90,000。コピーでないのを確認して買った。おまけに靴も買っちゃて、いけねえいけねえ、衝動買い!マタハリに入ってお土産用BODYSHOPで石鹸を買って、下に下りて行った。いましたY氏。近くのカフェへ入って、おしゃべり。今回Y氏は2ヶ月ぐらい、バリ・ジョグジャを行ったりきたり。羨ましい限り。天気が良すぎたせいか、ビンタンもぐびぐびはかどった。色々話をして、HP用の取材で、Y氏のショップへ向った。。 暑い暑い、歩きながら焼け焦げて来ているのがわかる。マタハリから5分程歩いて着いた。ほたて貝を加工してお土産ショップを営んでいる。いいなあ、私も早くやりたいよ〜!写真を取って、店番の女の子と話をして、テロ現場へ向った。歩いて、10分ぐらいで現場へ着いた。合唱! ホテルへ戻り、食事が終わってから今日の大宴会場パシフィックへ向った。 皆ギターでもう出来上がっていて、4Lは入りそうなボトルにアラックが用意されていた。ぎゃー、ジャヤラサより飲べえなのか!?

五日目・・・またまた寝坊の1日。飲み過ぎだあ。 10時にワヤンがRUMAHBALIの取材を付き合ってくれるため、ロビーで待ち合わせしていた。またまた、遅刻・・・・。久々のワヤンはちょっと髪がさみしくなって来てて、去年結婚したそうだ。びっくりいいいい!半年前は何も言ってないのに、皆ちゃっちゃと行っちゃって。 RUMAHBALIへ向った。     思ったより敷地内は広く、素晴らしい!庭園もかなり力が入っていて、歩いて見るだけで、結構な広さだった。だた・・またデジカメの電池が切れてあまり写真が取れなかった・・・。 話も終わり、マデと契約の話をしたかったので、プリタンジュンまで送ってもらった。    ビーチに行って聞いても、まだ来てないとの事。そろそろ来るだろうとビールを飲みながら待つにした。ホテルのウエイトレスのルシーも出勤で来て、アユと3人でバリの男女について色々話をした。 3人でゲタゲタ笑っていたので、ちょっと奇妙だっただろう。お昼近くになって、音更マデが来た。「ちょっとーマデ知らない?」「あー朝サーフィンするからって沖まで送ってきたよ!」「え”−!またサーフィン行ってんのー!ずーっと待ってるのにさあ」「たぶんお昼食べにそろそろ帰ってくるよ」と。それから音更マデとの恋愛相談会が始まってしまった。もう1時が過ぎで、私も暑くてプールドボンしたくて、ビラビンタンに帰ろうと思った。     
そしたら音更マデが「色々相談してくれたらジェットスキーでビラビンタン送ってあげるよ」おおお、珍しいじゃん!ラッキーと。
ジャヤラサへ降りたら、なんとマデが海岸を歩いてきた。もおおおお、帰ろうと思ったのに。「朝から待ってたんだよー」約束はしてなかったけどさあ。まだ結論が出てない事を話した。結局マデのバイクでホテルへ戻り、水着に着替えてプールへ向った。
トモゴンは待ちくたびれ気味、風もかなり強かったが、プールにどぼんして、遅いラインを始めた。 今晩は、T氏宅で、近くの美味しいワルンがあるので、そこから宅配でご飯を一緒に食べる約束をしていた。
6日目                                                               

殆ど何をしていたのか覚えていない・・・。
たぶんビーチでだらだら?トラギア行ってお土産買い込みか?
思い出したら追伸します・・・・あちゃ。
夜は、皆でジンバランで宴。  
  
テロ現場を訪れて

>去年10月バリでのテロ爆発事件。 やはり一度自分の目で見たいと思い、現場へ向った。付近100Mぐらいから、まだ直っていないお店がぽつぽつと町並みから消えてる。 こんな所まで被害が来るとは、大きな爆発だった事を思い知らせられる。近づくと観光客の姿は殆どなく、工事関係者ばかりになってきた。 現地噂によると、今事故現場は、観光バスが通るようになっていると言う。サリクラブは入った事がなかったが、 付近のサーファーショップなどは当初バリに来てた頃、買いに居ていた所だった。
現場に着くと、お供えや、寄せ書きが沢山してあった。道路を挟んで、対向にすっぽり建物が無い。 残骸なのか、建設中なのか・・・。バリの作業ならまだまだ時間が掛かりそうな感じ。 じっと、現場を見ると、本当にここで数百人の人が亡くなったのかと思うと、目頭がじーんと熱くなった。 時折観光客が車から降りて、写真を撮って行く。
早く元のバリの活気に戻って欲しい。
多くの犠牲者のご冥福を祈ります。
もうけして二度と起こらない事も・・・・。
 

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