玉虫厨子を観る月映える夕
   玉虫厨子は7世紀、飛鳥時代に作られた仏教工芸品で、法隆寺に所蔵されており、国宝に指定されています。たまたまNHKの番組で法隆寺の特集の中で玉虫厨子を観て、その色彩や発想、宗教観などの複合された素晴らしい芸術にインスピレーションを受けて、この作品を書きました。
 玉虫厨子はその名の通りに、玉虫の羽根で装飾されており、現在はほとんど残ってはいないものの、羽根が様々な色に美しく輝いていたことが想像されます。また、厨子の側面には「捨身飼虎図」(しゃしんしこず)という絵が描かれています。この絵はお釈迦様の前世の話で、自ら崖から飛び降りて、飢えた虎の7匹の親子の糧となったという壮絶な場面が描かれています。尊い精神が描かれている事に、とても心が揺さぶられました。今から1000年以上も昔の厨子に、技術的にも、精神性にも驚嘆するものがあります。 このような宝を継承するだけではなく、私たちはあらゆる角度から勉強し、研究しなくてはいけないとも思いました。

 この曲では玉虫厨子が夕方から夜にかけてその表情を変えていく様を書いてあります。夕方時の景色や太陽を赤、青、緑、紫、夜を黒、月を黄色と白と、それぞれの色をイメージした和音があてられています。
 音域は高いほうから、月、玉虫、人間、虎となっています。これは音の高さのイメージであって、人間が虎より優れているという意ではありません。
 玉虫厨子のイメージを四角形から4、法隆寺のイメージを五重塔の5とし、それぞれに美の原点である三角形のイメージから3をかけました。ですから、玉虫厨子は12、法隆寺は15となります。ピアノの一オクターブは12半音あるので、玉虫厨子は全音をピアノで表すことができますが、法隆寺は15なので、ピアノのみでは難しく、チェロの微分音程を用いて表現します。

 昨年の11月9日の浜離宮でのリサイタルで、横坂源さんと「金色堂のテトラコルド」を初演させていただきました。彼が私の書いた楽譜を、楽譜に書いてないような私の考えを読み解き、大変に鋭い感性で練習してきてくださいました。非常に感銘し、とても楽しく演奏でき、もっとピアノのみではない表現を深く探求してみたいと思いました。それで、ピアノ独奏曲の構想を変更し、急遽彼にお願いをして、また初演をしていただくことになりました。ですから、今回の曲は前回の「金色堂のテトラコルド」よりも、もっと彼の持つチェロの響きを研究して、 表現していきたいと思っておりますので、皆様にもピアノとチェロで奏でる世界を享受していただけたら幸いです。

写真上:2016年9月22日 横坂源チェロリサイタル