(社)日本建築家協会近畿支部環境部会活動報告 ホームに戻る
深刻さを増す解体廃棄物問題
京都大学 橋本征二
■阪神大震災の記憶
1995年1月17日未明。突き上げる振動とともに目が覚めた。棚から物が落ちないように棚に向かって両手を広げていると、しばらくして振動はやんだ。京都で感じた阪神大震災である。
夜が明けてから映し出された映像には、崩れ去り炎を上げる街の光景があった。何度か神戸を訪ねたが、しばらく街を歩くだけで自分の平衡感覚がおかしくなる。街の家屋はそれほど前後左右に傾いていた。家屋の倒壊率は木造で40%以上、非木造でも20%以上にのぼり(西宮・芦屋・神戸地区)、多くの人命が奪われた。
この時、家屋、道路、鉄道等から発生した廃棄物は約2000万トン。災害復旧の過程で自治体は、この解体廃棄物の処理に悩まされることになる。これをいかに速やかに街から撤去し、さばくか。阪神大震災は、家屋や土木構造物の耐振性の問題とともに、この街に存在している膨大な「潜在廃棄物」の問題をもあらわにしたのである。
潜在廃棄物。
人間が使用しているモノはいずれその役割を終え廃棄される。すなわちモノは、生産されたときから全て潜在的に廃棄物なのである。私達の街を形づくる家屋とてその例外ではない。
昨今、廃棄物の最終処分場にまつわる紛争が全国各地で引き起こされているが、最終的に埋め立てられる産業廃棄物の約40%は建設業からのものである。従って、最終処分場の問題における建設業の位置は極めて大きい。特に、解体廃棄物にあっては、その量的な問題以外の問題が存在している。■違法な埋め立て、不法投棄、野焼き
最終処分場には、安定型、管理型、遮断型の三種類があるが、紛争の多くは安定型の処分場で起こっている。これは本来、安定型の廃棄物しか埋め立てられない安定型の処分場で、非安定型の廃棄物が埋め立てられているためである。安定型の廃棄物とは、そのまま埋め立てても周辺の土壌や地下水、河川水を汚染する恐れのない廃棄物であって、建設廃材、ガラス及び陶磁器くず、金属くず、廃プラスチック、ゴムくずの五つをいう(安定五品目)。
家屋の解体現場からは、こうした安定五品目に相当する廃棄物が出てくるが、これらに木材や畳、布団などが混入することはごく一般的である。さらに、食べ残しの弁当箱や空き缶なども現場で発生する。このような有機物を含む廃棄物は、排水処理施設のある管理型の処分場で埋め立てられなければならないが、これらが安定型の処分
場にも持ち込まれ、周辺の土壌や地下水、河川水を汚染しているのである。処分場サイドでのチェックも甘く、こうした違法な埋め立ては日常事となっている。これでは周辺住民も納得がいかない。
解体廃棄物で問題なのは違法な埋め立てだけではない。
全国で不法投棄された廃棄物の実に約九割が建設廃棄物であるが、そうした建設廃材や木くずのほとんどが木造住宅等からの解体廃棄物であると考えられている。一方、1998年に表面化した埼玉県所沢市におけるダイオキシン問題はご存知の方も多いだろう。産業廃棄物の処理業者が集中していたこの地域では、解体業者自身によっ
て解体廃棄物の野焼きが行われ、多くのダイオキシンを発生させてきた。しかし、実はこうしたことは所沢市に限ったことではなく、全国至る所で見られる。野焼きされるのは木くずが中心だが、塩化ビニル系の建材や、接着剤・ペンキなどが使われた可燃物も一緒に燃やされる。木くずとて防腐処理されていれば重金属を含む。
違法な埋め立てだけでなく不法投棄や野焼きによっても、周辺の土壌や地下水、河川水が汚染されることになるのである。今後、家屋の解体増加が予測されているが、それによってこうした問題は一層深刻化するだろう。■解体廃棄物は減らせるか
解体廃棄物対策の原則は、第一に家屋の長期利用、第二に解体廃棄物のリサイクル、第三にリサイクルできない廃棄物の適正処理である。もちろん、前述したような問題を抱えている現時点では、むしろ第三の適正処理が最も優先順位が高いかも知れない。適正処理を確実に行ってその多額な費用を負担することで、長期利用の必要性にも気づく。
この拙稿では、家屋の長期利用について触れるが、単に長期利用といっても二つの種類がある。それは、既存家屋の長期利用と、長期利用可能な家屋の建設である。
昨今では、大手ハウスメーカーの新聞広告を見ても、一〇〇年住宅、耐久性の向上、品質保証システムの導入などが謳われ、解体現場の写真が一面広告となったものも見られる。これらの取り組みは評価できる。しかしながら、見落としてならないのは、これらの対策が「長期利用可能な家屋の建設」であることだ。それよりはるかに多くの、これから更新されるであろう膨大な建築ストックが存在し、こうした「既存家屋の長期利用」こそが、今後直面するであろう問題への本質的な対策であることを忘れてはならない。■機能的な劣化に対応する
家屋が解体されるのには、物理的な理由、機能的な理由、社会的な理由の三つがあると考えられる。今日では、「家屋が老朽化して物理的に使えなくなった」という訳ではなく、「家族が増えて手狭になった」「水周りが使いにくい」といった家屋の機能面での遜色、あるいは「相続税が払えない」といった社会的な要請によって解体される場合が多くなっている。
従って、長期利用を進めるにあたってはこうした視点からの検討が必要になる。特に、機能的な理由に対応していくことが重要だろう。ハウスメーカーのパンフレットでも、間取りの変更に対応できるような商品が見られるが、では、今ある家屋をどう機能的に更新していくのか。繰り返すようだがこちらも重要である。
物理的な劣化が小さいものの機能的な劣化が著しい家屋を再びよみがえらせることを、ここでは再生と呼ぼう。日本でも再生への取り組みが行われている。
木造家屋においては、近年、民家の保存や再生が注目を浴び、全国各地で地域に根ざした取り組みが始まっている。建築界におけるこうした試みは、古いものと新しいものを融合させるという、言わば文化的な側面から捉えられることが多いが、この試みは同時に、今日の廃棄物問題に対しても一つの解答を示していよう。廃棄物だけで
はない。私たちの研究では、資源の消費や二酸化炭素の排出量など他の環境負荷においても削減効果が認められている。
こうした木造民家の再生は、木材が相対的に高価であった時代には、当然のことのように行われていた。古い民家には、使い回された木材が随所に見られる。もちろん、戦後建築された劣悪な木造家屋にこの手法が適用できるはずもない。これまで適用されてきた家屋には優良なものが多いが、しかし、愛着のある家屋を再生して利用し
ようという人は増えてきている。今後、それほど優良ではない家屋に、どうこの手法を展開できるかが野心的課題である。
一方、非木造家屋においては、欧州では再生手法の蓄積があるが、日本においてその試みは途についたばかりである。しかしながら、現在、戦後に建築された非木造家屋がその機能的な劣化を迎えつつあることから、今後、解体・更新の対象となる非木造家屋は急増するであろう。廃棄物の問題としても、非木造家屋の解体によるコンク
リートがらの増加が懸念されるため、その再生は極めて重要な対策の一つである。
これらの具体的な手法については以下に挙げる書物などを参考にされたい。重要なのは、これらの手法が従来の改修や改装とは全く異なるものであり、新しいものと古いものを融合させ新たな建築を生み出す手法であることである。苦労も多いが、その過程と成果物は建築家にとってこの上ない喜びであろうと、建築家でない私はうらやましく思うのである。古民家再生工房『古民家再生術』住まいの図書館出版局
降旗廣信『民家再生の設計手法』彰国社
日本民家再生リサイクル協会事業者協議会『民家再生』日本民家再生リサイクル協会
青木茂『建物のリサイクル〜躯体再利用・新旧併置のリファイン建築』学芸出版社
(JIA NEWS近畿2000年7-8月号より転載、セミナー終了後に内容を踏まえ、新たにご執筆いただきました)