建築家資格制度とグローバル化

JIA近畿支部
建築家資格実務委員会
委員長 西部 明郎

 20世紀はイデオロギーの対立と戦争の時代であった。しかしベルリンの壁崩壊に端を発した世紀末の10年間に生まれたのはグローバル化という新しい概念であり、これこそが21世紀の姿を垣間見ることのできる魔法の鏡である。
 サスティナブルな世界をつくることを怠れば自滅する道しかない、という岐路に立っていることを自覚し、幼年期に別れを告げて成熟した人類へと育つことが出来るかも知れないと希望を持つことができた世紀末であった。それがグローバル化という一つのキーワードに集約されているのである。情報を爆発的な速度で世界に伝播し続けているインターネットによってグローバル化は更に加速される。21世紀はグローバル化が確実に広がる世紀になるであろうし、グローバル化によって産み出されるプラス面とマイナス面を全世界の民族が共有することになるのであろう。21世紀がグローバル化を完成させる世紀であるとしたら、その先には何があるのだろうか。それが未来学であり、21世紀のことを考えるのは最早未来学ではなく現在そのものとなる。20世紀最後の年である今年の末までには、インターネットのブロードバンド化が実験的に供用されるという。インターネット回線での動画の伝送が大衆化した時点でIT革命によるグローバル化が現実のものとなるに違いない。
 20世紀という人類の歴史は何だったのだろうか。イデオロギーの対立と戦争という愚行を繰り返しながら、それが直接の引き金となって科学技術の進歩を加速させ、遂に未来を覗く魔法の鏡としてのIT革命に到達したことを刮目して見るべきであると思う。グローバル化はしばしばアメリカ化に過ぎないと言われるが、これは誤りであってアメリカという国が性格上グローバル化の最短距離に位置しているだけのことであるというのが真相らしい。真のグローバル化とは電脳資本主義自由経済社会に組み込まれることを言うのであって、そこでは組み込まれることを承知するか拒否するかの2つに1つの選択しか許されていない。組み込まれることを拒否すれば国際的孤児になるだけである。グローバル化に対する賛否の議論はもはや有り得ないのであって参加するか、参加しないで衰亡するかのどちらかしか無いのであり、そうなれば参加しない国は存続できないから最終的にグローバル化は必ず全世界に行き渡るものと考えてよい。
 グローバル化に批判的な人もある。日本的なやり方があってもいいではないかと言う。しかし、そんなことを言う人に限って情報化時代の本当の意味が分かっていないと思う。大衆が知識を得、大衆に隠すことが出来ないガラス張りの社会構造が育つとき、談合や政界との癒着の上に苔むした古さのみを金科玉条として来た建設産業界特有の邑的風土は雲散霧消する運命にある。私たち建築家の身の周りも慌しくなって来た。WTOに応えてUIAが提唱している建築家資格制度の国際推奨基準も、このようなグローバル化の一つであり、それに基づいて第三者認定方式による建築家資格制度を導入することがグローバル化を受け入れることになるのは自明の理と言える。JIA近畿支部が早くからこのことに着目して自主認定による建築家資格制度を用意し、第一回の移行措置による登録建築家を公表したのは1年前の1999年8月21日のことであった。国際推奨基準による建築家資格と我が国独自の建築士制度による1級建築士との違いは受験資格としての実務訓練が設計・監理業務に特化していなければならないことと、資格取得後の継続教育の義務付けである。建築士制度が建築設計の技術面に重点を置き、プロフェッションとしての精神性を無視しているのは、明治以来、西洋文明導入に当たって裏付けとなる精神文明を意識的に排除し、物質文明のみを導入してきた一連の手法の現れである。図らずも、このような精神性を無視して西欧から輸入した半端なシステムはグローバル化の波の前に全て崩壊する運命にあると言っても過言ではない。
 JIA近畿支部の自主認定方式建築家資格制度が、中央で進められている第三者認定方式による建築家資格制度の運用開始によって不要にになるか、日本における唯一の建築家資格制度として残ることになるのか、その行く末には興味津々たるものがある。私たちが導入した資格制度はグローバル化の先取りであり、何れ訪れることになる国際推奨基準の時代を早く体験することが目的であり、すでにその目的は達成されている。今後は、制度運用に関わる経験から得られるものを積極的に第三者認定方式構築の上にフィードバックし、建築家資格制度のグローバル化に貢献できた上、最終的に新たな制度に吸収されれば良いと願っている。間違っても私たちの制度だけが残るというような最悪のシーンを見ることなく円滑に推移することを心待ちしている。

(日刊建設工業新聞、2000年8月22日掲載分より転載)