スケッチブック vol.11 イタリア紀行 2004.10/1〜14 絵と写真、文:吉田葉子
10/8(金) ピサの斜塔は、自力で立ってるエライ奴。 イタリアに来る前、ピサの斜塔は倒れないようにロープで突っ張っているんだと聞いていました。傾いていることは知っていますが、それをどう固定しているのか、それは私の最も注目するところでした。
実際には塔にロープは無く、傾いたその足下をがっちりと補強、固定していました。個人的に固定方法をあれこれと妄想していましたがすべて外れでした。住民が当番制で人力によって支えてるとかね。 ピサ駅について斜塔までの1本道を歩く途中、ふと道沿いのお店の入口に目が止まりました。店の入口をドアではなく大きなビーズを繋げて作った暖簾のようなもので仕切っています。そういうお店は多く、キラキラしてかわいいなと思っていました。ピサだけの流行りかと思っていましたが、帰国後に見た映画「ローマの休日」の中で、オードリー・ヘプバーンが入った美容院の出入り口がピサで見たビーズの暖簾と同じだったので、ピサだけの流行りではなく、おそらく一昔前はローマでも多かったのかなと思いました。
(上:斜塔へ向かう途中、ソルフェリーノ橋から見たアルノ川)
(右:問題の斜塔の足下。)
フィレンツエの夜 その夜は何かの式典がある夜だったのでしょうか。 中世を思わせる衣装をまとった人達100人程が行進するのを見ました。行進の中には楽隊もいて、それぞれラッパや笛や太鼓を持ち、演奏しながら行進しています。この行進を沿道からたくさんの人達がめずらしそうに見ていました。ストロッツイ広場から始まったこの行進は、白馬に乗った衛兵や警察に守られながらサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂へと入って行きました。何の式典が始まるのかな。聖堂へは関係者しか入れませんでした。 一方、聖堂近くのレプブリカ広場では、黒いスーツ姿がかっこいい6人程のバンドマングループが路上ライブをしていました。そして演奏しながらレプブリカ広場からカルツアイウォーリ通りへと移動して行きます。 面白いのは、その場に居合わせた通行人達が、引き寄せられるようにこのバンドの後ろについて一緒に移動していくのです。私もその一人。若いカップルや熟年カップル、お年寄り、子供連れに観光客、みんながとっても楽しそうに歌ったり踊ったりしながらついて行きます。トランペットやホルンを吹きまくるかっこいい音楽に、吸い寄せられるみたい。その数はどんどん増殖していきます。ほんとにすごい数です。ハーメルンの笛吹きってこんな感じだろうかと思いました。 シニョーリア広場に到着すると、バンドマンのリーダーが私達ついて歩く人達に、演奏を聞いてくれたことへの感謝と今夜はここで解散だってこと言いました。が、誰も去ろうとしません。みんなの顔はもっと一緒に歩きたいって期待に満ちた顔をしていました。それを察した様子のバンドマンは再び演奏を始め、大群を引き連れながらアルノ川の方へと向かい、一群は音楽と共に夜の闇に消えて行きました。 私は夜だったし一人だったこともあり、ここでバンドとさよならしてホテルへ帰ることにしました。 帰り道、今度はサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂から、式典が終わって帰っていく先程の中世衣装を着た行進を見つけました。でも、その行進がなんだかとても寂しそうに見えました。大聖堂へ向かう時には沿道にたくさんの見物人がいたのに、帰り道にはほとんどいないからだと思いました。なんで人が居ないのかというと、みんな、あのかっこいいバンドにさらわれてしまっていたからです。 人気の少ない道路に彼らの勇ましい行進用の音楽が響いていました。
ラヴェンナ10/9(土)〜10/11(月) ラヴェンナの街 フィレンツエから電車に乗って2〜3時間程でラヴェンナに到着します。 ラヴェンナはモザイク画で有名な所ですが、観光客は少ないです。とっても静かな街だから、私達がころがすスーツケースのゴロゴロ音が随分大きく聞こえるようでした。 駅からまっすぐ続くポプラ並木。雨の日のポプラは甘い香りがするんだね。友人が教えてくれました。 街のあちこちに広場があって、地元の人達が集まってゆっくりくつろぐ姿をよく見かけます。一番大きなポポロ広場では、子供達の自転車による障害物競争が行われていました。 ラヴェンナの道は狭く入り組んでいることもあってか、自転車を普段の足にしている人が多いようです。自転車を駐車するためのスタンドもあちこちでよく見ました。
(上:自転車競争の様子。子供達がその腕を披露。植木鉢で作ったコースを障害をクリアしながら走っています。救急車もしっかりスタンバっています。街の人達も楽しそう。)
(右:道路左手にある緑色の設置物が自転車用スタンド。)
ダンテは、『神曲』の作者として今でこそイタリアが誇る作家の1人として知られていますが、彼は政治犯として故郷のフィレンツエを追放された人です。長い放浪の末に落ち着いたのが、ここラヴェンナ。街には彼のお墓とダンテの博物館があります。
ラヴェンナでも見つからないのがスーパーマーケット。散々探したけど見つからず諦めてホテルに戻ったら、ホテルのすぐそばで見つけてしまいました。まず、足下からだね…ってことか…。 それから、イタリアに来て初めてゲームセンターを見たのがここ、ラヴェンナでした。
ホテル・チェントラーレバイロン このホテルは、駅から歩いて5分の賑やかなところにあります。 このホテルに限ったことでは無いんだけど、イタリアのホテルの部屋の鍵って開けづらい…。そして重い。 鍵穴と格闘する内に次第に分かってきた開け方のコツ。「心を浮かすような気持ちで、鍵穴にはやさしく接する」こと。ムキになってガチャガチャやっても開いてくれません。物にも心があるのねってことで。
食堂で朝食を食べている時、はす向かいのテーブルに若い頃のデビッド・ボーイにそっくりな男性が座りました。私は高校生の時、デビッド・ボーイのファンだったこともあり、この男性に釘付けになる視線を引き剥がすのに我ながら苦労しました。ふー。朝からテンション上げてくれるよな〜。
(右:部屋の鍵)
10/10(日) サンタ・ポッリナーレ・イン・クラッセ教会 イタリアに来て初めて雨が降った日。 ラヴェンナ駅前からバスに乗り15分程でサンタ・ポッリナーレ・イン・クラッセ教会前に着きます。正面に野原が広がるとても気持ちの良いところにある サンタ・ポッリナーレ・イン・クラッセ教会は、5世紀くらいに建てられた教会。私達が行った日は日曜日。午前中は街の人達がミサをしていました。 この教会はラヴェンナの観光スポットの一つです。なので観光客は多かったです。しかし、私達のように路線バスでやってくるのではなく、ほとんどが大型バスによるツアーなのでした。地方の小さな街の教会にたくさんの大型バスが停まっている風景、なんか、デジャヴですな。
(祭壇と後陣ドームのモザイク。)
(上:後陣ドームのモザイクのアップ。真中の十字架はイエス、黄金の雲間からのぞく手は天の声。イエスの下にいるのはクラッセ教会の初代司教で羊達は信徒だそうです。草原はクラッセの野原に重なる気がします。)
ここの教会内部はフラッシュ撮影禁止。しかし観光客というのは大人と言えどなかなかその決まりが守れません。監視のおじさんの「ノ〜フラ〜ッッシュ!」という大声は常に聞こえていました。でも、さすが教会です。そんな注意を呼び掛ける声さえ、実に美しく教会内にこだまして聞こえるのでした。
バスの運転手さん!! サンタ・ポッリナーレ・イン・クラッセ教会に行くために乗車したバスの運転手さんのなんとかっこいいこと!!ちょっとでも喋っとこ〜と思い、 バス停に着く度に「ここはクラッセのバス停ですか?」と質問し、「違う違う」と言われることを繰返してました。運転手さんの爽やかな苦笑がなんとも言えず魅力的。あーいうのが好きなんだよナ〜私。 後で友人に、バスの中で私の目がハートになってた、と言われました。おはずかしい。いや〜キラキラして見えたな〜あのヒト。 なんか私、イタリアに来てからこんなことばっかし言いよる…。
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