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<御正宮・豊受大神宮。>
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<上御井神社の遙拝所近くにある稲荷。木の根元に祀ってある。>
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<江戸時代に遊郭があった古市の町並み。ほとんどが第二次世界大戦の空襲で焼失したそうです。>
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<風日祈宮橋の上から。木の芽がほんのり紅いのが、わかるでしょうか?> |
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度会国御神社、大津神社にお参りし、そのさきの細い小道を行くと『入林禁止 火の用心』の看板と柵で足止め。上御井神社はそこから見えることはないが、その柵の前で一応、遙拝。
柵の近くの木の根元に、陶磁の稲荷さんがお祀りしてあった。『寒中お見舞い』の札は、月夜見宮のわきにあった稲荷さんの鳥居にも貼ってあったもの。外宮さんも摂末社も、どこか俗世から隔たる清潔感があるが、こういう雑多な感じはちょっぴり『人』を感じさせて、ほっとさせてもくれる。 いったん、外宮の外に出て、森沿いに御木本道路を歩く。
外宮の森、勾玉池の側にある『あこねさん』こと豊川稲荷茜神社は、もとは摂社のひとつだったとか。変遷を重ねて氏神になった、と説明板に書いてあった。そういうこともあるのか、と、またひとつ勉強。
度会大国玉比賣神社、伊我利神社、山末神社、田上大水神社・田上大水御前神社をお参りし、古市へ続く道に入ったのは11時50分頃だった。
地図を片手に歩くも、どうも上手く歩けず。
ふらふらと半ば勘を頼りに、世義寺へ。もともとは外宮宮域の西側にあったのを、神域と寺が接するのもどうか、というのでこの岡本という場所に移ったらしい。往時の修験道の名残を、護摩堂に留めている。
さて、私はまた、ここから道に迷う。
そして、やっぱり頼りにするのは、勘。方向音痴なのに、無謀もいいところ。
住宅街をてくてくと歩き、近鉄線の高架をくぐり、めざす伊勢道路に出てはみたものの、かなり異なる場所に出てしまった。
伊勢街道沿いにある古市という場所は、江戸時代にお伊勢参りがさかんだったころ、遊郭があった場所。外宮から内宮へお参りした人たちが、ここで楽しんだということ。外宮から内宮へは、御木本道路や御幸道路といった大きな道路もあるが、この伊勢街道が一番古い道、ということらしい。
長峰神社から麻吉旅館をくぐって一旦伊勢自動車道沿いへ。ふたたび伊勢街道に戻る。
伊勢自動車道の上を行く高架からは、朝熊山が見渡せた。
「お伊勢参らば朝熊をかけよ 朝熊かけねば片参り」
とは、朝熊と尋ねられて伊勢の人が必ず言う言葉。伊勢音頭にうたわれる言葉で、朝熊山の頂上には、伊勢の鬼門を守る金剛證寺がある。
伊勢自動車道の建設のためすっかり見通しがよくなり、見渡せるようになったそうだ。 奉納された巨大な常夜灯の前を過ぎると、転げ落ちそうなほどの急な下り坂が目の前に。
左手には『猿田彦の森』の石柱があり、内宮が近いことを教えてくれるが、これまでの道もそれなりにアップダウンがあり、何とかそれを歩いてきた貧弱な足には本当に堪える下り道。お参り後、これを再び登って遊郭へ行くんだなあ、と思うと、昔の人のエネルギーに脱帽。
猿田彦神社にお参りし、おはらい町へ。
平日にもかかわらず、沢山の人、人、人。それも老若男女入り乱れている。そして皆さん、両手に抱えきれないほどのお土産。
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<神馬。美しい白馬。>
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<茜(あこね)さんの稲荷たち。伊勢の人たちは、稲荷をとても大事にしているようです。>
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<伊勢自動車道の上から朝熊山。伊勢の鬼門を守る金剛證寺がある。>
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<御正宮・皇大神宮のご遷宮地。> |
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