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↑朝の8時、奉納の旗を立てる。眼下、橋の下を流れるのが遠山川。陽はまだ昇らない。

↑湯飾りを取り付ける。
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◆2004年12月23日(木)
6時起床。台所を借りて、適当に朝食を作る。
朝7時半に天満宮へ行く。
茶畑には一面の霜。乗ってきたレンタカーも霜で真っ白。暖冬とはいえ、やはり朝は凍えるように寒い。
境内には既に何人かの地元の人がいて、焚き物を始めていた。
拝殿の掃除から始まって、境内の掃除、ドブ攫いなどは前年もやった作業。適当にホウキを見つけて塵を掃く。ふと気が付くと、前の年、かす舞いを舞った青年の姿を見つけた。前の年、高校三年生だった彼は直会で「進学しても祭りには戻ってきます」と言っていた。南和田保存会最年少、期待の星です、と紹介されていた。春に県外へ進学したと聞いていたが、彼も戻ってきていた。
そのあと休憩に使う民家の準備の手伝い。畳を拭き、お湯を沸かして、お茶と茶菓子の準備。
一緒に準備をしていた地元の女性の方を、ご主人が呼びに来た。「お祓い、やるでよ」。忌中の人はお祭り前に鳥居の前で禰宜様にお祓いをしてもらう。お祓いをしてもらうと、鳥居をくぐることが出来る。女性は、最近お兄さんを急なことで亡くした、と言っていた。『ブク』と言うそうだ。
ブクの人はお祭りの間、焚き物の面倒や湯釜のお湯の面倒を見る役目にまわり、神楽を舞うことはない。大町では舞い手が少ないので、なかにはお祓いを受けたうえで舞う人もいるそうだが、やはり気持ちのことがある。
休憩のあと、浜水汲みに同行させてもらった。
集落の裏手の雑木林の中、砂防堤の上を流れる沢の水を汲む。流れに沿って柄杓で7杓半をすくい、注連縄を巻いた手桶に入れて、沢の砂と一緒に神社に持ち帰る。その水が、湯釜で一番最初に焚かれるお湯となる。沢の砂は、八将神を立てた囲炉裏の四隅に五回に分けてまく(西に二回まくので計五回となる)。
湯飾りを湯棚にとりつける。外側の大千道(おおじみち)から小千道(こじみち)、八つ橋、十六の雛(ひいな)、かいだれ(八流れ)を注連縄にねじり込んでいく。東の隅にだけ、湯男をつける。
《去年のメモから 湯飾り
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↑ふみならしの舞。神様をお呼びする前に場を清める意味を持つ。

↑水の王。いつもよりかなり多めに湯釜の湯を祓い飛ばされました。

↑『小猿』の猿舞。背後、白装束で見守っているのは、諏訪神社で猿を舞った方。
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禰宜様が祝詞をあげて、囲炉裏に火が入れられる。
そのあと、11時ころから社掌祭り。ご開帳のあと、玉串を捧げる。
昼食後、ボランティアに参加している学生をかぐらの湯に送って13時半ころ大町にもどると、湯の式が始まっていた。入口すぐの左上にある楽堂と呼ばれる場所に、四人ほどがあがって神楽を歌っていた。
そのあとふみならしの舞、一の湯、湯開き、下堂祓い、とお神楽が続く。
舞い手の少なさか、若手は次々と舞いに出ていく。合間、今年生まれた赤ちゃんのお宮参りの姿も。また受験生が合格祈願をしてもらってもいた。
夕食も終わり、やおとめの後、いよいよオモテが開く段になった。オモテの最後、猿舞を舞う小猿は、「緊張してきた〜」と落ち着きがなく、梁で頭を打ったりしていた。その様には、こっちまで緊張してくる。
オモテは全部で42面。ボランティアの参加者や参拝客も参加して舞われる。遠山中学校の教頭先生や体育の先生、英語の先生も飛び入り参加。
そして最後、小猿の猿舞。「腰が高いよ!」とは、実のお母さんからの温かい激励。延々30分を舞いきった小猿が最後、神殿の前でオモテを外し、湯釜の方向へ深々と頭を下げると拍手喝采がおきた。
かす舞い、雛(ひいな)おろし、金剣の舞で、神様方に無事にお帰り願って祭りは終了。
23時頃、直会で雉+地鶏鍋をいただき、簡単に掃除をしてから解散。参会者と、天仁の杜の責任者の方とスタッフ、小猿とで、集会所で改めてお酒を交わす。
天仁の杜の責任者の方は、大町に残る17戸を守るお一人。大町は戦中、若者が次々と戦地へ招集され、祭りを続けることが出来なくなった。それを昭和53年に、この方を含め当時若手だった人たちが復活をさせた。人数はお隣の和田保存会の力を借りて補っている(南和田の人々が和田の諏訪神社の氏子でもある、ということもあったようです)。整備工の青年のように、和田保存会と南和田保存会を兼任している人が何人かいるという。また少しでも参加しやすいように、本来は17日だった祭りの日を祝日の23日に変えてもきた。
遠山の霜月祭りは鎌倉時代に端を発すると言われ、約800年の歴史を持つとされる。その方は「天満宮のお祭りを、あと100年続けられるようにしたい」とおっしゃった。
この方の息子さんは8年前、村に戻ってきて家業を継いでくれたという。それだけでなく保存会に入り、大町だけでなく和田の諏訪神社でも舞う。整備工の青年も、この日だけは仕事を休んででも帰ってくる。小猿も、休みをとって帰ってきた。和田から舞いに来る中学生たちもいる。
その小猿は「大人たちが踏ん張ってくれたから、今、自分たちが舞えるんです」と言った。
猿舞という大役を終えた安堵感からか、直会が終わったあとも酒が思ったよりすすんで、小猿はこの晩、参加者と一緒に集会所で雑魚寝をした。
夜中の2時半ころ、やっと就寝。

《去年のメモから 雛(ひいな)おろし
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