[戻る]

中村三春著『係争中の主体 漱石・太宰・賢治』


日比 嘉高
書評、『日本近代文学』第75集、2006年11月15日、pp.297-300


4 係争したい書評

23『係争中の主体』は「異なる概念枠との間の係争を待ち望んでいる」(329、数字は同書頁数、以下同)テクストであるという。「係争」という言葉が中村氏自身注意喚起するように、「過程」というニュアンスだけではなく、訴訟の場面における係争関係の意味を担っているならば、本書評の果たしうる最上の責務とは、その議論の過程に参加し、かつそのことによって氏のテクストと新たな係争関係に入ることであるだろう。

24「語り論は主体性とイデオロギーに裏打ちされた何らかの物語、及びその伝達を自らの価値観として共示する」(78)。氏によれば、語り論はテキストの様態を分類し説明する静的な作業だけにとどまってはいなかった。語る主体を仮構的に考え、その主体のもつイデオロギー性を分析し、その歴史的コンテクストへと遡行する試みを行う点において、語り論はニュー・ヒストリシズム以降、カルチュラル・スタディーズに至るまでの理論的枠組みの交代と「足並みを等しくする」(77)。

25 この見取り図の当否を評価するだけの視野はわたくしにはないが、語り論における主体を、現代フェミニズム批評やCSにおけるそれと節合し、遂行的な、複数のコンテクストの中で生起する複数の主体性の束としてそれを捉えかえすならば、語り手論にせよ、作者論にせよ、読者論、登場人物論にせよ、その発想と論述の様相は新しい局面をむかえることになろう。

こう書いている今も、ひびさんはうれしいのである。なぜか。理論系近現代文学研究者のトップランナーである中村氏の新著にコメントする機会が与えられたうえに、一冊本をいただけるのである。彼は実は中村三春さんからも一冊いただいていたので(編集委員会には秘密である)、自分用と大学の学生たちに強制的に読ませるための大学書架用と、これで二つ手に入ってしまったのである。それはともかく、問題はどう書くかである。さすがのひびさんも、徒手空拳で中村氏に立ち向かってブリリアントな書評が書けるわけはないと自覚しているので、小手先の目くらましにすぎぬがと自省しつつ、とりあえず氏の「プロローグ」に〈代補〉の身振りをしてみることにした。

26 中村三春的テクストとは、再帰性と形式化の運動体である。それは文芸テクストの表面をなぞりながら、咥えられるべき自らの尾をさがすウロボロスの蛇のように蛇行し、自らが自らに言及する瞬間を探し出し、自分自身の構造へと再帰するテクストの振る舞いをあぶり出す。その時、テクストはパラドックスやパロディ、寓喩の連鎖のなかに投げ込まれ、多様な解釈が係争し合う動的な場としてその相貌をあらわす。

27 しかし、再帰性を求める運動が自動化し、意味の多義性・多様性がそれ自体結論となったとき、ウロボロスの蛇はすでに動きをやめてはいないだろうか。漱石や太宰や賢治のテクストは多義的かもしれない。だが、中村三春のメッセージは単一ではないのか? テクストの多様性をもたらすさまざまなコンテクストやフレームから、その一つもしくはいくつかを選び出し、それにしたがってその都度異なる意味のバージョンを変奏していくのが解釈という営為であるとするならば、読者としてのわたくしは、氏があるテクストに対し、あるコンテクストを選び、ある解釈を奏でたパフォーマンスを聴いてみたい。

28 しかし、そんなことは氏は先刻承知であるかもしれない。数あるフレームの中から選びだした解釈の一つの選択として形式化があり、そのアウトプットとしてテクストの自己言及性と多義性の発見があるのかもしれない。多義的な解釈の一つの可能性として選び取られ結論として提示されたテクストの多義性。だとするならば、それはまさに再帰的なクラインの壺である。壺のフォルムは美しい。だが、そこに出口はあるだろうか。

ひびさんはここでキーボードを叩くのをふとやめた。風呂に入らなければならない。いや、そうじゃない。漱石のテクストも太宰も賢治も、そして中村氏のテクストも多義的であるのであって、単一なのはひびさんの読解それ自身なのではないかという疑いが突如として鎌首をもたげたのである。可能性は大いにある。まずい。蛇とはひびだったのかもしれぬのだ。洒落ている場合ではない。

29 認知意味論は、カテゴリーの構成のなかに放射状構造を発見した。たとえばある言語共同体の使用する〈鳥〉というカテゴリーの中には、「まさにこれぞ鳥」から「もしかしたら鳥かもしれない」というような鳥らしさのグラデーションが存在する。これは差異の体系として言葉を相互規定の関係性のなかにおきながらも、隣り合う言葉相互に「強弱」「濃淡」を見いださなかったソシュール的な言語観からすれば大きな展開である。これを解釈に拡張しよう。解釈にも、解釈共同体によって、強弱のグラデーションが存在するはずである。「正しい(と多くが考える)解釈」から「場合によっては正しいやも知れぬ解釈」までの。だとすれば解釈の多様性は、一口に多様性ともはや言ってすまされなくなるだろう。

30「引用符の有無、ひいては「伝達者の表現意図」は、こうして必要ではなくなり、重点は受容者側の対応に移されることになる」。「「テクストとは、無数にある文化の中心からやって来た引用の織物である」というバルトの有名なテーゼは、テクスト概念の宣揚と同時に、引用と引用解読者の復権をも告げる言葉であった」(173)。──とするならば、われわれは今、どのような引用読解者の理論を組み上げることができるのか。残念ながら中村氏の論述は、今回その重要性の再確認のみに終わっている。

31 引用元T1が先に存在し、それを引用先T2が引用したという説明は、執筆の順序の説明としては正しいが、引用者の認識過程としては正しくない。引用者は引用tを起点に、それを「引用」として認識した瞬間に、さかのぼって引用元T1を見いだす。正確にはその認知の順序は、テクストT2内の断片t0に注目、読者の内的な知識のデータベースDにアクセス、t0を引用tとして認識、引用元T1を召喚──というものになるだろう。

32 中村三春氏は強敵ともである。

33 たとえば、以上のような表現(T2)があったとする。これを「引用」として認知する読者甲は、「強敵とも」(t0)という表現に注目し、内的なデータベース(D)内に対応する某世紀末英雄伝説の知識の集合を見いだし、元の文脈(T1)を推定する。「強敵とも」はその物語からの引用(t)と認知され、シン、レイ、ラオウなどという人名と図像と物語の断片が、あるまとまり(S)をもって召喚・準備される。この知識のまとまりSを手に、読者は当初の表現(T2)に回帰し、そこへSを写像する。その結果、読者によっては氏の姿の背後にはスタンドのようにラオウの姿が見えてくるかもしれず、あるいは氏と筆者との関係の上にシンとケンシロウの関係を重ねるかもしれない。一方、これを引用として認識しない読者乙も当然存在する。乙にとってはこの文章は不可思議なルビのみが目立つ、短い例文にすぎない。

34 さらにこの説明を発展しようとするならば、データベースDと知識のまとまりSおよびその写像という要素・作業をいかに説明するかがポイントとなるだろう。が、これについてはまだ準備がない。データベースの構造はいかなるものか、知識のまとまりとはどんなもので元となる情報との関連はどうなっているのか、写像はその構造を本当に保持したまま転写されるのか、読者もエージェンシーであるならば彼/彼女を構成する「束」とデータベースとは関係があるのだろうか、などなど。

 ――メール、拝見いたしましたが、ぼくの書評、どうしても、――だめですか?
 ――ええ。だめですねえ。これ、ほかの人書いて下さった書評ですが、こんなのがいいのです。リアルに、日本近代文学的に。

(二〇〇六年二月二〇日 翰林書房 三三四頁 本体三八〇〇円)