顕微鏡撮影における照明法


−ケーラー照明の実際−


顕微鏡における照明は,像質すなわち被写界深度や解像力を左右するという点において,デジカメできのこ撮影する場合の照明とは全く異なっている。顕微鏡においては,「照明光は情報の入力」にあたるので,多様な情報を引き出せるように正しく照明しないと対物レンズの性能は発揮されないのである。高価な対物レンズで照明を誤った場合と,安価な対物レンズで正しい照明を行った場合とでは,明らかに後者が優れた画質を与えるであろう。顕微鏡の性能を最大限にまで引き出すためには照明に関して熟知することが大切なのである。

対物レンズの性能を最大限に発揮させる照明法としては 1)クリチカル照明 2)ケーラー照明 が知られている。両者は光の干渉の理論からは同等の結像特性をもたらすことが証明されている。クリチカル照明法とは,ランプのフィラメントを物体面に結像させる方法のことで,熱焦点が物体付近に来ることと,フィラメント像が邪魔なことから,生物顕微鏡の透過照明現在ではほとんど利用されない。一方のケーラー照明法は,ランプのフィラメントを対物レンズの瞳(ひとみ)に結像させる照明方法で,ムラがない照明ができる上に熱焦点が物体面から外れ,しかも視野絞りで迷光のカット,コンデンサ絞りで開口数・被写界深度が制御できるという利点から,ほどんどの研究用顕微鏡で用いられている方法である。

ケーラー照明法の操作手順

1)40倍の対物レンズを用い,物体にピントを合わせる。0.17mmのカバーグラスを用いた永久プレパラートや,対物ミクロメーターが適している。

2)視野絞りを最小まで絞り込む

3)コンデンサ絞りを開く

4)物体を観察しながらコンデンサを上下させて,物体と視野絞りの両方にピントが合う位置に調整する。

5)コンデンサ絞りを絞る

6)視野絞りを開く

7)顕微鏡をしたから覗き込み(あるいはスライドグラスをコンデンサの下に斜めに入れて半透鏡代わりにして),コンデンサ絞りに投影されているランプフィラメントの形状を確認する。

8)フィラメントがムラなくコンデンサ絞り面を照明するように,ランプ位置を調整する。フィラメントが見えない機種の場合は拡散板が入っているので,そのぼやっとした光がムラなくコンデンサ絞り面を照明するように調節する。

9)コンデンサ絞りを全開にする。接眼レンズを抜き取り,そこに明るく光っている対物レンズ瞳面を観察する。対物レンズ瞳面が全面で均一に光っていたらランプフィラメント・拡散板は正しい位置にある。瞳面の中央に小さくフィラメントが見えているなら,それは対物レンズを絞っているようなもので性能が発揮されないので(8)の操作をやりなおす。

10)対物レンズ瞳面を観察しながら視野絞りを最小まで絞る。このとき瞳面は小さくなるはずである。

11)この状態で瞳面の面積が最大になるようにコンデンサを上下する。ほんのわずかな微調整である。それでも通常は瞳面は最大にならず,輪帯状になることが多い。この操作により物体と視野絞りの両方に同時にはピントが合わなくなる(少しずれる)。

12)そのまま覗きながら視野絞りをわずかに開いてゆくと,瞳面の全面が明るく光るようになる。この視野絞りの位置が,使用した対物レンズの性能を損なわずに迷光をカットできる限界位置である。

13)対物レンズ瞳面を見ながらコンデンサ絞りを徐々に絞ってゆくと,途中から絞りが瞳面を絞り込んでいくのが観察できる。瞳面に外接するくらいまで絞り込むと対物レンズの解像力を最も引き出せるが,これではコントラストは低い。そこでもう少し絞り込むと対物レンズの解像力を損なわずにコントラストが良くなる。瞳面全開を100とすると80くらいまで絞るとよい。100以上開くと暗視野光束が入ってきてコントラストが低下するので,対物レンズの瞳径までは絞るようにする。

14)接眼レンズを差し込み,観察する。


以上がコンデンサの収差までも考慮に入れたマニアックなケーラー照明法である。10)〜12)がコンデンサの収差を問題にしている部分である。市販の生物顕微鏡に付属しているコンデンサの多くでは,視野絞りを最少まで絞り込むと瞳を絞ってしまうものがある。だから絞り込んで物体のみを照明するケーラー照明法の長所を,高倍率の対物レンズでは実現できないことが多い。10)〜12)の操作によりどこまで絞り込んでも対物レンズの性能を損なわないかがわかるのである。実際には10)〜12)は顕微鏡の性能を極限まで引き出すときに問題になってくるので,一般検鏡では省略しても実害は少ない。あるいは,10)の次に11)を省略して12)を忠実に守るという考えも正当である。なお,このケーラー照明法の手順は,対物レンズを変えるごとにセッティングするのが理想である。


デジカメ撮影時における絞り操作

コリメート法でデジカメで顕微鏡撮影を行うと,背景に渦のようなものが現れることに気づいた方も多いと思う。筆者の検討の限りでは,この現象はコンデンサを絞り込むか,高倍率の対物レンズ(正確には倍率/開口数の比が大きなレンズ)を用いると顕著になるようである。ということは,この現象はコリメート法でアイピース側から覗いた瞳径の大きさと関係がありそうである。小さく絞られた瞳から出た光が,そこから後ろ側のレンズ中のわずかなゴミやゴーストを投影してしまう一種のシュリーレン効果が生じているのであろう。ちょうど明るい曇天の日に雲を見ていると目の中のホコリ状ひも状の物体(ゴミ)が眼球の動きと一緒に,つ,つーっっと動いていく,あれがデジカメ撮影で起きているのであろう。

顕微鏡結像における瞳径の算出式を寡聞にして知らないけれども,簡単には絞りを小さくするか高倍率にすると瞳径は小さくなるだろう。それならばデジカメ撮影時にはできるだけ瞳径が大きくなるようにして撮影すれば,渦は少なくなるはずである。そこまでわかれば対策が立つ。まず準備として,デジカメは常に絞り開放にする。次に以下の方策を講じる。

a) コンデンサ絞りは瞳と同じ大きさまで絞る。それ以上はあまり絞り込まないようにする。

b) 高倍率の油浸対物レンズで検鏡しているときは,コンデンサとスライドグラスの間も油浸にする。

どちらも瞳径を大きくするための方策である。b)において油浸が面倒なら,水かグリセリンを用いてもよい。乾燥系で照明すると開口数はせいぜい0.9程度であるが,水浸なら開口数1.2,グリセリンなら1.3で照明ができる。油浸対物レンズの開口数が1.25だとすると,乾燥系で照明すると,それだけで絞り込んで使っているのと同じことである。瞳径だけでなく解像力の点からも問題がある。

上記の方法で一つ問題なのは,コンデンサの種類によっては油浸にするとケーラー照明にならない場合があることである。この場合は対物レンズ瞳が最大になる位置までコンデンサを上げ,視野絞りを開いて,開口絞りを対物レンズ瞳まで絞って使う。このようにする理由は,ケーラー照明にならない場合に視野絞りを絞ると,視野絞りが開口絞り類似の役割をしてしまうことがあるからである。

このように書くと,顕微鏡に詳しい御仁から,絞りを開いたらコントラストが低下するではないか,との指摘を受けそうである。確かに絞りを開け気味にして使うのだから顕微鏡の教科書からは外れた方法ではある。しかしちょっと考えてみて欲しい。デジカメ画像はガンマ特性やコントラスト・明るさを簡単に変えられるのである。ならばコントラストは低くとも,開口数いっぱいに照明して解像力最大・渦巻き現象のない画像を得て,低いコントラストは画像処理でカバーするというのは理にかなっているではないか。そう,コントラストというのは,我々の目に対するものと,デジタル画像に対するものと分けて考えなければいけないのだ。ちなみに,きのこの胞子の多くは輪郭の形状がはっきりしている。珪藻のように空間周波数が連続的に小さくなるような構造を持つものは少ない。だから水封プレパラートにおいて開口数一杯の低コントラスト画像を得たとしても画像処理でコントラストを適当なレベルにまで引き上げるのは難しくない。背景の渦で悩んでいる方がおられたら,ぜひ試してみて欲しい。





(Apr 28, 2002)
(Jul 15, 2002 加筆:「コンデンサ絞りを全開」が抜けていた。指摘を頂いた読者に感謝します)