顕微鏡の知識−各部のつくり−




これまでの記事は顕微鏡に関する知識があることを前提として書いていた。しかしよく考えてみると,趣味のきのこ観察者で顕微鏡の光学的知識も持っているという人はそれほど多くないような気がする。何しろ,顕微鏡で珪藻を毎日のように観察していた私でさえ,当初は光学的な理屈など知らないに等しかったからである。望遠鏡光学はある程度知っていたので,顕微鏡もそれとの類推で勝手な理解をして使っていた。後に写真を撮る必要が生じ,一眼レフといろんなパイプ類を組み合わせて撮影装置を自作し,フィルム数本を失敗写真に費やしてから以後数年に及ぶ私の顕微鏡の独学が始まった。写真に記録されている回折像の原因が理解できなかったのである。今から考えるとずいぶん初歩的な問題だったけど,あれは貴重な経験だった。おかげで顕微鏡が大好きになった。

顕微鏡は覗くと見えてしまう。これが間違いの始まりである。とりあえず見えてしまうので,その像が正しい観察像なのか調整が必要な観察像なのか判断できずに,そのまま使うことになるからである。そして,それで満足してしまうケースが多い。webを散歩していると,何百万円(あるいは数万ドル)もするであろう顕微鏡を使いながら,うーんそれならば10万円の顕微鏡でも十分だろうよと思わせる画像に度々出会う。そんな画像はメーカー勤務と思われる人が,顕微鏡の技術的な解説をしているサイトにもあったりする。そんな微笑ましい画像に出会うと,よけいなお節介なのだが,「適切な使い方をすればもっと性能を引き出せるのにー」,と思ってしまう。おー私も成長したものだ。

ということで,顕微鏡に関する簡単な光学的知識について記してみようと思う。顕微鏡をお持ちで使い方に困っている人に参考になれば幸いである。ところで,筆者は顕微鏡の光学に関しても素人で,専門教育は一度も受けたことはない。東京・神田あるいは八王子の古書店を巡り歩いて顕微鏡の本を買い集め,趣味的な勉強を続けてきたにすぎない。だからひょっとするととんでもないポカミスがあるかもしれない。間違いを見つけられた方はぜひとも連絡してほしい。

さて,筆者がきのこの胞子撮影に使っている「きのこ顕微鏡」(ふつうの生物顕微鏡である)で透過明視野観察することを念頭に置いて,生物顕微鏡各部のつくりとその役割をみてみよう。





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対物レンズ: 像を形成するための最も重要なレンズ。多くの種類があってそれぞれに決まった用途がある。最も安価なのがアクロマートAchromatである。レンズに倍率と開口数のみが記載されているならアクロマートである。否定の「A」と色を意味する「chromat」でアクロマート,つまり色消しレンズという意味である。このレンズで平面物体の像を結ばせると,像面は平面ではなく球面になる。つまり像がお椀の底のような球面になっており,中心部にピントを合わせれば周辺部がボケ,周辺部にピントを合わせれば中心部がぼける。だから面積の広い35ミリフィルムなどで撮影するときは嫌われることが多い。しかし球面の物体を結像させると平面な像ができることもあるし,レンズ構成が単純なので像の中心部の鮮鋭度はプランアクロマート(後述)と同等かやや上である。だから視野の中央にある胞子をデジカメで撮影する場合には,問題にならないことも多い。

アクロマートは赤と青(C-F)で同じ位置に像ができるように設計してあるので,ピントの合わせ具合によってピントのあった物体全面に紫色やオレンジ色の滲みがでる(残存色収差)。筆者の経験では,わずかに藍色の滲みが出ているときが正しいピント位置のことが多い。残存色収差は単色光撮影をすることにより回避することができるので,油浸のアクロマートで単色光撮影を行えばコントラストの高い解像力に優れたモノクロ画像を得ることができる。一般検鏡に用いられるほか,単純な構成なのでガラスの歪みの影響が小さい特性を利用し,偏光観察には最も適している。生物用では倍率100倍,開口数1.25〜1.3程度のものまで市販されている。

次のグレードがプランアクロマートである。これはアクロマートに像を平坦化する補正レンズを組み込んだもので,像面は平面(フラット)になっている。この像面がフラットになる補正レンズを組み込んであるレンズを一般にプラン系と呼んでいる。レンズ構成が複雑になる上,シリンダー状の独特な形状のレンズをきちんと芯出しして組み込む必要があるためにやや高価になる。顕微鏡撮影では,ふつう平面のフィルムかCCDに像を投影するので,視野全面にピントが合った画像を撮るためにはプランアクロマートが必要である。色収差の度合いはアクロマートと同等なので,やはり単色光撮影でコントラストのあるモノクロ画像が得られる。

プランフルオールはかつてプランフルオリートなどと呼ばれた類のレンズで,蛍石(フルオリートCaF2)に似た分散特性が特殊なガラスを用いてプランアクロマートの残存色収差をさらに改善したものである。但し,徹底的に色収差を排除しようとはせず,コストパフォーマンスに優れるように配慮してある製品が多い。性能はプランアクロマートとプランアポクロマートの中間に位置する。

最高級の対物レンズがプランアポクロマートである。低屈折率高分散・高屈折率低分散などの特殊ガラスを用いアクロマート・フルオール以上の収差補正を行った対物レンズ。アポクロマートとは,三色に対して色消しで,そのうちの一色に対してアプラナートになっているものに対してアッベが命名したものと記憶しているが,現代のアポクロマートでは色収差は実用上完全に補正されており,像面のフラットネスも最高レベルである。非常に高価である。

同じ開口数でプランアクロマートとプランアポクロマートを比較すると,理論解像力は同じにもかかわらず,プランアポクロマートの方がはるかによく見えるように感じる。これは両者が同じ二点分解能でも色収差のないプランアポクロマートの方が結ばれた像のコントラストが高いために,はっきりと見え,解像力が増したように感じるからであろう。カラー撮影の時の色再現性という点でも最も優れたレンズである。

開口数0.9以上の乾燥系プランアポクロマートでは,カバーグラスの厚み・封入液体の厚みによる球面収差の影響を大きく受けるため,これを補償するための補正輪がついている。カバーグラスの厚みが0.01mm違っていても,あるいは厚みのある物体の観察場所を深さ方向に変化させただけでも補正輪を回して球面収差を補償する必要がある。この操作を正しく行わないと,見え味は同じ倍率のアクロマート以下になる。油浸のレンズは均質液浸系を想定して設計してあるから補正輪はない。したがって水封プレパラートや樹脂封入プレパラート,つまり屈折率がガラスと異なる液体で封じた試料において,カバーグラスから深さ方向に離れた試料にピントをあわせるとやはり像質の低下が起こる。0.17mmのカバーグラスの直下の物体に対して最高の像質を与える。現在では開口数1.4(ニコン,ツァイス,ライカ,オリンパス)が市販の最高性能のものという記述をみかけるが,オリンパスからは薄いカバーグラスを使うことを前提とした開口数1.6のものが販売されている。これが一般用に市販されている生物顕微鏡用のレンズとしては最高のものであろう。

アイピース:対物レンズで形成された像を観察可能な大きさまで拡大するためのレンズ。高倍率のルーペのようなものと考えて良い。必要な倍率があり,倍率の色収差が(対物レンズとの合成系において)補正されていれば観察像の本質に影響を与えない。最も単純なものにホイゲン(望遠鏡ではハイゲンとと呼ぶ)があり,おもちゃレベルの顕微鏡で多用されている。最近は眼鏡使用者が多いので,広視界・ハイアイレリーフの接眼鏡が多い。ケルナー,ペリプラン,コンペンゼイション,ワイドフィールド,アッベなど種々のタイプがあるが,使用しているガラスの種類によってさらに細かくいろいろのタイプがあるので,分類はあくまで簡易的・便宜上のものである。

フィルム撮影用の投影レンズ(ニコンCF PL, CFI PL, オリンパスFK, NFKなど)は投影専用で,観察やデジカメ撮影には適していない。一方,観察用のアイピースは,デジカメ顕微鏡写真を撮影する際のリレーレンズとしてそのまま使うことができる。アイピースの中心部の像を拡大して利用できるので,アイピースの収差はあまり問題にならないことが多い。クールピクス990, 995で撮影する際は,ハイゲンでもよく写る。フレアやゴーストが少ない単純なレンズ構成で,視野がある程度広いアイピースがデジカメ撮影用に適しているが,研究用顕微鏡メーカーから発売されている一般観察用10倍のアイピースはほとんどこの条件を満たしていると考えられる。

コンデンサ:試料を照明し,解像力・コントラスト・被写界深度等の結像特性を変化させるための重要なレンズ。単に明かりを集めるためのレンズではない。よい顕微鏡観察像を得るためにはコンデンサを適切に使用できることが必要である。開口絞りがついており,コンデンサの開口数はここで調節する。最も単純なものにアッベのコンデンサがある。これは半球レンズと両凸レンズを組み合わせたもので,油浸時に1.2〜1.3の開口数がある。しかし作動距離が比較的長いので厚いスライドグラスを用いないと油浸でケーラー照明にすることは難しい。乾燥系でケーラー照明にすると最大開口数が0.7程度のものがある。このようなコンデンサで開口数0.9のレンズを使うとケーラー照明では性能を引き出しきれない。このようなときはコンデンサを上げ,フィラメント像あるいは拡散板の像をコンデンサ絞り一杯に投影させ,視野絞りを開いて照明する。

アクロマートコンデンサならたいてい乾燥系でケーラー照明を行っても0.9程度の開口数があるので,アッベコンデンサのような苦労はいらない。アクロマートコンデンサでも,ケーラー照明で照野を絞り込むと残存収差が問題になってくる。また,作動距離が比較的長く,油浸では使いにくい。油浸でケーラー照明を行い照野を絞り込んで使うにはアクロマチック・アプラナートコンデンサが必要である。とくに開口数1.0以上のプランアポクロマートを使用するときにはこのコンデンサが望ましい。いずれのコンデンサにも偏斜照明ができるタイプと中心照明専用のものがある。

暗視野観察には暗視野コンデンサ(乾燥系・液浸系)を使用する。これは照明光が直接対物レンズに入らないように工夫されたもので,暗視野で照明するには対物レンズの開口数よりも大きな開口数をもつコンデンサを利用する。暗視野コンデンサの特殊な使い方として,対物レンズとコンデンサの開口数を一致させて使う方法がある。こうすると輪帯照明になり高空間周波数成分のコントラストが上がる結像になる。偏斜照明の改良法と考えてもよい。


レボルバ:対物レンズを装着する部分。非常に精密に加工されている。観察中に対物レンズを変えるときにはこのレボルバ部分を持って回転させる。ふつうは同焦点になっているので,たとえば10倍の対物レンズで試料にピントを合わせ,そのままレボルバを回すとほかの対物レンズでもだいたいピントがあっているはずである。油浸レンズの場合は安全のために0.2mm程度逃がしてある。

45mmフィルタ受け:色温度補正フィルタ,断熱フィルタ,干渉フィルタ,偏光フィルタなどの各種フィルタを受けるための内径45mmのホルダー。フィルターが平行平面なら,ホルダーに納めずに上に置くだけでもよい。この顕微鏡では33mmフィルタ受けが別に設けられているので,複数枚のフィルタを使うのが容易である。

フィールドレンズは光源像をコンデンサ絞りに導く光路にある中間レンズ。この顕微鏡では,コンデンサ芯出しリングを動かすとフィールドレンズが動き,コンデンサの芯出し(=視野絞り像を視野の中央に持ってくること)ができるようになっている。最近の機種では,コンデンサの芯出しはコンデンサ自体をxy方向に移動して行う機構になっている。

視野絞り:物体面を照明する範囲を制御するための絞り。絞り込めば周囲からの迷光が少なくなり,フレアを減少させることができる。コンデンサの位置によっては結像特性に大きく影響する。ホコリが入らないように,熱カットフィルターでプロテクトされている。

照明切り替えレバー:光源フィラメントをコンデンサ絞りに投影する際に,その大きさを変えるレバー。鏡基内部にある中間レンズ・拡散板をレバーで動かすことによりフィラメント大,小,拡散板入りの三種類の照明が選択できる。使い方を間違えると結像を著しく損なう。

ランプハウス:タングステンランプ(6V 30W)を収納する部分。深さ方向とxy方向の調整ができる。ランプに接するように耐熱コレクターレンズが配置されている。ランプ位置は結像に大きな影響を与えるので,理論の理解と十分な調整が必要である。

微動ハンドル:ピントを追い込むための微調整ハンドル。1μmレベルでのピント合わせができるように,精密ネジと梃子の原理で微少量の送りができるようになっている。最近は差動ギア等を用いた粗動・微動一軸タイプのものが多い。粗動ハンドルはピントの粗調整と,油浸時にステージの上げ下げを行うときに用いることが多い。

xyステージ:ハンドル操作で試料をxy方向へ微動できるように工夫されたステージ。ほかにも円形スライディングステージや,油浸コンデンサ使用時に用いる溝付きステージなどがある。標本押さえ(クレンメル)によってスライドグラスを押さえるようになっている。

アーム部:鏡筒を支える部分。ここがしっかりしている顕微鏡ほど高級で,ピント再現性がいい。顕微鏡を運ぶときは必ずアームを右手で持ち左手で台座の下を支えるようにする。

三眼鏡筒部:対物レンズの像を光路分割プリズムにより双眼にする部分。プリズムを切り替えて写真用直筒部に光路を導く,あるいは両方同時に観察することもできる。直筒部鏡筒長調節ネジはふつう使うことはないが,機械的鏡筒長が170mmの対物レンズを使うとき,あるいはカバーグラス球面収差を鏡筒長で補正したいときには使うことができる。三眼鏡筒部はたくさんの屈折・全反射面があるので,清浄に保つことが重要。眼幅は調節することができ,また左右で視力の異なる人も正常に利用できるように視度補正リングがついている。右目で物体の特定の部分にピントを合わせ,次に左目で視度補正リングを回してピントを合わせる。さらに両目で見ながら視度補正リングを回し,最も自然に見えるところに調節する。




とまあこんな具合である。ここまで書き下すのに半日かかったが,試料の類は一つも参考にしていない。こんなことを暗記している自分もマニアックだなあと感じるが,このくらいのことはすらすらと出てくるくらいでないと,手持ちの機材の性能を限界まで引き出すのは難しいとも思う。このページをごらんのみなさんにはぜひとも顕微鏡自体に興味を持ち,自分の機材の性能を出し切った画像を得て欲しい。

話の最後は八王子の珪藻で締めくくろう。珪藻類は古くから顕微鏡の対物レンズのテスト用に用いられてきた。筆者も顕微鏡のテスト用に幾つかの珪藻の永久プレパラートを持っている。その中でお気に入りなのが下の画像に示したものだ。和名をクチビルケイソウといい,Cymbella属に分類される淡水の付着珪藻である。これはきのこさんぽの帰りに高尾山近くの小仏川で採集したものだが,0.5μmを切る微細な刻印が美しい。





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この画像は上に示した顕微鏡に25年前の短頸の油浸100倍プランアクロマート(NA=1.30)を付け,リレーレンズとしてHKWの8倍接眼レンズ,乾燥系アクロマートコンデンサで,ケーラー照明・絞りNA=0.9で撮影したものである。原画像に本ページで紹介した画像処理を施し,半分に縮小し,うるさい背景を切り取ってある。無色の珪藻に色がついていることからわかるように,間違ってもプランアポクロマートなど使用していないし,特殊な撮影方法もいっさい用いていない。基本に忠実に撮影しただけである。自分では80点の出来だと思っている。

色の再現性を除けば,この画像は私が胞子撮影に常用しているプランアポクロマート40倍(NA=0.95)で得た画質を明らかに上回っている。いくらアポクロマートの色収差補正が優れていようとも,NAにして0.95と1.3の差があればこれを抜くことはできない。筆者の胞子画像が特別な機材によるものと思われている方がいれば,それは正しくない。油浸すら使っていない筆者の胞子画像は撮影時間が限られている中での妥協の産物なのである。そのことを八王子の珪藻は美しい刻印の姿で教えてくれるのである。

(Mar 24, 2002)