デジカメ顕微鏡撮影の小技−よりよく写す−




前回はデジカメで顕微鏡撮影するときの注意点を全体的な観点から述べた。今回はちょっとした小技を利用して,顕微鏡デジカメシステムを有効利用することを考えよう。顕微鏡撮影は,デジカメで野山のきのこを撮影することと比べたら,ずっと知識とテクニックが必要だから,きれいな画像を得るためにはちょっとした小技の集積が欠かせないのである。


1 胞子の大きさの測り方

これは簡単である。まず対物ミクロメータを入手する。一流メーカのものでも一万数千円程度である。胞子をデジカメで撮影したら,同じ倍率で対物ミクロメータも撮影する。得られた画像を適当な画像処理ソフトで開いてパソコンのモニタに表示し,マウスのポインタをあてて胞子の長径・短径のピクセル数を記録する。対物ミクロメータについても同様の操作を行い,両者のピクセル数を比較して胞子の大きさを算出する。顕微鏡デジカメシステムならではの便利さである。胞子が傾いていてX-Yのピクセル数が分からないときは,画像を必要な角度だけ回転させてから測定すればよい。





















上の画像はイメージをつかみやすくするために縮小してある。実際はもっと大きな画像サイズで比較した方が胞子の大きさを見積りやすい。方眼マイクロメーターの格子間隔は10μmである。胞子と定規を同時に撮影しているようなものだから,この画像からも胞子の大きさを求めることができる。同じシステムで撮影し,アイピース・ズーム位置,対物レンズに変更がないのであれば,毎回ミクロメータを撮影する必要はない。歪曲収差,像面湾曲の影響で見積り値が不正確になるのをさけるために,比較は画像中心でピントのよく合った部分で行なう。

2 胞子の落とし方

これにはいろいろの方法があると思うが,筆者は以下のようにしている。まず,清浄にした厚さ0.17mmのカバーグラスを取り出したばかりのレンズペーパーの上に置く。次に柄を切断したきのこをカバーグラスに覆い被さるように置き,上からどんぶりを逆さにしたものを載せてフタをする。きのこは,カサの端から中心がカバーグラスの上を覆うように配置する。30分おきくらいに確認し,横から覗いてうっすらと胞子が積もってきたら胞子の採集を終了する。これを直ちにそのまま検鏡する。まず水を使わずにドライマウントで検鏡し,胞子の表面の構造を見る。次に0.01mlの水をカバーグラス横のスライドグラス上に垂らし,縁からしみこませて水マウントで観察する。ちなみに,0.01mlとは箸の先から落ちる一滴の約半分〜三分の一の量である。

このようにする理由は以下の如くである。
顕微鏡の対物レンズは,通常,厚さ0.17mmのカバーグラスの裏側に貼り付いた物体に対して球面収差が補正されている。開口数0.65以上(ふつう40倍以上)の対物レンズでは,この球面収差補正の効果が大きくなる。したがって高い開口数・高倍率で検鏡することの多いきのこの胞子は,厚さ0.17mmのカバーグラスの裏側に貼り付かせた方が,理論上,きれいに結像するはずなのである。そしてピント面が揃うというメリットも同時に生まれるのである。

マウントする水の量が少ないのにも理由がある。

カバーグラスと胞子の間に水が存在すると,その水の光学的厚さも球面収差の大小に影響する。だから厚さ0.17mmのカバーグラスを使っているなら,水の厚さはできるだけ薄い方がいいのである。また,ブラウン運動で胞子が踊り出すことも防げる。カバーグラスが揺れるほどに水を含ませたプラパラートはよほど低倍率の検鏡以外には適さない。
胞子を落とすときに,上述のようにするとカバーグラス上で胞子の濃淡ができる。これが検鏡するときに都合がよい。胞子が濃すぎると撮影するときにごちゃごちゃして分かりづらい上に,光軸方向に重なっている胞子から発生するフレアが画質を低下させる。胞子が少なすぎると形態的特徴がつかみにくくなるのでこれまたよくない。カバーグラス上で胞子の濃淡があれば,適当な濃度の場所をみつけやすいのである。



『テングタケ未同定菌の胞子』

カバーグラスに胞子を張り付かせるとピント面がそろう。この画像は水封したのちに斜光照明で撮影したもの。




















3 モード選択

デジカメの最高性能を発揮できるモードを選択する。画質はtiffやfineなどの最高画質,画像サイズはフルサイズを指定する。よく2048*1536のデジカメなのにXGA(1024*768)で撮影している人がいる。あるいはフルサイズにしているのに画質をbasicで使っていたりする。そのような使い方は言い換えれば「カメラの性能を下げて」使っているわけである。顕微鏡撮影ではできる限り高精細に記録する必要があるから,性能を下げて使ってはならない。


4 ホワイトバランス

最近のデジカメでは,ホワイトバランスを調整できるものがある。これを活用しよう。顕微鏡の光源は多くの場合,ふつうのタングステンランプかハロゲンランプである。これらのランプはフィラメントが熱せられることによって光っているのだが,つねに赤みを帯びた色になっている。ランプの電圧をいくら上げても白色光は得られない。そこでブルーのフィルタを入れてカラーバランスを調整するのだが,これがなかなか難しい。正式には指定のNCBフィルタを用いて指定の電圧にしたときに,リバーサルフィルムでバックがホワイトになるようになっている。
さてデジカメでホワイトバランスが調整できるものならもっと簡単だ。観察対象にピントを合わせ,コンデンサ絞りを適当にセットし,ランプ電圧を決めたら,何もないところへ視野を移動してからホワイトバランスを調整する。これでOKである。観察用ブルーフィルタを入れないような極端な条件でも,概ね正しい色再現ができる。実に便利な優れものである。


5 絞り優先

ハイスペックなデジカメの中には,絞り優先機能が搭載されているものがある。顕微鏡撮影にはこのモードが活躍である。コリメート法は,カメラレンズの前にアイピースという名のクローズアップレンズを装着して実像を拡大しているようなものである。ピントは顕微鏡側で合わせる。するとカメラ側の絞りは開放にすることが重要になってくる。その理由は,カメラ側の絞りを絞ると,実像付近の被写界深度が大きくなり,実像付近のレンズ面のゴミ,ゴーストなどに同時にピントが合ってしまうからである。顕微鏡撮影では常にデジカメの絞りは開放にする(絞り優先の機能のないデジカメでは,ランプ電圧を下げるか,NDフィルタを入れるなどして光量を落とし,絞りが開くようにしてやればよい)。
なお前項とも関連するが,絞り開放の状態で,できるだけシャッター速度が上がるようにランプ電圧を上げるとよい。顕微鏡の固有振動数は数〜十数ヘルツ台なので,125分の1以上のシャッター速度を切るとカメラぶれは減少するはずだからである。


6 電子ズーム

光学ズームの他に電子ズームも搭載した機種がいくつもある。このような機種をお持ちの方はぜひ電子ズームを活用しよう。活用する,といっても撮影するわけではなく,ファインダー代わりに使うのである。電子ズームは要するに画像中心部の拡大のことだから,一眼レフにマグニファイヤを付けてピント合わせをするようなものである。この方法は撮影の成功率を上げるために劇的に効く。手順は以下の通りである。
まずデジカメを遠景モード,またはピント無限遠にする。ストロボ発光は禁止する。次に光学ズーム望遠端でフレーミングを決め,つづいて電子ズームを最大にする。この状態で顕微鏡の微動でピント合わせを行う。電子ズームを最大にするとピントの山が非常に掴みやすくなる。うまくピントが合ったなら,電子ズームを解除し,光学ズームの望遠端に戻し,撮影する。
この方法は胞子の発芽孔や表面の模様など,微妙なピントの山を調節するときには非常に役に立つはずである。

(Aug 18, 2001, Dec 21, 2002加筆)