デジタルカメラによる顕微鏡撮影法




きのこの特徴を云々するには顕微鏡が欠かせない。子実体は確かに肉眼レベルの大きさなのだけれども、あまりにも変化に富むために特徴がつかみづらいことがよくある。カサの色は変わるし、大きさは千差万別だし、中間型のようなものもある。においは割と一定しているように思うけれども、言葉や絵で表すことができない。ところが不思議なことに細胞レベルになると割合に変化が小さいように思う。例えば、子実体の大きさは数倍にも変化することが珍しくないが、胞子の大きさが数倍も変化することはない。そんなわけで胞子を顕微鏡で観察すると分類の手がかりになる場合もありうる。

実際の話はそんなに簡単ではなく、子実体が似ていれば胞子も似たり寄ったりで、しかもかなり高倍率で検鏡しなければならないので、検鏡も楽ではない。しかし胞子の特徴が同定時の参考になる分類群も少なからずあるし、アマチュアが多少なりとも菌類学の裾野を広げてゆける可能性の一つとして、顕微鏡的な観察も行っていきたいものである。もし胞子の顕微鏡写真が得られれば、客観的な観察記録として優れていよう。

デジカメ顕微鏡システムで撮影したタマゴタケの胞子。こんな記録が残せればきのこ観察もさらに味わい深くなるだろう。









そこで今回はデジタルカメラを用いたコリメート法による顕微鏡写真の撮影方法について記すこととしよう。早い話が「デジカメによる顕微鏡写真」である。ここで言う「顕微鏡」とは、単眼の数万円クラス以上から研究用のものを指す。2〜3万円程度の学習用顕微鏡では胞子などの微小物体を高解像度で写すことは難しい。最低でも、スライドグラスを置くステージに単玉レンズのコンデンサーと照明装置が付いていることが望ましい。

コリメート法というと難しい印象を受けるかもしれないが、そんなことはない。顕微鏡の接眼レンズにデジカメのレンズを押しつけて撮影するだけのことである。接眼レンズにカメラレンズを密着して撮影する方法は、顕微鏡に限らず望遠鏡の業界?でもコリメート法と呼ばれている。像を投影する方法として、接眼レンズ+カメラレンズを用いる点が、通常の撮影専用レンズを用いる方法と異なる。画質の点からいえば専用の撮像システムの方がよいが、工夫次第でコリメート法でも十分な高画質が得られる。

ではその実際であるが、まず筆者の顕微鏡デジカメシステムをごらん頂きたい。

往年の名機、Nikon SFR-Ke
デジカメが装着されるとは幸せな運命だ


















かなり古い顕微鏡である。Nikon SFR-Keという形式で、大学や研究所には非常に普及したからどこかで見かけた方もいるかもしれない。中古品でも見たことがあるし、廃棄されているのも見たことがある。こんなものでも光学系の分解掃除をしてカビ取り、光軸調整をすれば本体の性能は最新の顕微鏡とさほど変わらない。筆者はこの古い顕微鏡にNikonの一世代前のCF対物・接眼レンズを装着して使用している。デジタルカメラはやはりNikonのE990であるが、この新旧のアナクロな組み合わせが不思議な統一感を醸し出していると感じるのはうぬぼれだろうか。

デジカメと顕微鏡の接続には、ビクセン(株)から発売されている「デジカメアダプター」の「顕微鏡用」を利用している。この製品は大きなカメラ屋・デパートなどで容易に入手できる。このアダプタは外周径23.2mmのJIS規格の接眼部に合うように設計されており、ネジ一本で止めることができる大変便利な製品である。締め付け式ではないので、光軸が狂うのと鏡筒に傷を付ける可能性があるのが欠点といえばいえるが、価格を考えれば文句は言えないだろう。

デジカメアダプタのカメラ接続リングを
外したところ。















このアダプタは分割式になっており、中に接眼レンズを挿入して使用する。通常は手持ちの接眼レンズをそのまま使うことになるであろうが、高画質を求めるムキには最適なものを購入することを勧めたい。接眼レンズを選ぶときのポイントを列記すると、1)目レンズ(接眼レンズの目の側のレンズ)ができるだけ大きなもので、2)対物レンズと相性のよいもの、かつ、3)倍率の高すぎないもの、となる。理由は以下の如くである。

コリメート法では、カメラレンズで接眼レンズを「のぞき込む」ようにしながら撮像する。したがってのぞき孔は大きな方が(目レンズが大きな方が)視界が広くなる。写真用語でいえば「ケラレない」ということである。ビクセンのデジカメアダプタ(顕微鏡用)は、ある程度ケラレるのは承知の上で設計されているようなので、ケラレを防ぎたいなら大きな目レンズの接眼レンズは必須と思われる。
ところで顕微鏡では接眼レンズと対物レンズは決まった組み合わせで用いる。たとえば倍率の色収差を対物レンズと接眼レンズの双方で個別に補正しているニコンのCF系レンズの場合、必ず両者をCF系にしないと色収差の補正が十分でなくなる。一方、オリンパスのLB対物レンズでは、専用のコンペンゼイション接眼鏡と組み合わせることで倍率色収差を補正しているので、ニコンのCF系の接眼レンズを使用しない方がよい。このレンズの組み合わせの問題は、肉眼で異常がなくても画像では目立って劣化が見られたりすることがあるので注意を要する。
デジカメのレンズの焦点距離にもよるのだが、倍率の高すぎる接眼レンズは使用しない方がよい。コリメート法で撮影すると、撮影倍率はかなり高くなる。ところが顕微鏡では、対物レンズの開口数に応じて解像力が理論的に決まっている。だから倍率の高い接眼レンズで撮影すると、ただボケるだけの無駄な拡大をすることになる。これを無効拡大とか馬鹿拡大と呼ぶ。これを防ぐために15倍とか20倍の接眼レンズは利用しないのが無難だろう。
なお念のために書いておくと、顕微鏡では、倍率を稼ぎたいときは対物レンズを高倍率のものに変えるのが正しいやり方である。高倍率の対物レンズで高解像度の像を形成させ、それをアラが目立たない程度の効果的な拡大率で投影する、コレが顕微鏡写真の極意である。

さてそれでは筆者はどんな接眼レンズを使っているかというと、ニコンのCFWN10×である。2群4枚のシンプルなレンズ構成で空気面はすべてマルチコートである。迷光が少ないし、歪曲収差もそれほどは多くない。目レンズも大きい。倍率も高すぎはしない(本当はもっと低いものが好ましいが)。ただ、惜しむらくはデジカメアダプタに物理的に入らないのである。

光学的には問題ないので、どうにかしてこのレンズをデジカメアダプタに収納することを考えた。各部の直径を測ったところ、少々の加工でどうにかなりそうである。レンズのハウジングを外し、ストッパーになっているアルミニウムのツバをグラインダーで削った。最後は板ヤスリで慎重に削っていき、どうにかデジカメアダプタに収めることができた。加工時の振動でレンズ内部にも金属の微粒子が入ったと考えられるので、いったんバラして清掃し、再び組み直して完成である。顕微鏡にデジカメアダプタを装着し、接眼レンズを入れて、デジカメのレンズと接眼レンズが最も接近するように調節すれば撮影準備OKである。

新品の接眼レンズと、アダプタ用に
削られてしまったレンズ












さて、良質な画像を得るために必要な次の作業は「テスト撮影」である。オートフォーカスを用いたコリメート法では、とにかく押せば写る。だからテスト撮影が見過ごされてしまうことが多くなるかもしれない。しかし顕微鏡写真は一種の科学写真であることを考え、入念にテスト撮影しよう。
まずテストすべきは「ケラレ」の有無である。デジカメのズームを広角〜望遠と変えてゆき、ケラレがなくなる位置を見つけよう。デジタル画像の情報量はCCD上の画像の大きさで決まる。これを考えればケラレは不要なことがわかるであろう。
次にテストすべきは歪曲の有無である。対物ミクロメータが必要になるが、なければカバーグラスの縁や、他の信用できる微少な直線で代用できる。直線と思われる物体を視野中心に置いて観察する。次にこの直線を視野の上端に移動する。このとき直線の両端が視野の外側に変形するようなら糸巻き型、内側ならタル型の歪曲収差があることになる。理想的には歪曲ゼロが好ましいので、ズーム位置や接眼レンズの組み合わせを変更し、最良の条件を求めるようにする。
像面湾曲も調べておこう。対物レンズにPlanと書かれていないものは殆どタダのアクロマートレンズである。学習用・実習用顕微鏡は全てこのタイプである。これは球面収差と軸上の色収差を補正したレンズであるから像面湾曲は残っている。だから視野中心にピントを合わせると視野の外周に向かうにしたがってボケが大きくなる。これは欠陥ではなく仕様である。デジカメでテスト撮影を行い、ピントが許容できる視野範囲を把握しておくことが望ましい。

研究用や医療用にはPlan系対物レンズが多用されている。このレンズの像面は平滑で像面湾曲は殆どない。写真用にはぜひともPlan系対物レンズが欲しいところである。単眼の学習用顕微鏡でも、単玉レンズのコンデンサが付いているならば、Plan系対物レンズを装着してみる価値はある。但し倍率は40倍までである。

これらの準備が終了したらいよいよ撮影に入る。最も大事なことはよいプレパラートを作成することである。よいプレパラートとは、1)光学的条件を満たし、2)コントラストの高い、3)試料を忠実に再現している、ものを指す。

光学的条件とは、スライドグラスとカバーグラスの厚さ、封入液の厚さと屈折率・成分、汚れなどいろいろある。スライドグラスとカバーグラスはきれいに洗浄して用いる。なぜなら、スライドグラスもカバーグラスも像質に直接影響する光学系の一部であるからである。この両者をきれいに拭くのは非常に難しいが、練習するしかない。手を石鹸で洗うところから始め、レンズクリーニングペーパーを幾重にもたたみ、一度も手を触れていない面で拭う。大切なのは「拭ききり」で、一度拭ったらもうその面でガラスを拭ってはいけない。これを幾度か繰り返すことにより完全に透明にする。光学の分野の権威・吉田正太郎氏によると、拭き三年という言葉があるほどレンズ拭きは難しいのだそうである。小学生の頃から数々のレンズに傷を付けてきた筆者には、拭き三年という言葉は身に沁みる納得の表現である。

さあ、ここまで準備万端にすればけっこうよい画質が得られるかもしれない。あとはピントやコンデンサ絞り、対物レンズの倍率を適切に調節して最適条件を追い込もう。デジカメのモニタを見ながら対象を視野中心に持っていき、ピントを合わせる。合焦範囲外にならないように、オートフォーカスの場合でもある程度ピントを追い込んでおく。コンデンサ絞りを適切に調節し、ストロボ発光を禁止し、振動防止のためにセルフタイマーでシャッターを切る。これでようやく一枚撮影である。

画像はパソコン上で処理するが、試料と見比べながら、眼視の顕微鏡像が忠実に再現されるように心がける。いろいろのフィルタがあるが、きのこの胞子の場合は輪郭強調・シャープフィルタを使うとよい結果になる場合がある。色の正確な再現は難しいので、バックグラウンドをニュートラルにする程度にとどめるのが無難だろう。

筆者のデジカメ顕微鏡システムでは、このような工夫により、油浸100倍対物レンズを用いたとき、およそ0.2〜0.3μmまで解像できるようになっている。理論分解能は0.2μm程度なのでほぼ理想に近い。筆者は超精密テストチャートの代用として、珪藻(浮遊珪藻類:コスキノディスクスの一種)の永久プレパラートを愛用しているが、このシステムでそれを撮影した画像を見るとわかるように、この珪藻の持つ微細な孔が再現できている。

沿岸にふつうにいる珪藻類で極めて微細な模様を持っている。小さな孔と孔の間隔がおよそ0.3μmである。

















さて、デジカメアダプタが手に入らなかったり、装着できなかった場合はどうするか。あきらめるのはまだ早い。筆者はビクセンからデジカメアダプタが発売になる前には、下の画像のようなシステムで撮影していた。必要なものはスタンドとクランプだけだ。工夫次第でどうにでもなろう。光軸さえしっかりと合わせれば、この武骨なシステムでも、少なくとも光学的性能はデジカメアダプタと変わらないはずである。工夫あるのみである。

アダプタの代わりにスタンドを用いても顕微鏡写真は撮れる。 セルフタイマーで撮れば振動も防げる。
















(Nov 29, 2000)