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8/05/2005*

仙台七夕前夜祭の花火、ではなくて仙台駐屯地の花火 水の文化情報誌『FRONT』のバックナンバー/2004年2月号を入手。「【特集】試みとしての復元学 -オリジナル それともコピー!?-」のトップにある「復元という誘惑」と題された井上章一鹿島茂との対談を読む。自由闊達な対談というよりはお互いに好き勝手話すというスタイルで、少々とっちらかった印象がなきにしもあらず。しかしそれ故に興味深い話が散見し、なかなか読み応えがあった。特に印象に残ったのはこのくだり(以下、引用)。
鹿島●たとえば一九世紀のパリの町を忠実に復元するといったら、悪臭が漂わないと駄目でしょう。横浜のラーメン博物館で昭和三〇年代の日本の町並みが復元されているんですが、本当にリアリズムで復元すれば臭くてたまらない。
井上●痰壺置いてないじゃないかとか。
鹿島●便所はちゃんと汲み取り式じゃないとリアリズムじゃないとか。
井上●長崎のハウステンボスを見てオランダ人が同じように思うようですね。確かにアムステルダムにそっくりだけど、本物はこんなきれいな町じゃないと言われるらしい。
鹿島●復元にはイメージの浄化がつきものですからね。紋切型イメージのほうに合わせないと本物らしさが感じられないというわけでしょうね。それはフランスの古典主義の演劇理論と同じなんです。本物は醜いけれど、本物らしいものが一番美しいんだと。
井上●かなり開き直った見解ですね(笑)。
鹿島●リアリズムはよくない。なぜかといえば、人間は理性で物事を判断する。理性こそが万人に等しく与えられた能力だからである。その人間の理性が受け入れるのは本物じゃなくて、本物らしさであるという理論なんです。すごいことを言っているでしょう。
"本物"よりも"本物っぽい"ほうが美しいってのは、もう開き直り以外の何者でもないんだけど、とはいえ、妙に説得力あるなあ。もちろん、研究者からしてみれば単なる逃げ口上にしかならないってのは明らかなんだけどねえ。
 余談だが、この対談では「うんこ」という言葉が3回くらい出てくる。井上章一なんて「うんこ」とか言わなくていいところでも「うんこ」「うんこ」言ってたりする。ああ、こういう大人に私はなりたい。

 4日、仙台フォーラムにて木下恵介監督作品 『野菊の如き君なりき』を鑑賞。んーこれはちょっとどうかなあ。悪い作品じゃない、とは思うけど、これを好きという人とはトモダチになれないような気が。



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