《 故郷への帰省 》

2003年8月1日〜7日

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《8月1日》

今年の9月に行くからねと母に言ってたのに、主人の
「今年は車で行こう」この一言で決まった。同じ時期に休暇が取れたのもラッキー

当てのない旅。疲れたらフェリーで行こうと体調第一に考え予定もなし
母には「3日くらいに着くから」と言っておいた
早めに言って着かなかったらがっかりさせるから・・・・・

朝7時30分に出発。思ったより混んでなく、相良牧之原パーキングまで走り
9:30.ちょっと休憩。

その後は龍野パーキングで昼食。車の中ばかりなので空腹感がない
でも、何か入れなくちゃとラーメンにする。味はいまいち

思ったより東名道路も空いてる
主人の「フェリーは乗らないぞ」との一声でホッとする。船酔いがひどいから・・・
快適なドライブは続きました。お盆前の一休みかスイスイです

3時過ぎに宮島SA。トイレ休憩とガソリンを給油
この先徳山からのフェリーを利用しようと思ったものの、でた後で2時間半待ち

「サー行くぞ」と主人。まだ元気ありそう。うん大丈夫!
そのまま走ることに決め高速の快適な旅は続きました。混んでない。ラッキー

高速をでたところで、母へ電話
「今、小倉だから・・」  母「えっ!3日じゃなかったの」ってびっくり

高速を降りてからの道が時間かかってしまった
町中でもあるし、地理に不案内。ナビの私が全くの当てにならず・・・・

ともあれ「道は続いてるから大丈夫」そういう主人にお任せ
途中母には携帯で何度か連絡しながら、ついに夜の10時到着しました

母がいそいそとライトを持って出てくる姿。ホッとした・・・・・

《8月2日》

意外とすっきりと目が覚めた

「何も買ってないから・・」と気にする母
車がないと買い物へ行けない母のこと。これは承知なのに、さかんに気にする
「いいよ。後で買い物へ行くから」と

それにはまず冷蔵庫の掃除からはじめなくては。いつも最初の仕事です
なにやら怪しい物が入ってます。処分するとすっきり

午後は部屋の片づけ。これがまた大変
母一人では大きすぎる部屋。使う部屋は決まっていても、やはり全部しなくちゃ
母のいつも座ってる部屋は、手の届くところにすべてが集まってる

「あまりあちこち片づけないで」と母が心配そうに見てます
置き場所がわからなくなるのを気にしてます。またすぐの広がるのですが・・・

その間に、主人は包丁を研いでいます
「包丁が切れなくて」と母が言ってたのを聞いて早速。「これは研ぎ甲斐がある」
そういいながら・・・・

なんとか一区切りつけて、買い物。そのついでに、従兄弟のうちへ
いつも母がお世話になってるので、お礼かたがたご無沙汰をわびながら出かけました

夕食は母の好きなエビチリを主人が作りました
「エビが好きだけど、作るのが大変だから、時々出来合いを買って食べてる」という母
おいしそうに食べてたなー

安心したその顔がうれしかった・・・・・ 

 

《8月3日》

朝から母は、班の出事があり、そのおやつにと赤飯を炊いてた
おにぎりを手伝う約束の私は。寝坊で間に合わなかった。母はやっぱり早起き

母が出かけた後、母の寝室の掃除
布団を干したり、そのあたりにある物をまとめての洗濯。かなりの量。フー
掃除をしながら洗濯機を回し、フル回転の数時間

主人は、今日は網戸の張り替え。器用に張り替えしてる様子を母が真剣に見てます
「きれいになった・・」とうれしそうな母。よかった!

午後は、近くのメル友さんへ挨拶へ
横浜に住んでいたNさんは、脱サラで近くでブドウを作っています。
時々メールを頂く故郷のメルトもさんです。忙しい時期に出かけ申し訳なかったかなと
「夜はゆっくりできるから、きっときてね」そういわれながら・・・

その後別の従兄弟のうちへ
昨年まで関東に住んでいたのと、同年代で話しが合って楽しい時間です
母のことをお願いして帰宅

夕食は主人の得意の餃子。これは母の大好物。皮は東京から持参です
母が「○さんが作る餃子は、本当においしい」と食欲旺盛です

今夜も母は早めの就寝。安心して眠ってるようです

《8月4日》

今日は、あまり国東半島のことを知らない私に主人の車で出かけました

近くに大きなダムができました「行入ダム」です
富士山に似た山もあります。じっとして眺めてると、ホッとできるすてきな場所です
そばの山に咲いたネムノキの花がきれいでした

メル友さん、Yさんの故郷のお勧めの豊後高田の「天念寺」「川中不動」へ行きました
「修正鬼会」の行われるその寺は、古い重みを感じさせるものがありました
また、池の中にあるお不動様もホッとできます

富貴寺平へ行きましたが、間近に見るどっしりとしたこの寺に圧倒されてしまいました
近くにいながら、初めて見た富貴寺。中の壁に描かれた絵がすばらしい・・・
秋の紅葉の時期がすばらしいと聞かされ、また来たくなった

その後は真木大堂
国の重要文化財の9体の仏像が残されてると言います
古い場所から、新しい場所へと移ったのはちょっと残念な気がしますが・・・・

その後は「熊野磨崖仏」へ
長い長い階段が待ってます。99段のこの石は鬼が一晩で作ったとの言い伝え
これがかなりきつい。主人はギブアップ寸前
上がると、日本最大の不動明王と大日如来が姿を現します。大きい・・・

故郷の事を改めてすばらしいと感じた今日は、大満足。さすが仏の里「国東」です

その帰り、ふと立ち寄った杵築城
いつもは通り過ぎるだけのこのお城ですが、なかなか荘厳です。高台にありいい眺め
その周りにある武家屋敷跡。これも必見でした

帰りにスイカを売ってるのを見付け、早速購入。大きくておいしそう
「これおまけね」そういって、なし2個と大きなナスを4本頂きました。これぞ田舎の醍醐味・・と

その夜のスイカのおいしかったこと・・・・・

《8月5日》

早朝デジカメ散歩へ
自転車で部活「へ行ってる中学生の「おはよう」の声でうれしくなった

稲がだいぶ大きくなってます
あっ!コスモス発見です。ラッキー。まだまだこれからが見頃みたい
ウグイスの声があちこち出聞こえます。山・山・山・・・・の故郷

母が病院へ行きたいと。ついでだからと近くの方も乗せて出かけ
診察の間、車で先日気になっていた畳表の「七島イ」の撮影に出かけた。まだあったんだー
今では、高級な畳にしか使わないんだろうなと思いながら、感激しました

午後は、気になっていた主人の以前の上司の方の仏前へお参りで出かけました
奥様が一人での生活「寂しい・・」と何度も言われる。やがて亡くなって1年がやってきます
仏壇の中の写真を見ながら、主人も何か言いたげですが・・・・

帰宅して、幼なじみから電話あり「ブドウ取りにおいで」と
母を連れて出かけ、山の高台にあるTさんの家でしばらく話しをし、ここでも母のことを
しっかりお願いしてきました。いつも気にかけてくれてるYさんへ感謝

「貴方達がいる間は鍵も閉めなくて眠れる」と母が言う
何度も何度も同じ事を話す母。それを「うんうん」と聞いてくれる主人。ありがたい
せっかく買った補聴器も「邪魔」と持ち歩くだけの母
結局、大きな声で話さなければならず、これはいったい???

もう何回聞いたかな、この話は。そう思いながらの今日も過ぎていきました・・・・

《8月6日》

今日は母は「調子が悪い」と寝てばかり

毎回、私が戻る日が近づくとこんな症状を訴える母。精神的な物が大きいよう
思いっきり寝かせてあげた一日

主人は、ガラス磨きをはじめた
私はゴミの焼却と母の不要品を整理。これは実の娘だからできるのだと思いつつ
直ぐに袋にいっぱいになる不要品

きれいになったガラス戸を見て「これで外がきれいに見える」とうれしそう
そういえば、私一人の帰省ではガラス磨きはやったことなかった

今回の網戸の取り替え、ガラス磨き、包丁研ぎ、蛍光灯の掃除・・・・・
母は主人に感謝しながら、あれもこれもとやってほしい事を探してる。おかしい・・・・
やはり母一人ではかなわないことが多いことがよくわかります

夜になり、台風が気になります
急遽一日繰り上げて、明日出発にした。今回は1週間も居たし用事もやったけれど
でも、まだまだやり足りないことはいっぱい

「また、帰っておくれ」と母が何度も主人に言ってます
なかなか思うように帰省できない主人には、今回は本当に良く働いてくれました
感謝です

エビチリ、そして冷凍もした餃子
しばらくは、おかずが不自由なさそう。母が一人で生活するのは不自由や
寂しさはあるかもしれない

でも、様子を見てると、マイペースでいける今の生活も母にはいいような気がする
近くのいろんな方に助けられ、そして好きなゲートボール・手芸があるから

これからもこんな風に、母の様子を見ながらの生活が続きます
一日でも長生きしてほしいと願いながら・・・・・・

86歳・・・・・母はまだまだまだ元気です

 

《8月7日》

朝7:30出発しました・・・・・