−第27夜− digitalの功罪
2005年、Eskesen社に新しい機械が到着しました。
後にフロートペンのコレクターたちが「digital」と呼ぶようになったフロートペンを製造する最新の機械です。
digitalが従来のフォトラミックとどう違うのか、技術的な詳しい話をする力は私にはありませんが、作業工程だけでお話すれば、従来手作業でやっていたアナログ作業を全てデジタルで行なえるようになったことです。
出版界であればそんなのは当たり前のことでしょうが、1951年以来ずっとアナログでやって来たEskesen社にとっては天と地がひっくり返るほどの出来事でした。
この機械の導入によって生産性が飛躍的に高まり、一定時間内の生産量が増え、発注から納品までの時間も短くなりました。
経営者にとっては良いことずくめだったのですが、問題はその品質です。
従来のフォトラミックのペンだとルーペで拡大しても絵が破綻することがなかったのですが、digitalのペンでは拡大に堪えられない絵になってしまいました。
百聞は一見に如かず。実物を見てもらいましょう。


これはノルウェーの「氷河博物館」のフロートペンです。
上が2001年に入手したフォトラミックのフロートペンで、リアルに描かれたマンモスが博物館に向かって近付いていきます。
下は2006年にdigital版が出来たということで手に入れたものです。
一目瞭然というかdigitalの方はもはやフロートペンとは認めたくないレベルです。
これは極端すぎる例だというのなら、他のdigitalのペンも見てみましょう。




これらはいずれも2007年から2008年にかけて手に入れたdigitalのフロートペンです。
何か共通したものを感じませんか?
digital技術でフロートペンを作ったらこうした色使いやマンガチックで平面的な絵になるのでしょうか。
上のフォトラミックで作った「氷河博物館」のジオラマ風なフロートペンと比べるとだいぶ印象が異なるでしょう?
4本目のクルーズ船のペンなどはとてもきれいな絵なのですが、ルーペで拡大しても船名を読み取ることが出来ません。読めそうで読めないもどかしさがあるのです。
さらに、背景の町並みも良く描けてはいるのですが拡大して見ると印刷の粗さと言うのかザラザラ感が出てきて興醒めしてしまいます。

私にとってのクルーズ船のペンとは、このペンのようにキチンと船が特定できるように描かれており、それを確認するためにルーペで子細を見ると船名が読み取れたり特徴的な煙突の形が分かるのです。
さらには船首に掲げられた国旗や、すれ違ったヨットを操る人の姿までもが確認できます。
そのこだわりをマニアックと言われればその通りなのですが、そのマニアックな心をくすぐってくれたからこそ世界中のフロートペンを収集してきました。
そのこだわりに冷水を浴びせられたような感じがして、フロートペン収集の熱はしばしトーンダウンしてしまいました。
この気持ちは世界中のコレクターたちに共通だったようで、彼らはこの新しい機械で作成したペンを「digital」と呼び、「フォトラミック」の復活を声高に叫んだのですが、フォトラミックの機械は既に撤去された後で、2006年からは全てのフロートペンがdigitalになってしまいました。
ところで、上のサンプル画像はdigitalに移行して割と間もない頃のフロートペンですが、その後製造機械の調整が進んだようで、2024年現在では大分イイ感じに戻ってきています。

たとえばヴェネツィアのペンを比べてみると、上のフォトラミックと下のdigitalとの間にほとんど差はありません。
むしろdigitalのほうが発色が良いほどです。
ルーペで拡大して確認しても、フォトラミックと遜色がないほどに細かく表現されています。
ただ、雲のような薄い色の個所は相変わらず縞模様のようなざらつきが見られますが、それは許容範囲でしょう。
ようやく元の品質に戻ってきたということですね。よかった、よかった。
それではまた明晩。