【新入荷】


【2006/02/18】 1960年の日本公演のプログラムです

 1960年にベラフォンテが初めて日本でコンサートを開いた時のプログラムを入手しました。
 インターネットオークションに出品されていたのです。
 1960年といえば私が10歳の時、当然記憶にありません。
 ベラフォンテがカーネギーホールで大成功を収めた翌年の突然の来日でした。


【2003/07/11】 1966年のスウェーデンのTVフィルムです

 1966年にスウェーデンでMartin Luther King Civii Rights Movementへの慈善コンサートが行われました。
 その模様はテレビで放映され、スウェーデン限定のLPも発売されました。
 そのテレビ番組が37年ぶりにスウェーデンで再放送されました。
 コンサートフィルムの前後には最新インタビューの映像も付けられています。
 AKEさんがそのビデオのコピーを世界中のベラフォンテ・ファンに送ってくれました。
 もちろん私の所にも。
 AKEさん、ありがとう。


【2003/02/02】 The Long Road To Freedom

 ベラフォンテがプロデュースをした5枚組(+1枚のDVD)のアルバムです。
 といっても、これはそのオリジナルではなく、5枚組みのCDを1枚にアセンブルしたものです。
 5枚組のほうは2001年に発売されましたが、なかなか日本ではお目にかかることはなく、「お取り寄せかなあ」と躊躇していたら、ダイジェスト版が発売されました。
 ベラフォンテの歌声を中心にアセンブルされていますので、ベラフォンテのファンにとってはお買い得です。
 ベラフォンテが歌っている10曲中の6曲が収められています。
 残りの4曲は? うーむ、それはやはり5枚組みのボックスセットを買わなければ聞けないでしょうね。


【2002/03/21】 ベラフォンテの初期の歌を集めた5枚組のアルバムです

 すごいアルバムが出ました。
 ベラフォンテが1949年にROOSTというレーベルから初めて出したレコード(もちろん78回転盤)からはじまり、1957年に到るまでの9年間の全曲目です。
 中にはこれまで未発表だった曲もあるし、一般に知られている録音とは違うバージョンのものもあります。
 それらが5枚のCDに収められていて、100頁に及ぶハードカバーの解説書が添えられています。
 このアルバムを出したのはドイツのベア・ファミリーというマイナーなレーベルです。
 ベラフォンテはアメリカ本国はもちろんですがカナダとドイツで人気が高く、以前から変わったコンパイレーション盤が出ていましたが、これが極めつけですね。


【2002/01/27】 1960年のベラフォンテ初来日公演の録音が・・・

 ああ、なんて嬉しいことだろう!
 ベラフォンテが1960年に初来日したときのコンサートの録音があるなんて。
 コンサートの全貌が明らかになるだけでも嬉しいことなのに、コンサートの最終日の模様をテレビ放送したときの録音が残っていたのです。
 ファンにとって幻のコンサートです。三島由紀夫がベラフォンテを「褐色のアポロ」と讃えたコンサートです。シャイな日本の聴衆を一緒に歌わせたコンサートです。「サクラ」を歌って場内を感動の渦に巻き込んだコンサートです。
 VTRはおろか、録音装置すら一般家庭ではまだ珍しかった時代のことです。
 その録音がよくぞ残っていたものです。
 この録音を送ってくださったT氏に心から感謝いたします。


【2001/12/08】 ベスト・オブ・・・だが、これがただのコンパイレーションではないのだ

 RCAの版権を持っているBMGから出されたベスト盤です。
 ところがこれがただのベスト盤ではないのです。
 16曲目の「TWO BROTHERS」という歌は、1956年に録音されたままアルバムにもシングル盤にも収録されませんでした。
 ちょうどその頃、カリプソがブレイクしたためにイメージの異なるこの歌はボツになったのだろうと思います。
 また、20曲目の「BAM BAM BAMBA」もカーネギーコンサート盤での出来が良かったためにスタジオ録音のこのバージョンはお蔵入りになったようです。
 そういった、新しく日の目を見た歌や録音がいくつも収録されているのです。いやあ、アナログ吹き込みの頃はいろんなことがあったのですね。


【2001/12/04】 ハリー・ベラフォンテの娘シャリのアルバムです

 シャリのアルバムは1987年にドイツでプレスされた「Eyes of Night」というアルバムを持っていますが、今回手に入れたのは1989年に同じくドイツでプレスされた「Shari」というタイトルのアルバムです。
 相変わらずハスキーな歌声で魅力を振りまいていますが、曲の出来としては前作の方がいいように思います。


【2001/11/06】 本邦初登場時のシングル盤です

 よく残っていたなと思います。
 ベラフォンテが我が国に初お目見えしたときのシングル盤だからです。
 「バナナ・ボート」と「さらばジャマイカ」という豪華なカップリングです。
 今と違って、当時はアメリカでヒット曲が出ると、じわじわと口コミでウワサが広がって、半年も一年も遅れてから日本に上陸をするのが常でした。
 ましてや「カリプソ」などという、誰も聞いたことのない新しいジャンルの音楽ですからなおさら恐々の上陸だったでしょう。
 そうか、これが日本での初登場だったのですね。


【2001/06/23】 スウェーデンだけで発売されたライブ盤を戴きました

 どうしてスウェーデンだけで、というのには訳があります。
 1966年3月、スウェーデンの首都ストックホルムで慈善コンサートがありました。
 当時、黒人社会の指導者であったマーチン・ルーサー・キング牧師が基金を集めるために行ったものです。
 キング牧師の理解者であったベラフォンテはこの慈善コンサートに出演したのでした。
 そんな経緯で行われたコンサートでしたから、コンサートを収録したLPはベラフォンテが所属していたRCAからではなく、Philipsから発売され、その売上金もキング牧師の基金に寄付されたのです。
 このレコードをくれたのはスウェーデンのみならず全世界的に有名なベラフォンテ・ファンであるAkeさんという方です。
 Akeさんは、レコードだけでなく、そのコンサートのVTR(もちろん白黒)や、RCAからデビューする前の貴重な音源をCDにダビングして送ってくれました。 感謝です。


【2000/11/05】 Capitol時代に数枚出したSP盤のうちの一枚を入手しました

 ベラフォンテが1954年にRCAから再デビューをする5年ほど前、1949年頃にジャズ・シンガーとして活躍をしていた時期がありました。
 その当時、JubileeやCapitolから数枚のSP盤を出したのですが、今となってはもう幻のレコードになっています。
 今回そのうちの一枚を入手しました。
 手に入れたのはプロモーション盤で、片面がベラフォンテ、もう片面は別の歌手の歌が入っています。
 同じ頃に発売された2枚のレコードをプロモーションするためにプレスされたものです。
 聞いてみると、もう全く別人の声ではないかと思われるほど若々しい声でビックリしました。


【2000/09/12】 2枚組のコンパイレーション盤です

 RCAの許可を得て、ADAM[という会社が1974年にプレスしたものです。
 「AS SEEN ON T.V. HARRY BELAFONTE」というタイトルを見て、「もしかしたらテレビ出演のライブか」と大いに期待したのですが、残念ながらただのコンパイレーション盤でした。
 そりゃそうですよね、もう今更レコードの形に残っているもので、掘り出し物を期待できるはずがありません。
 まあ、それはそれとして、2枚組のまじめなアルバムではあります。
 ベラフォンテの代表曲が22曲収録されていますが、中には他のコンパイレーション盤では取り上げられていない「ターン・アラウンド」や「ウェディング・ソング」などが収録されているのは、編者の好みなのでしょうね。


【2000/08/03】 ジンバブエで行われたコンサートのビデオです

 ベラフォンテが1988年にジンバブエで行った野外コンサートを収録したビデオです。
 当時所属していたEMIからではなく、KODAKから発売されています。
 こんなビデオがあるよという話を聞いて、タワー・レコードやバージン・メガストアなど、あちこちのレコード屋で探したのですが、見つけることが出来ませんでした。
 あるとき茅場町を歩いていたらKODAKの日本法人があったので、受付のお姉さんに調べて貰ったりしたのですが、そこでもダメでした。
 そんなわけで、私にとっては幻のビデオだったのです。
 去年、アメリカのKipさんからコピーを送って貰い、とりあえず渇いたのどが癒されたのですが、今回アメリカのオークションで実物を手に入れることが出来ました。
 8ドルでした。
 ビデオは未開封で、ラップを開けると中に歌詞カードも入っていました。
 マチルダやカーニバル・メドレーなど、おなじみの曲が9曲収録されています。
 このコンサートはジンバブエの「ハラーレ国立競技場」で開催されました。そのせいでしょうか、ベラフォンテを始め出演者たちはエスニックなデザインの衣装に身を包んでいます。


【2000/07/19】 2000年6月に全米でオンエアされたラジオ番組のCDです

 ラジオ番組用の40cm盤LPについてはこの欄で何枚かご紹介しましたが、さすがに今はCDの時代なのですね。
 「Sun Americaオープン投信信託会社」が提供をする「Three By Request」という2時間番組が収録されている2枚組のラジオ番組用CDを入手しました。
   ハリー・ベラフォンテ、フリオ・イグレシアス、エンゲルベルト・フンパーディンクの3人の歌手の歌を特集しています。
 Lynn DiMennaさんという女性がディスク・ジョッキーをして、ベラフォンテの曲は10曲入っています。
 随所に「Sun Americaオープン投信信託会社」のCMが挟まれているのがいかにもラジオ番組らしくて面白いところです。


【2000/07/07】 1988年に行われたドイツ公演の模様を収録したビデオテープを入手しました

 1988年というと、「ベラフォンテ’89」というライブ盤が収録された年です。(発売は89年でした)
 そのライブ盤と同じ年に同じドイツで行われたコンサートの模様を収録したビデオテープです。
 ドイツのテレビ局でオン・エアされたものだそうです。
 私が持っている1979年のFM放送の録音と交換して欲しいという申し出があり、喜んでトレードしました。
 しかし、大問題があるのです。 ヨーロッパで放送されたものですからPAL方式なのです。
 日本はアメリカと同じNTSC方式ですから、再生してもノイズだらけで鑑賞に堪えられません。
 カセットテープに落としたものも一緒に付けてくれたので、歌を楽しむことは出来るのですが、何とかPALからNTSCに変換する方法はないでしょうか?

 2001年7月、追記
 スウェーデンのAkeさんがNTSCに変換できるというので、テープをスウェーデンに送って変換して貰いました。
 Akeさんも初めて見る録画だったようで、喜んでいました。
 ドイツ、日本、スウェーデンと、すごく国際的な話になりました。


【2000/06/16】 ベラフォンテのEP盤を、どんとまとめて29枚入手しました

 アメリカのオークションで29枚まとめて50ドルで出ていました。
 e-bayのような有名なオークションでないせいか、競争相手もなく、すんなりと落札しました。
 届いてみると、結構珍しいシングル盤がたくさん含まれていました。


【2000/05/31】 ちょっと珍しいEP盤「ゴメンナサイ/スプリング・フィールド・マウンテン」

 「ゴメンナサイ」の方は3枚組のベストCDにも収録されていますが、「スプリングフィールド・マウンテン」の方はこのシングル盤(SP盤またはEP盤)にしか収録されていません。
 初めて聞きましたが、なかなか軽快な曲です。
 戦前に良くあったようなダンス曲、かな。


【2000/05/13】 ビニール製のSP盤

 SP盤の素材というのはシェラック製だとばかり思っていたら、今回手に入れたSP盤はその後のEP盤やLP盤と同じくビニール製でした。
 へぇ、そんなのもあるのですね。
 となると、我が家のプレイヤーでは聴けないのですよ。 やれやれです。
 このSP盤に収められている「A-Roving」という曲はすごく珍しくって、実は私もまだ聞いたことがないのです。


【2000/04/14】 3枚目の40cm盤です

 40cm盤を聴く環境が整わないまま、レコード盤だけが手元に集まってきています。
 まったく、どうしたらいいんでしょうね。
 しかしまあ、環境はいずれどうにかなるとしても、レコード盤は手に入る機会が限られているから、チャンスがあればためらわずに購入しています。
 今回の40cm盤は「American Cancer Society」(アメリカ癌協会)が1957年に「癌撲滅キャンペーン」をラジオで放送するために制作したものです。
 片面は"HARRY BELAFONTE SINGS"という、14分30秒の番組です。 1957年4月18日に放送したという書き込みがあります。
 そしてもう片面は、"MYSTERY GUEST STARS"というタイトルで、クラーク・ゲーブル、ダイナ・ショア、ヘンリー・フォンダ、ビング・クロスビーたちのメッセージが各一分前後収録されています。
 早く聴きたいなあ。


【2000/04/08】 ベラフォンテの伝記本です

 1960年に出版されたベラフォンテの伝記本です。
 アーノルド・ショウという人が書いた本ですが、副題に「Unauthorized」つまり認可されていない、と書かれています。 言葉どおり、ベラフォンテの許可を得ていないという意味なのでしょうか、それとも、アメリカでは伝記本はそんな但し書きをするのでしょうか。
 一人の歌手の伝記本(それもデビューしてやっと5年くらい)にしてはけっこう分厚で、索引を含めて338ページあります。
 英語をスラスラと読めれば良いのですが、私の語学力では読み終わるのに1年くらいかかりそうです。
 とりあえず最初のほう、まだデビューする前のあたりを読んでいますが、このころのエピソードはベラフォンテの最初の奥さんであるマルガリータさんから採取したようです。 添えられている写真も「マルガリータさんの提供」と書いてありました。


【2000/03/24】 ベラフォンテの娘、シャリのCDです

 ベラフォンテには一人の息子と三人の娘がおりますが、芸能界で活躍しているのは次女のシャリ(Shari)だけです。
 シャリは野性的な雰囲気を持った魅力的な女性で、映画に出演したりモデルになったりと、多彩な活動をしており、歌手としても何枚かのアルバムを出しています。
 今回手に入れたのは1987年にドイツの「メトロノーム」というレーベルから出された「Eyes of Night」というアルバムです。
 これがなかなか出来の良いアルバムで、何度聞いても飽きが来ません。
 音楽のジャンルはお父さんと違って、フレンチ・ポップスの感じです。(このアルバムだけかも知れませんが)
 でも、声質が少しハスキーなのはお父さん譲りでしょうか。


【2000/03/20】 40cm盤をまた1枚入手しました

 今度の40cm盤は「American Cancer Society」(アメリカ癌協会)が1958年に「癌撲滅キャンペーン」をラジオで放送するために制作したものです。
 片面は「My Favorite Singer」と題して、ベラフォンテやパット・ブーンの歌がディスク・ジョッキー付きで納められています。
 もう片面は10人の芸能人がそれぞれ20秒づつのコメントを吹き込んでいます。
 その10人というのは、ダイナ・ショア、パット・ブーン、パティ・ペイジ、ナット・キング・コール、リナ・ホーン、ベニー・グッドマンなどなど、著名なミュージシャンばかりですね。
 さて、この40cm盤ですが、どうやって聞きましょうか、頭を悩ませます。
 やっぱり「フランク」の開店を待つしかないですね。


【2000/03/10】 昔のEP盤をまとめて6枚、そしてサイン入り封筒も

 アメリカのオークションのおかげで、たくさんのベラフォンテものを入手できて、ご機嫌です。
 今回は1958年にシングル盤でのみ発売された「ゴッタ・トラベル・オン」などの6枚のEP盤や、サイン入り封筒(前とは別の)を入手しました。
 特にシングル盤は(ベラフォンテに限らずですが)日本の中古市場ではバカ高いので、アメリカのオークションに直接参加できるのは大変にありがたいことです。
 日本では1枚1000円以上するシングル盤が、アメリカのオークションでは1ドルが相場なのです。
 一方、サイン入り封筒は1985年のものです。
 教育者である黒人女性のMary McLeod Bethuneの記念切手を、初日カバーにしたものです。
 ベラフォンテのサインも気合いが入っています。


【2000/03/04】 「ジャックと豆の木」

 ベラフォンテがアニメの声を演じたビデオを入手しました。
 「Jack and the Beanstalk(ジャックと豆の木)」というタイトルのアニメです。
 この話は有名ですね。ディズニー・アニメにもなっています。
 でもこのビデオがユニークなのは出演者(?)がみんな黒人なのです。
 ジャックもそして雲の上の巨人も。
 こういうビデオが存在するということは、やはりアメリカの人種問題がかなり深刻だと言うことなのでしょうね。
 ベラフォンテはこのビデオの中で、ジャックが売りに来た雌牛と5粒の豆とを交換する魔法使い(と言うよりもマジシャン)の役を演じています。
 それもただの声優ではなく、ちゃんと一曲(オリジナルの曲を)歌ってくれるのです。
 曲名はちょっと分からないのですが、なかなか良い歌ですよ。
 うーん、そうですね、ディズニーの「アラジン」にこんな雰囲気の歌があったような気がします。
 これは1995年にアメリカの「ランダムハウス社」から発売されたものです。
 ビデオはシリーズになっていて、「美女と野獣」や「白雪姫」などもあるそうです。
 でもそれを黒人のキャラクターでやっているのかなあ? ちょっと無理があるなあ。


【2000/02/24】 映画「ビートル・ジュース」の主題歌のプロモーション盤

 珍妙なEP盤を入手しました。
 少し説明が必要ですね。
 「ビートル・ジュース」というのは1988年に製作されたコメディ系のゾンビ映画なのですが、その映画の主題歌にベラフォンテの1956年のヒット曲、「デイ・オー」(バナナ・ボート)が使われているのです。
 それは良いとして、映画の公開時にそれがサントラ盤として発売され、そのプロモーション盤がレコード店や放送局などに配布されたのですね。
 歌は1956年当時の録音のものですが、版権を持っているRCAからではなく、「GEFFEN RECORDS」というレーベルから発売されています。
 更に面白いのは、プロモーション盤だからでしょうか,A面、B面共に同じ音源が収録されているのです。
 ちなみに、製品盤の裏面は「ビートルジュース」のメイン・タイトルでした。


【2000/02/19】 ベラフォンテの昔のEP盤

 今回手に入れたEP盤はベラフォンテの1枚目のアルバム「ベラフォンテ登場」と3枚目のアルバム「カリプソ」です。
 共にLP盤として発売された中からそれぞれ2枚のEP盤にダイジェストされています。
 1955年当時はこういった需要があったのでしょうか?
 まあ、45回転というのが魅力といえば魅力ですね。
 それだけのことです。


【2000/02/09】 ベラフォンテのサイン入り封筒

 サイン入りのポートレートというのはよくありますが、アメリカではサイン入りの封筒という分野があるようです。
 芸能人達がチャリティとしてサインをするのでしょうか? それとも色紙の替わりに封筒を使うのでしょうか? その真意は不明ですが、ベラフォンテも多くのサイン入り封筒を残しています。
 今回入手したのはクリスマスの橇をデザインした切手を貼った封筒で、1989年10月18日の消印が入っており、ベラフォンテが黒のサインペンでサインしています。
 黒いアクリルの額に入れて、私の机の前の壁に掛けました。


【2000/01/28】 カナダでプレスされた古いEP盤

 カナダでプレスされた古いEP盤を3枚入手しました。
 それほど珍しいってほどのレコードでもないのですが、送料を含めても3枚で1500円という値段に、思わず購入してしまいました。
 ところで、カナダ盤のレコード番号はアメリカのものと同じようです。
 しかしレーベルは「RCA CANADA」で、写真で分かるように赤い色をしています。

 
【99/11/04】 何と直径40cmのレコード

 とんでもないものを手に入れてしまいました。何と直径40cmのレコードです。
 ここにはベラフォンテの歌が4曲含まれているはずで、その歌を聴きたいのですが我が家のレコードプレーヤーでは演奏することが出来ないのです。
 何故こんなことになったのか。実はこのレコードはオークションで手に入れたのです。ベラフォンテが出演しているアメリカのラジオ番組をレコード盤に落としたものとして。
 「へえ、それは珍しいな」と思って競り落としたのですが、届いてみてその大きさにビックリしました。
 レコード盤のラベルを見ると、要するにこのレコードは身体障害者を支援するための慈善番組として中央局で制作したものを、地方局で放送するためにプレスしたものなのですね。
 ジャケットには「1956年1月3日から31日の間だけ放送を許可する」とか「キャンペーンが終了したらこの盤を壊してくれ」などと書かれています。
 それにしても困ったなあ。「フランク」に持っていったら聴くことが出来るかな?

(続報:1999/12/04)
 今日、フランクに盤を持ち込んで試聴してきました。
 ベラフォンテが15分間ほどDJをして、自分の曲を流したり、小児麻痺についてメッセージを視聴者に伝えたりしています。
 なかなか雰囲気のあるレコードですが、フランクの強力なオーディオ装置でも能力不足のようで、ワウフラッターが出てしまいます。
 フランクのオーディオ装置を組み上げた「先生」は、「今度はカートリッジを換えて再生してみよう」と話しています。


【99/11/04】 1966年の慈善コンサート(ロング・バージョン)

 1966年3月31日にスウェーデンのストックホルムでMartin Luther King Civii Rights Movementへの慈善コンサートが開かれました。
 このコンサートの模様は北欧だけの限定盤として30cmLPが発売されており、その希少価値の故にマニアの間では引っ張りだこになっていますが、実はこれにはロング・バージョンがあったのです。
 このカセットテープを送ってきてくれたAKEさんについてはもう何度も紹介しましたが、スウェーデンにお住まいの熱狂的なベラフォンテ・ファンとしてインターネットの世界ではつとに有名です。
 そのAKEさんがこのテープをどうしたのかは謎ですが、結構音質が良いので、あるいは当時ラジオなどでオン・エアされたのかも知れませんね。
 いずれにしてもそのおかげで、レコードに収録されていない曲を聴くことが出来てとてもラッキーです。


【99/10/30】 キャピトル時代のEP盤「Close Your Eyes」

 ハリー・ベラフォンテの古い古いレコードを入手しました。
 ベラフォンテがキャピトル・レコード時代に発売をしたEP盤です。
 1951年にRCAビクターと契約して黄金時代を築く前は、ベラフォンテはキャピトル・レコードやジュビリー・レコードと契約して何枚かのレコードを出していました。
 それらのレコードは今ではほとんど入手が困難で幻のレコードになっています。
 アメリカの中古市場でも滅多に見かけることがなく、ましてや日本ではとうてい入手が困難です。
 そんな珍品のレコードをスウェーデンのAKEさんが私にプレゼントしてくれました。
 AKEさんはベラフォンテのファンとしてつとに有名な方で、昨年インターネットで知り合って以来、お互いの珍しい音源を交換したりしてきました。
 AKEさんがこのレコードをくれるというので、てっきりコピーだと思い、気楽にありがとうと言っていたのですが、本物のレコードを送ってきたのでビックリしてしまいました。
 4曲入りのEPで、初めて聴く曲ばかりでした。
 AKEさんありがとう。大切にします。


【99/09/11】 「ペトラ・クラーク・ショウ」

 「ダウンタウン」で有名なイギリスの女性歌手ペトラ・クラークのビデオを入手しました。
 1968年にテレビ放映されたスペシャル番組で、ベラフォンテがゲスト出演しています。
 日本で購入するのはとても困難なので、どうやって手に入れようかなと思案していたら、前にもこのコーナーでご紹介をしたアメリカのKipさんが送ってきてくれました。
 ダビングしたものを戴けるのかと思っていたら、なんとオリジナルを送ってきました。 びっくりです。
 この番組は曰く付きの番組で、というのは、白人のペトラ・クラークと有色人種のベラフォンテがデュエットしているときに手を取り合って歌っていたというので、たくさんの抗議電話が放送局に寄せられたというのです。
 1968年ですよ! わずか30年前にそんな低次元な人種差別がアメリカでまかり通っていたのですね。
 あきれたものです。
 この当時、ベラフォンテは40代前半で、まさに脂ののりきった歌声を聞かせてくれます。
 でも、この番組の中でベラフォンテが歌っているのはいずれもレコーディングされていない曲ばかりなので、私にも曲名が分かりません。
 曲名が分かり次第「ディスコグラフィ」と「曲名一覧」でご紹介します。


【99/08/24】 「ベラフォンテ・バイ・リクエスト」

 ようやく・・・ようやく手に入れました。
 ベラフォンテのオリジナル・アルバムの中でこれだけが入手できなかったのです。
 このアルバムが発売された1970年というと、ベラフォンテが2度目の来日をする4年前で、一番マイナーな時期でしたね。
 ひっそりと発売されて、ひっそりと廃盤になってしまったのでしょう。
 ごく最近まで、本当に発売されたのかさえ疑っていたアルバムでした。
 日本プレス盤なんか見たことすらなく、今回手に入れたレコードもアメリカのオークションでようやく見つけたものでした。
 当時、テレビ・ショウなどでさかんに歌っていた「アブラハム・マーチン・アンド・ジョン」がA面のラストに収められています。


【99/08/07】 「ベスト・オブ・ベラフォンテ」

 1956年にアメリカで発売された「The Best of Belafonte」を手に入れました。
 10枚のEP盤と一冊の解説書が化粧箱に収められています。
 1956年と言えば、ベラフォンテが歌ったカリプソ曲「デイ・オー」が大ヒットし、アルバム「カリプソ」が世界で初めてのミリオン・セラーになった年です。
 かの有名な「カーネギーホール・コンサート」でエンターテイナーとして大ブレイクするのは、まだ三年ほど先の話です。
 その時点でのベスト・アルバムですから、デビュー間もない頃にSP盤で吹き込んだ曲などが含まれていて、なかなかマニアックな興味に満ちています。
 私ですら、初めて聴いた歌が何曲かありました。


【99/06/22】 「若き日の2枚のシングル盤」

 若き日のベラフォンテのシングル盤を2枚入手しました。
 1枚目は「The Blues is Man」という曲で、同じ歌をアレンジを変えてA面とB面に収められています。
 とても軽快で素敵な曲ですが、シングル盤で発売されただけで、アルバムには入りませんでした。
 もう一枚は「聖者の行進」と「ジェリーのことを聞いたかい?」という曲のカップリングで、共にアルバムに収められている曲ですが、どうもアレンジが異なるような気がします。
 今度ゆっくりと聞き比べてみましょう。


【99/06/19】 「ベラフォンテのデビュー曲を収めたLP」

 ベラフォンテのデビュー曲を収めた珍しいレコードを入手しました。
 そのデビュー曲というのは「リーン・オン・ミー」(Lean on Me)というタイトルで、1949年3月、ベラフォンテが22歳の時に、ルーストというレーベルで吹き込んだものです。
 その曲がジャズ・ヴォーカルのオムニバス盤に収められていることを「フランク」のマスターから教わり、あちこち探していたのですが、今日ようやく見つけることが出来ました。
 私が手に入れたのは、Artia Parliamentという、なんだか訳の分からない会社から1962年に出された「The World's Greatest Music Series 'POP' JaZZ」という5枚組のアルバムです。
 その中にベラフォンテのデビュー曲が含まれているのです。
 サラ・ボーンやカウント・ベイシーなどといった大御所にはさまれて、若き日のベラフォンテが、ジャズ・シンガーとして顔を出していたのです。
 たった一曲のために5枚組のLPを買ってしまうなんて、ファンでない人には信じられない話でしょうね。


【99/05/28】 「SP盤レコード」

 とても珍しいSP盤レコードを入手しました。
 「マチルダ」(Matilda,Matilda!)と「スザンヌ」(Suzanne)のカップリングですが、録音がすごく古いのです。
 「マチルダ」なんか、リフレインの箇所を、マーチルダーと、やけに間延びして歌っています。
 こんなテイクは初めて聞きました。 というよりも、「カーネギーホール・コンサート」のライブ盤の中で、ベラフォンテに歌うようにと促された指揮者が「マーティルダー」と延ばすように歌っていたのが耳に違和感として残っていたのですが、これで氷解しました。 この時のコンサートの直前まで、「マティルダ」はこんな風に歌われていたのですね。
 ベラフォンテはSP時代の終盤にデビューしたので、ほとんどの曲がEP盤やLP盤でも聞けるのですが、一部の曲やテイクはSP盤でしか聞けないということがよく分かりました。


【99/05/20】 カナダのコンパイレーション盤2枚

 カナダのRCAから発売された2枚のコンパイレーションLPを手に入れました。
 1枚目は「CANADA ’74」というタイトルで、いかにもコンサート・ライブのような題名ですから、すごく期待したのですが、残念ながらただのコンパイレーション盤でした。
 期待が大きかっただけにガッカリしてしまいました。
 もう一枚の方はとても変わったレコードです。
 「Kraft Food Limited」という会社のために特別にコンパイレーションしたものだというのです。
 ちゃんとRCAが作成したものですから、海賊版ではありません。
 こんなレコードがあるのですね。初めて見ました。


【99/05/08】 プロモーション用のアルバムと初期のEPレコード

 黒いジャケットの方は、1972年に発売された「トロント・コンサート」のプロモーション用LPです。
 オリジナルは2枚組ですが、その中からベラフォンテが歌っている曲だけをピックアップして1枚に収めています。
 しかし、その内の一曲は別の日のテイクではないかと思われる節もあり、謎に満ちたレコードです。
 赤い方の、EP盤の方は、ベラフォンテがRCAに所属して初期の頃に吹き込んだものです。
 5枚のEP盤に10曲収められていますが、アルバムに入っていない曲も多く、なかなか楽しめます。


【99/04/14】 「ベラフォンテ*愛を歌う」

 実はこの日、もう一枚アルバムを買いました。
 「ベラフォンテ*愛を歌う」というアルバムを私は既に一枚持っているのですが、それは後年になってから再発売されたものであるため、ジャケットのデザインがオリジナルのものとは異なっているのです。
 しかし、ジャケットだけのために高いお金を払うのは気が進まないなあ、と思っていたら、なんと600円という超安値で手に入れることが出来ました。
 ジャケットが少し傷んでいるから安かったようです。
 ということで、この日は盆と正月とクリスマスと誕生日が一緒に来たような一日でした。


【99/04/14】 「ベラフォンテの手書きサイン」

 こんなことってあるのでしょうか?!
 ジュビリー・レーベルのEP盤を手に入れたその日に、ベラフォンテの手書きサインが手に入ったのです。
 それを見つけたのは別のレコード屋で、さりげなく置かれていたアルバムのジャケットに手書きサインがしてあったのです。
 ベラフォンテのサインは印刷されたもので知っていたのですが、まさにそのまんまのサインでした。(当たり前か!)
 太めの万年筆でサインをしたらしく、字がにじんでいるのが手書きの証拠です。
 アルバム自体は特徴のないイタリア・プレスのコンパイレーション盤ですが、ジャケットの顔写真と、その横に書かれたサインが私の新しい宝物になりました。


【99/04/14】 「RCAの古いEP盤レコード」

 ジュビリー・レーベルの2枚のEP盤と一緒に、RCAの3枚の古いEP盤を手に入れました。
 この3枚は、それぞれに特徴があります。
 まず1枚目は「HARRY BELAFONTE SINGS "MAN SMART" AND OTHER FOLK SONGS」というタイトルで、「Shenandoah」「Scarlet Ribbons」「Man Smart」「Jerry」の4曲が収録されています。
 特筆すべきは後ろの2曲で、私も初めて耳にする古い録音で、とんでもなく若い頃のベラフォンテの歌声を聞くことが出来ます。
 「Man Smart」に至っては、一般に知られているものと違う歌詞で歌っています。
 曲目の組み合わせを考察すると、どうやらこのEP盤は私のディスコグラフィ・リストでS-08とS-09という番号で分類をした2枚のSP盤が原盤のようです。
 そうだとすると、1952年の録音ということになります。
 次に、2枚目のEP盤は、「ベラフォンテを聴く夜」という邦題がつけられたアルバムから3曲がピックアップされてシングルカットされたものです。
 VOL.3となっていますから、当然VOL.1もVOL.2もあるのでしょうし、もしかしたらVOL.4やVOL.5も出ているのかも知れません。
 さいごの、3枚目のEP盤は珍品です。
 レコード会社が放送局もしくはレコードショップに渡すために、サンプル盤として作成されたもので、盤に「NOT FOR SALE」と書かれています。
 曲目は「ANNIE-LOVE」と「I'm Just a Country Boy」のカップリングです。
 レコード会社から受け取ったときに担当者が日付印を押したらしく、DEC-26-1967のスタンプが押されています。


【99/04/14】 「ジュビリー・レーベルのEP盤レコード」

 ジュビリー・レーベルのEP盤を手に入れてしまいました。
 ジュビリー・レーベルというのは、ベラフォンテがRCAと契約してカリプソでヒットを飛ばす数年前の、1949年頃に契約をしていたレコード会社です。
 従って、ほとんど幻といっても良いレコードで、まず日本では手に入らないだろうと諦めていたものです。
 それを中古レコード屋で2枚も見つけてしまったのです。
 こういうのを掘り出し物というのでしょうか、信じられないほど安い値札の付いたそのレコードを手にしたときは、しばしボーゼンとしてしまいました。
 恐らくベラフォンテのコレクターが手放したのだろうと思われるそのレコードは、ほとんど未使用と言っても良いほどの状態の良さです。
 2枚のレコードは同じ内容で、「Simple Simple Simple」「Annabelle Lee」「Venezuela」「Only One Like Me」の4曲が収められています。
 盤には、全体のタイトルとして「BALLADS BY BELAFONTE」と書かれており、盤を見る限りでは2枚の差異はありません。
 違いがあるのはジャケットの方です。
 1枚目のほうは、盤と同じく「BALLADS BY BELAFONTE」というタイトルが付けられています。
 また、レーベル名はJUBILEEですが、会社の名前はJAY-GEE RECORDとなっています。
 ところが2枚目の方のジャケットは、「Belafonte Sings...」というタイトルになっており、会社名もJUBILEE RECORDSに変わっています。
 つまり、2枚目の方が後から発売されたレコードで、会社名もレーベルに合わせて変更したのだろうと推測されます。
 もう一度、盤を詳細に比較してみると、盤に刻まれた番号が異なっていました。
 つまり、違うマスターからプレスされたということです。


【99/03/02】 「SP盤レコード」

 珍しくSP盤が重複しました。
 「ココナッツ娘」(Cocoanut Woman)と「陽のあたる島」(Island in the Sun)をカップリングしたSP盤です。
 昨年の夏に日本プレス盤を入手したのですが、今回はイギリス盤が手に入ったのです。
 こんなことってあるんですね。
 私としては、出来れば違う曲を聴きたかったのですが、まあ良いでしょう。
 手に入っただけ良しとしなければいけません。


【98/11/21】 「ナナ・ムスクーリ Hollywood」

 1993年に発売されたナナ・ムスクーリのアルバムです。
 このアルバムは映画音楽ばかりを集めたアルバムで、「カサブランカ」のテーマである「As Time Goes By」などをナナがしっとりと歌い上げています。
 このアルバムにスペシャルゲストとして登場したベラフォンテは、ナナとデュエットで2曲を歌っています。
 一曲は「Best Friends」という映画の主題歌、そしてもう一曲はディズニー映画の「美女と野獣」のテーマです。
 特に、「美女と野獣」のテーマの方はとても素晴らしくて、いつまでも歌い続けていて欲しいと思うほどです。
 スウェーデンのAKEさんの情報でこのアルバムの存在を知り、渋谷のHMVで手に入れました。


【98/11/09】 「AKEさんからのプレゼント」

 インターネットで知り合ったスウェーデンのAKEさんが2枚のCD−Rを送ってくれました。
 CD−Rには、私が持っていない「バイ・リクエスト」と「レア・ベラフォンテ」の全曲と、スウェーデンでしか発売されていないミニ・コンサートのアルバム、それに若い頃の珍しい録音の歌がドッサリと入っていました。
 そのお礼に、「エド・サリバン・ショウ」や「東京音楽祭」でのミニコンサートのVTR、そして、1979年の日本公演の模様を録音したFM放送のカセットテープ、その他もろもろの、たぶん日本でしか放送されなかったものを送りました。
 AKEさんは「Fantastic!」と言って喜んでくれました。


【98/09/21】 「ベラフォンテとクリスマスを」

 中古のレコードを扱う店で見つけ、ためらいながらも買ってしまいました。
 このアルバムは1958年に一旦リリースされた後、1962年に、シングルヒットしたクリスマス曲を1曲加えて再発売されました。
 現在発売されているCDはこの1962年版ですが、私はそれをLPとCDの2枚持っているのです。
 今回購入したのは、オリジナルの1958年版の方で、1962年版とはジャケットのデザインが異なり、曲の順番も異なるのですが、ただそれだけのために2300円を支払うことに、しばし躊躇しました。
 ベラフォンテのアルバムは、残り数枚を除いて全て集めてしまいましたので、最近ではこんな屈折した買い方になってしまうのです。


【98/07/17】 「SP盤レコード・その4」

 日本ビクターがプレスしたSPです。
 「ココナッツ娘」(Cocoanut Woman)と「陽のあたる島」(Island in the Sun)のカップリングです。
 「陽のあたる島」はベラフォンテの代表曲で、今でもコンサートになると必ず歌っています。
 と言うよりも、この曲を歌わなければ観客がコンサートを終わらせてくれないのです。
 このSP盤は最近の歌い方とは違う素直な編曲で聴かせてくれます。


【98/07/06】 「Loving You is Where I Belong」

 幻のアルバム「Loving You is Where I Belong」をGET!
 ビンゴ! やったあ! 嬉しいねえ。
 このアルバムは謎の多いレコードで、確かに市場に出た形跡はあるのですが、果たして日本でも発売されたのか? とか、どんな曲が入っているのか? など全てが謎に包まれていました。
 それが、中古レコード屋であっさりと手に入ってしまうなんて、心臓が止まりそうになりましたよ。
 1981年にCBS(Columbia)から発売されたもので、収録曲は全部で10曲。
 中には「Streets of London」や「Did You Know」など、その当時の日本公演でも歌われた曲が含まれています。
 アルバムの内ジャケットが歌詞カードになっているのは、アメリカ盤としては珍しい趣向です。
 ところで、このレコードのジャケットにはレコード番号が記されてなく、代わりに左上に金色のスタンプが押してあり、それには英語で「これは見本盤だから、売ったりしたら違法だよ」というようなことが書いてあります。
 私が手に入れたのはなんと見本盤だったのです。


【98/04/01】 「SP盤レコード・その3」

 またまたベラフォンテのSP盤レコードです。
 このところ、立て続けに入手しています。
 これまでの3枚のSP盤はインターネットで知り合ったノブさんがイギリスで探してきてくれたものですが、今度は私が神田で見つけました。
 日本ビクターがプレスしたもので、「ママはブーブー」(Mama Look A Boo Boo)と「わたしを愛さないで」(Don't Ever Love Me)のカップリングです。
 この盤は極めつけの状態の良さです。(ほとんど雑音がありません)
 「わたしを愛さないで」はアルバムの中では目立たなかった歌ですが、こうしてSP盤で聞いてみるとイイですねえ。


【98/04/01】 「AN EVENING WITH BELAFONTE/MAKEBA」

 長らく探していたベラフォンテのアルバムの1枚がようやく見つかりました。
 日本題名を「ベラフォンテ/アフリカの歌」という1965年発売のアルバムです。
 この当時、ベラフォンテは世界のマイナーな環境にいる有望新人を発掘しては、ショー・ビジネスの世界に紹介しておりました。
 オデッタ、ナナ・ムスクーリ、シヴーカなどがベラフォンテによって世界のメジャーに育っていった歌手たちです。
 このアルバムで共演した南アフリカ出身の女性歌手、ミリアム・マケバもその一人です。
 その後「パタ・パタ」というヒット曲でメジャーの仲間入りをしたミリアム・マケバも、この当時は全くの新人歌手でした。


【98/03/10】 「SP盤レコード・その2」

 またもやベラフォンテのSP盤レコードを入手しました。
 2月にインターネットでベラフォンテのSP盤を手に入れた際に、「また有ったらお願いします」と頼んでおいたら、ロンドンで見つけてきてくれたのです。
 今回手に入れた2枚のレコードは、1枚が「MARY'S BOY CHILD」と「EDEN WAS JUST LIKE THIS」の組み合わせ、もう一枚は「THE SON OF MARY」と「I HEARD THE BELLS ON CHRISTMAS DAY」の組み合わせです。
 共にクリスマスソングを含むバラードで、ベラフォンテは若々しい声でしっとりと歌い上げています。
 特に「MARY'S BOY CHILD」はSP盤で聞くと絶品ですね。


【98/02/01】 「SP盤レコード」

 ベラフォンテのSP盤(78回転)レコードを入手しました。
 イギリスのHMVから発売された10インチ(約25cm)のレコードです。
 曲目は、片面が「HOLD 'EM JOE」、もう片面が「SCARLET RIBBONS」・・・うーむ、懐かしい。
 多分、1950年代の初めの頃の録音と思われますが、ベラフォンテの若々しい声が魅力ですね。
 SP盤の魅力の一つは、当時の音作りにありますが、このレコードも最近のベラフォンテには無い編曲で、今となってはとてもキッチュです。


【97/12】 「AN EVENING WITH Harry Belafonte & FRIENDS」

 久しぶりにライブ盤が発売されました。しかも、VTRとCDが同時にです。
 「AN EVENING WITH Harry Belafonte & FRIENDS」というタイトルで、内容はVTRもCDも全く同じです。
 両者の音質の差は若干あるかもしれませんが、どちらか一つというのならVTRのほうがお得ですね。
 収録場所についてはN.Y.ということが分かっていますが、コンサートが行われた日時については詳細が不明です。
 ただ、コンサートの構成や共演者の顔ぶれが1996年の暮れに行われた日本公演と全く同じなので、その前後に収録されたものと推定されます。
 今回のアルバムは「Polygram」の1セクションである「ISLAND」というレーベルから発売されたもので、残念ながら日本での発売予定はありません。
 このところ(ベラフォンテがRCAビクターから離れて以来)このような状態が続いており、日本のファンは不便をかこっています。
 全13曲の内、2曲がリチャード・ボナの歌で、残りがベラフォンテの歌です。
 殆どがおなじみの曲ですが、8曲目の「Dangerous Times」という歌はこのアルバムで初めて聞きました。
 ところで、1996年の日本公演にも同行し、不思議に透明な歌を聞かせてくれたリチャード・ボナは、このアルバムのなかでもあのときの曲「Eyala」を聞かせてくれています。
 オデッタやミリアム・マケバのようにブレイクするのでしょうか。楽しみですね。