
「 技術の創造と設計 」
失敗学の権威が贈る、技術者への提言
畑村洋太郎 著 岩波書店 刊
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●「失敗学」の提唱者で、最近ではものづくりの領域に留まらず、経営分野における「失敗学」などにも研究領域を広げている畑村洋太郎氏。●本書のメインテーマは、第3章の「創造学のすすめ」の中でも特に、「創造設計原理」です。
●「創造設計原理」は、人間のものの考え方には法則性があることに着目し、設計の具体的な段階を、「着想を得る段階」「着想を発展させる段階」「着想をまとめる段階」に分け、創造的な設計の手法として確立したものです。
●本書は、2006年に発行されていて、コンピューター利用の面で古い部分もありますが、エンジニアの基本的な考え方、問題解決方法などは、時代を越えて様々な示唆を与えてくれます。 |
【 機械屋なら誰でも共通して持っている暗黙知 】
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■自分の頭の中に貯まっているものを活用して生み出す方法がある。では、その「自分の頭の中に貯まっているもの」とは何か。「暗黙知」である。■暗黙知とは、一般的な言い方をすれば、その仕事に携わる人なら誰でも当たり前に持っている知識、無意識での着眼点である。■言葉にも絵にも書かれていない、それでいて、それを知らずに仕事をしたら決定的にダメになってしまうような基本的な、不可欠の知識である。■そうした暗黙知を目に見える形に積極的に表出し提示すると、新たな着想を生む刺激が与えられ、着想の参考となる情報を引き出すことができる。
■まずは右図を見てほしい。これは、機械屋なら誰でも共通して持っている暗黙知を表現した図である。設計者が機械について考えるとき、設計者はいつも必ず頭の中で断面図を描いて、力の流れ(力線)がどうなっているかを考えている。■また、力が加わったときに機械がどう変形するか、外部から加えた力に対してどのくらいの量の変形が起こるかを考えている。
■そのほか、角のシャープなところに応力集中があったとき、機械がどのように振動するか、疲労によってどんなふうに壊れるかも考えている。■さらに精度が出なくなったときは、熱の流れがどうなっていて、温度分布がどうなったか、そのための変形はどうなのかを考えている。
■このように、設計者の頭の中には、いろいろなことが同時並行で駆けめぐっている。■そして、ここで重要なことは、そのように目まぐるしく考えているまさにそのことで、設計者は実際に失敗をしたことがあるという点である。■とくに、たいていの設計者は、「剛性が不足していること」「予期しない振動が起こること」という2点で必ず一度は失敗をする。
■設計者は自分の失敗経験を通じた知識を持っているのである。そこで設計者は、失敗した後はその2点について十分注意を払い、着目するようになる。■ただし、そういう注意すべき点、着目すべき点について、ふつう、設計者は口に出して言わない。それが暗黙知の「暗黙」たる由縁である。
■設計者は、表現して持っている知識、表現しないで持っている知識など、いろいろな知識を使って、設計や生産の活動を行なっている。■なかでも、表現しないで持っている知識、すなわち暗黙知がとても大事である。■暗黙知は、設計者の永い経験のなかで頭の中に蓄積していったもので、ふつう、筋道を立てて説明したり、立派な文章で書き表したりすることはない。
■しかし、機械の設計においては事実として認めざるをえない事柄である。■暗黙知に反する設計は、設計として成り立たないか、無理に押し通すと重大な欠陥となる。■暗黙知を持っていないと、本当の設計はできないのである。
■このように、暗黙知は人間が行動するうえで必須の知識である。ただし、注意すべきことがある。■たとえば、暗黙知を持っている人たちの中に、それをまったく持たない人が入ってきたとしよう。仕方がないことだが、その人は、結果的に、その暗黙知を完全に無視した行動をする。■すると、そのときに大失敗が起こる。こういう大失敗が、近年の日本では非常に増えている。■そこで求められることが、暗黙知の表出である。ここで、左図を見てほしい。
■ある1つの範囲や集団で一緒に仕事をしている人は、それぞれが“これは暗黙知だ”と思っている「個々の暗黙知」を、一度、目に見える形に表出して、みんなで「共有する暗黙知」にすることが必要である。■ただ残念なことに、いまのところ、暗黙知を共有するための手法は確立されておらず、実行もされていない。■しかし、何はさておき、「暗黙知の表出」を意識して行なわなくてはいけない時代が来ているのである。 |
【 すべての機械設計に共通する暗黙の原理 】
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■ところで、機械屋が持っている暗黙知はまだある。すべての機械設計に共通する暗黙の原理というもので、数ある中でもとくに大事なのは、1)機械と美、2)機械と力線、3)機械の破壊と中心部の昼寝、4)無駄部分の切り捨て、である。
機械と美
■すべての機械とその構成部品は、バランス、美しさ、プロポーション、ふんばりといった言葉で表されるものを持っている。■たとえば、とてもよくバランスがとれた機械は、そのこと自体が安定し十分な性能をもっていることを表している。■経験を積んだ優れた機械屋ならば、そういう機械を見ただけで、それが良いものか悪いものかがわかる。■逆に見た感じがおかしいと思ったものは、そう思った通りに必ず壊れる。
■とくに開発の責任者をしているような人は感覚が研ぎ澄まされているので、見ただけでわかってしまうのである。それは、「機械と美」という暗黙知が自分の中にあるからである。
機械と力線
■すべての機械の中には力が流れている。その力の流れは力線で表される。力線は実際には目に見えないが、設計者は、頭の中でつねに想定しているものである。■1つの機械の中に力が流れているときには、力線は必ず機械全体を1周して閉じたものになっている。
■また圧縮の力が働くところの反対側の部分には引っ張りが働き、引っ張りと圧縮を結び付けている部分にはせん断が働き、力線は全体として閉じた環になっている。■このように機械の中に力が流れていることを認めて設計した機械は、その要求機能を果たす構造としてもっとも合理的なものになっている。
機械の破壊と中心部の昼寝
■ほとんどの機械は、表面の曲げひずみが最大になったときに壊れる。材料力学の教科書などを見ると、物のいろいろな壊れ方が書かれているが。大抵の機械は全断面の引っ張りやせん断で壊れることは稀である。■これは別の言い方をすると、機械の構造体の中心部は昼寝をしているということである。
■中心部分は曲げ応力に関与していないからである。ということは、この部分は中をくり抜いて空洞にしてしまってもかまわない、とも考えることができる。■実際、そうして中をくり抜いて空間を作り出してみると、情報やエネルギーの伝送路として最適なものになるのである。
無駄部分の切り捨て
■既成の機械や市販品には、歴史的な遺物が残っていたり、自分には不要な機能が盛り込まれた冗長な設計になっているものが多い。■これらの無駄な機能と空間を切り捨てると、無駄のない合目的設計となる。■たとえば、金型で作るプレスは、大体、金型と台セットと合わせると500
kgくらいになる。ところが、必要な機能だけを考えて、いらない部分を徹底的に切り落とすと、10〜20kgの金型にできる。
■それなのに500kgの金型で生産をしている工場が非常に多い。なぜなのだろう。どこかにあるもの(たとえば、上下の金型を組み合わせるダイセットなど)を持ってきて、これだけ使えばいいと考えるからである。■こういうところでは、「無駄部分の切り捨て」という考えは生まれてこない。■だから、無駄機能が多く、鈍重で冗長な機械をいつまでも使いつづけることになるのである。 |
【 設計能力を高める 】 |
■設計者は設計能力を意識して高めなければならない。設計能力を高めないと創造的な設計はできないのである。■それでは、どんな視点で、どんな方法で、どんな能力を高めていけばよいのか。それを描いたのが、右図である。
■この図に挙げた6項目に限らないが、設計者たる者、すべからく、このような設計能力を大きく伸ばす必要がある。■そして、そのために日々努力を重ねなくてはいけない。
■ここでは、設計者が身に付けておくべき物の見方・考え方、日頃から心がけて実行すべき一般的なことがらを説明しよう。■その中でもとくに重要なのは、1)トータルエンジニアリング、2)エンジニアリングセンス、3)仮想演習、4)思いつきノートの作成、5)裏図面の作成、などである。
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