※この話はオロチ2のネタバレ&捏造を含みます。
ご注意を!

別れと再会の刻
突然現れた妖蛇によって、世界は再び暗転した。
あまりに強大な力を持つ妖蛇の攻撃に人は対抗する手段を持たず、あらゆる場所が破壊されていった。
蜀の君主である劉備が拠点としていたその場所も例外なく妖蛇の攻撃を受け、最早壊滅状態だった。

そんな中、馬超は押し寄せてくる多くの妖魔と懸命に戦いながら、城下の民達を逃がすために奮戦していた。
束になって襲い掛かってくる妖魔を手にした槍でなぎ払い、ようやく周囲にいた敵を馬超は殲滅した。
額に浮いた汗を拭い、乱れる呼吸を肩で整えながら、馬超は忙しなく左右を見回す。
馬超に礼を述べて逃げていく民達や馬超の近くで戦っていた兵士達の中に、ある人物の姿を探して。
城の方からも文官や女官達が逃げて来るが、その中にも馬超が求める人の姿はなかった。

「若!」
背後から掛けられた声に馬超が振り返ると、従弟の馬岱がこちらに走り寄ってくるのが目に入る。
その傍らにはホウ徳の姿もあった。
それぞれ三方に分かれて敵にあたっていたのだ。
さすがに大量の妖魔の相手をしたせいか疲れてはいるようだが、怪我をしている様子はなかった。
そのことに馬超は安堵の息を漏らす。
それは向こうも同じだったようで、馬超の姿を見て二人も同じようにほっとするのが分かった。

「そっちも片付いたみたいだな」
「うん、とりあえずはね……。
けどこっちよりもこの先にある砦に多くの妖魔が押し寄せているみたいだよ。
さっき砦から逃げてきた人が言ってた。
なんとかこちらに敵を逃すまいと砦の中の将兵が踏ん張ってくれていたらしいけど、それでもここはこの有様だったからね……大げさじゃなく砦は恐ろしい状況だと思うよ……」
いつも陽気な馬岱の表情がこの時ばかりは硬く強張っていた。

この城へ城下へと続く砦は栓のような役割を果たしており、そこを通り抜けない限りここへ到達することはできない。
にもかかわらずこれだけの妖魔がここに来たということは、砦には完全には防ぎきれないほどの夥しい数の妖魔が押し寄せてきてるに違いない。
おそらく前線を支えている砦はそう長くは持つまい。
そうなれば更なる大量の妖魔がこの地に押し寄せてくる。
唯でさえこれまでの戦闘で疲弊している今、そうなってしまっては凌ぎきれないだろう。
ここは退くべきだと馬超は考える。
武人としてそれは恥ずべき行為かもしれないが、ここで無駄に命を散らすよりも、一度退き再起を図ることこそが最良の選択だと思った。
死んでしまっては妖魔に対抗することも何も為すことが出来なくなってしまう。

ただ、馬超は今すぐ撤退する訳にはいかなかった。
「二人とも、どこかで子龍を見かけなったか……?」
馬超は馬岱とホウ徳へと最も気掛かりとなっていることを尋ねかけた。
先程から馬超が探していた彼の人のことを。

趙雲は馬超にとってかけがえのない大切な存在だ。
曹操に一族を虐殺され、憎しみと復讐の感情で満たされていた暗く冷たい馬超の心に、趙雲は再び人を愛することの暖かさを思い出させてくれた。
曹操への憎悪が消えた訳ではなかったが、趙雲と心を通わせ、特別な関係になり、馬超は暗い闇の中から救われた。
趙雲の存在が馬超に人としての大切な感情を蘇らせてくれたのだ。

その趙雲を残して、ここから退くことなどできはしない。
妖蛇の出現はあまりに突然で、馬超はその時馬岱と別の地に巡察に出掛けていたから、彼がどこにいるのか馬超には分からなかった。
妖蛇の出現を知り、馬岱と急いで取って返す道中にホウ徳と偶然に出会い、三人でこの地に戻ってきたのだった。
しかし帰還時にはすでにこの地は混乱の真っ只中でゆっくりと探せる状況ではなかったのだ。
ようやく人心地ついた今、趙雲を探し出し、一刻も早くこの地を離れなければならない。

馬超の問いかけにホウ徳はすぐに首を振ったが、馬岱は沈痛な面持ちのまま視線を落とした。
「実はさっきの話の……砦から逃げてきた人から聞いたんだけど……その砦で趙雲殿が戦ってるって―――
「!?」
それを耳にした瞬間、馬超は傍らの馬に飛び乗っていた。
「ちょ……っ、若!」
驚いた馬岱の声を無視して、馬超はそのまま馬で駆け出す。
趙雲が戦っているという砦へ向かって。





砦に馬超が到着した時、そこは敵味方多くの屍が横たわる中で、何処からともなく湧き出てくる妖魔との激しい戦闘が未だ続いている地獄絵図の様相だった。
その中に、馬超はすぐ趙雲の後ろ姿を見つける。
一際鮮やかに槍を振るい、怯むことなく群がる妖魔を一閃するその姿は、正に長坂の英雄と称えられるに相応しい姿だ。
趙雲の無事だけを祈ってこの砦に駆けつけてきた馬超は、その趙雲の姿にほっと息を漏らした。

「子龍!」
名を呼び駆け寄っていく馬超は、肩越しに振り返った趙雲と目が合った。
一瞬驚いたように趙雲が目を見開いたが、すぐに趙雲の眼差しは再び迫ってくる前方の敵へと向けられた。
馬超も兎に角この場を凌がねばと、それ以上趙雲に話しかけることはせず、槍を構えた。
背中合わせに敵と対峙した二人は、次々と襲い来る妖魔を倒していく。
どれくらいそうして戦っていたのか―――ようやく敵の攻勢は止んだ。

先程に続き今の戦闘で、さすがの馬超も疲労の限界に達しようとしていた。
手にした槍を支えに、荒い呼吸を繰り返す。
けれどこの前線ともいえる砦で戦い続けていた趙雲もそれは同じだろう。

「子龍……大丈夫か……?」
趙雲の方へと身体を向け、馬超は問いかける。
同じように馬超を振り返った趙雲の全身は激しい戦闘を物語るように返り血に汚れていた。
趙雲は馬超の問いかけに答えることなく微笑んで見せる。
それを肯定と受け取って、
「今のうちに撤退しよう……子龍。
今のままでは敵に太刀打ちできん。
ここは退いて再起を図るべきだ」
そう趙雲に訴えかける。

敵を完全に退けた訳ではないことは、二人共に分かっていた。
遠くの方からこちらに再び迫ってくる大量の妖魔と思しき禍々しい気配を既に感じ取っていたからだ。
直にここに妖魔が大挙して押し寄せてくる。
今の消耗度合いから考えて、そうなればもう防ぎきれない。

しかし趙雲は微笑んだまま、今度はゆるゆると首を振った。
「私はここに残る。
孟起……お前は退け」
ここで初めて口を開いた趙雲が、馬超にそう告げる。
静かではあったが、強い決意を秘めていることを馬超は感じ取っていた。
「子龍!
武人としてのお前の誇りは分かる!
だがここで死んでしまっては何の意味もないだろう!」
馬超が強く諌めるが、趙雲はやはり首を振った。
やはり淡く微笑んだまま……。

その時馬超は気付いた。
趙雲の顔色がひどく青白いことに。
吐き出される息が苦しそうなことに。
そして―――返り血に紛れて分からなかったが、趙雲の脇腹から彼自身の血が流れ出ていることに。

「子龍……?」
目を瞠り、呆然と呟く馬超に、趙雲はやはり静かな口調で答える。
「民を庇った時に……な。
私はここまでのようだ。
お前は早く行くんだ、孟起」
反射的に馬超は強く首を振っていた。
「嫌だ!
お前を置いて行けるはずなどないだろう!
大丈夫だ、俺が背負ってでも連れて行ってやるから!」

大切な人を置いて行くことなど出来るわけがない。
きっと早く治療すれば、趙雲は助かるはずだ。
こんなところで終わりだなどと到底受け入れられない。

しかしやはり趙雲は頷きはしなかった。
「今の私の状態では足手まといにしかならない。
それにもうだいぶ血が流れ出てしまっている……長くはもたない……自分の身体のことだから良く分かる。
だからお前だけでも生き延びてくれ。
できるだけ私がここで妖魔を食い止めるから……その隙にお前は退いてくれ。
そして妖魔と……妖蛇を倒して欲しい……孟起ならきっと出来る」
「馬鹿を言うな!
そんな言葉は聞きたくない!」
遺言めいた趙雲の台詞に、馬超は激しく頭を振った。
怒りとも悲しみとも恐ろしさとも判断つかない感情に身体が震える。

「孟起……最期にお前に会えて嬉しかったよ。
どうか……どうか……お前は生き延びてくれ……孟起」
ずっと静かだった趙雲の口調が、最後だけは強く祈るような震える声になった。
そうして素早く趙雲は馬超へと身を寄せると、唇を重ねた。
触れ合うだけの口付けはすぐに解かれ、次の瞬間には馬超は趙雲の手によって強く突き飛ばされた。

「どうか孟起のことを頼みます!」
趙雲の視線が馬超の背後に注がれ、馬超が体勢を立て直す前に、馬超の身体は何者かに羽交い絞めにされる。
そのままずるずると引きずられるように、砦の外へと連れ出されていく。
「……っ、は、離せ!」
馬超は懸命にもがくが、馬超を拘束する力は緩まない。
肩越しに振り返れば、自分を羽交い絞めにしている者の姿が目に映った。

「ホウ徳殿!?」
馬超の身体を捕らえているのはホウ徳で、その傍らには厳しい表情の馬岱もいた。
二人は馬超を追ってきて、そしてそれにいち早く趙雲は気付いたのだろう。
「ホウ徳殿!離してくれ!
子龍を……子龍を助けなければならぬのだ!」
どんどんと遠ざかっていく趙雲の姿を前に、馬超は狂ったように暴れる。
さらにその先には、砦へと迫ってくる大量の妖魔の姿が見えた。

しかしいくら馬超がもがこうとも、体格で圧倒的に勝るホウ徳の拘束は緩まなかった。
「ここは堪えて下され、馬超殿」
「い、嫌だ!
離せ、離せーっ!」
馬超は懸命に前へと手を伸ばす。
趙雲へと向かって。

だが、趙雲は馬超の方へと歩を進めることはなかった。
ただ馬超をまっすぐに見つめたまま、綺麗に微笑んだ。
「さよなら、孟起」
そう告げると、趙雲の手によって砦の扉は硬く閉ざされてしまった。
そして妖魔達が砦に押し寄せて入って来た気配を感じ取ったその時、砦の中から火の手が上がった。

「離せ!子龍が……子龍が……っ!」
なおももがき暴れる馬超の頬を、馬岱が強く打つ。
「趙雲殿の気持ちを無にしちゃいけないよ、若!
趙雲殿の願いは若が生き延びてくれることでしょ!
その為に……ああして……自らの身命を賭して妖魔を食い止めてくれている……その気持ちを無駄にしないで!」
悲痛な表情に震える声で叫ぶ馬岱に、馬超の身体から力が抜け落ちていく。

―――生き延びてくれ……孟起。

耳に蘇る祈るような愛しい人の声。
そして綺麗な笑顔。
託された願い……。

「子龍……子龍ーっ!」
馬超がこの場を離れる前に発したその声は、果たして趙雲の耳に届いただろうか……。
赤く染まる砦の中から、返る声はなかった―――





馬超は緊張の面持ちで、かぐやという名の少女の前に立つ。
ようやく待ち望んでいた時が訪れようとしていた。
時を渡ることができるというかぐやの不思議な力。
その力を使って、これまで助けられなかった多くの者達を救い、過去を変えてきた。

その力を借りて、ずっと趙雲を助けたいと馬超は願い続けてきた。
あの趙雲の怪我さえなけえば、きっと共に逃げ延びて、趙雲は助かった筈だ。
怪我を負うことを防ぐことが出来さえすれば……。

だがそれは簡単なことではなかった。
妖蛇が現れたとき、馬超と趙雲は離れた場所におり、馬超が駆けつけたときにはすでに趙雲は怪我を負った状態だった。
つまり馬超の記憶では趙雲が怪我を負う前には戻れない。
ならば自分が妖蛇の出現前に視察に出なければ良いのだと思ったが、人間である自分の記憶では妖蛇出現前に戻ることができないとかぐやに告げられた。
そうとなれば、妖蛇出現後から趙雲が怪我をするまでに、彼に会った人物はいないかと仲間が増える度に尋ねたが、誰一人馬超の望む答えを返してくれることはなかったのだ。
もう趙雲を救うことは出来ないのかと絶望に支配されかかった時、光明が射した。
仙界の住人である妲己の記憶ならば、妖蛇の出現前に戻ることが可能という。
そしてその過去で各国君主の協力を仰ごうということになったのだ。

「ようやく……ようやくだ……子龍」
馬超は手にした槍にぐっと力を込める。
あの時は助けることが出来なかった大切な人の姿を、馬超は脳裏に思い浮かべる。
そればかりか身を挺して、自分のことを救ってくれた。
「今度こそ絶対に助けるから……待っていてくれ」
そう呟くと同時に、馬超の身体はかぐやの力によって光に包まれていったのだった―――



(終)



written by y.tatibana 2012.01.02
 


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