N-side - No4 |
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そろそろ散り始めた桜を愛でようと集まった蜀の主だった面々。 だがそんな風情もどこへやら…。 しばらくすると、飲めや歌へやの大酒宴へと雪崩れ込むのもまたお約束。 「よぉ!馬超! 飲んでるか?」 大口開けて豪快に笑いながらやって来た張飛が馬超の盃に酒を注ごうとする。 それをひょいと避けた馬超に張飛は酒臭い息を吐き掛けながら絡む。 「あぁん? てめぇ、俺様の酒が飲めないっていうのか!?」 馬超は心底嫌そうな顔を作り、あっちへ行けとばかりに手をひらひらと振る。 「近寄るな…酒臭い。 俺はしばらく酒は飲まん」 その言葉に途端に張飛は人の悪い笑みを浮かべた。 「子龍から聞いたぜ、馬超。 お前この間あいつと飲み比べしたんだってな。 で、酔っ払った挙句に―――」 「うっせぇ!!」 遮る様に怒鳴る馬超に、張飛はさも可笑しそうに笑った。 「まぁ落ち着けって。 誰がどう見てもあの子龍が酒に強いなんて思わねぇわな。 俺も初めてあいつと酒を飲んだ時は驚いたもんだぜ。 で、お前、あいつを酔わせて何する気だったんだよ?」 からかう様な口調。 分かってて聞いているに違いない。 「うっせぇって言ってんだろ! 向うへ行け!」 「ウププッ…。 お前って案外とカワイイ奴だなぁ。 そんなんじゃ、子龍にはまだなーんにもしてないんだろ? あいつはあの通りぽややーんとしてるから、行動に移さないと絶対に伝わらねぇぜ。 …よし!! 俺が見本を見せてやろう。 おーい、子龍!」 酒が回っているせいか覚束ない足取りで立ち上がると、張飛は大声で趙雲を呼ぶ。 馬超達から少し離れた所で劉備と談笑していた趙雲は、呼ばれて彼らの元にやって来た。 「何か御用ですか?張飛殿」 にっこりと微笑む趙雲に、相変らず進歩もなく馬超はどきまぎする。 相変らずの悩殺笑顔ですよぉーーーっ!(←阿呆) 趙雲殿ーーー!! …にしても何をする気だ、この馬鹿(張飛)は? 「いいか馬超、こういう風にだな…」 言いながら、張飛はがばっと趙雲を抱きしめた。 「!!!!!!」 その瞬間、周りの空気は凍りつき、馬超の思考もものの見事に停止した。 「あ…あの…張飛殿…?」 張飛の腕の中、趙雲の戸惑ったような声に、馬超ははっと我を取り戻した。 「て…てめぇ! 今すぐ速攻で趙雲殿から離れやがれ!!」 「へいへい」 笑いを噛み殺しながら、張飛は趙雲から身を離し馬超を振り返った。 「…これくらいのこと出来なきゃ、お先真っ暗だぜ。 王子・サ・マ」 状況が飲み込めずに固まっている趙雲と、怒り心頭の馬超をその場に残し、張飛は千鳥足で劉備の元へ歩いて行く。 「翼徳…そなた一体…」 呆気にとられている劉備の横に腰を下ろした張飛は、あっけらかんとまた酒を飲み始めた。 「兄者、あれは一日一膳ってやつだぜ。 アイツがあんまりにもまどろっこしいからさ、俺様が見本を示してやったんだ」 「そなた…相当酔うておるな…」 「俺は酔ってなんかいないぜ〜」 本人はそう言うが、周りから見ればもう完全なる酔っ払いである。 「あ〜、良いことした後の酒は格段に美味いなぁ〜♪」 鼻歌交じりに上機嫌で酒を呷る張飛の後ろに忍び寄る影…。 「ふふっ…、そんなんに美味しいですか。 私にも一献注いで頂けますか?」 途端に張飛の背筋を恐怖が駆け抜けた。 振り返らなくてもそこに誰が立っているのか分かる。 気配も感じさせずに忍び寄り、自分にこれだけの威圧感を与えられる人物など一人しかいない。 一気に、酔いが冷めていくようだった。 わ…忘れてたぜ…。 こいつが子龍の事、ものすごーーーく気に入ってるってことを…。 「…いや、ぐ…軍師。 あれはそのだな……」 あまりの恐ろしさに先程までの勢いはどこへやら、張飛は振り向くことも出来ない。 「ふふっ、何をそんなに怯えておいでです?」 その人物は羽扇を手に、不敵に笑う。 ヒィーッ!! こ…殺されるー!! 「…おや?」 背後の人物は何かに気付いたようで、その視線を前方の張飛を通り越して、桜の向こうに広がる草叢へと注ぐ。 「どうやら……不埒な事を考えている者は他にもいるようですね…ふふっ。 もっとゆっくりとお話をしたかったのですが、急用ができたので失礼しますよ、張飛殿…」 こうして張飛の命は首の皮一枚つながったのだった。 そんなやり取りが行われているなどとは露知らず、馬超は目の前に立つ趙雲の姿に目を奪われていた。 一面の桜の木の下、辺りを染める薄桃色は趙雲の美しさを更に引き立てているようで。 いきなり張飛に抱き付かれ立ち尽くしていた趙雲だったが、突風に桜の花弁が宙に舞うのを見て、 「綺麗ですね…」 と馬超にゆったりと微笑んだ。 貴方の方が何百倍も綺麗ですよぉぉぉ!(絶叫) あの馬鹿(張飛)は一回シメなきゃいけないが、羨まし過ぎるのもまた事実…。 俺も…だ…抱きしめたいーっ!!(興奮) アイツに出来て俺に出来ないハズはない。 いざ…いくぜ! 馬超は桜吹雪に目を取られている趙雲にゆっくりと手を伸ばした。 ―――が。 「趙将軍〜♪」 がばっと何者かが趙雲の後ろから彼の腰に手を廻し抱きついてきた。 「き…姜維殿!? どうされたのですか?」 趙雲に抱きついているのは諸葛亮の愛弟子姜維伯約であった。 出鼻を挫かれ、馬超は手を伸ばした格好のまま固まっている。 「丞相が、オオカミから趙将軍をお守りしろと仰られて」 「オオカミ…? このような所にオオカミなどいるのですか?」 姜維に抱きつかれた格好のまま、趙雲は小首を傾げた。 「僕にもよく分からないのですが、丞相曰く人の皮を被った下心たっぷりのオオカミがいるそうですよv」 「???」 趙雲にはその意味がさっぱり分からなかったようだ。 その言葉の意味を知る馬超は伸ばしていた手をワナワナと握り締めた。 あの腹黒め〜〜〜! あくまでも俺と趙雲殿の愛を引き裂くつもりだなー!(←激妄想) だが障害が多い程、愛は燃え上がるってもんだぜ!(←馬鹿) 「姜維! 趙雲殿から離れろって! 心配しなくてもそんなオオカミなんぞおらん。 仮にいたとしても、そんなものあの大魔王に比べたら全然可愛いもんだぜ」 「大魔王?」 「あぁ、イヤイヤ、こちらの話です、趙雲殿。 さぁ、ほら姜維」 「ええーっ!ダメです。 丞相のご命令ですから、しっかり趙将軍をお守りしないと!」 姜維はますます趙雲の腰に廻した手に力を込める。 「姜維殿…。 お気遣いはありがたいのですが、私は守って頂かなくても自分の身くらい守れますよ。 武人ですから」 「そんな遠慮なさらずv わぁ〜、趙将軍ってとっても良い香りがしますね〜v」 趙雲の髪の匂いが、ふわりと姜維の鼻腔を擽ったらしい。 へぇ…趙雲殿ってそんなに良い香りが…。 …って、違うダロ、俺!! 「こら! 離れろっつーの!」 馬超が実力行使で、引き離しに掛かった。 「うわっ…酒臭っ! …お前かなり酔ってるだろ?」 「いやだなぁ〜、馬将軍。 僕は酔ってなんかいませんよ〜」 その口調こそしっかりしているが、目の焦点が合っていない。 「趙雲殿…俺こいつを保護者の元に届けてきます」 子守熊のように趙雲に抱きついたまま離れようとしない姜維を、馬超は無理矢理に引き剥がし、ずるずると引きずるようにして連行していった。 「はぁ…」 何が何だか分からないまま、一人取り残された趙雲はぺたりとその場に座り込んだ。 見上げれば一面の桜。 その美しさに思わず目を細める。 また来年も見れるでしょうか―――。 この桜を…皆と共に―――。 その時ふと趙雲の耳に何者かの話し声が届いた。 草叢の方からだ。 「?」 ゆっくりと趙雲は立ち上がると、その方向へと歩き出した。 そこから時間を遡ること僅かばかり。 桜の木の下に佇む趙雲の様子を、少し離れた草叢から身を潜めて伺う二つの影。 農作業着にほっかむり姿。 一方の男は目を皿のようにして草叢から趙雲を凝視し、それを傍らの男が呆れたように見ていた。 「孟徳よ…。 何故我らはこんな格好をして、敵国に潜入し、あまつさえこのような所に身を潜めねばならん?」 ため息と共にそう言ったのは隻眼の男だ。 「趙雲殿を我が国に迎え入れる為だと何度も言うておろう。 しつこい奴だな、元讓よ」 答えたのは、先程から趙雲に熱い視線を送り続ける男。 「武将なら我らの国にはそれこそごまんといるだろうが! この人材マニアが!!」 「何を言うか! 武も知も兼ね備えた人物などそうはおらぬぞ。 そして何よりあの趙雲殿の美貌といったら……」 うっとりなっている男に、隻眼の男はがっくりと肩を落す。 「お前なぁ…。 見目麗しい者なら、郭嘉だの荀イクだの…まぁ性格はアレだが…司馬懿だっているだろう」 「ぜ〜〜〜んぶ文官ではないか! どうも我が陣営には厳ついというか無骨な武将しかおらん! やはり戦場にも花は必要ではないか。 趙雲殿を我が陣営に迎えれば、兵の士気も上がろうというものよ!!」 男の力説に、一番士気が上がるのはお前だろ!と胸の中で突っ込みを入れつつ、隻眼の男は痛む頭を押さえた。 「どうした、元譲?」 「頭痛がしてきた…あまりに情けなくて」 「何!? 兵を思うこの心が分からんのか!」 「だいたいあの趙子龍が我らの元に来る訳ないだろ!」 「その為にお前を連れて来たのではないか」 嫌な予感を感じつつ、隻眼の男はそれでも尋ねずにはいられなかった。 「お前…まさか…」 「そうズバリ強硬手段だ! 来て貰えぬのなら、強制的に来てもらうまで。 絶対に趙雲殿も我が国に来れば、その素晴らしさが分かるであろう」 「その根拠のない自信はどこから来るんだ! だいたいそれは誘拐ってやつなんじゃぁ…」 「そうとも言うな」 男には悪びれる様子もない。 「そんなこと出来る訳ないだろう! 相手はあの趙子龍だぞ。 長坂で我らのあの大軍の中、単騎駆けしたような奴だぞ!?」 「何!? …できんのか? お前にしか出来ぬと思うたのに」 さもできることが当たり前のようにしれっと言われて、隻眼の男は言葉に詰った。 はぁ〜っと今日何度目かになる溜息をつく。 「あーっ、分かった、やってやるよ! どうなっても知らんがな」 …結局自分はこの男に弱いのだとつくづく思い知るのだった。 「…にしても、あのパッキン(金髪)は何者だ? さっきから趙雲殿の周りをウロウロと…」 忌々しそうに言う男の背後から突如掛かる声。 「ふふっ…教えて差し上げましょうか?」 ギクリと男達の動きが止まった。 恐る恐る振り返ると、羽扇をひらつかせながら優雅に微笑む男が立っていた。 但しその目は決して笑ってはいなかったが。 「諸葛亮!?」 思わず重なる声。 「おや…私のことをご存知なのですか? ふふっ…どこかでお目に掛かりましたか? そのお姿から察するにこの辺りの村の方かと思いましたが…」 諸葛亮は二人の男を見下ろしながらニヤリと笑う。 (こ…こやつ絶対我らの正体が分かっておるぞ、元譲。 こんなにバッチリと変装しておるというに。) 男は隻眼の男に耳打ちする。 (分からいでか!? これで完璧に変装していると思っているのは、お前ぐらいだ!) とひそひそと、だが力強く突っ込んだ。 「ふふっ…何か揉め事ですか? あの男のことを知りたいのでしょう?」 諸葛亮が羽扇で指した先には、姜維を引きずるようにして趙雲の元から連行する馬超の姿。 「あの男は馬孟起という、西涼の太守だった馬騰殿の息子ですよ。 どこかのバカが一族を皆殺しにした為に、我が国に降ることになったのです。 本当にどこぞのバカが余計な事をしてくれたばかりにね…ふふっ…」 「何だとーーー!!」 「おや…何故貴方がお怒りになるのです? どこぞの国のバカのことなど関係がないことでしょうに」 「うぬぬっ…」 悔しそうな男とは対照的に、諸葛亮は涼しい顔つきである。 「軍師殿…? このような所で如何なされたのです?」 三人のやり取りに気付いた趙雲が目の前に立っていた。 三人の視線が一斉に趙雲に集中する。 「いけません、趙雲殿!!」 「好機だ、行けーーー!元譲!!」 「えーい、もうどうにでもなれー!!」 同時にあがる三者三様の叫びに、流石の趙雲も呆気に取られたようだ。 「えっ…!?」 次の瞬間には、隻眼の男は趙雲を抱き上げると脱兎のごとく駆け出した。 そのまま、近くに繋いであった馬に趙雲を乗せ、自分もすばやく跨ると馬の腹を蹴る。 「あ…あの?」 状況が飲み込めない趙雲は馬上で戸惑ったように手綱を握る男を振り返った。 「…何も聞いてくれるな…」 隻眼の男は、深い溜息と共に肩を竦めて見せた。 「でかしたぞー、元譲!」 もう一人の男が、後方から颯爽と駆けつけ、馬首を並べた。 「趙雲殿、手荒な真似をしてすまなかった。 だがそなたに我が陣営にどうしてもきてもらいたかったのだ」 「我が陣営??? …失礼ですが、どちら様なのでしょう?」 趙雲の言葉に隻眼の男は心底驚いたようだ。 「こ…このバレバレの変装で分からないのか!?」 「???」 「ほら見ろ、やはり完璧な変装だったではないか!」 得意満面で言って、男は頭のほっかむりを取り去った。 「…曹操殿?」 「まさしく! 後ろの男は、趙雲殿も戦場でまみえたこともあろう…夏候惇元譲だ」 ここにきてようやく趙雲にも状況が飲み込めたようだった。 「もしかして、私は連れ去られてしまったのでしょうか?」 「心配をせずとも手厚く歓迎するぞ。 長坂でそなたの雄姿を見た時から、必ず手に入れたいと思うておった。 我らの元に来れば、こことは比べ物にならない程の暮らしを約束しよう」 だが趙雲は激しく首を振る。 「お言葉ですが、私は貴方の元には参れません。 どれだけ歓待頂いても、私がお仕えしようと決めた方は殿ただお一人です。 それに…私はこの国もこの国の人々もとてもとても大切なのです。 来年もその次も…変わらずここで皆揃って桜を愛でたいのです。 ですから…」 「ならん!!」 「孟徳…諦めろ。 例え無理矢理連れ帰ろうと、こやつはお前の元には降らん」 「……」 返る言葉はない。 それを見て取って、趙雲は静かに息を吸い込むと、重心を右方に掛け馬から身を落した。 「!!!」 驚いて二人は慌てて馬を御した。 受身を取った為だろうか。 身体を丸めるようにして趙雲は地に横たわっていた。 「なんて無茶を…!」 夏候惇が馬を降りようとしたその時、後方から何者かが物凄い勢いで近付いてくる気配はあった。 「…残念だが、ここまでのようだぞ、孟徳」 その言葉に曹操はふんっと顔を逸らす。 「今日は断念するが、諦めた訳ではないぞ…」 「あー、はいはい」 駄々を捏ねる子供をあやすような夏候惇の口調に曹操はますます不機嫌そうになる。 「行くぞ!」 曹操は再び馬を走らせ、その後を夏候惇は苦笑を禁じえずに追った。 「趙雲殿!」 馬を掛け、やって来たのは馬超だった。 ふり乱された金の髪と、額の汗が、どれだけ必死に追って来たのかを表していた。 馬超は倒れている趙雲の姿を認め、馬を降り駆け寄ろうとした時、 「うっ…」 短い呻き声を漏らすと、趙雲はゆっくりと身を起こした。 「馬超殿…?」 「趙雲殿…! 大丈夫ですか!?」 「…ええ、大したことはありません」 僅かに微笑んで見せ、趙雲は立ち上がった。 見たところ、趙雲の言うように大きな怪我はなさそうだ。 馬超は胸を撫で下ろすと、馬から降りた。 曹操達に連れ去られたと聞いて、無我夢中で追って来た。 もし貴方がそのまま自分の前からいなくなってしまったら…。 そんな身も凍りつくような考えを振り払いながら必死に。 けれど、貴方は今自分の前にいる。 いつもと変わらぬ綺麗な笑顔で。 安堵感が胸いっぱいに広がっていくのを感じた。 抱きしめたい――― 心がそう思うより、体が先に動いていた。 自覚したときには、既に馬超は趙雲を抱きしめていた。 とても強い強い力で。 「ば…ちょ…う…どの?」 「すみません、趙雲殿! ですが、しばらく……ほんの少しでいいですからこのまま…。 このままでいさせて下さい!」 腕に感じる温もりが、今度は失くさずに済んだのだと馬超に確信させる。 春風が吹き、散った趙雲の髪からは、優しい陽だまりの香りがした―――。 written by y.tatibana 2003.04.21 |
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