unknown
Act3
洗面台で思い切り顔を洗う。
そうするだけで随分と気分がすっきりした気がする。
やはり先程の感情は気のせいだったのだ。
否、勘違いでなければならない。
響也の恋人のことを想像して、響也に対してではなく、その見たこともない相手に「嫉妬」したなんていうことは―――。
それではまるで彼に対して「恋」をしているようではないか。
(アリエナイ……)
首を振った法介は大きく溜息を吐き出し、顔を拭く。
初めはただキザで、チャラチャラした男だと思っていた。
容姿は似ていても、とてもあの牙琉霧人の弟と信じることはできなかった。
そんな法介の響也に対する印象は最初の頃よりも格段に、好意的なものになっている。
けれどそれは決して恋情とは違う。
尊敬や感謝、羨望……そんな類のものだ。
相手は検事で、人気ロックバンドのボーカルで、第一同じ男だ―――その彼に恋することなどあり得ないことだろう。
(そりゃぁ……牙琉検事ほどモテる訳じゃないけど、だからって同性に恋するほど欲求不満じゃない……)
ぶつぶつと胸の内で法介は愚痴る。
元々そういう性的嗜好である人を軽蔑するつもりは全くない。
ただ自分は至ってノーマルで、今までも恋した相手は全て異性だったのだから。
思い違いだ、勘違いだ、気のせいだと法介は自分に言い聞かせ、法介はリビングに向かい、座り心地の良いソファに身を沈めた。
相変わらず生活感のない部屋だ。
だからこそ、法介にとっては落ち着くのかもしれない。
自分が他人の生活の中に踏み込んでしまっているのだと、感じることがないから。
ずっと昔から一人で暮らしてきた法介にとって、他の人間の住む空間というものにあまり馴染みがなかった。
(なんだか疲れたな……)
法介は目を閉じ、怒涛のような一日を振り返る。
まさか昼食を買いに自宅を出た時には、こんなことになるとは思ってもみなかったのだから―――。
はっと法介は目を覚ます。
一瞬自分がどこにいるのか分からなかったが、周囲を見渡し、響也の自宅にいるのだとすぐに思い出す。
壁時計に目をやり、自分がリビングのソファであのまま眠ってしまっていたことに気付いた。
時間でいえば、三時間ほどか。
法介は慌ててソファから身を起こし、響也のベッドルームへと向かう。
中に入ると、ベッドの上の響也は状態が一変して、苦しそうに息を乱していた。
法介はベッドに駆け寄り、彼の様子を見れば、頬が上気して、吐き出される息が熱い。
法介がこの部屋を出る前は、かなり落ち着いているようだったのだが、再び熱が上がってきたようだ。
往診してもらった医師も、また熱が上がる可能性があると言っていたことを思い出す。
とりあえず貰った薬を飲まそうと思った。
法介はキッチンへと踵を返し、コップに水を注ぐと、急いで響也の元に戻る。
額のタオルを取り去り、響也の肩に手を廻すと、法介は力を込めて彼の上半身をベッドの上に起こした。
「牙琉検事、大丈夫ですか?
薬飲めますか?」
法介が声を掛けると、響也の瞳がゆっくりと開かれる。
だがぼんやりと法介の方を見つめるだけで、それ以外の反応はない。
法介は空いた手でナイトテーブルの上の薬を取り、その錠剤を響也の口元へと持っていった。
しかし意識が朦朧としているのか、響也はそれを飲む素振りをみせない。
名を呼んで促しても、無駄だった。
法介はしばし逡巡した後、薬を自らの口に入れ、コップの水を口に含む。
(ええいっ!非常事態だし……恨まないで下さいよ、お互い様なんだし!)
法介は胸のうちでそう語りかけ、そのまま響也の唇に自らの唇を重ね合わせた。
口移しに、水と薬を注ぎ込む。
すると響也の喉が動き、ごくりとそれを飲み干していくのを感じて、法介は唇を離した。
「み……ず……」
響也を再び横たえようとした法介に、そう訴えかける響也の声が届いた。
どうやら喉が渇いているらしい。
法介はコップを取り、響也の口元へと運ぶが、先程と同じ荒い呼吸を繰り返すだけで、飲もうとしない。
深く息を吐き出し、法介はまたも口移しで、水を飲ませてやる。
一度するも二度するも同じだ、相手は病人で非常事態なのだと、開き直って。
ごくごくと法介から移される水を飲んで、響也は心地良さそうにほっと息を吐く。
余程喉が渇ききっていたのだろう。
(やれやれ……)
溜息を落とし、法介は響也の身体を今度こそ元通りに寝かせる。
しかし、法介が身体を離そうとしたその時、響也の手が法介の腕にかかり、そのまま引っ張られたのだ。
「うわっ!」
予期していなかった響也のその行動に、法介はバランスを崩し、響也の上に倒れこんだ。
響也の身体がそれを受け止め、法介の背に彼の腕が廻される。
「ちょ……牙琉検事!」
驚いて声を上げる法介に、
「寒……い……」
響也が小さく掠れた声を発する。
言われてみれば、確かに響也の身体は小刻みに震えていた。
熱が再び上がり始めて、寒気がするのだろう。
どうやら手近にいた自分を暖房代わりにする気らしいと、法介は考える。
その証拠に法介の体温を求めるように、響也にぎゅっと抱き締められていた。
そうなると病人の響也を無下に振り払うことなど出来るはずもなく、法介は観念してなすがままにされるしかなった。
響也の息遣いと、触れ合う肌の感触に、法介の鼓動は早まった。
こんなに密着していると、妙に意識してしまう。
恐らく、恋だとか、いやそんな筈はないとか……少し前に響也に対する気持ちを考えていたせいだ。
今響也は自分が何をしているか、果たして理解しているのだろうか。
いくら悪寒がするとはいえ、誰を抱き締めているのかということを。
(分かっているはずないか……)
だからこそ、法介を何のためらいもなく抱き締めているのだろう。
ただそこにある体温だけを求めて。
そう考えると胸が痛んだ気がしたが、法介は気付かぬ振りをする。
と、
「…………」
法介の耳元で、響也が何事か囁いた。
しかし、ぼんやりと考え込んでいた法介は、それをきちんと聞き取ることはできなかった。
けれど響也が誰かの名を呼んだ気がした。
ただ最後の部分だけは、辛うじて法介の耳にも届いていた。
響也は言ったのだ―――「好きだよ」と。
とても愛しげに。
響也は勘違いしているに違いない。
(オレを……恋人である人と―――)
今度こそはっきりとした胸の疼きを法介は感じた。
「オレは……王泥喜法介なんですよ、牙琉検事」
法介は泣き笑いのような表情になって、ぽつりとそう呟くのだった。
明くる日の朝、目を覚ました響也は、ゆっくりとベッドの上に身を起こしていた。
随分と身体の調子も、気分も良くなっている。
ずっと意識が朦朧としていて、記憶もひどく曖昧だ。
体調を崩し、倒れこむようにベッドに身を横たえたのはいつのことだったのか。
記憶の断片を呼び起こし、それを辿ろうとした時、部屋のドアが開いた。
トレーを手に持ち、入ってきた相手は、響也が起きているのを見ると、驚いた様子で目を見開いた。
「わっ、牙琉検事起きてたんですね?
どうですか?身体の調子は?」
「おデコくん……」
法介がここを訪ねてきて、自分の看病をしてくれたことは響也の記憶に残っている。
そしてそれに付随する諸々のことも。
「牙琉検事……?」
訝しげに問う声に、物思いに耽りかけた響也ははたと我に返る。
「あ、あぁ、ごめん。
随分とキブンはイイよ、身体も軽いし」
響也が笑顔を浮かべ、そう言うと、法介はほっとしたようだった。
「そうみたいですね、声も掠れてませんし、顔色も良いみたいだし。
昨日はあんなに熱があったのに……凄い回復力ですね。
やっぱり薬の力は偉大だなぁ」
心底感心した様子で法介は一人納得している。
「色々面倒を掛けてしまったみたいだね」
「いえいえ。
オレのほうが余程世話になりましたしから」
法介は手にしたトレーを、ベッドの傍らのナイトテーブルに置く。
そこに乗せられた小さな鍋からは湯気が立ちのぼっていた。
「すみませんけど、勝手にキッチン使わせてもらいましたよ。
お粥作ったので、食べて下さい。
牙琉検事ほど料理上手な訳でもないんで、お口に合うかどうかはわかりませんけど、食べれないほどではないと思います。
一応一人暮らし暦は長いので」
明るい口調で法介は言うが、響也にはさっきから気になっていることがった。
法介が自分ときちんと目を合わせようとはしないことに気付いていたからだ。
顔は響也の方を向いていても、その眼差しはずれている。
まるで響也を避けるかのように。
「おデコくん、キミ―――」
「どうやらもう大丈夫そうだし、オレそろそろ帰らせて貰いますね。
事務所にも行かなきゃならないし。
牙琉検事も明日は法廷があるんでしょう?
今日一日ゆっくり休養して、明日に備えて下さいよ。
あっ、あとアカネさんにも連絡してあげて下さい、貴方が音信不通になって困ってましたから。
じゃあ」
響也の言葉を遮って、法介は一気に捲くし立て、踵を返す。
しかしその腕を素早く響也が捕らえた。
「待ちなよ、おデコくん。
どうしてずっとぼくから目を逸らしているんだい?
そんなに慌てて帰らなくても……」
「いい加減にして下さい!」
法介は突如声を荒げ、響也の手を振り払う。
「寂しいのなら、女の人を呼べば良いでしょう!?
オレを身代わりになんてしないで下さい!
オレは……アンタの恋人じゃない!」
吐き捨てるように言って、法介は振り返ることもなく、そのまま逃げるように部屋を出て行った。
遠くで、玄関の扉が閉まる音が、響也の耳に微かに届いた。
そうするだけで随分と気分がすっきりした気がする。
やはり先程の感情は気のせいだったのだ。
否、勘違いでなければならない。
響也の恋人のことを想像して、響也に対してではなく、その見たこともない相手に「嫉妬」したなんていうことは―――。
それではまるで彼に対して「恋」をしているようではないか。
(アリエナイ……)
首を振った法介は大きく溜息を吐き出し、顔を拭く。
初めはただキザで、チャラチャラした男だと思っていた。
容姿は似ていても、とてもあの牙琉霧人の弟と信じることはできなかった。
そんな法介の響也に対する印象は最初の頃よりも格段に、好意的なものになっている。
けれどそれは決して恋情とは違う。
尊敬や感謝、羨望……そんな類のものだ。
相手は検事で、人気ロックバンドのボーカルで、第一同じ男だ―――その彼に恋することなどあり得ないことだろう。
(そりゃぁ……牙琉検事ほどモテる訳じゃないけど、だからって同性に恋するほど欲求不満じゃない……)
ぶつぶつと胸の内で法介は愚痴る。
元々そういう性的嗜好である人を軽蔑するつもりは全くない。
ただ自分は至ってノーマルで、今までも恋した相手は全て異性だったのだから。
思い違いだ、勘違いだ、気のせいだと法介は自分に言い聞かせ、法介はリビングに向かい、座り心地の良いソファに身を沈めた。
相変わらず生活感のない部屋だ。
だからこそ、法介にとっては落ち着くのかもしれない。
自分が他人の生活の中に踏み込んでしまっているのだと、感じることがないから。
ずっと昔から一人で暮らしてきた法介にとって、他の人間の住む空間というものにあまり馴染みがなかった。
(なんだか疲れたな……)
法介は目を閉じ、怒涛のような一日を振り返る。
まさか昼食を買いに自宅を出た時には、こんなことになるとは思ってもみなかったのだから―――。
はっと法介は目を覚ます。
一瞬自分がどこにいるのか分からなかったが、周囲を見渡し、響也の自宅にいるのだとすぐに思い出す。
壁時計に目をやり、自分がリビングのソファであのまま眠ってしまっていたことに気付いた。
時間でいえば、三時間ほどか。
法介は慌ててソファから身を起こし、響也のベッドルームへと向かう。
中に入ると、ベッドの上の響也は状態が一変して、苦しそうに息を乱していた。
法介はベッドに駆け寄り、彼の様子を見れば、頬が上気して、吐き出される息が熱い。
法介がこの部屋を出る前は、かなり落ち着いているようだったのだが、再び熱が上がってきたようだ。
往診してもらった医師も、また熱が上がる可能性があると言っていたことを思い出す。
とりあえず貰った薬を飲まそうと思った。
法介はキッチンへと踵を返し、コップに水を注ぐと、急いで響也の元に戻る。
額のタオルを取り去り、響也の肩に手を廻すと、法介は力を込めて彼の上半身をベッドの上に起こした。
「牙琉検事、大丈夫ですか?
薬飲めますか?」
法介が声を掛けると、響也の瞳がゆっくりと開かれる。
だがぼんやりと法介の方を見つめるだけで、それ以外の反応はない。
法介は空いた手でナイトテーブルの上の薬を取り、その錠剤を響也の口元へと持っていった。
しかし意識が朦朧としているのか、響也はそれを飲む素振りをみせない。
名を呼んで促しても、無駄だった。
法介はしばし逡巡した後、薬を自らの口に入れ、コップの水を口に含む。
(ええいっ!非常事態だし……恨まないで下さいよ、お互い様なんだし!)
法介は胸のうちでそう語りかけ、そのまま響也の唇に自らの唇を重ね合わせた。
口移しに、水と薬を注ぎ込む。
すると響也の喉が動き、ごくりとそれを飲み干していくのを感じて、法介は唇を離した。
「み……ず……」
響也を再び横たえようとした法介に、そう訴えかける響也の声が届いた。
どうやら喉が渇いているらしい。
法介はコップを取り、響也の口元へと運ぶが、先程と同じ荒い呼吸を繰り返すだけで、飲もうとしない。
深く息を吐き出し、法介はまたも口移しで、水を飲ませてやる。
一度するも二度するも同じだ、相手は病人で非常事態なのだと、開き直って。
ごくごくと法介から移される水を飲んで、響也は心地良さそうにほっと息を吐く。
余程喉が渇ききっていたのだろう。
(やれやれ……)
溜息を落とし、法介は響也の身体を今度こそ元通りに寝かせる。
しかし、法介が身体を離そうとしたその時、響也の手が法介の腕にかかり、そのまま引っ張られたのだ。
「うわっ!」
予期していなかった響也のその行動に、法介はバランスを崩し、響也の上に倒れこんだ。
響也の身体がそれを受け止め、法介の背に彼の腕が廻される。
「ちょ……牙琉検事!」
驚いて声を上げる法介に、
「寒……い……」
響也が小さく掠れた声を発する。
言われてみれば、確かに響也の身体は小刻みに震えていた。
熱が再び上がり始めて、寒気がするのだろう。
どうやら手近にいた自分を暖房代わりにする気らしいと、法介は考える。
その証拠に法介の体温を求めるように、響也にぎゅっと抱き締められていた。
そうなると病人の響也を無下に振り払うことなど出来るはずもなく、法介は観念してなすがままにされるしかなった。
響也の息遣いと、触れ合う肌の感触に、法介の鼓動は早まった。
こんなに密着していると、妙に意識してしまう。
恐らく、恋だとか、いやそんな筈はないとか……少し前に響也に対する気持ちを考えていたせいだ。
今響也は自分が何をしているか、果たして理解しているのだろうか。
いくら悪寒がするとはいえ、誰を抱き締めているのかということを。
(分かっているはずないか……)
だからこそ、法介を何のためらいもなく抱き締めているのだろう。
ただそこにある体温だけを求めて。
そう考えると胸が痛んだ気がしたが、法介は気付かぬ振りをする。
と、
「…………」
法介の耳元で、響也が何事か囁いた。
しかし、ぼんやりと考え込んでいた法介は、それをきちんと聞き取ることはできなかった。
けれど響也が誰かの名を呼んだ気がした。
ただ最後の部分だけは、辛うじて法介の耳にも届いていた。
響也は言ったのだ―――「好きだよ」と。
とても愛しげに。
響也は勘違いしているに違いない。
(オレを……恋人である人と―――)
今度こそはっきりとした胸の疼きを法介は感じた。
「オレは……王泥喜法介なんですよ、牙琉検事」
法介は泣き笑いのような表情になって、ぽつりとそう呟くのだった。
明くる日の朝、目を覚ました響也は、ゆっくりとベッドの上に身を起こしていた。
随分と身体の調子も、気分も良くなっている。
ずっと意識が朦朧としていて、記憶もひどく曖昧だ。
体調を崩し、倒れこむようにベッドに身を横たえたのはいつのことだったのか。
記憶の断片を呼び起こし、それを辿ろうとした時、部屋のドアが開いた。
トレーを手に持ち、入ってきた相手は、響也が起きているのを見ると、驚いた様子で目を見開いた。
「わっ、牙琉検事起きてたんですね?
どうですか?身体の調子は?」
「おデコくん……」
法介がここを訪ねてきて、自分の看病をしてくれたことは響也の記憶に残っている。
そしてそれに付随する諸々のことも。
「牙琉検事……?」
訝しげに問う声に、物思いに耽りかけた響也ははたと我に返る。
「あ、あぁ、ごめん。
随分とキブンはイイよ、身体も軽いし」
響也が笑顔を浮かべ、そう言うと、法介はほっとしたようだった。
「そうみたいですね、声も掠れてませんし、顔色も良いみたいだし。
昨日はあんなに熱があったのに……凄い回復力ですね。
やっぱり薬の力は偉大だなぁ」
心底感心した様子で法介は一人納得している。
「色々面倒を掛けてしまったみたいだね」
「いえいえ。
オレのほうが余程世話になりましたしから」
法介は手にしたトレーを、ベッドの傍らのナイトテーブルに置く。
そこに乗せられた小さな鍋からは湯気が立ちのぼっていた。
「すみませんけど、勝手にキッチン使わせてもらいましたよ。
お粥作ったので、食べて下さい。
牙琉検事ほど料理上手な訳でもないんで、お口に合うかどうかはわかりませんけど、食べれないほどではないと思います。
一応一人暮らし暦は長いので」
明るい口調で法介は言うが、響也にはさっきから気になっていることがった。
法介が自分ときちんと目を合わせようとはしないことに気付いていたからだ。
顔は響也の方を向いていても、その眼差しはずれている。
まるで響也を避けるかのように。
「おデコくん、キミ―――」
「どうやらもう大丈夫そうだし、オレそろそろ帰らせて貰いますね。
事務所にも行かなきゃならないし。
牙琉検事も明日は法廷があるんでしょう?
今日一日ゆっくり休養して、明日に備えて下さいよ。
あっ、あとアカネさんにも連絡してあげて下さい、貴方が音信不通になって困ってましたから。
じゃあ」
響也の言葉を遮って、法介は一気に捲くし立て、踵を返す。
しかしその腕を素早く響也が捕らえた。
「待ちなよ、おデコくん。
どうしてずっとぼくから目を逸らしているんだい?
そんなに慌てて帰らなくても……」
「いい加減にして下さい!」
法介は突如声を荒げ、響也の手を振り払う。
「寂しいのなら、女の人を呼べば良いでしょう!?
オレを身代わりになんてしないで下さい!
オレは……アンタの恋人じゃない!」
吐き捨てるように言って、法介は振り返ることもなく、そのまま逃げるように部屋を出て行った。
遠くで、玄関の扉が閉まる音が、響也の耳に微かに届いた。
2007.11.17 up