その罪を
知れ
注:響也+法介ですが、
今回は殆ど法介の出番なしです…
携帯から着信を知らせるメロディが流れてくる。
ディスプレイに表示された相手の名を確認して、響也は僅かに首を傾げた。
それは実に珍しい相手からの電話だったからだ。
どうやら自分はその相手に嫌われているようで、とても友好的な間柄とはいえない。
とはいえ、響也の方では別段相手のことを嫌ってなどいないのだが……。
「もしもし……」
怪訝に思いながらも、響也は通話ボタンを押し、応答する。
すると電話の向こうからは、いつものように不機嫌極まりない声が聞こえてくる。
出来れば電話なんてしたくなかった―――そうありありと察せられるような。
だが何処か焦ったような早口で、相手は用件を伝えてきた。
響也はその瞬間、大きく目を見開いて、座っていた椅子からがばっと立ち上がる。
「おい!一体どうしたんだ?」
只ならぬ響也の様子を感じ取って、同じ室内にいたガリューウエーブのメンバーの一人が、彼に向かって問い掛ける。
他のメンバーもじっと響也を注視している。
今日は曲作りの為に、スタジオにメンバーで籠っていた時に、響也の携帯が鳴ったのだ。
しかし響也はその問いなどまるで耳にはいっていないように、携帯を手にしたまま立ち尽くしている。
やがて見る見る間に響也の眉間に深い皺が刻まれ、射すような鋭い視線が中空を睨みつけた。
いつも笑みを崩さない響也には珍しいことだ。
メンバー全員が警察関係者であるが故、そんな響也の様子から、何かとんでもない事件でも発生したに違いないと感じたのだ。
「分かったよ」
唸る様に短く言葉を切ると、響也は携帯をそのままジャケットのポケットへ捻じ込むようにしてしまう。
そうして机の上に置かれていたバイクのヘルメットを引っつかむと、駆け出し、部屋を出て行く。
「……って、おい!
一体何処にいくつもりだ!
何があった!?」
背中からメンバーの驚いた声が追いすがってくるが、響也はそれに答えることもなく、長く続く廊下を走り去ってしまたのだった―――。
電話は刑事の宝月茜からだった。
彼女はこう言ったのだ。
―――王泥喜弁護士が昨夜ひき逃げに遭い、病院に搬送されました。
と。
別件捜査中だった彼女は、偶然にも法介がひき逃げされた現場付近でその情報をキャッチした。
そしてそれを響也に知らせてきたという訳だ。
法介の容態までは分からないという。
目撃者に聞いたところによれば、それはものの見事に吹っ飛ばされたらしい。
その報せは、響也の胸をぎゅっと締め付けた。
まるで冷たい氷のような手で、直接心臓を鷲掴かまれたかのように。
何故茜がその事故のことを、響也に知らせてきたのか。
当然最初に連絡したのは法介の事務所の所長である成歩堂へだったが、その彼から響也にも知らせて欲しいと頼まれたからしい。
法廷以外で法介と別段関わりがないと思われる響也に、どうして彼の事故のことを教えねばならないのか。
茜は釈然としなかったが、成歩道の言葉だからと、取りあえず言われた通り響也に連絡してきたというのだ。
どうして成歩堂がそういったことを頼んだのか、響也にも疑問の残るところではあったが、今はそんなことを考える余裕はない。
茜から教えられた、法介が運ばれたという病院の名前と場所を聞いて、響也は急いで自分のバイクへと走った。
もちろん、法介の運ばれた病院へと向かう為だ。
猛スピードでバイクを飛ばしながら、響也は何故自分がこうも焦っているのか分からなかった。
ただ法介初めて法廷で対決した時から、ずっと彼のことが気になっている。
あの澄んだ綺麗な瞳が、自分に向けられる度に、鼓動が強く打つのだ。
もしその法介が取り返しのつかないような容態だったとしたら―――考えるだけで、響也は寒気を覚える。
馬鹿馬鹿しいと自らに暗示を掛ける様に言い聞かせると、響也は一心にバイクを走らせた。
結局、響也の心配は、幸いにして大きな取り越し苦労だった。
骨折しギプスの巻かれた腕は痛々しかったが、法介は驚くほどに元気だった。
響也のからかいの言葉に、いつものようにムキになって突っかかってくる。
―――安心した。
そんな気持ちを、法介へと素直に伝えることは憚られた。
どうしてだか彼を前にすると、ついつい茶化すような言葉しか出てこないのだ。
あまりにも法介が素直に反応を返してくれることが、面白いからかもしれない。
からかい甲斐があるのだ。
いずれにせよ、法介が無事であることをこの目で確かめられて良かった。
あまり長居をして傷に障ってはいけないと、響也は忙しい身の上なのだと冗談めかして告げ、法介の病室を後にした。
まさかその様子を、成歩堂に見られていたなどとは思いもせずに。
その日の地方裁判所の法廷の一室には、珍しく大勢の傍聴人がいた。
一目で報道関係者と知れる人間も数多い。
ここで「王泥喜法介ひき逃げ事件」の審理が行われる。
もちろんまだ駆け出し弁護士である法介に対する認知度など、無きに等しい。
ではなぜこの裁判の関心が高いのかといえば、まずは被告人―――つまり法介をひき逃げした人間にある。
ひき逃げを起こしたは、若い男で、その男の父親が有名な代議士であったからだ。
今まで男が幾度も無免許運転や飲酒運転で事故を起こす度、その父親がそれを揉み消してきたのだ。
表向きな証拠はないが、本来なら被告人の有罪を立証する立場の検察側も、件の裁判に関しては弱気だったという。
権力にものいわせて、検事を恐喝もしくは金で買収していると専らの噂である。
その結果軽微な罰則だけで、男は刑にも服さず今ものうのうと暮らしていた。
そしてもう一つ、世間の注目を集めたのは、今日の法廷に検察側として立つのがあの牙琉響也だったからだ。
彼が一体どのように闘うのかと。
彼もまた権力の前に屈してしまうのか。
それともそんなものは歯牙にもかけないのか。
法廷に現れた響也は、別段普段と何ら変わりなく人々には見えた。
ただ一人、傍聴席に座っていた成歩堂龍一を除いては。
思わず、くすりと苦笑を漏らしてしまう。
―――あーあ……あれは相当頭にきているな……。
ご愁傷様と成歩堂は弁護側に哀れみの眼差しを送り、もう一度響也に視線を戻す。
響也のその表情は変わらずとも、雰囲気が全くもって違う。
その瞳の奥は、凍てつくような冷たさを湛えていた。
それは彼の兄である牙琉霧人を、成歩堂に想像させる。
―――流石……兄弟か……。
しかしその二人の決定的違いを、成歩堂は知っている。
目的達成の為ならどんな手段も選ばない男と、自分にどんな不利益が降りかかろうとも真実を求める男。
そして怒りもまたその性質が異なる。
前者は己の矜持を傷つけられたことに怒り、後者は己ではない人間が傷つけられたことに怒っている。
「君ほどの有名検事が、単なる交通事故の裁判に出てくるとはね……。
そんなに検事局というのは暇なのかね?
それとも沢山集まっているマスコミ諸君の前で、良い格好でもしたいのかな?
あまり粋がらないことだ。
某御方も君の良識ある行動を、望んでおられるよ」
そう嫌味たらしい言葉をかけてきたのは、被告の父親が大金を叩いて雇った、法曹界でも辣腕と名高い壮年の弁護士だった。
「交通事故」「某御方」という部分を殊更に相手は強調する。
弁護側はひき逃げなどではなく、被害者が暗闇から急に飛び出してきた為に避け切れなかった―――不幸な事故だと主張しているのだ。
被告はもちろん逃げるつもりなどではなく、救急連絡する為に、現場を離れただけなのだ。
それよりも先に目撃者の一人が呼んだ救急車が早く到着して、被害者を連れて行ってしまったのだと。
従って償うべきは、無免許という点のみ。
しかし今回の審理はひき逃げという容疑に対して行われる為に、単なる事故ということになれば無免許云々はまた別件となる。
そして某御方というは、もちろん被告の父親である代議士のことだろう。
暗にその圧力をちらつかせて、単なる交通事故という形で納得しろと仄めかしているのだ。
しかし響也はそんな挑発などで、少しも揺らぐ様子はない。
「そんなモノでこの僕を揺さぶろうと思っているとしたら、ほんとつまらないオジサンだね。
冴えないオジサンのツマラナイ戯言なんて、寒いだけで時間の無駄だ。
さぁ、とっとと始めようじゃないか」
びしっと指を突きつけられて、響也の気迫に呑まれるように弁護士は沈黙する。
いざ裁判が始まってみれば、それはもう弁護側が憐れとしかいいようがない状況だった。
響也は次々とひき逃げを示す物的証拠、目撃者の証言を提示する。
今までは脅しに屈するか、買収された検事が、そういった証拠を意図的に出さなかった。
今回もそれで簡単に決着がつくと弁護側は思っていたようだが、その予想は見事に裏切られた。
証拠や証言から判断すれば、誰の目から見ても、ひき逃げは明らかだ。
「お……お前、そんなことしてタダで済むと思ってんのか!」
劣勢を感じ取って、被告人の男は響也へと怒鳴りつける。
被告人は静粛にという裁判長の言葉を無視して、駄々っ子のように喚き続ける。
「パパの力があれば、お……お前の首なんて……簡単に飛ばせるんだからな…っ!」
響也の拳が、ダンッ!と法廷の壁を叩く。
「うるさいなぁ……だから何?
小者の雑音は耳障りなんだよ」
すっと細められた響也の瞳が被告の男を射抜き、男はその底知れぬ恐ろしさに反射的に口を閉ざす。
「安心すると良いよ。
近々そのパパとアンタ達に相応しい場所で再会できるだろうから」
打って変わってにっこりと響也は微笑んだが、それはまさに氷の微笑と呼ぶに相応しかった。
判決は下された―――もちろん「有罪」と。
当然ながら、男には厳しい刑事処罰が課せられることとなった。
そして蛇足ながら、かの代議士もその後逮捕されることとなった。
罪状は贈賄やら、その他諸々の悪行。
とある人物が証拠を固めて、起訴に持ち込んだらしい。
今頃、親子は檻の中で、敵に回した人物の恐ろしさを噛み締めているのかもしれない。
成歩堂は新聞でそのニュースを知り、今度は豪快に笑った。
そのとある人物とやらが誰とは書かれていなかったけれど……。
―――本当に愛されてるなぁ……オドロキ君。
そう胸の内で呟いた。
ディスプレイに表示された相手の名を確認して、響也は僅かに首を傾げた。
それは実に珍しい相手からの電話だったからだ。
どうやら自分はその相手に嫌われているようで、とても友好的な間柄とはいえない。
とはいえ、響也の方では別段相手のことを嫌ってなどいないのだが……。
「もしもし……」
怪訝に思いながらも、響也は通話ボタンを押し、応答する。
すると電話の向こうからは、いつものように不機嫌極まりない声が聞こえてくる。
出来れば電話なんてしたくなかった―――そうありありと察せられるような。
だが何処か焦ったような早口で、相手は用件を伝えてきた。
響也はその瞬間、大きく目を見開いて、座っていた椅子からがばっと立ち上がる。
「おい!一体どうしたんだ?」
只ならぬ響也の様子を感じ取って、同じ室内にいたガリューウエーブのメンバーの一人が、彼に向かって問い掛ける。
他のメンバーもじっと響也を注視している。
今日は曲作りの為に、スタジオにメンバーで籠っていた時に、響也の携帯が鳴ったのだ。
しかし響也はその問いなどまるで耳にはいっていないように、携帯を手にしたまま立ち尽くしている。
やがて見る見る間に響也の眉間に深い皺が刻まれ、射すような鋭い視線が中空を睨みつけた。
いつも笑みを崩さない響也には珍しいことだ。
メンバー全員が警察関係者であるが故、そんな響也の様子から、何かとんでもない事件でも発生したに違いないと感じたのだ。
「分かったよ」
唸る様に短く言葉を切ると、響也は携帯をそのままジャケットのポケットへ捻じ込むようにしてしまう。
そうして机の上に置かれていたバイクのヘルメットを引っつかむと、駆け出し、部屋を出て行く。
「……って、おい!
一体何処にいくつもりだ!
何があった!?」
背中からメンバーの驚いた声が追いすがってくるが、響也はそれに答えることもなく、長く続く廊下を走り去ってしまたのだった―――。
電話は刑事の宝月茜からだった。
彼女はこう言ったのだ。
―――王泥喜弁護士が昨夜ひき逃げに遭い、病院に搬送されました。
と。
別件捜査中だった彼女は、偶然にも法介がひき逃げされた現場付近でその情報をキャッチした。
そしてそれを響也に知らせてきたという訳だ。
法介の容態までは分からないという。
目撃者に聞いたところによれば、それはものの見事に吹っ飛ばされたらしい。
その報せは、響也の胸をぎゅっと締め付けた。
まるで冷たい氷のような手で、直接心臓を鷲掴かまれたかのように。
何故茜がその事故のことを、響也に知らせてきたのか。
当然最初に連絡したのは法介の事務所の所長である成歩堂へだったが、その彼から響也にも知らせて欲しいと頼まれたからしい。
法廷以外で法介と別段関わりがないと思われる響也に、どうして彼の事故のことを教えねばならないのか。
茜は釈然としなかったが、成歩道の言葉だからと、取りあえず言われた通り響也に連絡してきたというのだ。
どうして成歩堂がそういったことを頼んだのか、響也にも疑問の残るところではあったが、今はそんなことを考える余裕はない。
茜から教えられた、法介が運ばれたという病院の名前と場所を聞いて、響也は急いで自分のバイクへと走った。
もちろん、法介の運ばれた病院へと向かう為だ。
猛スピードでバイクを飛ばしながら、響也は何故自分がこうも焦っているのか分からなかった。
ただ法介初めて法廷で対決した時から、ずっと彼のことが気になっている。
あの澄んだ綺麗な瞳が、自分に向けられる度に、鼓動が強く打つのだ。
もしその法介が取り返しのつかないような容態だったとしたら―――考えるだけで、響也は寒気を覚える。
馬鹿馬鹿しいと自らに暗示を掛ける様に言い聞かせると、響也は一心にバイクを走らせた。
結局、響也の心配は、幸いにして大きな取り越し苦労だった。
骨折しギプスの巻かれた腕は痛々しかったが、法介は驚くほどに元気だった。
響也のからかいの言葉に、いつものようにムキになって突っかかってくる。
―――安心した。
そんな気持ちを、法介へと素直に伝えることは憚られた。
どうしてだか彼を前にすると、ついつい茶化すような言葉しか出てこないのだ。
あまりにも法介が素直に反応を返してくれることが、面白いからかもしれない。
からかい甲斐があるのだ。
いずれにせよ、法介が無事であることをこの目で確かめられて良かった。
あまり長居をして傷に障ってはいけないと、響也は忙しい身の上なのだと冗談めかして告げ、法介の病室を後にした。
まさかその様子を、成歩堂に見られていたなどとは思いもせずに。
その日の地方裁判所の法廷の一室には、珍しく大勢の傍聴人がいた。
一目で報道関係者と知れる人間も数多い。
ここで「王泥喜法介ひき逃げ事件」の審理が行われる。
もちろんまだ駆け出し弁護士である法介に対する認知度など、無きに等しい。
ではなぜこの裁判の関心が高いのかといえば、まずは被告人―――つまり法介をひき逃げした人間にある。
ひき逃げを起こしたは、若い男で、その男の父親が有名な代議士であったからだ。
今まで男が幾度も無免許運転や飲酒運転で事故を起こす度、その父親がそれを揉み消してきたのだ。
表向きな証拠はないが、本来なら被告人の有罪を立証する立場の検察側も、件の裁判に関しては弱気だったという。
権力にものいわせて、検事を恐喝もしくは金で買収していると専らの噂である。
その結果軽微な罰則だけで、男は刑にも服さず今ものうのうと暮らしていた。
そしてもう一つ、世間の注目を集めたのは、今日の法廷に検察側として立つのがあの牙琉響也だったからだ。
彼が一体どのように闘うのかと。
彼もまた権力の前に屈してしまうのか。
それともそんなものは歯牙にもかけないのか。
法廷に現れた響也は、別段普段と何ら変わりなく人々には見えた。
ただ一人、傍聴席に座っていた成歩堂龍一を除いては。
思わず、くすりと苦笑を漏らしてしまう。
―――あーあ……あれは相当頭にきているな……。
ご愁傷様と成歩堂は弁護側に哀れみの眼差しを送り、もう一度響也に視線を戻す。
響也のその表情は変わらずとも、雰囲気が全くもって違う。
その瞳の奥は、凍てつくような冷たさを湛えていた。
それは彼の兄である牙琉霧人を、成歩堂に想像させる。
―――流石……兄弟か……。
しかしその二人の決定的違いを、成歩堂は知っている。
目的達成の為ならどんな手段も選ばない男と、自分にどんな不利益が降りかかろうとも真実を求める男。
そして怒りもまたその性質が異なる。
前者は己の矜持を傷つけられたことに怒り、後者は己ではない人間が傷つけられたことに怒っている。
「君ほどの有名検事が、単なる交通事故の裁判に出てくるとはね……。
そんなに検事局というのは暇なのかね?
それとも沢山集まっているマスコミ諸君の前で、良い格好でもしたいのかな?
あまり粋がらないことだ。
某御方も君の良識ある行動を、望んでおられるよ」
そう嫌味たらしい言葉をかけてきたのは、被告の父親が大金を叩いて雇った、法曹界でも辣腕と名高い壮年の弁護士だった。
「交通事故」「某御方」という部分を殊更に相手は強調する。
弁護側はひき逃げなどではなく、被害者が暗闇から急に飛び出してきた為に避け切れなかった―――不幸な事故だと主張しているのだ。
被告はもちろん逃げるつもりなどではなく、救急連絡する為に、現場を離れただけなのだ。
それよりも先に目撃者の一人が呼んだ救急車が早く到着して、被害者を連れて行ってしまったのだと。
従って償うべきは、無免許という点のみ。
しかし今回の審理はひき逃げという容疑に対して行われる為に、単なる事故ということになれば無免許云々はまた別件となる。
そして某御方というは、もちろん被告の父親である代議士のことだろう。
暗にその圧力をちらつかせて、単なる交通事故という形で納得しろと仄めかしているのだ。
しかし響也はそんな挑発などで、少しも揺らぐ様子はない。
「そんなモノでこの僕を揺さぶろうと思っているとしたら、ほんとつまらないオジサンだね。
冴えないオジサンのツマラナイ戯言なんて、寒いだけで時間の無駄だ。
さぁ、とっとと始めようじゃないか」
びしっと指を突きつけられて、響也の気迫に呑まれるように弁護士は沈黙する。
いざ裁判が始まってみれば、それはもう弁護側が憐れとしかいいようがない状況だった。
響也は次々とひき逃げを示す物的証拠、目撃者の証言を提示する。
今までは脅しに屈するか、買収された検事が、そういった証拠を意図的に出さなかった。
今回もそれで簡単に決着がつくと弁護側は思っていたようだが、その予想は見事に裏切られた。
証拠や証言から判断すれば、誰の目から見ても、ひき逃げは明らかだ。
「お……お前、そんなことしてタダで済むと思ってんのか!」
劣勢を感じ取って、被告人の男は響也へと怒鳴りつける。
被告人は静粛にという裁判長の言葉を無視して、駄々っ子のように喚き続ける。
「パパの力があれば、お……お前の首なんて……簡単に飛ばせるんだからな…っ!」
響也の拳が、ダンッ!と法廷の壁を叩く。
「うるさいなぁ……だから何?
小者の雑音は耳障りなんだよ」
すっと細められた響也の瞳が被告の男を射抜き、男はその底知れぬ恐ろしさに反射的に口を閉ざす。
「安心すると良いよ。
近々そのパパとアンタ達に相応しい場所で再会できるだろうから」
打って変わってにっこりと響也は微笑んだが、それはまさに氷の微笑と呼ぶに相応しかった。
判決は下された―――もちろん「有罪」と。
当然ながら、男には厳しい刑事処罰が課せられることとなった。
そして蛇足ながら、かの代議士もその後逮捕されることとなった。
罪状は贈賄やら、その他諸々の悪行。
とある人物が証拠を固めて、起訴に持ち込んだらしい。
今頃、親子は檻の中で、敵に回した人物の恐ろしさを噛み締めているのかもしれない。
成歩堂は新聞でそのニュースを知り、今度は豪快に笑った。
そのとある人物とやらが誰とは書かれていなかったけれど……。
―――本当に愛されてるなぁ……オドロキ君。
そう胸の内で呟いた。
2007.04.27 up