18 // a reason
港で子供のように駄々をこねる金の髪の男を、銀髪の少年が懸命に宥めている。
「ずるいですよー。
俺だって王子のお供がしたいのにーっ!
ロードレイク視察の時も留守番だったし、今回こそは連れて行って貰えると思ってたんですよー!」
そんな風にわーわーと喚いているのは、女王騎士のカイル。
「うん、すまない……カイル。
でも父上からのご指示だから―――分かって欲しい。
数日留守にするだけだし」
苦笑しながらカイルを説得しているのは、ファレナ女王国の王子エルフィードだった。
「大の大人が、子供を困らせてどうするんだ」
二人の間に割り込んできた渋みのある声。
隻眼の男―――ゲオルグが見かねたのか、呆れたように口を挟んできた。
「ゲオルグ殿はいいですよ!
ずーーーっと王子のお供をされてるじゃないですかー!
なら代わって下さいよ!」
ゲオルグの言葉はカイルを宥めるどころか、逆効果になってしまったようだ。
やれやれとゲオルグは肩を竦める。
こいつの「王子大好き病」はどうにかならないのかと、溜息を吐きながら。
そんな状況に次に業を煮やしたのが、エルフィードの叔母であるサイアリーズだった。
「もういい加減におし、カイル!
そんな男は放っておいて、とっとと行くよ、エル!」
一喝して、エルフィードの手を取ると、強引に船へと連れて行ってしまう。
ゲオルグ、リオンもほっと息をついて、その後に続き、ことの成り行きをハラハラと見守っていた船長も、これ幸いとさっさと船を出発させる。
「王子ー!」
流石にカイルも強引に船に乗り込むことはなく、恨めしげに声を上げた。
「父上や母上、リムのことを頼んだよ、カイル!」
甲板から顔を覗かせたエルフィードが、手を振りながら叫ぶ。
そう言われてしまうと、立つ瀬がない。
女王騎士として、王家の人々を守るが務めなのだから。
しょんぼりとカイルは、小さくなっていく船影を未練がましく見送っていた。
「お、どうやら出発したようだな」
そんなカイルの背に、快活な声が掛けられる。
振り向かなくとも、それが誰であるかくらいカイルには分かる。
「……」
肩越しに、無言でカイルは振り返った。
たっぷりと非難の意をそこに込めて。
そのカイルの視線を受けて、女王騎士長フェリドは豪快に笑った。
「そう恨みがましそうな目で俺を見るな。
なんだか主人に捨てられた犬みたいになってるぞ、カイル」
「捨てられたというか、無理矢理引き裂かれたんですよー……どなたかの陰謀で」
カイルはじとーっとした眼差しで、ぶつぶつと文句を垂れる。
それをこともなげに、フェリドは笑顔で受け流す。
「まぁそうしょ気るな。
ファレナ随一の男前が台無しだぞ」
「そんな当たり前のこと言われたって、慰めにも償いにもなりませんよー」
「あはは、分かった分かった。
今から騎士長室でとっておきの秘蔵の酒を飲ませてやるから、機嫌をなおせ」
そう言われて、カイルはようやく身体ごとフェリドの方へと向き直った。
酒は王子と王家の人々、そして女性の次くらいに、大好きなのである。
「こんな明るいうちから、騎士長閣下が飲んじゃっていいんですかー?
俺みたいな不良騎士じゃあるまいし」
するとフェリドの顔から、笑みが消え、真剣な面持ちにとってかわる。
「お前にも相談しておきたいことがあるんだ。
今後のことで……な」
それを聞いて、カイルの表情も引き締まった。
不良騎士と自ら言いながらも、ファレナの現状に関してはカイルもよく分かっている。
今は女王派とゴドウィン派とバロウズ派が、緊迫の中なんとかの均衡を保っている状態だ。
しかしこの度開かれる闘神祭の結果で、それが崩れ去る可能性は大いにある。
今後のこととはそのことを指しているのだろう。
それはカイルも危惧していたことだ。
騎士長室のソファに、対面で腰掛ける。
目の前には酒瓶とグラスが二組。
フェリドは酒を手に取ると、その中身をそれぞれのグラスに注いだ。
「遠慮せずに、飲め。
これを手に入れるのは苦労したんだぞ」
そう薦められても、さすがに今は手を付ける気にはカイルはなれなかった。
フェリドもまた自分のグラスを取ろうとはしなかった。
「今度の闘神祭で、状況は一気に変わると……俺も陛下も考えている。
もちろん悪い方向にだ。
注意すべき人物は―――カイルは誰だと思う?」
フェリドの試すような問いかけに、カイルは考えることもなく答える。
「ゴドウィン卿ですね」
別段カイルがバロウズ派だからそう答えた訳ではない。
バロウズ派というのも、勝手に周囲がそう思い込んでいるだけで、カイル自身がバロウズ卿に肩入れしているという事実はない。
女王騎士は、王家の人々を守るのが務めであって、特定の勢力に肩入れなどすべきでないというのがカイルの考えだった。
ただいちいち説明して回るのも面倒で、言うに任せているだけだ。
そのカイルの瞳からみても、ゴドウィン卿……そして息子のギゼルは危険な存在に映った。
証拠がある訳でない。
ただの直感だ。
だが彼らの瞳が、通常ならざる光を宿しているようにカイルには思えてならないのだ。
そんなカイルの返答に、
「そうだ」
満足したように、フェリドは頷いた。
「彼らは何かを企んでいる。
はっきりとした証拠は残念ながらまだ掴めていないが、何れにせよ闘神祭のあと、仕掛けてくることは確かだろう。
闘神祭で優勝するのも、おそらくゴドウィンの代理の者だろう。
そんな人間がリムの婚約者になるのかと思うと口惜しくてならんが、絶対にその陰謀を暴いて、凌ぎきらねばならん。
お前にだから言うが……俺はこのファレナの国というよりも、家族を何としても守りたいんだ。
力を貸して欲しい」
真摯な口調で告げて、頭を下げるフェリドに、カイルは慌てて首を振った。
「や……やめてくださいよー、フェリド様!
そんなふうに頭を下げて頂かなくても、俺だってフェリド様と気持ちは同じです。
俺は皆さんを何が何でもお守りしますよー」
ほっとしたように肩の力を抜き、フェリドは顔を上げた。
「お前ならそう言ってくれると思っていた。
ありがとう。
で、そんなお前にもう一つ頼みがある」
だがフェリドが全てを言い切る前に、カイルが口を開いた。
「他の女王騎士の動向を探れ……でしょー?
ゲオルグ殿はさて置くとして」
流石のフェリドも驚いたように、目を開いた。
「良く分かったな……同胞の腹を探るのは正直良い気がしないだろうが、身内に不意打ちを食らうのは痛い。
女王騎士全員が一枚岩と言えないが辛い所だな。
騎士長としての、俺の不甲斐なさの尻拭いをさせるようで、すまない。
俺が探るよりも、お前の方が騎士同士の分、まだ易しい気がするんだ」
カイルは何でもないこととばかりに、にっこりと笑った。
「ま、気にせず、俺に任せて下さいって。
……なーんとなく、気にかかる人が二人ばかりいるんだよなぁ……。
そこまで俺を信じて下さって、俺は嬉しいですよー。
他の人に声を掛けていたら、もっとやさぐれているところでした」
カイルはようやく、酒の入ったグラスに手をのばした。
場の重苦しさを払うように、ぐいっとそれを呷る。
「うわっ、本当にこれ美味しいですねー!」
思わず感嘆の声を上げたカイルに、フェリドは苦笑する。
「おいおい、もっと味わって飲めよ」
「騎士長閣下ともあろう人が、そんなセコいこといわないで下さいよー。
今回もまた王子のお供させてくれなかったんですから、これくらいの役得がないとやってられません!
あー、王子今頃どうしてるかなぁ……」
「お前は本当にエルに甘いなー。
あんまりあいつを甘やかしてくれるなよ」
言って、フェリドもグラスに手をのばし、それに口をつける。
カイルは勝手に二杯目を注ぎながら、
「フェリド様になんと言われたって、俺は王子を甘やかしますもーん。
俺くらい王子に甘くしたって、全然罰は当たらないと思うんだよなぁ……」
口を尖らせて、反論する。
女王国での王子の立場―――それをエルフィードが小さい頃から見守ってきたカイルには良く分かっていたし、酷く辛くもあった。
エルフィードはそれでも挫けることなく、強く育ってくれたけれど。
「とは言っても、王子は全然我侭なんて言いませんよー。
もっともっと俺に甘えてくれても良いのになー」
フェリドはそんなカイルを見つめながら、ぽつりと呟いた。
「俺はお前を女王騎士にしたことを、ずっと後悔していた」
突然のフェリドの告白に、カイルはええっと目を剥く。
「酷いですよー、フェリド様!
俺みたいな何処の馬の骨とも知れない人間なんて、誉れ高い女王騎士には相応しくないってことですか!?」
それに対し、フェリドはグラスを傾けながら、静かに微笑んだ。
「違う違う。
お前は縛られることを誰より嫌う人間だと、最初に会った時から思っていた。
俺もそうだったからな……分かるんだよ、同じ性質の人間は。
女王騎士見習いとして、お前を太陽宮に連れてきたが、それは同時にお前の自由を奪うことになった。
お前自身がよく分かっていると思うが、格式だの礼儀だの因習だの―――ここでは様々なものに否が応でも縛られることになる。
俺が後悔しているのは、それを知りながら、お前を女王騎士にと望んだからだ」
それを聞いてカイルはすぐに笑い出した。
「いやだなー、フェリド様。
俺がそんなに大人しい人間に見えます?
もし嫌だと思っていたのなら、とっくの昔にこの太陽宮から出て行っていますってー。
確かにここは自由とは言い難いし、息苦しさを覚えることもありますけど……ね」
「お前がそうまでして女王騎士として、留まってくれるのは何故だ?」
それはフェリドにとって、解けない謎の一つだった。
女王騎士はファレナの民にとって憧れの存在だが、彼がその地位に拘っているとは到底思えない。
彼が言う通り、彼は嫌だと思えば、騎士の身分など未練なく捨てて、とっくに元の気楽な生活に戻っていただろう。
「それは……多分フェリド様がここにいるのと同じ理由だと思いますよー」
カイルは笑顔を見せながら、ごく自然にそう答えた。
それを聞き、フェリドは胸が熱くなるのを感じた。
それは決して酒のせいではない。
大切なものを守ること―――。
その笑顔を。
その幸せを。
その温もりを。
ただそれだけのことなのだ。
「ずるいですよー。
俺だって王子のお供がしたいのにーっ!
ロードレイク視察の時も留守番だったし、今回こそは連れて行って貰えると思ってたんですよー!」
そんな風にわーわーと喚いているのは、女王騎士のカイル。
「うん、すまない……カイル。
でも父上からのご指示だから―――分かって欲しい。
数日留守にするだけだし」
苦笑しながらカイルを説得しているのは、ファレナ女王国の王子エルフィードだった。
「大の大人が、子供を困らせてどうするんだ」
二人の間に割り込んできた渋みのある声。
隻眼の男―――ゲオルグが見かねたのか、呆れたように口を挟んできた。
「ゲオルグ殿はいいですよ!
ずーーーっと王子のお供をされてるじゃないですかー!
なら代わって下さいよ!」
ゲオルグの言葉はカイルを宥めるどころか、逆効果になってしまったようだ。
やれやれとゲオルグは肩を竦める。
こいつの「王子大好き病」はどうにかならないのかと、溜息を吐きながら。
そんな状況に次に業を煮やしたのが、エルフィードの叔母であるサイアリーズだった。
「もういい加減におし、カイル!
そんな男は放っておいて、とっとと行くよ、エル!」
一喝して、エルフィードの手を取ると、強引に船へと連れて行ってしまう。
ゲオルグ、リオンもほっと息をついて、その後に続き、ことの成り行きをハラハラと見守っていた船長も、これ幸いとさっさと船を出発させる。
「王子ー!」
流石にカイルも強引に船に乗り込むことはなく、恨めしげに声を上げた。
「父上や母上、リムのことを頼んだよ、カイル!」
甲板から顔を覗かせたエルフィードが、手を振りながら叫ぶ。
そう言われてしまうと、立つ瀬がない。
女王騎士として、王家の人々を守るが務めなのだから。
しょんぼりとカイルは、小さくなっていく船影を未練がましく見送っていた。
「お、どうやら出発したようだな」
そんなカイルの背に、快活な声が掛けられる。
振り向かなくとも、それが誰であるかくらいカイルには分かる。
「……」
肩越しに、無言でカイルは振り返った。
たっぷりと非難の意をそこに込めて。
そのカイルの視線を受けて、女王騎士長フェリドは豪快に笑った。
「そう恨みがましそうな目で俺を見るな。
なんだか主人に捨てられた犬みたいになってるぞ、カイル」
「捨てられたというか、無理矢理引き裂かれたんですよー……どなたかの陰謀で」
カイルはじとーっとした眼差しで、ぶつぶつと文句を垂れる。
それをこともなげに、フェリドは笑顔で受け流す。
「まぁそうしょ気るな。
ファレナ随一の男前が台無しだぞ」
「そんな当たり前のこと言われたって、慰めにも償いにもなりませんよー」
「あはは、分かった分かった。
今から騎士長室でとっておきの秘蔵の酒を飲ませてやるから、機嫌をなおせ」
そう言われて、カイルはようやく身体ごとフェリドの方へと向き直った。
酒は王子と王家の人々、そして女性の次くらいに、大好きなのである。
「こんな明るいうちから、騎士長閣下が飲んじゃっていいんですかー?
俺みたいな不良騎士じゃあるまいし」
するとフェリドの顔から、笑みが消え、真剣な面持ちにとってかわる。
「お前にも相談しておきたいことがあるんだ。
今後のことで……な」
それを聞いて、カイルの表情も引き締まった。
不良騎士と自ら言いながらも、ファレナの現状に関してはカイルもよく分かっている。
今は女王派とゴドウィン派とバロウズ派が、緊迫の中なんとかの均衡を保っている状態だ。
しかしこの度開かれる闘神祭の結果で、それが崩れ去る可能性は大いにある。
今後のこととはそのことを指しているのだろう。
それはカイルも危惧していたことだ。
騎士長室のソファに、対面で腰掛ける。
目の前には酒瓶とグラスが二組。
フェリドは酒を手に取ると、その中身をそれぞれのグラスに注いだ。
「遠慮せずに、飲め。
これを手に入れるのは苦労したんだぞ」
そう薦められても、さすがに今は手を付ける気にはカイルはなれなかった。
フェリドもまた自分のグラスを取ろうとはしなかった。
「今度の闘神祭で、状況は一気に変わると……俺も陛下も考えている。
もちろん悪い方向にだ。
注意すべき人物は―――カイルは誰だと思う?」
フェリドの試すような問いかけに、カイルは考えることもなく答える。
「ゴドウィン卿ですね」
別段カイルがバロウズ派だからそう答えた訳ではない。
バロウズ派というのも、勝手に周囲がそう思い込んでいるだけで、カイル自身がバロウズ卿に肩入れしているという事実はない。
女王騎士は、王家の人々を守るのが務めであって、特定の勢力に肩入れなどすべきでないというのがカイルの考えだった。
ただいちいち説明して回るのも面倒で、言うに任せているだけだ。
そのカイルの瞳からみても、ゴドウィン卿……そして息子のギゼルは危険な存在に映った。
証拠がある訳でない。
ただの直感だ。
だが彼らの瞳が、通常ならざる光を宿しているようにカイルには思えてならないのだ。
そんなカイルの返答に、
「そうだ」
満足したように、フェリドは頷いた。
「彼らは何かを企んでいる。
はっきりとした証拠は残念ながらまだ掴めていないが、何れにせよ闘神祭のあと、仕掛けてくることは確かだろう。
闘神祭で優勝するのも、おそらくゴドウィンの代理の者だろう。
そんな人間がリムの婚約者になるのかと思うと口惜しくてならんが、絶対にその陰謀を暴いて、凌ぎきらねばならん。
お前にだから言うが……俺はこのファレナの国というよりも、家族を何としても守りたいんだ。
力を貸して欲しい」
真摯な口調で告げて、頭を下げるフェリドに、カイルは慌てて首を振った。
「や……やめてくださいよー、フェリド様!
そんなふうに頭を下げて頂かなくても、俺だってフェリド様と気持ちは同じです。
俺は皆さんを何が何でもお守りしますよー」
ほっとしたように肩の力を抜き、フェリドは顔を上げた。
「お前ならそう言ってくれると思っていた。
ありがとう。
で、そんなお前にもう一つ頼みがある」
だがフェリドが全てを言い切る前に、カイルが口を開いた。
「他の女王騎士の動向を探れ……でしょー?
ゲオルグ殿はさて置くとして」
流石のフェリドも驚いたように、目を開いた。
「良く分かったな……同胞の腹を探るのは正直良い気がしないだろうが、身内に不意打ちを食らうのは痛い。
女王騎士全員が一枚岩と言えないが辛い所だな。
騎士長としての、俺の不甲斐なさの尻拭いをさせるようで、すまない。
俺が探るよりも、お前の方が騎士同士の分、まだ易しい気がするんだ」
カイルは何でもないこととばかりに、にっこりと笑った。
「ま、気にせず、俺に任せて下さいって。
……なーんとなく、気にかかる人が二人ばかりいるんだよなぁ……。
そこまで俺を信じて下さって、俺は嬉しいですよー。
他の人に声を掛けていたら、もっとやさぐれているところでした」
カイルはようやく、酒の入ったグラスに手をのばした。
場の重苦しさを払うように、ぐいっとそれを呷る。
「うわっ、本当にこれ美味しいですねー!」
思わず感嘆の声を上げたカイルに、フェリドは苦笑する。
「おいおい、もっと味わって飲めよ」
「騎士長閣下ともあろう人が、そんなセコいこといわないで下さいよー。
今回もまた王子のお供させてくれなかったんですから、これくらいの役得がないとやってられません!
あー、王子今頃どうしてるかなぁ……」
「お前は本当にエルに甘いなー。
あんまりあいつを甘やかしてくれるなよ」
言って、フェリドもグラスに手をのばし、それに口をつける。
カイルは勝手に二杯目を注ぎながら、
「フェリド様になんと言われたって、俺は王子を甘やかしますもーん。
俺くらい王子に甘くしたって、全然罰は当たらないと思うんだよなぁ……」
口を尖らせて、反論する。
女王国での王子の立場―――それをエルフィードが小さい頃から見守ってきたカイルには良く分かっていたし、酷く辛くもあった。
エルフィードはそれでも挫けることなく、強く育ってくれたけれど。
「とは言っても、王子は全然我侭なんて言いませんよー。
もっともっと俺に甘えてくれても良いのになー」
フェリドはそんなカイルを見つめながら、ぽつりと呟いた。
「俺はお前を女王騎士にしたことを、ずっと後悔していた」
突然のフェリドの告白に、カイルはええっと目を剥く。
「酷いですよー、フェリド様!
俺みたいな何処の馬の骨とも知れない人間なんて、誉れ高い女王騎士には相応しくないってことですか!?」
それに対し、フェリドはグラスを傾けながら、静かに微笑んだ。
「違う違う。
お前は縛られることを誰より嫌う人間だと、最初に会った時から思っていた。
俺もそうだったからな……分かるんだよ、同じ性質の人間は。
女王騎士見習いとして、お前を太陽宮に連れてきたが、それは同時にお前の自由を奪うことになった。
お前自身がよく分かっていると思うが、格式だの礼儀だの因習だの―――ここでは様々なものに否が応でも縛られることになる。
俺が後悔しているのは、それを知りながら、お前を女王騎士にと望んだからだ」
それを聞いてカイルはすぐに笑い出した。
「いやだなー、フェリド様。
俺がそんなに大人しい人間に見えます?
もし嫌だと思っていたのなら、とっくの昔にこの太陽宮から出て行っていますってー。
確かにここは自由とは言い難いし、息苦しさを覚えることもありますけど……ね」
「お前がそうまでして女王騎士として、留まってくれるのは何故だ?」
それはフェリドにとって、解けない謎の一つだった。
女王騎士はファレナの民にとって憧れの存在だが、彼がその地位に拘っているとは到底思えない。
彼が言う通り、彼は嫌だと思えば、騎士の身分など未練なく捨てて、とっくに元の気楽な生活に戻っていただろう。
「それは……多分フェリド様がここにいるのと同じ理由だと思いますよー」
カイルは笑顔を見せながら、ごく自然にそう答えた。
それを聞き、フェリドは胸が熱くなるのを感じた。
それは決して酒のせいではない。
大切なものを守ること―――。
その笑顔を。
その幸せを。
その温もりを。
ただそれだけのことなのだ。
2007.05.18 up