100題 - No81 注:馬趙前提の諸葛亮×(→)趙雲 「油断」からの続き |
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突然の凶行―――。 驚き目を見開いた趙雲が、顔を逸らそうとするが、諸葛亮の手がそれを赦さない。 いつもの趙雲であったならば、諸葛亮の手から逃れることなど造作もないことなのに―――薬により力を奪われた今はそれも叶わない。 その懐かしい唇の感触を味わうように、諸葛亮は深く何度も口付けを繰り返す。 そうされているうちに、徐々に己の身体が火照り始めていることに気付き、趙雲は愕然となる。 こんなことは露ほども望んでいない。 にも係らず、鼓動は速く脈打ち、諸葛亮に口付けられる度、確かな快楽の波が襲ってくる。 諸葛亮の舌の侵入を防ぐように、ぎゅっと引き結んでいた唇もいつの間にか緩んでいた。 その隙を縫って諸葛亮の舌が差し込まれ、趙雲のそれを絡め取ってしまう。 「んん……嫌……です……止めて下さ…」 口付けの合間に趙雲は眉根を寄せ、苦しげに告げる。 しかし諸葛亮は心外だというように肩を竦めてみせた。 「嫌だという割りに、しっかりと貴方の身体は反応しているではありませんか。 昔を思い出したのではないですか? 最近執務が忙しすぎて精を発散させる時間もないのですよ。 お優しい貴方のことだ、憐れみの心でもって、喜んで相手をして下さるでしょう?」 諸葛亮はうつ伏せになっている趙雲の身体を仰向けに引っくり返すと、その上に圧し掛かる。 「本当は寝台まで運んで差し上げたいのですが、流石に私にそんな力はない。 申し訳ありませんが、床で我慢して下さい」 言葉の内容とは裏腹に、全く悪いとは思っていないような冷めた口調だった。 趙雲の腰帯を解き、緩んだ袷の部分から手を差し入れる。 胸を優しく撫でながら、首筋へと唇を落とす。 「う……くっ…」 堪らない心地良さが駆け巡ってくるのに、趙雲は再び必死で唇を噛み締める。 決して声を漏らすまいと。 「気持ち良いのでしょう? 声を出しでも構わないのですよ」 くすくすと諸葛亮の忍び笑う声に、趙雲はゆるゆると頭(かぶり)を振る。 趙雲は諸葛亮の齎す快楽に飲み込まれまいと、懸命に自我を保とうしていた。 ―――間違いない。 霞む意識の片隅で、趙雲は確信する。 身体の自由を奪う薬と共に、媚薬のようなものも料理か酒に混入されていたのだろうと。 そのせいで、意志に反して、諸葛亮の愛撫に反応してしまうのだ。 しかしそれに気付いた所で、今の趙雲には為す術がなかった。 ただ我を失うまいと必死に耐える以外は。 諸葛亮は趙雲の様子から、もうすぐ完全に堕ちると確信していた。 異国の地より手に入れた妖しいその薬の効果は絶大だったようだ。 趙雲が媚薬を混入されたことに気付いたとて、最早あとのまつりであるのにと。 趙雲はそれでも諸葛亮から逃れようというのか、床に震える右手を伸ばす。 「無駄ですよ」 そう趙雲の耳元に囁きかけた時だった。 「っ!」 何かに耐えるような短く鋭い声が、趙雲から発せられる。 と、同時に立ち昇ったのは―――血臭。 はっとして諸葛亮が身体を離す。 趙雲の噛み締めた唇からは血が流れ、そして床に伸ばされていた彼の握り締めた右手からも血が溢れ、周囲を朱色に染めていた。 「何を……!?」 諸葛亮が初めて驚愕した表情を作る。 趙雲の手の周りに散らばった陶器の破片を見て、諸葛亮は状況を理解する。 先程趙雲が倒れた際に砕けた器―――それらを己の掌に趙雲はを握り込んだのだと。 今もまだ強く拳を握ったまま、趙雲は血を流し続けている。 何故彼がそんなことをしたのか。 考えるまでもない―――自我を保つために、自らに痛みを与えたのだ。 「お止しなさい、趙雲殿。 そんなことをしても私はこの行為を中断したりはしませんよ。 素直に快楽に身を任せた方が、貴方も楽でしょうに」 すぐに我を取り戻した諸葛亮が、またもや冷酷な笑みを敷く。 しかし趙雲もまた笑ったのだ。 苦しそうな短い呼吸を繰り返しながらも、はっきりと笑みを見せる。 何処か余裕を漂わせているような。 「何を考えているのです?」 諸葛亮は趙雲の笑みを見て、眉根を寄せる。 それに応えるように、今度は左手を床の上に伸ばすと、一際先端の尖った破片を手に取る。 趙雲はそれを右手のように握り込むことはしなかった。 諸葛亮の目がすっと細まる。 「私をそれで殺す気ですか? 今の貴方の状態ならば、貴方が私の首筋をそれで裂く前に、私は貴方の手を捕えることが出来ると思いますよ。 試してみますか?」 「貴方を……殺しは…しません。 貴方はこの国に……必要な方です。 これは―――」 右手の痛みにより少し感覚が戻っていた趙雲は、最後の気力で左手を持ち上げる。 そして素早く己の首筋目掛けて振り下ろした。 「!?」 辺りがまたもや濃い血の匂いに包まれる。 ぼたぼたと滴る血が、趙雲の首筋を染めていた。 しかしそれは―――趙雲から流れ出た血ではなかった。 趙雲の首に突き立てられる寸前で、尖った先端を握り込んで趙雲の左手を押し止めた別の手から流れ出たものだった。 「どう……して…」 呆然と呟く趙雲に、その手の持ち主―――諸葛亮が首を振る。 「それは私の台詞です……。 どうして、貴方が死のうとするのです? あなたにとって、男と身体を重ねることなど大した意味はないのでしょう? そこまで私のことがお嫌いですか? 最早同情を寄せることもできない程に」 趙雲はそこであの別れの日に見せたのと同じ、寂しそうで悲しげな目になる。 「私は決して……同情などで…男に抱かれたりはしません……。 相手のことを……特別に思っているからこそ…身体を合わせたいと…思うのです。 そうでないならば…こんなことは……ただの辱めに過ぎない。 私はそれを平然と受け入れる……ことなど到底できない―――死んだ方が…ましです」 「貴方はそこまで馬超殿のことを本気で―――」 諸葛亮の顔に乾いた笑みが浮かぶ。 自分の時と違って、趙雲は同情などではなく馬超のことを心底愛しているのだろう。 馬超以外の男に抱かれるくらいならば、死んでしまってもいいと思うほどに。 劉備も、その大義も、この国も―――全てを捨ててまで。 そうしてここに至って、諸葛亮は理解した。 趙雲に対する憎しみに包み隠されていた気持ちに。 本当は趙雲の馬超への想いの深さに気付いていた。 心に宿ったこの歪んで仄昏い炎は、それを感じた時に燈されたのだ。 自分では得ることの出来なかった趙雲の心を、馬超が得たことに対する嫉妬故に。 そして嫉妬を感じるのは、趙雲のことを今でも特別に想っているから。 決して返されることはないと知りながら。 しかし、趙雲は諸葛亮の心の内を見透かしたように首を振った。 「貴方は……思い違いをされている……。 私は貴方とも……同情で身体を重ねたことは、一度もありません…。 貴方のことをとても愛して……いたからこそです」 「ならば何故、私が別れを告げた時にそれを言ってはくれなかったのです!?」 信じられないとばかりに、諸葛亮は声を荒げる。 あの時、彼はただ黙っていただけだったではないかと。 「あの時の貴方の目は……もうどんな言葉も拒んでいました……。 私が本心を告げれば……貴方は信じてくれましたか? 私は……何も言えなかった」 諸葛亮はそれに対し、返すべき言葉を持っていなかった。 趙雲の言っていることは正しい。 疑心暗鬼に陥っていたあの時の自分には、どんな言葉も受け入れることは出来なかったのだ。 どうして自分は彼の手を離してしまったのだろう。 何故彼の寄せてくれる想いを、本当のものだと信じられなかったのだろう。 今更悔やんだところで、最早遅い。 愚かなのは己の方。 「貴方のことを愛しています」 ずっと伝えることの出来なかった言葉が、涙と共に諸葛亮から紡がれる。 「ありがとう……ございます…。 私も……貴方のことを…愛していました―――」 似ているようで、決定的に異なる二人の台詞。 現在と過去。 互いが相手に抱く感情の違い。 それが深く諸葛亮の胸を刺す。 この痛みこそが罰なのだろう。 それは諸葛亮の心に一生抜けない棘として、存在し続けるのだ―――。 written by y.tatibana 2008.01.19 |
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