100題 - No45
注:この小説は読まれる方によって結末の受け取り方が
異なると思います。(多分)
なので、白黒はっきりした結末がお好きな方は、
読まれない方が宜しいかと思います。

夢の中
俺の腕の中に横たえた身体を預け微睡んでいた子龍の瞼が微かに震え、そっと持ち上げられる。
漆黒のその瞳はしばし宙を彷徨った後、俺の顔を捉えた。
ふっと子龍の表情が和らぐ。
俺は何も言わず、子龍の髪を撫でる。
しばらく俺にされるがまま、子龍もまた黙して身を任せていた。

「夢を……見ていたよ…」

やがて、擽ったそうに目を細めた子龍がぽつりと呟く。
「どんな夢だ?」
俺が尋ねれば、子龍はふと遠いどこかを見るような視線になる。
その夢をなぞるように。

「殿が天下を統一されるんだ。
殿の傍らには関羽殿と張飛殿がいて……咲き乱れる桃の木の下で祝杯を挙げていた。
軍師殿も伯約も魏延殿も……皆が揃って笑顔だった。
戦乱の世の終幕を喜ぶ民衆の声が辺りに響いていた―――
子龍はとても穏やかな表情のまま静かに語る。
俺はそんな子龍を腕に抱き、空いた手でやはり髪を梳き続けていた。
「私と孟起は皆から少し離れた場所で酒を酌み交わしていた。
喜ぶ皆の姿を肴に、ただ言葉もなく静かにな。
するとお前は前触れもなく突然私に向かって言った…何を言ったか分かるか?」

俺は疑問を表すように眉を上げる。
考えてはみるが、子龍の夢の中の俺が何を話したかなど想像もつかない。
ややして俺はゆっくりと首を振る。
「いや……分からないな。
一体俺は何を?」
するとくすりと子龍は小さな笑みを漏らした。
「どこか静かな所で二人で暮らさないか?―――って真剣な顔して。
小さな村で畑を耕し、子供達に武術でも教えながら…ゆっくりと流れる時を共に過ごしていこうって私に言うんだ。
夢の中でも唐突な奴だよ、お前は」
―――それでお前は何て答えたんだ?」

子龍は一度目を伏せる。
夢で返した答えを思い出そうとしているのか。
それともその答えを覚えてはいるが、それを俺に伝えるか否かを思案しているのかもしれない。

しばしの逡巡の後、子龍は再度視線を俺へと戻す。
そして……、

「秘密」

そう言って、悪戯っぽい微笑みを浮かべた。
幼子のような無邪気さで。
俺だけに見せてくれるその表情。

「孟起……」
「ん?」
「もう少し…眠ってもいいかな……?
どうしてだろう…酷く眠いんだ。
お前の腕の中は何故だかとても安心する…」
眉根を寄せ、俺は子龍を抱く腕に力を込めた。
「あぁ…」
頷く俺の頬に、瞳を閉じかけていた子龍が手を伸ばしてくる。

そこを濡らすものを拭って、子龍は微かに首を傾げた。
「泣いているのか…孟起?」
「……幸せだと思って―――こうしてお前と一緒にいれて」
「可笑しな奴……やっぱりお前はいつも突然だな。
夢でも現実でも」
「お前は俺といて幸せか?」

すると子龍はついさっきと同じ微笑みを浮かべて、

「秘密」

再び同じ言葉を繰り返した。


微笑んだ子龍はとても満ち足りているようだった。
そう見えるのは俺の願望だろうか。
俺には聞かずともお前の答えが分かるとそう思うのは俺の自惚れだろうか。
夢の中で返した答えも。
今の俺の問い掛けへの答えも。

「あの夢……正夢になればいいな。
そうしたらお前に答えを教えてやるのに―――

最後の方は消え入るような小さな声だった。
そのまま子龍は静かに瞳を閉じる。
その子龍の頬に俺の瞳から溢れた雫が―――二滴…三滴と落ちる。

「お休み…子龍。
ゆっくりと眠るといい。
俺が傍にいるから―――ずっと……」






written by y.tatibana 2004.06.04
 


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