100題 - No27 |
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馬超が目を覚ましたとき、まだ霞む意識の中で感じた違和感。 必要最低限のものしか置かれていない整然とした、生活感のないその部屋。 馬超の自室ではなかった。 けれど、この部屋を馬超は良く見知っていた。 ―――俺は何故ここにいる…? 段々と覚醒してくる頭の中に浮かぶ疑問。 それでも起き上がることはせず、ごろりと寝返りをうつ。 「!?」 その瞬間、馬超の心臓は驚きで止まりそうになる。 眠気もどこへやら…そんなものは一気に消し飛んだ。 馬超の目の前には、目を閉じ安からな寝息を立て眠っている趙雲が馬超と同じように横たわっていた。 ほんの僅か首を伸ばせば、唇が触れ合いそうな程の至近距離。 こんな風に趙雲の顔立ちを間近で見れば、その整った造作に改めて魅入ってしまう。 趙雲に友情以上のものを抱くようになったのはいつの頃からだろうか。 蜀に降った当初、周りと馴染もうとはしない馬超になにかれとなく、心を砕いてくれたのは趙雲だった。 やがて馬超は趙雲に心を許すようになり、二人は良き友となった。 だがいつの間にか、それだけでは馬超の心は満足できなくなっていた。 趙雲が他の人間と親しげに話しているのを見ると、嫉妬が募る。 自分だけを見て欲しいという想いが溢れてくる。 そして…触れて、口付けて―――抱きたいという気持ちが日増しに強くなっていた。 けれど趙雲は自分がそのような想いを抱いていることなど、気付いてはいないだろう。 もし知られれば、趙雲は恐らく戸惑うに違いない。 嫌われてしまう……離れていってしまうかもしれない。 想いを告げて今の関係が崩れるくらいなら、このままが良い。 この気持ちはずっと秘めておこうと―――そう決めていた。 昨夜は趙雲に誘われて、城下に酒を飲みに行った。 狭い店で並んで飲むうちに、互いの肩が触れ合って、馬超は高鳴る鼓動を抑えようと随分と飲んだ。 だが…そこからの記憶がない。 今の状況から察するに、どうやら酔いつぶれた馬超を趙雲が自らの屋敷に運んできてくれたのだろう。 馬超は再び趙雲をじっと見つめる。 こうやって眠る趙雲を見る機会など、恋人でもない馬超にはなかったから―――。 しかっりと焼き付けておこうと、馬超は愛しげな眼差しを趙雲へと注ぐ。 一枚の掛布を二人で分け合って横になっていると、まるで恋人同士のような錯覚に陥ってくる。 無防備な趙雲の寝顔に引きよせらるように、馬超は彼の頬にそっと触れた。 その瞬間―――。 「ん…」 趙雲が小さく声を漏らし、その体が微かに身じろいだ。 馬超は慌てて手を引き、起き上がる。 その勢いで掛布が寝台から滑り落ち、その外気の冷たさに馬超は思わず身震いをした。 二日酔いの為か、ズキズキと頭が痛む。 だが目にした光景が、馬超を再度凍りつかせる。 寒いのは今の季節を考えれば当たり前のことだが、問題はそれなのに馬超が何も身には纏っていなかったこと。 そして馬超が何よりも驚いたもの―――。 それは趙雲もまた一糸纏わぬ姿でそこに横たわっていたから―――。 馬超は目を見開き、やがてゆるゆると首を振る。 ―――まさか俺は……。 痛む頭を抱え、馬超は懸命に記憶を辿る。 だがいくら思い起こしてみても、やはり大量に酒を呷った後のことは何も浮かんではこない。 と、その時……くしゅんと小さくくしゃみをして、趙雲の目がようやく開かれた。 視線をさ迷わせ、やがて馬超の姿を捉えると、ゆっくりと趙雲もまた寝台に身を起こした。 だがまだ半覚醒状態のようで、趙雲は眠そうに目を瞬いている。 いつもはきつく結われている趙雲の黒髪が、武将とは思えぬ白い肌に映えて、とても美しかった。 思わず見とれてしまった馬超だったが、趙雲の首筋に幾つかの赤い痕を見つけるに至って、現実に引き戻された。 ―――やっぱり俺は…酔った勢いで子龍を……。 「子龍!!」 馬超は趙雲の肩を掴み、とにかく彼の目をしっかりと覚まそうと激しく揺り動かす。 話はそれからだ。 だが、途端に趙雲の表情が苦しげに歪んだ。 「―――痛っ…」 腰に手をやり、趙雲がうめく。 「!!] もう真実を確かめるまでもない。 それは馬超にとってもはや決定打といえた。 「す…すまぬ!!子龍!」 姿勢を正し、両手を寝台につくと、馬超は深々と頭を下げた。 「孟起…?」 戸惑ったような趙雲の声。 「酔いに任せて俺はお前を……。 お前、面倒見がいいし、優しいから―――拒めなかったんだろ? 謝って済むようなことではないのは分かってる…だが……本当に悪かった!」 もう何もかもおしまいだと馬超は項垂れる。 ずっと秘めておくつもりだった想いが、よもやこんな形で噴出しようとは思ってもみなかった。 恐らく趙雲の身も心も深く傷つけてしまったに違いない。 もう友としても、今までのようには過ごせはしないだろう。 馬超は己の不甲斐なさに、自身を殴りつけたい気分だった。 趙雲は押し黙ったままだ。 馬超は死刑宣告を待つ罪人のごとく、俯いたまま趙雲の反応を待っている。 すると―――……。 「あははは!!」 盛大な声を上げて、趙雲が笑い出した。 弾かれたように馬超が顔を上げると、幻聴などではなく、趙雲は心底おかしそうに笑っていた。 呆気にとられている馬超を余所に、ひとしきり笑った後、趙雲は馬超の背を軽く叩く。 「お前…物凄い勘違いをしているぞ。 昨日お前が酔った挙句、私に襲い掛かった……とか思っているみたいだが、そんなことある訳ないだろう。 仮にそんなことになったとしたら、いくら私でも酔っ払いに大人しく抱かれてやるつもりはない」 「いやしかし……俺たちのこの姿といい、お前の首筋の痕といい―――。 さっきもお前腰が痛いって……」 やれやれと趙雲は肩を竦めてみせる。 「お前、本当に何も覚えてないんだな。 昨日はお前が酔いつぶれて、私の屋敷に連れ帰ってきたんだが、お前があんまりにも寒い寒いって喚くから、仕方なしに私が暖めてやったんだ。 人肌が一番温かいというし。 飲みに誘ったのは私だし、風邪でも引かれたら寝覚めが悪いからな。 首筋の痕は季節外れの虫に刺されたからで、腰が痛むのは鍛錬中に痛めたのだと昨日話しただろうが」 「―――本当に…?」 疑わしげな視線を投げかけてくる馬超に、趙雲はほとほと呆れ返った様子だ。 「嘘などついてどうするというのだ。 だいたい酔ったからって友である私に欲情する程、お前は不自由をしているのか?」 趙雲を抱きたいと思っているのは本当だが、そんなことを口に出せるはずもなく、ぶんぶんと馬超は大きく首を振る。 どうやら趙雲とは何でもなかったらしいと知り、馬超は胸を撫で下ろす。 だが、それと同時に湧き上がってくる不安……。 「―――俺、お前に何か妙なこと言わなかったか?」 趙雲と間違いは起こさなかったにせよ、自分の秘めた想いを口にしてしまったのではないか。 だが馬超のそんな懸念も趙雲は否定した。 「別に……何も。 大声で妙な歌を歌い出したくらいだな」 この際どんな妙な歌を歌ったとしても、そんなことは気にもならなかった。 今度こそ本当に馬超の心は晴れ渡った。 「とにかく迷惑を掛けたことには変わりはない。 すまなかったな、子龍」 改めて礼を述べると、趙雲は照れたように微笑んだ。 「水臭い事いうなよ、孟起。 ―――さぁ、二日酔いで辛いだろうが、顔でも洗ってすっきりしてこい。 そろそろ出仕の時間だ」 趙雲に促され、馬超は頷き、寝台から降りると身支度を整え始める。 趙雲の姿を視界にいれないように趙雲に背を向けて。 疑念が晴れた途端、意識に入り込んでくる趙雲の姿。 趙雲は全く気にしていないのか裸のままで、馬超にとってはそれが余りにも魅惑的過ぎるのだった。 必死に理性で欲望を押し留め、馬超は逃げるようにして部屋を出て行った。 一人残された部屋で、趙雲はクックッと押し殺した笑いを漏らす。 実は趙雲はひとつだけ嘘を吐いた。 本当に昨夜、馬超が趙雲を酔いに任せて抱いたというような事実はない。 だが、馬超が何も言わなかったというのは嘘だった。 屋敷に帰り着いた時、趙雲は馬超を寝台に導いた後、水を取りに行こうと踵を返した。 その趙雲の手を掴み、引き寄せ、馬超は趙雲を強い力で抱きしめた。 そして。 「好きだ…子龍」 そう熱っぽく囁きかけたのだ。 馬超の自分に対する態度の変化には、その前から気付いていた。 馬超自身は隠しているつもりらしいが、趙雲からみれば一目瞭然だった。 だから特別その告白に驚きもしなかったが、必死に隠そうとしている馬超が可哀想な気がして、何も言わなかったと嘘をついた。 「なぁ…孟起。 いつになったらお前は、ちゃんと私にその想いを伝えてくれる?」 馬超の出て行った扉を見つめ、優しく微笑んで、趙雲は呟く。 ―――私も同じ気持ちだよ。 そう趙雲が応えを返せるのはいつのことなのだろうか? それはまた、馬超が知る由もない、趙雲の秘めた想い―――。 written by y.tatibana 2003.10.24 |
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