100題 - No24 |
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この所とみに多忙を極めている蜀の丞相諸葛亮は、今日もあちこちを忙しそうに動き回っていた。 その諸葛亮に偶然出くわした趙雲は「何か手伝うことがあれば…」と申し出た。 すると「将軍ともあろう方に頼むことではないのですが……」と申し訳なさそうにしつつも諸葛亮は趙雲に、丞相府の自室にある書物を書庫に戻してもらいたいと願い出た。 趙雲はそれを快く了承して諸葛亮の自室にやって来たのだが―――。 机上に積み上げれた書物の山を見て、趙雲は大きく溜息を吐く。 確かにこれでは机が物置と化していて、書き物などは出来ないだろう。 それにしてもこれほどの量とは……。 いかに諸葛亮が勤勉でかつ忙しい身であることが分かる。 ―――少しは休息も必要だと進言した方が良いのやもしれぬな…。 感嘆とも呆れが混ぜ合わさったような気持ちになりつつ、趙雲はそれらの書物を腕に抱えだした。 どうにか一気に書物を抱えたはいいものの、積み重なった書物で前が見えない。 それでもそろそろと歩き出した趙雲は体を使って扉を開け、回廊に出た。 ちょうどそこにいた文官の一人がそれに気付いたらしく、慌てて趙雲に駆け寄ってきた。 「趙将軍!そのようなこと我らが致します故…」 「いや、構わぬさ。 そなた達も随分と忙しいのであろう? 軍師殿を見ていれば分かる」 「で…ではせめて半分なりとも私が運びます。 そのご様子では前もご覧になれないではありませんか…」 「大丈夫だ、気にすることはない。 頼まれたのは私だからな」 戸惑う文官をそのままに、視界が遮られている為ゆっくりとした足取りで趙雲はまた歩き始めた。 どうにも趙雲は自分で何でもしなければ気が済まない性質だった。 他の将軍達に比べて屋敷にいる家人も極端に少ないし、普通ならば部下に任せるような雑事も自らこなす。 他人を信用していない訳ではないが、人の手を借りたり助けを求めることがどうにも苦手なのだ。 自分のすべきことに助けを受けることが「借り」を作っているような気がしてならない。 それが酷く精神的に負担に思える。 それを考えれば、少々無理をしてでも自分で動いた方が余程気が楽だ。 頼りなげな歩調で歩くこと暫く―――。 急に視界が開け、腕に感じていた重みが軽くなる。 驚いて立ち止まった趙雲の横に立っていたのは、馬超だった。 趙雲が抱えていた書物の半分ほどを持って、呆れた様に趙雲を見ている。 「―――書庫に運べば良いのですか?」 問い掛けに趙雲は馬超を睨みつけた。 「それを返せ……貴殿の助けなど必要ない」 しかし馬超は肩を竦めてみせただけで、そのまま趙雲の言葉を無視して歩き出した。 「待て!余計なお世話だと言っているのが分からないのか!?」 慌てて後を追ってくる趙雲に、馬超は微かに笑った。 「助けを求めることが。それ程までにお嫌いですか? ご心配なさらずとも、これは俺が一方的にしていることなのでお気になさらず……。 愛しの貴方が壁にでもぶつかって、怪我でもしたら大変ですから」 逆に趙雲の表情はより険しいものになる。 「私をからかうのもいい加減にしないと、叩き斬るぞ……。 私はそれ程気の長い方ではないのでな」 顔を合わす度に馬超は趙雲に好意があると言って憚らない。 趙雲はそれを本気だなどとは思ってはいない…迷惑なことこの上なかった。 しかもそんな馬超の言動は今ではすっかり周りにも広がってしまった。 つい先日も張飛に、 「応えてやればいいだろうが。 男同士なんて戦場じゃ珍しくもなんともないんだし。 それが嫌ならせめて一回くらい抱かせてやれよ……減るもんでもねぇしな」 などとニヤニヤと冷やかされたものだから……いよいよ我慢も限界にきていた。 「からかってなんていませんよ……。 俺は心の底から貴方の事が好きなんです。 つれない人だ……いい加減信じてくれないと実力行使にでますよ」 怒りで二の句が告げない趙雲を面白そうに見遣って、馬超はさっさと足を進め回廊の突き当りを書庫の方へと曲がっていった。 しばらくして何とか怒りを納めた趙雲が書庫のたどり着いた時には、もうそこに馬超の姿はなく、彼が趙雲の腕の中から持っていた書物の半分だけが残されていた―――。 その戦いで、趙雲は少数の麾下と共に敵の伏兵に包囲されていた。 圧倒的に不利なその状況。 何とか今は凌いではいるが、時間の問題かと思われる。 「趙将軍!馬将軍に助けを求めましょう。 馬将軍の部隊ならここから左程離れてはおられませぬ。 私が何とかここを突破してお知らせに参ります!」 と、兵の一人が願い出たが、趙雲は強く首を振る。 「必要ない!」 自分の見通しの甘さで招いた結果に、誰かの手を借りるなど趙雲には許せなかった。 まして助けを求めるが、あの馬超であるなら尚更に。 だが、配下の兵達だけは何としてでも逃すつもりだった。 「私が道を切り開く。 お前達は行け―――その間くらいなら私だけ敵を塞げるだろう」 「それでは趙将軍が……」 「躊躇している場合ではない…このままでは全滅だ。 行くぞ!」 言うや否や趙雲は敵の中に突撃し、敵兵をなぎ倒す。 その隙に趙雲の部下達が囲みを抜け、それを追おうとした敵兵を趙雲が押し留める。 そのまま孤立無援の状態で奮戦を続けていた趙雲だったが、流石に限界が近付いてきていた。 槍を持つ手に力が入らない。 だがその趙雲の耳に後方から駆けてくる蹄の音が届いた。 「趙雲殿!」 ちらりと振り返れば、馬超とその部隊の兵士達が向かってくるのが映った。 そこで形勢は逆転した。 駆けつけた馬超の部隊によって次々に敵が倒されていく。 「……何故来た?」 馬超の前でみっともない姿は見せたくはない。 趙雲は気力を振り絞り、前方の敵をなぎ払い、隣に並んだ馬超に問う。 「貴方の部下が知らせてくれたのですよ」 舌打ちしたい気分だった。 よりによってこの男に助けられるとは……。 「助けなど必要ない! 貴殿に助けられるくらいなら…私は……」 言いかけた趙雲の頬に痛みが走った。 馬超は今まで見たことがないくらいに真剣な表情だった。 そしてその瞳は明らかに怒気を孕んでいる。 趙雲が何を言おうとしたのか分かっているようだ。 「助けを求めることがそれ程までに恥ずかしいことですか!? 死ぬ方がマシだと本当に思っているのですか? 意地を張るのも大概にするといい!」 殴られた頬よりも何故だか胸が痛んだ。 馬超は大きく息を吐き、気を取り直すかのように武器を構えなおした。 「とにかく今は敵を倒しましょう。 言い争っている場合ではない……」 そして戦いは終わった―――。 馬超部隊の助けのおかげで、伏兵を殲滅させることが出来た。 だが自陣へ戻るその道のりでは、趙雲も馬超も互いに無言だった。 陣幕の前で二人は馬を降り、重苦しい沈黙を破るようにようやく馬超が口を開いた。 「先程は殴ったりしてすみませんでした。 ―――貴方を助けたのは他の誰でもなく俺の為です。 貴方にどう思われようと貴方がいなくなることなど俺には耐えられませんから…。 それでは」 くるりと踵を返した馬超をじっと何事かを考え込んでいた趙雲が呼び止める。 「馬超殿、待たれよ!!」 馬超がその声に振り向いた瞬間―――。 趙雲に胸倉を掴まれ引き寄せられる。 そして唇に感じる柔らかな感触。 趙雲に口付けられていると気付くのに、さしもの馬超もしばしの時間を要した。 重ね合わされた時と同じ唐突さで、趙雲の唇は離された。 面食らった様子の馬超に、趙雲は真っ赤になりながら指を突きつけた。 「こ…これで、以前の書物の件と今日の助けの借りは返したからな!!」 叩き付ける様に言って、趙雲はふいっと顔逸らすと陣幕の中に入っていった。 残された馬超はしばらくすると、徐々に可笑しさが込み上げてきて、クックッと笑いを漏らす。 ―――本当にどこまでも意地っ張りな人だ。 けれど馬超の耳にはしっかりと届いていた。 陣幕に身を隠す瞬間、趙雲が小さく呟いた―――、 「ありがとう」 という言葉が。 written by y.tatibana 2003.10.03 |
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