100題 - No10 注:魏延の外見は無双モードでお願いします。 |
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眉根を寄せ、城下を歩いているのは蜀が誇る五虎対象の一人……趙子龍。 何事かを真剣に考えているようで、行きかう人々に度々ぶつかっては我に返り謝るということを繰り返している。 「よぉ、子龍!」 そんな趙雲に後ろから声を掛けてきたのは同じく五虎大将の馬孟起だった。 思考が急に中断されて、趙雲はびくっと肩を揺らして振り返る。 「…なんだ、孟起か…」 「なんだとは随分なご挨拶だな…。 どうしたんだよ、お前。 えらく真剣に考え事してたみたいだけど」 「うーん、ちょっとな…」 どうにも歯切れが悪い。 「悩み事か? それなら相談にのるぞ。 友達なんだし、遠慮するな」 年齢が近いこともあってか、二人は仲が良かった。 性格は全くもって両極端だったが、不思議と気が合うのだ。 戦場では良き戦友として、平時には共に夜を徹して飲み明かすことも少なくない。 なかなか口を開こうとしない趙雲に、馬超はピンときた。 「さては…気になる女でも出来たな? 照れなくっても良いんだぞ、子龍。 そうか…お前も遂に……。 お前全然そういうことに興味なさそうだから心配してたんだよ。 いやぁ〜、良かったよ、ほんと」 などと一人で納得している馬超に、趙雲は首を振って否定する。 「…違う。 お前ではあるまいし、そんなことならばこれ程悩まん」 そう異性関係が派手で、噂に事欠かないのは馬超である。 趙雲はといえば、そういった類のことが人の口に上ることは皆無である。 きっぱりと言い切る趙雲に、馬超はがっくりと肩を落す。 「そんなことって…お前なぁ……。 もうちょっとお前も遊んだ方が良いと思うぞ。 ―――まぁいい…それは置いといてだな……、じゃぁ何をそんなに悩んでるんだよ?」 「悩んでいるというよりも…ずーっと気になっていることがあるんだが……」 「うん?」 そして次の一言に馬超は固まった。 「―――魏延殿の仮面の下ってどんなだと思う?」 「―――は?」 「いやだから、魏延殿の素顔って気にならないか?」 冗談でも言っているのかと思ったが、趙雲の顔は真剣そのものだ。 魏延といえば、黄忠と共に蜀に帰順した武将で、五虎大将に勝ると劣らない武の持ち主である。 だが……彼はその顔の上半分を仮面で覆いっているのだ。 口数もまた少なく……何より口調がかなりぎこちない。 恐らく誰もがそんな奇異な魏延のことが多かれ少なかれ気になっているだろう。 けれど…それには全く関心がないように装っている。 暗黙の了解とでも言おうか…何故だか触れてはいけないような気がしてならないのだ。 そんなことをしようものなら、何かとんでもなく恐ろしいことが起こりそうな―――。 「殺ス……」 とか何とか後ろからひっそりと囁かれて…その後は……。 想像してぶるぶると震えている馬超に、趙雲は一向に気付かないようだ。 「素顔だけじゃなくって、何で仮面つけているんだろうとか、何でああいう口調なんだろうとか……。 最初に魏延殿とお会いしたときからずっと気にはなってたんだ。 けど、誰も何も言わないし、気になっているのは私だけなのかな?」 いや……違うぞ、子龍。 皆触れないようにしてるんだよー! 下手に触れたら呪われそうで怖いから……。 と、言ってしまって良いものか。 この純粋で真っ直ぐで―――そして完全なる天然の友人に。 「どうしたんだ、孟起? 急に黙り込んで…」 馬超の心の内など知る由もない趙雲はきょとんとした目で馬超を見つめている。 馬超は深く溜息を吐くと、趙雲の肩にポンっと手を置く。 「…悪いことは言わん。 触らぬ神になんとやらだ。 その疑問はお前の心の中にだけそっと留めておけ」 「何故?」 心底不思議そうに小首を傾げる趙雲に、馬超は言葉に詰る。 「え……何故って……うーん…。 ―――だいたいお前、魏延殿のこと不気味……いや、恐ろしいとかって思わない訳?」 「全然。 孟起は恐ろしいのか、魏延殿のこと? 神秘的で奥深そうな人じゃないか。 …だからこそ色々とすごく気になるんだよ…あの人のこと」 そんな風に思っているのは三国広しと言えどもお前くらいだよ! うーん…と唸ってまた何かを考え込み始めた趙雲に、馬超は思わず心の中で突っ込んでしまう。 「決めた!」 趙雲ががばっと勢い良く顔を上げる。 「ここで色々考えていても分かる筈ないし、真実を知る為には直接本人の所に行ってみるべきだよな。 ではな、孟起!」 「―――えっ!? ちょっ…子龍!」 馬超が止める間もなく、趙雲は手を振って走り去ってしまった。 だ…誰か…、子龍の暴走を止めてくれ―――っ! 後に残された馬超は心の叫びと共にただ呆然と、その後姿を見送るしかなかった……。 手土産の酒を片手に趙雲が魏延の館を訪れたのは夜の帳が下りる頃。 応対に出てきた家人は、趙雲と年嵩の変わらぬ涼しげな目元が印象的な青年だった。 青年は趙雲に申し訳なさそうに頭を下げる。 「申し訳ございません…。 主人は体調が優れないと申しまして、もう休んでおりますが…」 「左様か…。 お悪いのかな…魏延殿の具合は?」 「いいえ…大したことはございません。 それよりも趙将軍に折角お越し頂いたといいますのに―――」 恐縮して小さくなっている家人の青年に、趙雲は柔らかい微笑を向けた。 「いや……約束も無く突然お訪ねした私が悪いのだ。 魏延殿にはどうかお大事にとお伝え下され」 そのまま立ち去ろうと歩き出した趙雲だったが、はたと何かを思い立ったらしく、門前で踵を返した。 「折角だから共に飲まぬか?」 言って、右手に携えていた酒瓶を眼前に掲げた。 家人は目を丸くして驚いてる。 「とんでもございません! 私如きが趙将軍と共に飲むなどと……。 主人に酷く叱られます」 「魏延殿には私が無理矢理そなたを誘ったと正直に申せば良い。 私が飲みたいのだ、付き合え」 趙雲の言葉に、青年は不承不承といった感じで頷く。 「―――承知致しました…どうぞ」 趙雲を館の一室に通した青年は、趙雲が座すのを見届けると、手早く杯と肴の準備を整える。 向かい合い、互いの杯に酒を満たす。 しかし青年は随分と恐縮しているようで、俯いたまま杯に手を伸ばそうともしない。 「あまり畏まらないでくれ。 私はそのようにされる程、たいした人間ではないぞ」 苦笑する趙雲に、青年は激しく頭を振る。 「趙将軍と言えば、この国の要である五虎大将のお一人です。 私には雲の上のようなお方です…」 「ふむ―――、では今は私を趙雲だと思うな。 見たところ私とそれ程年も違わぬようだし…、友人だとでも思ってくれ」 「そんな無茶な…」 けれど、青年はようやく顔を上げて微かに笑った。 「―――面白い方ですね、趙将軍は」 「そうなのか? 私はいつでも至って真面目なのだが…。 孟起にはよくボケてるだのズレてるだの言われるがな」 趙雲は肩を竦めて見せ、杯の酒を仰ぐ。 「―――それで今日はどうなされたのですか? 主人の元に誰かが訪ねて来られることなどございませんので…」 「うーん、魏延殿と急に飲みたくなって…と言っても信じてはくれぬだろうな。 いや飲みたかったのは本当なのだが……色々と魏延殿にお話を伺いたくてな」 「話…ですか?」 「あぁ…、魏延殿の仮面のこととか、その下の素顔のこととか…」 途端に青年の表情が強張った。 「―――それを知ってどうなさろうというのです? 第一、どうしてそのようなことを知りたいとお思いになられるのですか?」 尋ねる青年の声は低い。 主人である魏延の事を探ろうとしている趙雲の真意を測りかねて、明らかに警戒しているようだった。 だが、それに対する趙雲の答えは明朗だった。 「興味があったから」 とただ一言。 「えっ?」 「ただ興味があって知りたくなった…それだけだ。 他に何かあるのか?」 趙雲は面食らっている様子の青年を不思議そうに見遣る。 暫くの沈黙の後、青年は耐え切れなくなったようで大声で笑い出す。 そうしてひとしきり笑った後、青年は改まったように一つ咳払いをする。 「―――失礼致しました…。 それにしても貴方という方は…本当に面白い。 主人のあの人となりに関して、主人が異質に見られていたり、快く思われていないことは存じておりましたが…。 そうもきっぱりと主人の事を知りたいとおっしゃった方は貴方が初めてです。 普通そのことをお尋ねになるにしても、もう少し尤もらしい理由をつけるものですよ」 「そういうものなのかな…? けれど、どんな理由を付けたところで、結局は興味あるから知りたいということではないのか? 興味のないことを知りたいとは誰も思いはしないだろう」 趙雲には自分の言った言葉のどこがそれ程面白いのかさっぱり分からなかった。 ただ思っていたままを口にしただけだ。 「それで私と飲もうと仰られたのですね? 主人の事を聞こうと…」 趙雲はまた躊躇することなくこくりと頷く。 「お噂どおり実直な方ですね…趙将軍。 嘘を吐かれたことなどないでしょう? 誰もがみな貴方のように裏表のない人間であれば良いのにと思います…」 呟くように言って、青年は初めて杯に口を付けた。 そうして再び静かに杯を置くと、真っ直ぐに趙雲を見た。 「―――主人のことをお知りになりたいのですよね? 私が知っていることで宜しければお話しましょう……」 青年が語り出した魏延の過去―――。 幼い頃、魏延の住んでいた村が盗賊に襲われたのだという。 盗賊達は略奪の限りを尽くしたにも係らず、それだけでは飽き足らずに村に火をかけたのだそうだ。 その時火に捲かれ、顔の上半分に酷い火傷を負った。 仮面をつけているのは、その醜く爛れた顔を隠す為。 そして熱風により喉を痛め、辛うじて声は出せるものの満足に話すことは出来なくなったらしい。 そんな容貌の魏延は人々から忌み嫌われ、そして虐げられ、今まで生きてきたのだという。 「私が主人から聞いた話はこれだけです―――」 言い終えると、青年は静かに目を伏せた。 「そうか…魏延殿は随分とお辛い人生を送ってこられたのだろう…。 ―――魏延殿に直接尋ねなくて良かった。 過去の古傷を抉るようなことにならずに済んだ……話してくれて感謝する」 趙雲は哀しげに瞳を細めて、向かい合う青年に頭を下げる。 「そんな…!? 私などに頭を下げないで下さい」 「そうだ!」 声と共に、いきなり趙雲は立ち上がった。 「???」 「知り合いに腕の良い薬師がいるのだ。 彼なら魏延殿の顔の傷や喉を癒せる方法なり薬を知っているかもしれぬ! 早速尋ねてみよう。 という訳だ…どうか魏延殿にはお大事にとお伝え願いたい。 ではな!」 趙雲は来た時と同じ唐突さで駆け去って行った。 暫く青年は呆然と立ち尽くしていたが、やがて声を殺して笑い出す。 そのまま青年はその部屋を出て、館の一番奥にある扉に手をかけた。 ただ一つの燭台に火が灯されただけの薄暗い部屋。 青年は笑いを押し殺したまま、窓際に置かれた文机に歩み寄った。 その上にのせられていたものにそっと触れる。 それは―――仮面。 燭台からの光を反射して鈍く輝いている。 それを手に取った時、青年の瞳は変化した。 趙雲を応対していた時の穏やかなものではなく、昏く冷たい光を宿したそれ。 口元に浮かぶ笑みもまた酷薄だ。 「―――趙将軍…貴方は素直過ぎる。 疑うという事を知らないのだな―――あのような作り話を真に受けて。 気に入ったよ…貴方がとても。 けれど―――」 ―――真実はただ私の中にだけあれば良い。 青年のその胸の内を知るものは誰もいない。 決して語られることのない真実―――。 魏延文長という名の男の真実はこの夜の闇のように光を浴びることはないのだから。 written by y.tatibana 2003.06.29 |
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