※この話は以前のイベントで無料配布した
「オロチ」&「オロチ魔王再臨」時設定の曹丕×趙雲になります。
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こちらへと静かに近付いてくる人影を、木の幹に体を凭せ掛け、腕を組んだ曹丕はじっと見つめていた。 ややして、曹丕の目の前に立ったのは端正な顔立ちの長身の男―――趙雲だった。 深い森の中。 辺りは静まり返り、周囲には二人以外の何者の姿もない。 ―――魏と蜀。 本来ならば敵対する関係にある二人だが、突如現れた異形の者達を倒す為、空間の捩れたこの歪な世界で共闘していた。 けれどその戦いもとうとう終わりを告げた。 この世界がこの先どうなるのか分らない。 元の形に戻るのか、それともこのままであるのか。 だがそれがどうなろうとも、遠呂智が討たれた今、もう手を携える必要はなくなったのだ。 二人は言葉を発することなく、ただ見つめあう。 曹丕の怜悧な瞳がすっと細まる。 すると常日頃からの彼の酷薄さがより一層増すようだ。 しかし趙雲はまるで動じない。 射竦められるようなその眼差しを、まっすぐに受け止めていた。 「どうだ?答えは決まったか?」 先に沈黙を破り、そう問うてきたのは曹丕だった。 それを受けて、趙雲の表情もようやく動き―――柔らかな微笑みが浮かぶ。 とても綺麗に。 そして一方では誘うように。 すると曹丕の瞳に常にある冷たさとは違う感情が揺らめいた。 その瞬間―――趙雲は曹丕へともう一歩足を進め、間合いを詰め、そして彼の唇へ己のそれを重ねた。 それは時間にすればほんの僅か、ただ触れ合わせるだけの口付け。 一瞬、曹丕が目を見開く。 と、同時に趙雲は腰から剣を抜き、曹丕へと迷いなく斬りつける。 しかし趙雲の手に肉を絶つ感触は伝わらず、キンッと金属の触れ合う高い音が静かな森に響いた。 趙雲が曹丕へと向けた刃は、曹丕の剣によって受け止められていた。 趙雲がそういった行動に出ることをまるで見透かしていたかのように。 けれど己の攻撃が防がれたことに、趙雲は別段驚いてはいなかった。 曹丕が趙雲の攻撃を予測していたように、趙雲もまた曹丕がこうして防御するであろうことは分っていた。 「これが答えですよ」 笑顔のままに、初めて趙雲が口を開いた。 「そうか」 短く応じる曹丕の声に落胆はない。 ただ淡々としている。 それもまた予測通りだったからだ。 曹丕は趙雲に言ったのだ―――「私と共に来い」と。 蜀の陣営で初めてその姿を見た時から魅かれていた。 気高く美しい蒼い龍に。 理由など分らない。 ただ手に入れたいと思った。 だが、そう容易く靡いてくれるとは思えなかった。 そしてやはり答えは否ということだ。 「ですが……口付けるくらいには、私も貴方に魅かれているということでしょう。 ただその気持ちが、劉備殿をお守りしたい……あの方の目指す仁の世の為に尽くしたいという気持ちには劣るというだけで」 不意の口付けは、自分を油断させる為だとばかり思っていた曹丕は、内心では驚いていた。 もちろんそれを表情には億尾にも出さないが。 それを知ってか知らずか、趙雲は剣を鞘に収めると、くるりと踵を返す。 「今はまだ」 そう一言言い残すと、そのまま趙雲はその場を後にした。 それを見送って、曹丕の口からはくく……と低い嗤いが漏れる。愉快で堪らない。 今はまだと趙雲は言った。 それは暗に、趙雲の自分への想いが、この先劉備への忠誠心を逆転する時がもしも来たなら―――自分のこの飢えに似た願いは叶うのだと暗に示しているのではないかと、曹丕はそう解釈した。 そう……元々簡単に手に入るとは思ってもいなかった。 そしてあっさり諦める気もまた更々無かったのだ。 どれだけ拒まれようとも、必ず手に入れるつもりだった。 だからこそ刃を向けられようとも、落胆などしなかった。 「覚悟しておくがいい……趙子龍よ」 そんな密やかな―――けれどどこか熱を宿した呟きは、森の中に呑み込まれていったのだった。 再臨した異形の者は再び倒れ、それによって齎された更なる混沌の世は終わりを告げた。 かの者が現れなければ、争っていた各国の兵士達が、今は互いに手を取り合って喜んでいる。 一度目の結束はその後破れたが、今はまたこうして一つになり、更に強大となったかの者を倒す事ができた。 だがその喜びよりも、これから先のことを考えている者がどれだけいるだろうか。 世界は今度こそ元の姿を取り戻すのか。 そして共通の敵が倒れた今、また互いに武器を交わし合う本来の関係に戻らねばならないのだということを―――。 周囲が歓喜に溺れる中、とある陣幕に設えられた質素な寝台の上で、絡み合う二つの影があった。 懸命に抑えているのだろうが、押し寄せる快楽に耐え切れない様子で、組み敷かれた艶やかな黒髪の男は甘い声を漏らす。 一方そんな男を組み敷き、思うがままに蹂躙しているのは、怜悧な瞳が印象的な男だ。 常日頃は感情の起伏が乏しい男だったが、今この時ばかりは額に汗が浮き、乱れる息が熱い。 抱かれているのは、蜀の将軍―――趙子龍。 抱いているのは、魏の太子―――曹子桓。 一度ならず二度共に戦うことになり、二人の距離は徐々に縮まっていった。 そしてその中でとうとう一線を越えた。 かの者が倒された今、その関係が永遠に続いていく―――そんな愚かなことを考えるほど、二人は若くなかったし、純粋でもなかった。 「私と共に来い」 そう言った曹丕の言葉に、趙雲は一度目は軽い口付けと刃で応え、二度目はこうして身体で応えた。 しかしそれは決して諾を意図するものではなかった。 互いの剣は枕元に置かれたままで、手を伸ばせば、いつでも届くところにある。 どれだけ唇を重ねあっても、互いの瞳が閉じられることはない。 「今はまだ」 口付けの合い間に一度だけ趙雲はそう吐息と共に漏らした。 もう直に終わりを告げる関係。 もしかすれば、だからこそ求め合ったのかもしれない。 いつ命果てるともしれない戦乱の世に生きる上で、何かに執着を持つことを良しとしない二人だった。 それは即ち生へと執着となり、致命的な隙を生んでしまうことになるかもしれないと知っている。 けれど、それが変わってしまったことを曹丕は自覚していた。 自分の身体の下で艶やかに乱れる蒼い龍を手に入れたいと渇望してしまった時から。 そしてそれはまた趙雲も―――。 しかし、別れはもうすぐそこにあった。 見つめ合う互いの瞳の中に、二人は何を見るのか。 曹丕の唇が、趙雲のそれへと重ねられる。深く、深く。 息も出来ないほどの激しさで。 互いに舌を絡ませ合い、相手の全てを奪いつくそうとでもするかのように。 今更言葉にすることの愚かしさを、二人は知っている。 だからこそ、こうして互いの唇を塞ぐのだ。 そうしてしまえば、もう言葉は紡げない。 ―――さよなら。 そんな馬鹿げた言葉は言わない、言わせない。 望むのはもっと別のもの。 互いに目を閉じ、身を委ね、武器もなく、ただただ情欲のままに求め合えるような。 けれどそれはまだ叶わない。 それならばそれで構いはしない。 労すればそれだけ、手に入れた時の悦びも大きなものだろう。 諦めはしない……最早そうできる筈もなかった。 一度唇を離し、曹丕は薄い笑みを敷き、趙雲もまた静かに笑った。 それだけで今は充分だった。 (終) written by y.tatibana 2012.02.17 |
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