jealousy


ゴシップ系雑誌の表紙を飾る「熱愛」の文字。
そこにはサングラスをかけた長身で金髪の男と、髪の長い女性らしき人間の後姿を写した写真が大々的に掲載されている。
『ガリュー またしても熱愛発覚! 美人女優と深夜の密会! 結婚秒読みか!?』
などと、特大のフォントが嫌でも目をひく。

「あー、また派手に撮られちゃったもんだねぇ」
事務所のソファにだらしなく座った成歩堂が、手にした雑誌をテーブルの上に置き、ため息混じりに笑う。
その向かいに座っていたみぬきは「えー、ショックー!」と声を上げ、食い入るようにその雑誌を見つめている。
みぬきにとってその写真の男は王子様なのだそうだ。
普段は大人びているのに、こんな時の反応はごく普通の少女らしい。

「この記事本当なのかな、パパ?」
「さぁ……。
実際のところどうなの、オドロキくん?」
そう突然話を振られた法介は、本棚の前で手にしていた書類を思わず落としそうになる。
それは辛うじて回避し、法介は背後を振り返り、ソファへと視線を移した。
「どうしてオレに聞くんですか?
オレが知る訳ないでしょうが!」
法介の返答にも、成歩堂は人の悪い笑みをおさめようとはしない。
「ふーん」
と、意味ありげな視線を寄越してくる。

(ま、まさか、バレてるなんてことは……)
法介は内心ダラダラと冷や汗を流しつつも、それはないはずだと首を振る。
正確には知られてなんていないのだと思いたかった。
熱愛スクープを撮られた男―――牙琉響也と自分が付き合っていることを。
二人の関係は当然誰にも知られる訳にはいかず、そんな素振りを見せたことは法介には一度もない。

が、そこで法介は響也の顔を思い浮かべる。
忙しいはずなのに、暇を見つけてはあの男はこの事務所にやって来るのだ。
成歩堂の存在は空気のように扱い、みぬきには差し入れと王子様スマイルを振りまき、そして法介にはからかいと過度のスキンシップを図ってくる。
そのことでもしや成歩堂に、自分達の関係で何か疑念の抱かせているのだろうか。
けれど、響也のそういったフレンドリーさというか、他人に対する友好的な態度―――但し成歩堂を除く―――は、出会った頃からそうであったし、付き合いだして突然始まった訳ではない。
従ってそのことで不審に思われているようなことはないはずだと思うのだが……。

(あんまり事務所に来るなって言っておかないとな。
だいたいそんな記事の真偽なんて、ホントに知らねぇし)
心の中でブツブツと呟きながら、法介が書類を棚に戻そうとしたその時、事務所の扉が派手に開いた。
法介は盛大に眉を潜める。
「やぁ、おデコくん!お嬢さん!」
キラキラという形容が相応しい爽やかな笑顔と共に、響也が現れたからだ。

「相変わらず、ぼくは視界に入っていないんだねぇ」
ぼそりと呟く成歩堂を当然の如く無視して、響也は手にしていた紙袋をみぬきへと差し出した。
「美味しいって評判のプリンだよ」
「わー!ありがとうございます!」
嬉しそうに受け取るみぬきを満足そうに見遣って、響也はテーブルの上の雑誌に視線を移す。
そしてふーっと妙に芝居がかった様子で、ため息を吐く。
「誤解しないでおくれよ。
こんな記事デマだからさ。
この時はマネージャや他のスタッフもいたし、ただ皆で食事をしようっていうことになっただけだよ。
それを都合よくぼくと彼女だけを写して、こんなデタラメな記事を載せられて、ぼくも迷惑しているんだ」

それを聞いてみぬきがぱっと顔を輝かせた。
「本当ですかー?
良かったー!
すっごくキレイな人でお似合いだとは思うんですけど、やっぱりファンとしては皆の王子様でいてもらいたいです」
「ありがとう、お嬢さん。
でもね、残念ながらぼくにはもうすでに心に決め……」
響也の言葉を中断させたのは、法介の無言の眼力だった。
調子に乗ってぺらぺらと余計なことまで話し出しそうになる響也に対し、それ以上言えばただじゃおかないという意思をありったけ込めて法介は彼を睨み付けていた。

「心に……なんですか?」
きょとんと首を傾げたみぬきに、響也は「いや、何でもないんだ」と慌てて首を振った。
法介の怒りを感じ取り、さすがに調子に乗りすぎたかと思ったのだろう。
しかし、法介がほっとしたのも束の間、響也の立ち直りもまた早かった。
「それじゃあ、この記事を読んでジェラシー感じてくれたんだ、お嬢さんは?」
「はい、もちろんです!」
「じゃあ、おデコくんは?」
突然、法介へと響也は問いかけてくる。

「いえ、全然!
どうしてオレが検事のスキャンダルでジェラシーなんて感じなきゃならないんです?
馬鹿じゃないですか」
全然という部分に殊更に力を込め、法介は素気無く言い捨てる。
すると響也は不機嫌そうに眉根を寄せた。
「バカって……酷いな。
どうしてキミはいっつもそうドライなんだ。
少しくらい妬いてくれたって―――ぼく達は恋……」
響也の言葉を遮るように、法介はごほんと大きく咳払いをして、彼を再び睨む。
響也が口を噤んだのを見届けると、手にした書類をようやく書棚に戻す。

そうして成歩堂とみぬきに向けて、
「オレ、買い物に出掛けてきますね」
と言い置くと、もう響也には目もくれず、法介はさっさと事務所を出て行ってしまった。
その後を追うようにみぬきが「あっ、みぬきもそろそろビビルバーにいかなくちゃ」と、慌しく出掛けてしまう。

結果、室内に残されたのは、響也と成歩堂。
もちろん響也は法介の顔を見たいが為に、ここに立ち寄ったのであって、成歩堂と親睦を深める気など更々なかった。
その法介には冷たい態度を取られた上、放っていかれるし、散々だ。
響也は苛立たしげに舌打ちして、無言で事務所を後にしようとした。

しかし、その響也に成歩堂が声を掛けてきたのだ。
「ここ最近、キミのスキャンダル報道が多いけど、もしかしてわざと撮られてるんじゃない?
カメラマンとか記者とかいるのが分かっててさ」
「……だとしたらどうだっていうんだい?」
不機嫌そうに問い返す響也に、成歩堂は小さく笑った。
「いやー、キミもカワイイところがあるねぇ。
オドロキくんにヤキモチを妬かせたいんだろう?」
成歩堂の台詞に響也はさらに表情を険しくする。

法介は未だにバレていないと思い込んでいるが、とっくに成歩堂には二人の関係は知れていた。
響也の方はそれを分かっているので、今更驚いているわけではない。
腹が立ったのだ。
図星を指されて。

ようやくのことで法介と恋人同士になれた響也だったが、法介は素っ気無いことが多い。
照れているだけなのかとも思うが、時折響也は不安に駆られるのだ。
彼は本当に自分のことを好きでいてくれるのだろうかと。
そんな法介の気持ちを確かめてみたくて、スキャンダル報道で彼の反応をみようと思った。
が、響也の期待は外れ、法介はやはりいつも通りドライだった。
響也にことの真相を訊ねてくるでもなく、腹を立てるでもない。
まるで興味がないかの如く、普段と一向に変わらないのだった。
そして今回もまたこれまでと同様の反応に、響也はがっくりと落ち込んでいた。
それを成歩堂にまんまと言い当てられて、面白い訳がない。

「あんまりバカなことしない方がイイと思うけどねぇ……」
法介に引き続き、成歩堂にまでバカと言われ、響也の機嫌は最早地の底を這っていた。
一刻も早くこの場を立ち去ろうと、足音荒くドアに向かう響也の背に、
「オドロキくん、ああ見えてモテるんだよ。
キミほどじゃないけどさ、年上の女性とかに受けがいいみたい。
可愛くて、母性本能を擽られるらしいよ。
こんなことばかり繰り返していると、愛想つかされちゃうかもね」
と、成歩堂の言葉が覆いかぶさる。

それを聞いた瞬間、響也の頬がぴくりと引きつった。
しかしそのまま無言で、響也は出て行った。

一人残った成歩堂は、またも小さな笑みを漏らした。
「あれでなかなか、オドロキくんは嫉妬深いと思うけどなぁ」
もちろんその呟きは、響也には聞こえる筈もなかった。





事務所を出た響也は、不機嫌なままバイクに跨ろうとしたが、視界の端に赤色を捕らえて動きを止めた。
見ればこちらに向かってくる法介の姿があった。
どうやら買い物を終えて戻ってきたようだ。
しかし、彼は一人ではなく、隣には三十代前後と思われる女性の姿があった。
二人は並んで親しげに会話を交わしている。

その法介の楽しそうな笑顔と先程の成歩堂の言葉が蘇り、響也の心はもやもやとした不快な感情で占拠されていく。
その感情の正体が何であるかは分かっている。
法介が自分以外の誰かに笑顔を見せるのが嫌だった。
気安そうなその雰囲気に腹が立つ。
そう―――これは嫉妬だ。

法介に嫉妬してもらいたかったのに、これでは逆だ。
それでも響也はジェラシーを止めることは出来なかった。
ずかずかと法介達の方へ歩み寄り、響也の存在に気付き驚く彼の腕を取ると、女性から引き離すように強引に自分の方へ引き寄せる。
そうして響也はそのまま引きずるようにして法介の身体をバイクの所まで連れてくると、これまた強引にバイクに乗せ、発車させた。

響也が法介を解放したのは、人情公園に入ってからだった。
「何考えてるんですか、アンタは!」
買い物袋を小脇に抱え、法介は当然の如く響也にくってかかる。
突然誘拐まがいのことをされて、腹が立たない訳がない。
しかし響也は悪びれた様子はまったくない。
寧ろ法介よりも怒っているようだ。
「キミの方こそどういうつもりだい!?
女の人と仲良さそうに話したりしてさ」
はき捨てるように言う響也に、法介はぽかんと目を見開いた。

「アンタ、馬鹿ですか?」
やがて響也の心中を理解したのか、法介は呆れたように、深々と息を吐き出した。
「バカじゃないよ!」
「馬鹿ですよ。
あの人、ご近所の奥さんで、買い物帰りに偶然会ったから世間話してただけですよ。
勝手に勘違いしないで下さいよ」
「キミにその気がなくても、向こうはそうじゃないかもしれないだろう!」
法介の説明にも、響也は一向に納得しようとしない。

げんなりとした様子で、法介は肩を落とす。
「本当に馬鹿ですね。
相手は人妻ですよ」
「バカバカ連呼しないでよ!
人妻とかそういうのも関係ない!
好きになる気持ちってとめられないものなんだよ!」
「アンタねぇ……」
呆れ返る法介の言葉を拒絶するかの如く、響也は激しく首を振った。
「イヤなんだ、おデコくんがぼく以外の人にあんな風に笑いかけているのを見るのは!
頭では分かってても、心はイヤだって叫んでる。
おデコくんにはぼくだけを見ていて欲しいって」

一方的に自分に食って掛かる響也に、とうとう法介の堪忍袋の緒が切れた。
「いい加減にしろよ!
アンタだって―――」
言いかけて、はたと法介は我に返り、口を噤む。
「アンタだって?」
「何でもありません!
帰ります!」
叫んで、法介は踵を返す。
しかし、響也の手が法介の腕を捕らえた。
「待ってよ!」
法介を逃がすまいと響也が力を込めた拍子に、法介が脇に抱えていた紙袋が地面に落ちる。
その衝撃で紙袋が破け、中身が外へと飛び出した。

それを見た瞬間、響也は大きく目を見開いた。
慌てて法介がそれを広い集めようとする。
地面に散らばっているのは、雑誌や新聞の類だった。
そうしてそれらに踊っているのは『ガリュー熱愛!?』の文字。
響也のスキャンダルが掲載されたものばかりだ。

ようやく響也は悟ったのだ。
法介が自分のスキャンダルのことを気にしていたのだということに。
興味のない素振りを貫きながらも、本当は気になって仕方なかったのだと。

「おデコくん、キミ……」
「そうですよ!
オレだって腹が立ってるんです!
検事だって他の女の人と楽しそうに写真に写ってるくせに、オレを責める権利があるんですか!
こんな記事を見て、オレが平気だったとでも思うんですか!」
最早観念したのか、法介はやけっぱちのように叫ぶ。
「だっておデコくん、全然そんな素振りを見せてくれないし……」
戸惑った様子の響也に、法介は法廷ばりに指を突きつけた。
「検事は芸能人だし、きっとこんなことは日常茶飯事なんだから、いちいち腹を立てちゃいけないんだって自分に言い聞かせてたんですよ!
アナタにウザイとか重いとか思われたくなくて。
でもどれだけ平気な振りをしても、やっぱり心はもやもやするし、気になって全然仕事には集中できなくなるんです。
自分だけムカついてると思うなよ!」

途端に、それまでの不機嫌さが嘘のように、ぱぁっと響也の顔が輝いた。
「それってジェラシーだよね?」
「ああ、そうですよ、悪いですか!」
赤い顔をして、もう開き直って法介は肯定してやる。
「悪かないよ!
嬉しいに決まってる!」
響也は弾むように言って、法介の身体をぎゅっと抱きしめた。

対して、法介はその腕の中で懸命にもがく。
「わーっ、離せって!
こんな所で……もし誰かに見られたら……」
幸いあたりに人影はなかったが、公園なのだからいつ誰が現れるか分かったものではない。
しかし響也はますます力を込めてくる。
「どうせなら、キミとのスクープ写真を撮ってもらおうか」
などと、冗談とも本気ともつかない調子で嘯く。
「アンタやっぱりバカだ!」
そんな法介の叫び声は、空しく響くのみであった。



(終)



2010.05.28 up