きみがすき
おデコくんはぼくのことをスキンシップ過多だという。
けれど、ぼくはそうは思わない。
愛している人に触れたいと思うのは、至極当たり前のことじゃないか。
呼吸するのと同じくらいに。
うん、まさにぼくにとっては呼吸だ―――しなければ、命を落としてしまう。
おデコくんはぼくの恋人で、その彼に触れることが出来なくなってしまったら、ぼくはきっと死んでしまうだろう。
二人の人間がひとつになることは出来ないと分かっているからこそ、出来るだけ近付きたい。
おデコくんに触れて、抱き締めて、口付けて……身体を重ねる。
それがとてもぼくに幸せと安心を齎してくれる。
彼が自分の傍にいてくれるんだと実感することが出来て。
「あー、もう!
暑いんだから、ひっついてこないで下さい!」
ぼくの自宅のリビングで、テレビを観ているおデコくんを背後から抱き締めると、途端に鬱陶しそうな声が上がる。
言葉だけでなく、身体を捩ってぼくの腕から逃れてしまう。
暑い暑いとおデコくんは言うけれど、室内はしっかりと空調が効いている。
事務所とは天と地の差だと、来た時は感激していたじゃないか。
素っ気無いおデコくんの態度に、ぼくは不機嫌さを隠さず、眉根を寄せる。
さすがに腹が立つ。
しかしおデコくんはそんなぼくの方を肩越しにちらりと一瞥しただけで、再びテレビへと視線を移してしまう。
「ヒドイじゃないか!おデコくん!」
堪らずぼくが抗議の声を上げるけれど、相変わらずおデコくんはぼくに冷たく背を向けたままだ。
おデコくんはいつでもこうだ。
ぼくがどれだけ「好きだ」「愛してる」と甘く囁こうが、抱き締めて熱いキスをしても、とてもドライだ。
よくよく考えてみれば、今までおデコくんからぼくを求めてくれたことはない。
そのことに今更ながらに気付き、ぼくは愕然とする。
ぼくとおデコくんの想いの間には深い隔たりがあるような気がする。
おデコくんの気持ちもぼくと同じだと思っていたけれど、それは大きな誤りなのではと。
ぼくばかりが一方的におデコくんのことが好きで、彼のほうはぼくのことをなんとも思っていないかもしれない。
ただぼくの想いに押し切られる形で、仕方なく付き合っているのではないだろうか。
それとも兄のことに対する贖罪のつもりか。
そんな暗く後ろ向きな考えが頭を駆け巡り、ぼくは暗澹たる気持ちで、
「おデコくんはさ……ぼくのことをどう思っている訳?」
そう尋ねてみる。
しかし返る答えはない。
おデコくんの視線は依然として、テレビに向けられたままだ。
そんなに面白い番組が放送されているのかと思いきや、CMが流れているだけだ。
時計を見ると、丁度番組と番組の狭間の繋ぎの時間だということが分かった。
ならば尚更、ぼくの方を見てくれてもいいだろうに。
仕事が忙しくて、なかなか会うことも出来ないというのに、あまりにもおデコくんは素っ気無い。
「おデコくん!聞いているのかい!?」
なんだかとても哀しくて、苦しくて、苛々して―――ぼくは思わず声を荒げてしまう。
それでもおデコくんは頑なにこちらを見ようともしない。
「キミの気持ちはよく分かったよ!
同情なのか負い目なのかはしらないけど、無理してぼくに付き合ってくれる必要はまったくない!
そんなものをぼくが望んでいるとでも思っているのかい?」
ぼくは立ち上がり、荒々しい足取りでリビングを出る。
そのまま廊下を突っ切って、バスルームの扉を開けた。
感情が昂り、ぐちゃぐちゃになっている反面、どこかには冷静な自分がいて、落ち着けと訴えかけてくる。
だから頭を冷やそうと、ぼくは服を脱ぎ捨てると浴室に入った。
冷たいシャワーを頭から浴びると、ささくれ立っていた気分が徐々に落ち着いてくるかのように思える。
一人で熱くなって、暴走して、まったくぼくらしくない。
自分ではこれまでどんなことでもあまり動揺しない人間だと思ってきたけれど、おデコくんのことに関してはどうにも駄目だ。
彼に対する想いが深く強すぎて、つい我を失ってしまう。
あんな風に声を荒げはしたけれど、どうせぼくはおデコくんを手放すことは出来ないんだ。
腹が立って、哀しくて仕方がないのに、おデコくんのことを嫌いになんてなれない。
ぼくはやっぱりおデコくんのことが大好きで、彼に触れたい―――抱き締めたい。
おデコくんが例えぼくのことを特別何とも想っていないとしても。
同情だろうが何だろうが、おデコくんの気持ちをこれから本物にしていけばいいだけの話だ。
そんな一種開き直りのような気持ちが湧き上がってくる。
滑稽だなんてことは分かっている。
それでもぼくはおデコくんが好きなんだから、仕方がない。
ぼくはシャワーを止め、髪の水気を払うためにブルブルと首を振る。
随分とすっきりした。
心も身体も。
服を着て、ぼくはバスルームを出た。
突然一方的に怒鳴って、部屋を出てしまったし……おデコくんは呆れて帰ってしまっただろうか。
けれど、リビングからテレビの音が流れてくるのが聞こえた。
リビングに向かっていた足を、思わずぼくは止めてしまった。
耳に届いたその音は、ぼくがよく知った音楽だったからだ。
激しい曲調に合わせて歌う声―――それはまさに、ぼくの声だった。
そっと足を忍ばせ、気配を絶って、ぼくはリビングへと近づく。
おデコくんは膝を抱えて、先程までと同様にテレビを見ていた。
画面に映っているのは、歌うぼくの姿。
それをじっとおデコくんは見つめている。
思い出した。
随分前に収録のあった歌番組に出演した時のものだ。
まだダイアンもいて、ガリューウエーブとして活動していた時の……。
あれは確か、おデコくんと出会ってしばらく経った頃だった。
法廷で彼の姿が忘れられなくて、澄んだ綺麗な瞳に惹きつけられて―――そんなおデコくんにもっとぼくのことを知ってもらいたくて、二割引チケットを送りつけた時、近々放送される予定のこの音楽番組を「絶対見ておくれよ」と言ったことがあった。
結局その番組はダイアンが逮捕されたことにより、放送は無期延期となった筈だ。
そのまま永遠に放送されることはないのだろうと思い、すっかり忘れていたのだが、どうやらダイアンの映像をカットしたものが今、流れているらしい。
おデコくんはずっとそれを覚えていてくれたのだろうか。
毎日テレビの番組情報をチェックして、いつ放送されるともしれない番組を待ち続けてくれていたということなのか。
そして今日―――ようやくそれが放送されると知り、ずっとテレビの方へ視線を向けていたのか。
あんなにもガリューウエーブの音楽は合わないだの、煩いだのと散々に言っていたというのに。
それならそうと言ってくれれば良かったのにと思いはするが、それがおデコくんという人なのだ。
意地っ張りで、素直じゃなくて、毒舌で。
それが照れの裏返しでもあることをぼくは分かっていたはずなのに、さっきはつい自分の感情が先立って、怒鳴ってしまった。
まるでぼくの方が、相手をしてくれなくて駄々をこねる子供みたいだ。
「おデコくん」
ぼくが声を掛けると、おデコくんははっとして驚いたように振り向く。
だがすぐにぷいっと顔を逸らしてしまう。
「別にこれが見たかった訳じゃないですから!
オレはこの後のドラマを見たいだけで―――」
そんな言葉とは裏腹に、おデコくんの顔が赤いのはぼくの気のせいなんかじゃない。
ぼくはおデコくんに近づくと、ぎゅっと抱き締める。
今度は逃れられないように、強く。
するとおデコくんの心臓がドキドキと激しく脈打っているのが、ぼくに伝わってきた。
ああ、そうか。
これを悟られるのが嫌だったから、おデコくんは熱いだのと文句を言って、ぼくが触れるのを嫌がったのだ。
いつも素っ気無さを装っているけど、それはぼくのスキンシップに過剰に反応してしまう自分を懸命に抑えようとしているからかもしれない。
今は不意打ちで、心の準備が出来ていなかったのだろう。
先程までとは一転、なんて可愛いんだろうと思ってしまうのは、惚れた欲目か。
「さっきはゴメンね。
ぼくはおデコくんのことが大好きだよ」
そう腕の中のおデコくんに囁くと、逃れようともがいていた彼が不意に大人しくなった。
「同情とかじゃありませんから。
オレはちゃんとアナタのことが……」
そこでおデコくんの言葉は途切れてしまう。
でもそれでいいんだ。
おデコくんのその先の言葉は、今はもうぼくの心にはきちんと届いているから。
2008.12.14 up