Loving
you
Act3
引き摺られるがままに法介が連れて来られたのは、響也のベッドルームだった。
響也は捕らえていた法介の身体を、まるで物でも扱うかのように乱暴にベッドへと放り出す。
スプリングの効いたキングサイズのベッドの上で、法介の身体が跳ねる。
法介が反射的に身を起こすよりも前に、響也が法介の身体に圧し掛かってきた。
「牙……琉検事……?
一体……何を……」
ここに至ってようやく法介が口を開く。
しかし、ただならぬ響也の雰囲気を感じ取って、その戸惑いから上手く言葉にならなかった。
口の中がカラカラに乾いている。
すると法介の問い掛けに、響也は笑った。
「決まっているだろう。
キミを抱くんだよ」
そこに浮かんでいたのは法介が見慣れた優しい笑みではなく、凍えるような冷笑だった。
冷たく嗤う響也の顔を、法介は信じられぬ思いで見上げていた。
こんな風に嗤う響也を法介は知らない。
法介の知る響也の笑顔は、いつも柔らかで優しくて、とても綺麗なのだ。
時にはからかうような皮肉気な笑みを見せることもあるけれど、それでもそれは明るい。
響也の笑う顔は、不思議と法介に安心を与えてくれる。
まるで自分を包み込んでくれるかように暖かくて―――法介はそんな響也の笑顔が好きだった。
口に出したことはなかったけれど。
なのに、今、法介を見下ろす響也のその笑みは酷薄で、淡いブルーの瞳は酷く無機質だ。
一切の感情を排除したかのようにも見えるが、様々な負の感情が渦巻いているようにも見える。
顔が整っているだけに、冷たさが際立ち、殊更怖ろしく感じる。
法介は反射的にぶるりと一度身を震わせた。
「牙……琉……検事」
組み敷かれたベッドの上、法介が圧し掛かる男に呆然と呟けば、響也はくくっと咽の奥で低く哂う。
「どうしたの?」
「冗談は……やめ……」
「冗談にしてしまいたいのは、キミの願望だよね?
ぼくは本気だ―――キミを抱く」
馬鹿にするように口元を歪め、響也は再度法介にとってすぐには理解し難い言葉を紡ぐ。
(抱く……?オレを……?)
法介の頭の中は混迷を極める。
どうして?
何を考えている?
抱くってなんだ?
オレのことを?
そんな細切れの疑問が洪水となって法介の頭の中に流れ込んでくる。
処理しきれない展開に動けずにいる法介を他所に、響也の手が法介のネクタイに伸びる。
しゅるりとそれを手際よく解き去ると、今度は法介のワイシャツの襟元からボタンを外していく。
露になった法介の鎖骨に、響也は躊躇うことなく唇を落とした。
しかしそれは口付けというよりも、食らいつくといった方が正しいような荒々しいものだった。
「……っ!?」
その感触に、はっと法介は再び自我を取り戻す。
「や……止めっ!」
抱くという響也の意図をその行為でようやく掴んだものの、彼が何故そのような暴挙に急に出たのか法介に分からないままだった。
それでも訳の分からぬままに、法介は抵抗を試みる。
響也の肩に手を掛けて、彼の身体を押し返そうとする。
だが、体格差は如何ともし難く、法介の力では響也の身体はびくともしなかった。
響也は法介の抵抗など諸ともせず、噛み付くような口付けを法介の首筋から鎖骨に掛けて繰り返しながら、インナーの裾から法介の胸元へ手を差し入れてくる。
法介の肌を直接撫でる響也の手は、指輪のせいだけは無く、とても冷たかった。
法介の意思など一切無視して、ただ身体だけを追い詰めていこうとするかのようで。
「イヤだ……止めろ!」
それでも尚も抵抗を続け、法介は響也の身体を懸命に引き離そうとし、彼から逃れようと足をじたばたと動かして暴れる。
「ど……して……こんな……?
牙琉検事!」
必死で法介は叫んだ。
何も言わず、一方的に行為を進めようとする響也が、まるで知らない人間のように思えてただ怖かった。
すると、ようやく響也が顔を上げた。
但し、醒めきった目と冷たい笑みはそのままに。
「キミはアニキのことでぼくに負い目を感じているんだろう?
キミがそういうのなら贖ってもらおうかと思ってね―――キミの身体でさ。
ただそれだけだ」
その声は彼らしからず淡々として、どこにも感情の色はない。
同性の法介ですらも思わず赤くなってしまう時がある程、甘い声で囁くその名残はどこにもなくて……。
「別に初めてという訳でもないんだろう?
男と寝るのは」
響也の言葉に、法介は瞠目する。
全く身に覚えのないことだ。
法介は大きく頭を振り、それを否定する。
「そんなことある訳……」
「今更初心を気取んなくたっていいよ、王泥喜法介」
響也は法介の言葉を遮り、鼻で笑う。
「アニキと付き合っていたくせに―――」
「!?」
法介の表情は凍り付く。
それは的を射た真実だったからではない。
余りにも予想外の台詞だったからだ。
先程もリビングで響也は同じようなことを言っていた。
だがあの時は響也を怒気に圧倒されていて、その言葉の意味を理解することができないままに、ここに連れて来られたのだ。
しかし、今度はしっかりと頭に入ってきたその思いも寄らぬ言葉に法介は打ちのめされる。
どうして響也がそんな風に思うに至ったのか、全く法介には分からなかった。
霧人のことを法介は尊敬していた。
右も左も分らないヒヨッコの法介を指導してきてくれた人だ。
いつの日か霧人のような弁護士になりたいと思っていた。
けれど―――そこに恋愛感情など一切なかった。
霧人の内心は知る由がないが、法介の感情としては尊敬と憧れの念以外に、父もしくは兄を慕うようなものが多少なりとも混ざっていたのかもしれないが。
だがそれは断じて愛や恋という類のものではない。
「違います!
オレと先生はそんな―――」
必死に言い募ろうとする法介にも、響也は全く聞く耳を持とうとはしない。
忌々しげに舌を打つ。
「まだ惚けるのか。
なら、キミの身体に聞いてみようじゃないか。
その言葉が真実か否かを」
響也の手が、再び法介の肌を撫で始めた。
それを法介は懸命に身を捩って、逃れようと試みる。
「違う!イヤだ!」
「アニキと付き合っていながら、ぼくのキスを受けていただなんて、大した男だよ、キミは。
ああ、そっか……もしかしてぼくにアニキのことを重ねていた?
顔はそっくりだからね。
そんなにぼくに抱かれるのが嫌なら、アニキになりきってあげようか?」
言って、響也は薄く笑みを敷いたまま、法介の耳元に唇を寄せた。
「オドロキくん、いい加減に大人しくしなさい」
霧人を真似た響也の声と口調。
霧人が呼ぶように法介の名を口にして。
その瞬間―――。
カッと法介の頬に朱が上る。
恥ずかしかった訳でも、照れた訳でもない。
法介の中に湧き上がってきたのは、如何ともしがたい憤りだった。
パンッ!
と、乾いた音が室内に響く。
耳元から顔を上げた響也の頬を、法介は思い切り打ったのだ。
反射的に頬を押さえた響也が、次に目に映したのは、大きな瞳からぼろぼろと涙を零す法介の姿だった。
「最低だ、アンタ」
搾り出すように吐き出される法介の声。
「もう好きにすればいい。
それでアンタの気が済むんなら」
先程までの抵抗が嘘のように、法介は大人しくなった。
涙を流したまま、法介の手も足も力なくベッドに投げ出される。
今度は響也が大きく目を見開き、そして動きを止めた。
二人の間で重苦しい沈黙が流れる。
やがて響也は苦しげに眉根を寄せ、ゆるゆると首を振ると法介の上から身体を退けた。
「帰ってくれ……」
広げた両の掌に顔を埋めた響也が、ぽつりと呟く。
その言葉に後押しされるように、法介は涙を拭うこともせず、起き上がり、服装の乱れを手早く整えると、無言のまま部屋を出て行った。
すぐに玄関のドアが閉まる音が耳に届いたが、響也はまんじりともせずその場で俯いたままだった。
2008.07.26 up