unknown
Act7
唐突に齎された響也からのキスに、法介はただ混乱した。
一体彼がどういう意図で、そんな行動に出たのか分からずに。
法介が実際は居もしない恋人の存在を思わず肯定した時、響也は酷く動揺しているように見えた。
その挙句の突然の行為だった。
(俺に恋人がいるっていうのがそんなに意外とでも言うのかよ……)
そう考えると、段々腹が立ってくる。
余程自分は恋などとは縁遠いように見えるのだろうか。
童顔などとよく言われはするが、自分とて立派な成人した男だ―――恋人がいてもおかしくはないだろうに、失礼な話だ。
あれはそんな法介に対する嫌がらせだったのかもしれない。
否、そうに違いない。
お前如きが生意気だとかいった類の。
男にキスされるなんて、ノンケの人間にとっては屈辱にしかならないだろう。
それが例え世の女性を虜にする人気バンドのボーカリストだとしても。
だが実際のところ―――法介に現在恋人はいない。
いるといってしまったのは、勢いとか意地とかそういったもののせいだ。
つい口から出てしまったそれに対して、響也があのような暴挙に出るとは思いも寄らなかった。
「クソッ……!」
法介は眉根を寄せて、再度悪態を吐く。
響也が重ねてきた彼の唇の感触が甦ってきて―――。
そして自分に対する怒りにも似た戸惑いを、法介ははっきりと自覚していた。
それは響也の口付けに対して、嫌悪感を全く持てなかったからだ。
同性にキスされたにもかかわらず……。
つまり響也の嫌がらせは、法介には功を奏さなかったことにはなるが、それはそれで問題だ。
ノーマルだと思っていた自分の性的嗜好は、誤りだったということなのかと。
然程恋愛経験が豊富という訳ではないが、今までの経験上好きになったのは異性ばかりだ。
同性のことを恋愛対象に見たことなど断じてなかった。
なのに響也にキスされて嫌だと感じなかったのは、やはり―――。
(あの人のことが、特別な意味で好きだということなのか?)
法介はそう自問してみる。
しかしすぐに大きく頭を振って、法介はそれを否定する。
法介の中の常識や倫理観といったものが、到底それは認められないのだと主張してくる。
真実を追究することを第一と考える検事としての彼のことは尊敬しているけれど、それ以上でもそれ以下でもない……筈だ。
しかし振り払っても振り払っても、その疑念は完全に消えてはくれなかった。
仮にそれを認めてしまったとて、どうなるというのだろう。
響也は自他共に認める女好きで、男になど微塵も興味がないに決まっている。
きっと誰もがうらやむような美人の彼女がいるに違いないのだ。
自分のことなど体のいいからかい相手くらいにしか、思っていないのだろう。
もしそんな特別な気持ちを響也に抱いていると知られれば、鼻で笑われるか、壮絶に馬鹿にされそうだ。
互いの職業が、検事と弁護士である以上、裁判所で顔を合わす可能性は限りなく高い。
そんな状況で気まずい思いをするくらいなら、今のままの状態が一番だと思う。
響也へ特別な想いを持っているというのは、大きな勘違いだ―――そう法介は思い込むことにした。
あくまでも尊敬やあこがれの気持ちがあるだけで、骨折した時に面倒をみてくれたことで距離感が曖昧になってしまったから錯覚したのだと結論付ける。
キスされても嫌悪を感じなかったのは、予期せぬ行動に驚きの方が勝ったからだ。
ただそれだけのこと……法介にとって響也は自分と対峙する検事以外の何者でもないのだから―――。
そうしてそれ以上考えることを、法介は放棄したのだった。
その響也と、法介は翌日早々に地方裁判所の廊下で、顔を合わせることとなった。
この間、同じような場面に遭遇した時、法介は響也を避けるように無視してしまった。
気持ちを切り替えた今日の法介は、これまでのように普通に明るく挨拶するつもりだった。
だが、響也の視線は全く法介へと向けられない。
廊下が人で混雑している訳ではなく、まばらに人の姿があるだけだ。
こちらに気付かない筈はない。
響也は平然とした足取りで、法介の方へと歩いてくる。
しかし二人の距離が縮まっても、響也が法介を一度も見ることはなかった。
法介などまるで存在しないかのように、そのまま響也は法介の脇を無言で通り過ぎていった。
法介は反射的に振り返る。
が、響也は足を止めることなく、そのまま廊下の角を曲がり、法介の視界から消えていってしまう。
昨日の事が原因であることは、はっきりしている。
だが何故響也がこちらの存在を無視するのだ。
怒りたいのは、いきなりキスされたこちらの方だと、法介は憤慨する。
それともやり過ぎたと後悔でもしているのか。
だから昨日の今日で法介と顔を合わし難かったのかもしれない。
そう考えると少し溜飲が下がる気がした。
しかし、結局その後、法介は幾度か響也と遭遇したが、彼は一度たりとも法介と目を合わそうとはしなかった。
まるで空気のように扱われてしまっている。
かといって法介から話しかけるような用件は特になく、気軽に話しかけられるような雰囲気でもなかった。
従って、あれ以降ずっと響也とは会話することもないままだ。
響也のマンションで過ごした一週間で、彼との距離は縮まったと思った。
見かけによらず面倒見が良く、優しい人なのだと感じた。
しかし今、響也との距離は最初の頃よりずっと広がってしまったようだ。
彼が何を考えているのか、全く分からない。
とても遠い存在になってしまった。
マキ・ドバーユの弁護をして以来、響也と法廷で対決する機会は未だ巡ってきていない。
だから響也に無視されようが、空気の如く扱われようが、別段法介が困ることなどない筈なのだ。
法介にとって響也は検事であり、友人でもなければ、もちろん恋人でもない。
つい最近もそう再確認したばかりだ。
仕事に支障さえなければ、気にする必要などない。
法介はぐっと拳を握り締める。
なのに―――何故こうも心がざわめき、痛むのか。
突然口付けてきたかと思ったら、理由もいわず法介と関わり合おうとしない響也に腹を立てながらも、法介は沈む気持ちを認識する。
心が矛盾を起こしていて、法介自身もそれを持て余している状態だった。
積もりに積もった鬱憤を晴らすかのように、法介はその日の夜、街の居酒屋へと一人繰り出し、ひたすらに飲んだ。
元々法介は酒に強い方ではない。
三杯目あたりで、もう完全に出来上がっていたのに、法介はそれでもなお飲み続けた。
心の中で、響也に対してありとあらゆる罵詈雑言を浴びせながら。
ぐてんぐてんに酔っ払っい、カウンターに突っ伏して眠ってしまった法介であったが、閉店ということで店主に起こされる。
タクシーを呼びましょうかという店主の申し出を断って、法介はふらふらになりながらも何とか勘定を済ませ、外に出た。
酔いを醒ましながら帰ろうと思ったのだ。
どうにかのろのろと歩き出すことには成功したが、世界がぐるぐると回っているように感じる。
ふわふわとした妙な浮遊感が全身を支配していて、今なら飛べるんじゃないかと馬鹿な考えが脳裏を過ぎる。
「あははははは!」
何だか可笑しくて、法介は思わずケタケタと大声で笑い出す。
「てんさいけんじが、なんらー!
いつもひとをばかにして、いいきになるらー!」
呂律は回っていないし、言葉尻も怪しい。
最早完璧なる酔っ払いである。
「おっ、ニィチャンも鬱憤堪ってるのか?
俺も安月給のくせに会社でこき使われててさ……家に帰れば家族にいびられ、ふざけんなってもんよ!」
いつの間にか法介の横に、赤ら顔の中年男が並んで歩いていた。
口調は法介よりもしっかりしているものの、足取りは似たり寄ったりの、やはり酔っ払いだ。
「きがあうれ、おじさん!」
法介はへらりと笑って、男の肩に腕を回す。
男もそれに倣い、二人は肩を組みながら不満を叫びあう。
静まり返った夜の街に、二人の酔っ払いの……特に法介の大声が響き渡る。
幸いなことにその辺りはオフィスや店舗が多く、民家がなかったことから、深夜の大声を迷惑に思った住人から警察に通報されることもなかった。
どれくらいそうしていただろうか。
隣の男が黙り込んでしまったことに、法介はぼんやりとした頭で気付く。
はてと小首を傾げて隣をみると、じっと男のとろんとした目が法介を見つめていた。
「ニィチャン……良く見ると、案外カワイイ顔してるのな。
どうだい、ここで知り合ったのも何かの縁だ、俺とどうだ?
俺どっちでもイケる口なんだよ。
大丈夫、俺に任せておけば万事オッケーだ!」
言われている意味が分からず、法介はぽかんとした顔で相手を見る。
酔っていて上手く思考が回らない。
(かわいい?どっちでも……?オッケー?)
何のことだかさっぱりだ。
すると肩に回された男の腕に、ぐっと力が籠り、法介は男のほうへと引き寄せられる。
酒臭い男の息が顔にかかり、法介は思わず顔を顰めた。
男はそれに構わず、さらに法介へと自分の顔を近づけてくる。
そこでようやく法介は、男が何をしようとしているのかを悟った。
反射的に男を突き飛ばそうとするが、酔いのせいでいつもの力がでない。
迫ってくる男の顔に、法介の方は懸命に顔を逸らす。
泥酔したなかにあっても、どうしようもない嫌悪感がこみ上げてくる。
(いやだ!)
そう感じた瞬間、法介の祈りが通じたのか、隣にあった男の気配が急に無くなった。
見れば、男は路上に転がされている。
その代わりに、法介の隣に立っていたのは―――、
「がるーけんじ……?」
険しい顔つきの響也だった。
久々に法介に向けられた響也の視線は、はっきりと蔑みの色を宿していた。
響也に助けられたのだと法介が認識する前に、彼は法介の腕を捕らえると、引きずるようにして歩き出す。
「いっ……」
掴まれた腕のその強さに、思わず法介は声を上げるが、そんなことはお構いなしに響也はぐいぐいと法介を引っ張って歩く。
そのまま通りに出ると、響也はタクシーを拾う。
法介を後部座席に押し込め、その隣に自分の身を滑り込ませた。
運転手に短く行き先を告げた後、響也は法介にはもう目もくれず、むっつりと黙りこんでしまう。
法介はといえば、急な展開についていけず、酔いのせいで襲ってくる眠気に耐えることくらいしか出来なかった。
タクシーは響也の自宅へ向けて、静かに走り始めた。
一体彼がどういう意図で、そんな行動に出たのか分からずに。
法介が実際は居もしない恋人の存在を思わず肯定した時、響也は酷く動揺しているように見えた。
その挙句の突然の行為だった。
(俺に恋人がいるっていうのがそんなに意外とでも言うのかよ……)
そう考えると、段々腹が立ってくる。
余程自分は恋などとは縁遠いように見えるのだろうか。
童顔などとよく言われはするが、自分とて立派な成人した男だ―――恋人がいてもおかしくはないだろうに、失礼な話だ。
あれはそんな法介に対する嫌がらせだったのかもしれない。
否、そうに違いない。
お前如きが生意気だとかいった類の。
男にキスされるなんて、ノンケの人間にとっては屈辱にしかならないだろう。
それが例え世の女性を虜にする人気バンドのボーカリストだとしても。
だが実際のところ―――法介に現在恋人はいない。
いるといってしまったのは、勢いとか意地とかそういったもののせいだ。
つい口から出てしまったそれに対して、響也があのような暴挙に出るとは思いも寄らなかった。
「クソッ……!」
法介は眉根を寄せて、再度悪態を吐く。
響也が重ねてきた彼の唇の感触が甦ってきて―――。
そして自分に対する怒りにも似た戸惑いを、法介ははっきりと自覚していた。
それは響也の口付けに対して、嫌悪感を全く持てなかったからだ。
同性にキスされたにもかかわらず……。
つまり響也の嫌がらせは、法介には功を奏さなかったことにはなるが、それはそれで問題だ。
ノーマルだと思っていた自分の性的嗜好は、誤りだったということなのかと。
然程恋愛経験が豊富という訳ではないが、今までの経験上好きになったのは異性ばかりだ。
同性のことを恋愛対象に見たことなど断じてなかった。
なのに響也にキスされて嫌だと感じなかったのは、やはり―――。
(あの人のことが、特別な意味で好きだということなのか?)
法介はそう自問してみる。
しかしすぐに大きく頭を振って、法介はそれを否定する。
法介の中の常識や倫理観といったものが、到底それは認められないのだと主張してくる。
真実を追究することを第一と考える検事としての彼のことは尊敬しているけれど、それ以上でもそれ以下でもない……筈だ。
しかし振り払っても振り払っても、その疑念は完全に消えてはくれなかった。
仮にそれを認めてしまったとて、どうなるというのだろう。
響也は自他共に認める女好きで、男になど微塵も興味がないに決まっている。
きっと誰もがうらやむような美人の彼女がいるに違いないのだ。
自分のことなど体のいいからかい相手くらいにしか、思っていないのだろう。
もしそんな特別な気持ちを響也に抱いていると知られれば、鼻で笑われるか、壮絶に馬鹿にされそうだ。
互いの職業が、検事と弁護士である以上、裁判所で顔を合わす可能性は限りなく高い。
そんな状況で気まずい思いをするくらいなら、今のままの状態が一番だと思う。
響也へ特別な想いを持っているというのは、大きな勘違いだ―――そう法介は思い込むことにした。
あくまでも尊敬やあこがれの気持ちがあるだけで、骨折した時に面倒をみてくれたことで距離感が曖昧になってしまったから錯覚したのだと結論付ける。
キスされても嫌悪を感じなかったのは、予期せぬ行動に驚きの方が勝ったからだ。
ただそれだけのこと……法介にとって響也は自分と対峙する検事以外の何者でもないのだから―――。
そうしてそれ以上考えることを、法介は放棄したのだった。
その響也と、法介は翌日早々に地方裁判所の廊下で、顔を合わせることとなった。
この間、同じような場面に遭遇した時、法介は響也を避けるように無視してしまった。
気持ちを切り替えた今日の法介は、これまでのように普通に明るく挨拶するつもりだった。
だが、響也の視線は全く法介へと向けられない。
廊下が人で混雑している訳ではなく、まばらに人の姿があるだけだ。
こちらに気付かない筈はない。
響也は平然とした足取りで、法介の方へと歩いてくる。
しかし二人の距離が縮まっても、響也が法介を一度も見ることはなかった。
法介などまるで存在しないかのように、そのまま響也は法介の脇を無言で通り過ぎていった。
法介は反射的に振り返る。
が、響也は足を止めることなく、そのまま廊下の角を曲がり、法介の視界から消えていってしまう。
昨日の事が原因であることは、はっきりしている。
だが何故響也がこちらの存在を無視するのだ。
怒りたいのは、いきなりキスされたこちらの方だと、法介は憤慨する。
それともやり過ぎたと後悔でもしているのか。
だから昨日の今日で法介と顔を合わし難かったのかもしれない。
そう考えると少し溜飲が下がる気がした。
しかし、結局その後、法介は幾度か響也と遭遇したが、彼は一度たりとも法介と目を合わそうとはしなかった。
まるで空気のように扱われてしまっている。
かといって法介から話しかけるような用件は特になく、気軽に話しかけられるような雰囲気でもなかった。
従って、あれ以降ずっと響也とは会話することもないままだ。
響也のマンションで過ごした一週間で、彼との距離は縮まったと思った。
見かけによらず面倒見が良く、優しい人なのだと感じた。
しかし今、響也との距離は最初の頃よりずっと広がってしまったようだ。
彼が何を考えているのか、全く分からない。
とても遠い存在になってしまった。
マキ・ドバーユの弁護をして以来、響也と法廷で対決する機会は未だ巡ってきていない。
だから響也に無視されようが、空気の如く扱われようが、別段法介が困ることなどない筈なのだ。
法介にとって響也は検事であり、友人でもなければ、もちろん恋人でもない。
つい最近もそう再確認したばかりだ。
仕事に支障さえなければ、気にする必要などない。
法介はぐっと拳を握り締める。
なのに―――何故こうも心がざわめき、痛むのか。
突然口付けてきたかと思ったら、理由もいわず法介と関わり合おうとしない響也に腹を立てながらも、法介は沈む気持ちを認識する。
心が矛盾を起こしていて、法介自身もそれを持て余している状態だった。
積もりに積もった鬱憤を晴らすかのように、法介はその日の夜、街の居酒屋へと一人繰り出し、ひたすらに飲んだ。
元々法介は酒に強い方ではない。
三杯目あたりで、もう完全に出来上がっていたのに、法介はそれでもなお飲み続けた。
心の中で、響也に対してありとあらゆる罵詈雑言を浴びせながら。
ぐてんぐてんに酔っ払っい、カウンターに突っ伏して眠ってしまった法介であったが、閉店ということで店主に起こされる。
タクシーを呼びましょうかという店主の申し出を断って、法介はふらふらになりながらも何とか勘定を済ませ、外に出た。
酔いを醒ましながら帰ろうと思ったのだ。
どうにかのろのろと歩き出すことには成功したが、世界がぐるぐると回っているように感じる。
ふわふわとした妙な浮遊感が全身を支配していて、今なら飛べるんじゃないかと馬鹿な考えが脳裏を過ぎる。
「あははははは!」
何だか可笑しくて、法介は思わずケタケタと大声で笑い出す。
「てんさいけんじが、なんらー!
いつもひとをばかにして、いいきになるらー!」
呂律は回っていないし、言葉尻も怪しい。
最早完璧なる酔っ払いである。
「おっ、ニィチャンも鬱憤堪ってるのか?
俺も安月給のくせに会社でこき使われててさ……家に帰れば家族にいびられ、ふざけんなってもんよ!」
いつの間にか法介の横に、赤ら顔の中年男が並んで歩いていた。
口調は法介よりもしっかりしているものの、足取りは似たり寄ったりの、やはり酔っ払いだ。
「きがあうれ、おじさん!」
法介はへらりと笑って、男の肩に腕を回す。
男もそれに倣い、二人は肩を組みながら不満を叫びあう。
静まり返った夜の街に、二人の酔っ払いの……特に法介の大声が響き渡る。
幸いなことにその辺りはオフィスや店舗が多く、民家がなかったことから、深夜の大声を迷惑に思った住人から警察に通報されることもなかった。
どれくらいそうしていただろうか。
隣の男が黙り込んでしまったことに、法介はぼんやりとした頭で気付く。
はてと小首を傾げて隣をみると、じっと男のとろんとした目が法介を見つめていた。
「ニィチャン……良く見ると、案外カワイイ顔してるのな。
どうだい、ここで知り合ったのも何かの縁だ、俺とどうだ?
俺どっちでもイケる口なんだよ。
大丈夫、俺に任せておけば万事オッケーだ!」
言われている意味が分からず、法介はぽかんとした顔で相手を見る。
酔っていて上手く思考が回らない。
(かわいい?どっちでも……?オッケー?)
何のことだかさっぱりだ。
すると肩に回された男の腕に、ぐっと力が籠り、法介は男のほうへと引き寄せられる。
酒臭い男の息が顔にかかり、法介は思わず顔を顰めた。
男はそれに構わず、さらに法介へと自分の顔を近づけてくる。
そこでようやく法介は、男が何をしようとしているのかを悟った。
反射的に男を突き飛ばそうとするが、酔いのせいでいつもの力がでない。
迫ってくる男の顔に、法介の方は懸命に顔を逸らす。
泥酔したなかにあっても、どうしようもない嫌悪感がこみ上げてくる。
(いやだ!)
そう感じた瞬間、法介の祈りが通じたのか、隣にあった男の気配が急に無くなった。
見れば、男は路上に転がされている。
その代わりに、法介の隣に立っていたのは―――、
「がるーけんじ……?」
険しい顔つきの響也だった。
久々に法介に向けられた響也の視線は、はっきりと蔑みの色を宿していた。
響也に助けられたのだと法介が認識する前に、彼は法介の腕を捕らえると、引きずるようにして歩き出す。
「いっ……」
掴まれた腕のその強さに、思わず法介は声を上げるが、そんなことはお構いなしに響也はぐいぐいと法介を引っ張って歩く。
そのまま通りに出ると、響也はタクシーを拾う。
法介を後部座席に押し込め、その隣に自分の身を滑り込ませた。
運転手に短く行き先を告げた後、響也は法介にはもう目もくれず、むっつりと黙りこんでしまう。
法介はといえば、急な展開についていけず、酔いのせいで襲ってくる眠気に耐えることくらいしか出来なかった。
タクシーは響也の自宅へ向けて、静かに走り始めた。
2008.01.06 up