14 // meet again
※幻水2の頃(幻水5から12年後あたり)の話です。
「やぁ、久しぶり」
そう言って、何の前触れもなく目の前にひょっこりと現れた青年にゲオルグは思わず目を見開く。
そんなゲオルグの驚く様が可笑しかったのか、青年は声を立てて笑った。
その声は、ゲオルグの記憶にあるものよりも随分低くなっただろうか。
何故彼がここにと戸惑うゲオルグに、青年は笑いを収め、首を傾げる。
「あれ……もしかして、僕のことが誰か分からない……とか?」
一言も言葉を発しようとしないゲオルグに、青年はそう感じたらしい。
忘れるはずがない。
仮に忘れようとしても、決して忘れることなど出来ないだろう。
十数年前のファレナの地で起こったあの出来事と、そしてその中心に居た少年のことを。
改めて眼前の青年を見る。
あの時は年齢の割に小柄で華奢な印象の少年だった。
だが今はすっかり背も伸び、体格も細身ではあるが立派な大人のそれになった。
少年から青年へと、あの時から今日までの流れてきた時間の大きさを、ゲオルグは再認識させられる。
しかしいくら成長しても、青年の顔立ちを見れば、あの少年だということは一目で分かる。
太陽の光に煌く銀色の髪も、空のような蒼い瞳も、何一つ変わっていない。
あの頃のまだ幼さの残る容貌は流石に殆ど消えていたが、青年の母であったあの美貌の彼女と本当にそっくりになった。
当時の彼女と同じ格好をすれば、まるで彼女が生き返ったかのように思えるのではと、一瞬そんなつまらぬ考えがゲオルグの頭を過ぎった。
「久しぶりだな……。
えらく美人になったものだ」
ようやくゲオルグがそう口を開くと、青年はきょとんとした後、再び笑った。
「それは褒め言葉なのか、ゲオルグ?
まぁいいか―――覚えていてくれて嬉しいよ」
その笑顔はあの頃のままで、不思議な安らぎと穏やかさを齎してくれたことを思い出す。
両親を失い、生まれてからずっと過ごしてきた宮殿を追われ、妹を奪われ―――失意のどん底にあった中でも、彼は決して笑顔を失わなかった。
辛くないはずはないのに、いつも前を向き、その笑顔で周囲を思い遣っていた。
「どうしてここに?」
今ゲオルグがいるこの場所は、ファレナからは遠く離れている。
何故その地にこの青年がいるのか。
あのファレナでの内乱が終焉した後、ゲオルグは旅に出て、ファレナを去った。
もう二度と会うことはないと思っていたから、彼が突如姿を現したことにゲオルグは驚いたのだ。
「偶々この街に立ち寄ったら、ゲオルグの噂を耳にしてね。
突然訪ねて来て、迷惑だったろうか?」
この街に偶然立ち寄ったとは、視察か外交のことでファレナから遣わされてきたのだろうか。
そう考えながら、青年の問い掛けに、ゲオルグは首を振った。
迷惑だとは決して思ってなどいないし、元気そうな顔を見れて安心した。
どちらかと言えば青年の方が、自分とは会いたくないだろうと漠然と思っていただけに、こうして屈託のない笑みを見せてくれることがゲオルグには嬉しかった。
この青年にとって自分という存在は、辛い記憶を呼び覚ますだけだろうに。
彼に良く似た―――彼の母を手に掛けたのは……。
「あの時、遺恨はないと僕は言った筈だ、ゲオルグ」
まるでゲオルグの心中を見透かしたかのように、少し厳しい表情になった青年はきっぱりとそう言い切る。
相変わらず不思議な人間だ、彼は。
全てを語らずとも、他人の心を敏感に読み取ってしまうのだから。
「そう……だったな。
久しぶりに会えて、俺も嬉しく思う」
ようやくゲオルグも笑顔を見せた。
すると青年も柔和な面持ちに戻る。
「ゲオルグは元気だった?
また何か大きな揉め事に巻き込まれているみたいだけど……さっき街の人達から聞いた。
本当に面倒見がいいな、ゲオルグは」
「この通り俺は変わりない。
面倒見が良いというのかな、これは……まぁ性分みたいなものだな。
丁度あの時のお前くらいの年の少年が、今その渦中にいて、懸命に奔走している―――あの頃のお前のようにな」
その少年にも、運命から逃げ出すことなく立ち向かい、それに打ち勝って欲しいと思っている。
この目の前に立つ彼のように。
その為の尽力は惜しまないつもりだった。
「そうか―――事情を詳しく知らない僕が言うのは無責任だろうけど、その少年もきっと乗り越えてくれると思うよ。
いや、そうなるように僕も願う。
あの時ゲオルグの存在がどれだけ僕の支えになっていたか、貴方は知らないだろう?
またしっかりその少年のことを支えてあげて欲しい」
言って青年は微かに遠い目になる。
あの過去の日々の記憶を辿るかのように。
「お前の方は変わりないのか?
リム……いや、もうそうは気安く呼べないな、陛下はお元気なのか?」
遠いこの地にも、ファレナの様子は時折伝わってくる。
過去の内乱が嘘のように、今のファレナは平穏さを取り戻し、美しい豊かな国に戻ったのだという。
現在ファレナを治める女王は、若いながら、国を想い民を想う名君と名高い。
ゲオルグの問いに、青年ははっきりと頷いた。
「僕はこの通りだし、陛下もお元気だ。
リオンやミアキス、ファレナに残った皆も変わりなくやっている」
どうやら彼も妹のことを陛下と呼び、公私をきっちりと分けているらしい。
それは彼の父であり、ゲオルグの親友だった男もそうだった。
妻のことを普段は陛下と呼んでいた。
青年はそこで悪戯っぽい笑みを浮かべて、続ける。
「そうそう―――陛下はご結婚されたんだよ」
「えっ!?」
思わずゲオルグは、驚きの声を上げてしまう。
そのことは未だ耳に届いてはいなかった。
ゲオルグの中で、今は女王となったその人は、未だ幼い少女のままの姿で記憶にある。
あの幼かった少女が結婚―――。
今日二度目の驚愕だった。
「やっぱり驚いた?」
どうやら青年の期待通りの反応を示してしまったようだ。
満足気な表情を青年見せる。
ゲオルグは大きく息を吸い込み、気持ちを落ち着かせようと試みる。
こんなに驚いたのは何年ぶりだろうか。
「そ……そうか、あの陛下がな……。
では闘神祭がまた取り行われたのか?」
それがファレナの王位継承者の伴侶を選ぶしきたりであった筈だ。
彼女の最初の夫もそうして選ばれたのだから。
それがファレナに不穏な空気を齎すことを、彼女の両親も分かっていたにも拘らず。
そして結果があの内乱だった。
しかし青年は首を振った。
「闘神祭は行われなかった。
陛下はご自分の意思で、夫を選ばれると仰られてね。
闘神祭で伴侶を決めるのは、旧来からの掟だと反対がなかった訳ではないけど、あの内乱のこともあったし、結局陛下の意見が通った。
僕もそれで良かったと思っているよ」
ゲオルグも同じ考えだ。
しきたりも重んじるべきだと思うが、それに拘っていては閉塞的な空気が生まれ、やがてまた爆発することになるだろう。
適度に新しい風を取り入れることも必要なのだ。
だが一体、あの勝気な少女の夫となったのはどんな人物なのだろう。
父や兄を敬愛していた少女だったから、想像してみるに―――。
フェリドのように豪快で懐の深い男なのか。
この青年のように穏やかで優しいけれど、芯の強い男か。
それとも逆に父や兄とは全く似ていないタイプの男なのだろうか。
「相手はゲオルグも良く知っている人物だよ」
またもやゲオルグの考えは、青年に読み取られてしまう。
だがそれ以上彼女の伴侶のことを、ゲオルグは訊ねなかった。
もう青年の思う壺になって驚くのは御免だったし、今の彼女が幸せであるのなら深くを追求する必要はないと思ったからだ。
「おめでとう―――と、伝えておいてくれるか?」
そうゲオルグが言うと、青年はにっこりと笑って頷いた。
「しかし陛下がご結婚されたとなると、お前はどうしているんだ?
あの戦いの後、確かお前が女王騎士長になったではなかったか?
本来は女王の夫が騎士長に就任する習しだった筈だろう?」
内乱終結後、旅に出ないかと誘ったゲオルグに対し、彼は妹を助けて国を建て直す道を選んだ。
それがあったからこそ、ファレナの再建はずっと早く進んだのだろう。
「僕は騎士長代理だったんだ、正式な騎士長じゃない。
もちろん陛下がご結婚された訳だから、僕の騎士長代理としての役目は終わったよ。
今は陛下の御夫君が、騎士長として立派に務めを果たされている」
そう語る青年の顔には一片の寂しさもない。
とても晴れ晴れとした表情であった。
「僕はその後ファレナを出たんだ。
陛下には散々止められたけど、僕の為すべきことはもう終わったから。
最後には陛下も分かって下さって、時々は陛下に会いに戻ることを条件に、旅に出ることを許して頂いた」
「そうか……」
ファレナから遣わされてこの国にやって来たのかとゲオルグは思っていたが、それは違ったらしい。
彼はその肩に圧し掛かっていたものを、全てとは言わないまでも、ようやく降ろす事が出来たのかもしれない。
「俺も年を取るはずだ」
時の流れを感じ取り、思わずしんみりと呟いたゲオルグに、青年はくすくすと笑いを漏らす。
「何を年寄りめいたことを言っているんだ。
でも貴方と出会ってもう十数年が経つんだな―――渋みを増してますます良い男になったよ、ゲオルグは」
「それは褒めているのか?」
ゲオルグも快活に笑って、青年が言った台詞と同じ言葉を口にする。
その時、青年を呼ぶ声が遠くから聞こえてきた。
青年は背後を振り返り、ゲオルグは視線をその声の方へと移す。
そこにも、ゲオルグが良く見知った男が立っていた。
短い間ではあったが共に女王騎士として働き、そしてこの青年のことを誰よりも理解していた男だった。
「どうやら次の街に発つ準備が出来たみたいだ。
そろそろ僕は行くよ。
会えて本当に嬉しかった、ゲオルグ」
言って、青年は静かに手を差し出した。
そうか、彼はあの男と共に旅をしているのか。
だからこそ、今まで見てきた中で一番、彼は満ち足りたとても幸せそうな雰囲気をその身に纏っているのだろう。
ゲオルグは差し出されたその手を、しっかりと握り返した。
彼の幸せがこの先ずっと続くようにとの、願いを込めて。
握手を交わした後、青年は彼を待つ男の元へと歩き出した。
その背をゲオルグは見送る。
だが途中で何を思ったか、青年は再度くるりとゲオルグの方を振り向いた。
「ゲオルグも良い男だけど、彼はもっと良い男になっただろう?」
それが誰を指しているのかは考えるまでもないことだった。
青年はゲオルグの答えも待たずに、惚気だけを残して、男の元へと駆け出した。
やれやれ―――と、溜息を吐きながらも、ゲオルグは口元に僅かな笑みを刻む。
悔しいから絶対に言ってなどやるものか。
確かに良い男になったな―――なんて。
そう言って、何の前触れもなく目の前にひょっこりと現れた青年にゲオルグは思わず目を見開く。
そんなゲオルグの驚く様が可笑しかったのか、青年は声を立てて笑った。
その声は、ゲオルグの記憶にあるものよりも随分低くなっただろうか。
何故彼がここにと戸惑うゲオルグに、青年は笑いを収め、首を傾げる。
「あれ……もしかして、僕のことが誰か分からない……とか?」
一言も言葉を発しようとしないゲオルグに、青年はそう感じたらしい。
忘れるはずがない。
仮に忘れようとしても、決して忘れることなど出来ないだろう。
十数年前のファレナの地で起こったあの出来事と、そしてその中心に居た少年のことを。
改めて眼前の青年を見る。
あの時は年齢の割に小柄で華奢な印象の少年だった。
だが今はすっかり背も伸び、体格も細身ではあるが立派な大人のそれになった。
少年から青年へと、あの時から今日までの流れてきた時間の大きさを、ゲオルグは再認識させられる。
しかしいくら成長しても、青年の顔立ちを見れば、あの少年だということは一目で分かる。
太陽の光に煌く銀色の髪も、空のような蒼い瞳も、何一つ変わっていない。
あの頃のまだ幼さの残る容貌は流石に殆ど消えていたが、青年の母であったあの美貌の彼女と本当にそっくりになった。
当時の彼女と同じ格好をすれば、まるで彼女が生き返ったかのように思えるのではと、一瞬そんなつまらぬ考えがゲオルグの頭を過ぎった。
「久しぶりだな……。
えらく美人になったものだ」
ようやくゲオルグがそう口を開くと、青年はきょとんとした後、再び笑った。
「それは褒め言葉なのか、ゲオルグ?
まぁいいか―――覚えていてくれて嬉しいよ」
その笑顔はあの頃のままで、不思議な安らぎと穏やかさを齎してくれたことを思い出す。
両親を失い、生まれてからずっと過ごしてきた宮殿を追われ、妹を奪われ―――失意のどん底にあった中でも、彼は決して笑顔を失わなかった。
辛くないはずはないのに、いつも前を向き、その笑顔で周囲を思い遣っていた。
「どうしてここに?」
今ゲオルグがいるこの場所は、ファレナからは遠く離れている。
何故その地にこの青年がいるのか。
あのファレナでの内乱が終焉した後、ゲオルグは旅に出て、ファレナを去った。
もう二度と会うことはないと思っていたから、彼が突如姿を現したことにゲオルグは驚いたのだ。
「偶々この街に立ち寄ったら、ゲオルグの噂を耳にしてね。
突然訪ねて来て、迷惑だったろうか?」
この街に偶然立ち寄ったとは、視察か外交のことでファレナから遣わされてきたのだろうか。
そう考えながら、青年の問い掛けに、ゲオルグは首を振った。
迷惑だとは決して思ってなどいないし、元気そうな顔を見れて安心した。
どちらかと言えば青年の方が、自分とは会いたくないだろうと漠然と思っていただけに、こうして屈託のない笑みを見せてくれることがゲオルグには嬉しかった。
この青年にとって自分という存在は、辛い記憶を呼び覚ますだけだろうに。
彼に良く似た―――彼の母を手に掛けたのは……。
「あの時、遺恨はないと僕は言った筈だ、ゲオルグ」
まるでゲオルグの心中を見透かしたかのように、少し厳しい表情になった青年はきっぱりとそう言い切る。
相変わらず不思議な人間だ、彼は。
全てを語らずとも、他人の心を敏感に読み取ってしまうのだから。
「そう……だったな。
久しぶりに会えて、俺も嬉しく思う」
ようやくゲオルグも笑顔を見せた。
すると青年も柔和な面持ちに戻る。
「ゲオルグは元気だった?
また何か大きな揉め事に巻き込まれているみたいだけど……さっき街の人達から聞いた。
本当に面倒見がいいな、ゲオルグは」
「この通り俺は変わりない。
面倒見が良いというのかな、これは……まぁ性分みたいなものだな。
丁度あの時のお前くらいの年の少年が、今その渦中にいて、懸命に奔走している―――あの頃のお前のようにな」
その少年にも、運命から逃げ出すことなく立ち向かい、それに打ち勝って欲しいと思っている。
この目の前に立つ彼のように。
その為の尽力は惜しまないつもりだった。
「そうか―――事情を詳しく知らない僕が言うのは無責任だろうけど、その少年もきっと乗り越えてくれると思うよ。
いや、そうなるように僕も願う。
あの時ゲオルグの存在がどれだけ僕の支えになっていたか、貴方は知らないだろう?
またしっかりその少年のことを支えてあげて欲しい」
言って青年は微かに遠い目になる。
あの過去の日々の記憶を辿るかのように。
「お前の方は変わりないのか?
リム……いや、もうそうは気安く呼べないな、陛下はお元気なのか?」
遠いこの地にも、ファレナの様子は時折伝わってくる。
過去の内乱が嘘のように、今のファレナは平穏さを取り戻し、美しい豊かな国に戻ったのだという。
現在ファレナを治める女王は、若いながら、国を想い民を想う名君と名高い。
ゲオルグの問いに、青年ははっきりと頷いた。
「僕はこの通りだし、陛下もお元気だ。
リオンやミアキス、ファレナに残った皆も変わりなくやっている」
どうやら彼も妹のことを陛下と呼び、公私をきっちりと分けているらしい。
それは彼の父であり、ゲオルグの親友だった男もそうだった。
妻のことを普段は陛下と呼んでいた。
青年はそこで悪戯っぽい笑みを浮かべて、続ける。
「そうそう―――陛下はご結婚されたんだよ」
「えっ!?」
思わずゲオルグは、驚きの声を上げてしまう。
そのことは未だ耳に届いてはいなかった。
ゲオルグの中で、今は女王となったその人は、未だ幼い少女のままの姿で記憶にある。
あの幼かった少女が結婚―――。
今日二度目の驚愕だった。
「やっぱり驚いた?」
どうやら青年の期待通りの反応を示してしまったようだ。
満足気な表情を青年見せる。
ゲオルグは大きく息を吸い込み、気持ちを落ち着かせようと試みる。
こんなに驚いたのは何年ぶりだろうか。
「そ……そうか、あの陛下がな……。
では闘神祭がまた取り行われたのか?」
それがファレナの王位継承者の伴侶を選ぶしきたりであった筈だ。
彼女の最初の夫もそうして選ばれたのだから。
それがファレナに不穏な空気を齎すことを、彼女の両親も分かっていたにも拘らず。
そして結果があの内乱だった。
しかし青年は首を振った。
「闘神祭は行われなかった。
陛下はご自分の意思で、夫を選ばれると仰られてね。
闘神祭で伴侶を決めるのは、旧来からの掟だと反対がなかった訳ではないけど、あの内乱のこともあったし、結局陛下の意見が通った。
僕もそれで良かったと思っているよ」
ゲオルグも同じ考えだ。
しきたりも重んじるべきだと思うが、それに拘っていては閉塞的な空気が生まれ、やがてまた爆発することになるだろう。
適度に新しい風を取り入れることも必要なのだ。
だが一体、あの勝気な少女の夫となったのはどんな人物なのだろう。
父や兄を敬愛していた少女だったから、想像してみるに―――。
フェリドのように豪快で懐の深い男なのか。
この青年のように穏やかで優しいけれど、芯の強い男か。
それとも逆に父や兄とは全く似ていないタイプの男なのだろうか。
「相手はゲオルグも良く知っている人物だよ」
またもやゲオルグの考えは、青年に読み取られてしまう。
だがそれ以上彼女の伴侶のことを、ゲオルグは訊ねなかった。
もう青年の思う壺になって驚くのは御免だったし、今の彼女が幸せであるのなら深くを追求する必要はないと思ったからだ。
「おめでとう―――と、伝えておいてくれるか?」
そうゲオルグが言うと、青年はにっこりと笑って頷いた。
「しかし陛下がご結婚されたとなると、お前はどうしているんだ?
あの戦いの後、確かお前が女王騎士長になったではなかったか?
本来は女王の夫が騎士長に就任する習しだった筈だろう?」
内乱終結後、旅に出ないかと誘ったゲオルグに対し、彼は妹を助けて国を建て直す道を選んだ。
それがあったからこそ、ファレナの再建はずっと早く進んだのだろう。
「僕は騎士長代理だったんだ、正式な騎士長じゃない。
もちろん陛下がご結婚された訳だから、僕の騎士長代理としての役目は終わったよ。
今は陛下の御夫君が、騎士長として立派に務めを果たされている」
そう語る青年の顔には一片の寂しさもない。
とても晴れ晴れとした表情であった。
「僕はその後ファレナを出たんだ。
陛下には散々止められたけど、僕の為すべきことはもう終わったから。
最後には陛下も分かって下さって、時々は陛下に会いに戻ることを条件に、旅に出ることを許して頂いた」
「そうか……」
ファレナから遣わされてこの国にやって来たのかとゲオルグは思っていたが、それは違ったらしい。
彼はその肩に圧し掛かっていたものを、全てとは言わないまでも、ようやく降ろす事が出来たのかもしれない。
「俺も年を取るはずだ」
時の流れを感じ取り、思わずしんみりと呟いたゲオルグに、青年はくすくすと笑いを漏らす。
「何を年寄りめいたことを言っているんだ。
でも貴方と出会ってもう十数年が経つんだな―――渋みを増してますます良い男になったよ、ゲオルグは」
「それは褒めているのか?」
ゲオルグも快活に笑って、青年が言った台詞と同じ言葉を口にする。
その時、青年を呼ぶ声が遠くから聞こえてきた。
青年は背後を振り返り、ゲオルグは視線をその声の方へと移す。
そこにも、ゲオルグが良く見知った男が立っていた。
短い間ではあったが共に女王騎士として働き、そしてこの青年のことを誰よりも理解していた男だった。
「どうやら次の街に発つ準備が出来たみたいだ。
そろそろ僕は行くよ。
会えて本当に嬉しかった、ゲオルグ」
言って、青年は静かに手を差し出した。
そうか、彼はあの男と共に旅をしているのか。
だからこそ、今まで見てきた中で一番、彼は満ち足りたとても幸せそうな雰囲気をその身に纏っているのだろう。
ゲオルグは差し出されたその手を、しっかりと握り返した。
彼の幸せがこの先ずっと続くようにとの、願いを込めて。
握手を交わした後、青年は彼を待つ男の元へと歩き出した。
その背をゲオルグは見送る。
だが途中で何を思ったか、青年は再度くるりとゲオルグの方を振り向いた。
「ゲオルグも良い男だけど、彼はもっと良い男になっただろう?」
それが誰を指しているのかは考えるまでもないことだった。
青年はゲオルグの答えも待たずに、惚気だけを残して、男の元へと駆け出した。
やれやれ―――と、溜息を吐きながらも、ゲオルグは口元に僅かな笑みを刻む。
悔しいから絶対に言ってなどやるものか。
確かに良い男になったな―――なんて。
2007.01.18 up